第10話:再起の第一予選
「兄さま。戦技大会に出たい」
部屋へ入るなりフィーナが切り出した。
もう少し順序というものがあるだろ、と言いたいところだが、俺も隣で返事を待ってしまう。
「大会か。予選はいつだい?」
「五日後です。帰りの予定に差し支えなければ、俺も参加したいんですが」
フェリクスさんは買い付けの予定に目を通した。
「一週間以内なら構わないよ。揃うまで待つ品もあるからね。手伝いはしてもらうけれど」
「もちろんです!」
少し声が大きくなった。フィーナがこっちを見て笑っている。何だよ、お前だって聞く前から出る気だっただろ。
「その意気やよしだぞ、セイン。でも勝ち残ったらどうするんだ?」
「その時に相談しよう。まずは明日の納税だね。それを済ませたら登録しておいで。宿にも滞在の延長を話しておくよ」
そこまで聞けば十分だ。明日の仕事を終えれば、俺もまたあの試合場に立てる。
翌朝、牛車を役所裏へ回し麦や保存肉を倉庫へ運び込んだ。
目録との照合が終わり受領の証書を渡されて、ようやく俺たちの荷台が空になる。
「お疲れさま。無事に届けられたね」
「はい。これで村長にも報告できます」
フェリクスさんと証書を確かめながら、つい頬が緩んだ。
賊に襲われた時はどうなるかと思ったが荷を失わずに済んだ。これでようやく護衛の役目を果たせたな。
別の窓口で輸送代を受け取り、村の立替分と帰路の費用を取り分けるとフェリクスさんが買い付けの品を示した。
「大会の登録も済ませておいで。その代わり、この品の下見も忘れないように」
「分かってますよ」
昨日、武器屋に入り浸っていた話はしていないはずだ。フィーナも妙にいい返事をしているが……まあ、今度は俺が覚えておこう。
◇
受付には剣を提げた者だけでなく、槍や斧を持った者も並んでいる。隣の列には杖を持つ姿が多い。そちらの看板を読んだリゼットが俺の袖を引いた。
「魔技大会もあるんだって。私はこっちに出るね」
魔法で的を射抜く大会か。あれだけ正確に矢を飛ばせるリゼットなら、いいところまで行けるんじゃないか?
「日程も確かめておけよ。帰る日を勝手に延ばせないからな」
「うん。終わったらここに戻ってくる」
リゼットと別れ、俺たち三人は戦技大会の申込用紙を受け取った。
名前、身分、使用する武器。配属先にはベルナ村と書き入れる。
一昨年は三技学校の名を書いた。この学校の生徒なら、と少しくらい期待してもらいたい気持ちもあった。結局、一度も勝てなかったけど……
ここでベルナ村と書いてもあの道場まで思い浮かべる人はいないだろう。俺だって行くまでは知らなかったんだしな。
「予選は用意された木剣などの競技用武器を使います。斧や槍もありますので、当日は検査を受けてから会場へ入るように」
係員の説明を聞きながら規則に目を通す。
身体強化は使えるが魔法は禁止。軽い接触は認められるものの、危険な強打は出場禁止などの処分対象になる。
木剣だから大丈夫、とはいかない。オーラを乗せれば骨も折れるし、人だって殺せる。勝とうと熱くなっても、止めるところで止めないとな。
参加票を受け取るとフィーナが横から覗き込んできた。
「私とは会場が違うな」
「初めからフィーナと当たるのは嫌だから助かったよ」
「私は構わない。もう一度勝っておきたいからな」
「俺は他の奴とも戦いたいんだよ」
村でも宿でも相手をしてもらえるのに、わざわざ大会でまでやらなくていいだろ。
「私は二人とも違うね。誰が最初に落ちるか楽しみだなあ」
「ミレイだって落ちるかもしれないんだぞ? くじ運で決まるところもあるからな」
「だから楽しみなんでしょ!」
そう笑われると先に負けて戻るのだけは避けたい。くじ運だと言い訳したって、ミレイにはからかわれそうだ。
戻ってきたリゼットも俺たちと同じ日に予選があるという。四人で参加票を見せ合ってから、頼まれた店を回った。
それからは買い付けを手伝い、空いた時間に剣を握る毎日だ。フィーナと打ち合うと負けたくなくて熱が入り、終わればミレイから店の場所を聞かれる。
王都の道を知っているのは便利だけど、こう何度も呼ばれると忙しいな。
稽古の時間まで削られないように皆で同じ店へ行く用事はまとめてもらった。
◇
そして、予選当日。
検査を済ませた木剣を握り、俺は待機場所へ向かった。
すぐ隣の試合場から打ち合う音が聞こえる。大きな掛け声に思わず目を向けると、片方が相手を押し込みながら前へ出ていた。
あそこまで踏ん張るのか。俺なら横へ――いや、まず自分の試合だ。
「次の組。セイン、ロイス。前へ」
思わず足が止まった。
――今、ロイスと言ったか?
