第9話:もう一度、あの舞台へ
詰所で派遣証を見せる。賊に襲われた場所と分かる範囲の人数を伝えると、兵士はすぐに現場を確かめる手配をしてくれた。
俺も後から来た輸送団と合流し、その日のうちに出発した。賊はあれきり現れず、村を出て六日目には王都の城壁が見えてくる。
「……あれが王都か」
フィーナが立ち止まって城壁を見上げている。最初は皆そうなるよな。俺もそうだった。
ミレイは門の前に連なる荷車を眺めてうんざりしたような表情だ。
リゼットは何も反応がないように見えるけど、時折足が止まっているから圧倒されているのかもしれない。
「ほら、端へ寄れ。ここで立ってると邪魔になるぞ」
こうなったら俺が案内してやるしかないな。足を止めているリゼットを手招きする。
「すごい人だね。今日は特別な日で何かあるとか?」
「いつもこんなものだよ。中はもっと人が多い」
驚いている三人を連れて列に並ぶ。
あの門も、兵士の着ている制服も覚えている。俺が出ていった時と大して変わっていない。
……戻ってきたんだな。
もうこの門をくぐることはないかもしれないとベルナ村へ向かう時には思った。それが今はその村の女の子三人の面倒を見ながら、税の荷を守ってここにいる。
「セイン、書類を頼む」
「はい」
村の人に呼ばれて顔を上げる。門番へ派遣証を出す声が少し硬くなったが、仕事の話ならできる。俺はベルナ村から来た剣士だ。別に、こそこそ入る理由なんてないだろ。
門を抜けて納税の窓口へ向かうと、荷の受け取りは明朝になるという。査定書と目録を確かめた役人が受付票と宿泊所への案内を渡してきた。
「国が管理している宿だ。牛舎もあるから、今日はそこで休んでくれ。明朝、荷を裏の受け入れ口へ」
その場で荷を下ろして終わり、とはいかないか。もっとも、寝床を探して牛車を引き回さずに済むのはありがたい。
指定された宿で荷を収め、村の人たちと見張りの交代を決めた頃には、三人娘はもう街へ出る相談を始めていた。
あれだけ村を出るのを渋っていたのにな。まあ、通りからあんなに声が聞こえてくれば覗いてみたくもなるか。
当然のように俺も誘われたが、先に聞いておきたいことがある。
「フェリクスさん。少し、いいですか?」
同じ部屋で翌日の書類を揃えているところへ声をかける。明日の手順を聞かれると思ったのか、フェリクスさんは目録をこちらへ向けた。
「いえ、あの時の賊のことでお話を聞きたくて……」
「ああ、あれか。どうしたんだい?」
「皆さん、あのあとも普段どおりですよね。俺も賊は斬りましたけど、すぐにあんなふうには話せなくて」
あの槍を前にして、斬るのをやめようとは思わなかった。手に重さが返ってきた時には息が詰まったが次の敵にも向き直れた。
剣士になると決めた時から、その覚悟はしてきたつもりだ。
それに、自分の剣が通じたのは嬉しかった。人を斬ったあとでも、フェリクスさんの技を教わりたい気持ちは消えなかったんだ。
なのに、戦いが終わって村の人たちが止めを刺し始めると、何も言えなくなってしまう。
あの場で自分にも頼まれていたら、すぐに手を動かせただろうか?
「はは。物騒だったかい?」
「……はい。フェリクスさんや他の皆さんだけじゃなくて、あの三人も弱くて残念だとか言っていましたし」
「うちの村は賊には容赦しないからね。そういう教育をしてきた自覚はあるよ」
フェリクスさんは俺に椅子を勧め、書類から手を離して話し出す。
「十年前くらいかな。東でグラーデン王国との争いが戦になった頃、村の周りもずいぶん荒れたんだ」
「西の国境でも、ですか?」
「うん。ヴェルデン公国とは取引を続けていたけれど、街道や国境には賊が増えてね。だからといって、村に閉じこもるわけにもいかないだろう?」
東で戦う兵が増えればこちらの警邏が減る。それは今と同じか。
停戦してはまた揉めて、二年前には本格的な戦争が再開した。最近は本当に物騒になってきている。
「中に騎士崩れがいてね。僕の父も、ダランの父も殺された。エルゼ様の旦那さんもだ」
一年も村にいたのに知らなかった。父親がいないのは知っていたけど、そんな事実があったなんて……
「でも、それは……」
「何を考えているか当ててみようか。僕たちの強さを知っているから、父たちも強かったはず。なのに何故? ってところかな?」
「……はい。先日の賊との戦いを見た後なので余計にですね。相手が騎士崩れであろうと、そう簡単に負けるとはとても……」
「戦い方を知っている連中だった。それに、こちらの備えも知られていたのが致命的でね。以前、命乞いをされて助けた賊がいた。どうやらそいつと合流したらしい」
「助けたのにですか?」
「もう二度としない、と言っていたらしいよ。その約束を信じた結果は最悪なものとなった」
助けた相手が仲間を連れて戻ってきたせいで、そんなことになった。俺なら次の命乞いを信じられるか?