「セイン? やっぱりお前か。久しぶりだな」
人の間から出てきた男が笑って手を上げる。学校で何度も手合わせした顔だ。肩の辺りは少し厚くなったが、声も笑い方もよく覚えている。
「ロイス。元気そうだな」
「ああ。お前もな。いつ王都へ戻ったんだ?」
「五日前だよ。村の納税の護衛で来たんだ」
「配属先の村って意味だよな? そうか。ちゃんとやってるようで何よりだ。あの時は随分落ち込んでいたから、気になっていたんだよ」
ロイスは俺の肩を軽く叩いた。
入学した頃なら、そのまま飯にでも誘ったかもしれない。負けた方が食堂の席を取る約束で、毎日のように剣を合わせた。
でも、俺が剣や魔法の応用でつまずき始めてからは少しずつ言うことが変わっていった。最後に会った時の言葉も、忘れてはいない……
「大会にも出る気になったんだな。せっかく王都へ来たんだし、いい記念になると思うよ」
「記念だけにするつもりはないさ」
「そう言えるなら安心だ。剣をやめたわけじゃなくてよかった。いやまあ、剣士として勤めを果たす限り剣は必要だけどな」
……聞いているのか、こいつ。会話がどこか噛み合ってないぞ。
笑顔で頷かれるとかえって返す言葉に困る。元気になった旧友を喜んでいるつもりかもしれないが……本心はどうなんだ?
「ただ、最初に俺と当たるのは運が悪かったな。騎士課程じゃ毎日の稽古も違う。地方の仕事をしながらでは、なかなか追いつけないだろう?」
「村でも教わってるよ。かなり厳しくな」
「へえ、道場でもあるのか? それはよかった。相手には困っていないか?」
「困るどころじゃない。その反対だ。嫌になるくらい強い人がいるからな」
フェリクスさんの戦いぶりを思い出すと笑みが浮かぶ。あの人から直接教わっているんだ。村へ帰れば、また稽古を頼める。
ロイスも笑って頷く。
「楽しそうで何よりだ。じゃあ、久しぶりに見せてもらおうか。終わったら気づいたところを教えてやるよ」
もう勝って教えるつもりか。
腹は立つ。でも、フェリクスさんのことを話したって伝わらないだろうし、村で何をしたか説明して認めてもらいたいわけでもない。
「俺も楽しみだよ。騎士課程でどれくらい強くなったのか」
「期待してくれていい。手加減はできないけど、寸止めは任せてくれ。未来の騎士が稽古相手を壊すわけにはいかないからな」
「もちろん俺も全力だ。勝っても負けても納得いく戦いをしよう」
俺の発言が気に障ったのか、ロイスは少し眉を上げた。
だが、すぐに笑って審判へ向き直る。
「お願いします」
俺も一礼して試合場に入る。こうして向かい合うのは、最後の実技試験以来か。
ロイスが木剣を持ち上げる。前足へ体重が乗り、オーラを巡らせた腕に力がこもった。
見覚えのある構えだ。あの踏み込みも、剣が肩口へ落ちてくる重さも知っている。
あれから一年――ロイスだって稽古を積んでいるんだから前と同じとは限らない。
それでも、今は剣だけに目を奪われない。肩も足も、ちゃんと見える。
木剣を握る手から余計な力を抜く。ロイスは開始の合図を待ちながら、ゆっくりと息を吐いている。俺も呼吸を整え、足の位置を確かめた。
――来い。俺も、もう一度お前と戦ってみたい。
「始め!」
ロイスが地面を蹴る。その肩の動きに合わせて俺も足を踏み出した。