フェリクスさんの顔を見る。こんな話も普段の調子でできるまでに、どれだけの時間がかかったんだろう。
「それ以来、賊は魔物と同じだと考えることにしている。出てきたら討つ。僕たちはあの道で暮らしているからね」
「……そうですか」
俺がいた一年の間も、皆はそのつもりで街道を通り、荷を運んでいたのか。
村へ戻ればまた稽古を頼める。仕事が済めば薪を割っているダランに会える。俺には当たり前になっていたけど、この人たちは一度日常を失っているんだな。
あの賊を逃がして、次に村の誰かが襲われていたら……そう考えると、助けてやれとは言えない。
「君に僕たちと同じことをしろと言うつもりはないよ。荷を守ってくれた。それで十分だ。さあ、三人を案内してあげてくれるかな。明日の用意は僕がしておくから」
「……はい。夕方までには戻ります」
部屋を出る時に振り返ると、いつものようにフェリクスさんは軽く手を上げてくる。
聞きたいことは聞けた。だが、部屋を出た途端にあの光景まで消えてくれるわけではない。
廊下の先でフィーナが待っている。俺を見つけると、早くしろと手を振った。
ああ、行くよ。案内を頼まれていたんだからな。
◇
「セイン。あそこは武器屋か?」
「そうだよ。でも用があるのは薬屋じゃないか? それは一本向こうに――」
「じゃあ先にこっちだ。行くぞ!」
案内する前にフィーナが歩き出す。ミレイもその隣へ並び、二人で店先を覗き込んでいる。
薬屋に行く用事を済ませてからにしろ――と言いたいけど、リゼットも二人の後を追うようだから、後回しでいいか。
「あとで薬屋にも寄ってね。母さまに頼まれてるから」
「分かってる。俺が知ってる店でよければ案内するよ」
リゼットに返事をして店へ入ると、ミレイは店主に断って斧を手に取っていた。
「これ、もう少し柄が短いのはある?」
「仕事用かい?」
「うん。木を切るのに使うんだ」
斧を握ったまま店主と話す姿に、つい腕を斬り飛ばされた賊が重なった。
でもそんな光景が嘘であったかのように、ミレイは持ってきてもらった二本を比べて今度は値段を聞いている。
フィーナはフィーナで剣を見てはしゃいでいた。
「セイン、こっちを見ろ。いい剣だぞ!」
「買うなんて言わないよな? 腰にあるだろ」
「違う! それとこれは別だ。見ているだけで楽しいだろ!」
フィーナは真剣そのものなんだが……冷やかしは店主に悪い。
ただ、店主も困った顔をしながら剣の説明を始めている。それならいいか。俺も隣へ並んで剣を眺める。
見るだけ見てから店を出て、そのあとリゼットに言われていた薬屋の品の下見を済ませた。
そして広場へ出たところで大きな看板が目に入る。
――戦技大会。
「そうか。もうそんな時期か……」
「何だそれは?」
フィーナが看板を見上げる。
「武器を使って戦う大会だよ。身分を問わず参加できるから俺たちも出られる。いい成績を残せば、王族の目に留まることもあるんだ」
「へえ。セインも出たことあるの?」
「一昨年な。学校にいた頃に一度。予選で一回も勝てずに終わったけど」
ミレイに答えながら、看板の日程を追う。
予選は五日後。まだ登録も間に合う。ただ、王族の目に留まるほど勝つとなると話は別だ。
「たいてい騎士が優勝するんだよ。誰でも出られるけど、勝ち残るとなると――」
「面白そうだな。私たちも出よう!」
フィーナが俺の腕を掴んだ。
「待て。明日は納税だし、帰りの予定もある。まずフェリクスさんに相談だろ」
「お前は出たくないのか?」
……出たいに決まってるだろ。今の自分の実力を計れるだけで俺には価値があるんだから。
一昨年は相手の剣を受けた途端、腕が固まった。押し返そうとして足まで止まり、そのまま何もできずに終わってしまった。
今なら、あそこで踏ん張る必要はない。剣を合わせながら足を運べる。相手が追ってきたってその先を教わっている。
……試したい。いつもの道場の外で、俺の剣がどこまで通じるのか。
「出たいよ。今の実力でどこまで行けるか知りたいからな」
「なら兄さまに聞こう。早く戻るぞ!」
フィーナに腕を引かれながら、俺は受付場所だけはしっかりと確かめた。
あの通りなら知っている。宿からも遠くない――なんだ、俺もすでにやる気満々じゃないか。




