第11話:予選突破
ロイスの木剣が肩へ落ちてくる。
――速い! 踏み込みも力強い。
さすがに騎士課程で鍛えているだけはある。けれど、そこへ来るのは見えている。
半歩外へ踏み込みながら木剣を合わせる。腕に重さがかかるより早く剣を傾け、その勢いを斜め下へ逃がす――
すぐさま振り下ろされた剣の横を抜け、喉元へ切っ先を差し入れた。
「――そこまで! 勝者、セイン!」
止めた木剣の向こうで、ロイスの口が半ば開いている。
「……え?」
俺はゆっくり剣を引いた。
――届いた。ちゃんと止められたし、押し負けもしない。
これが日頃の稽古の成果か? 前は押し負けてしまったロイスの剣を、今はこうも簡単に流せるなんて。
「いや、参ったな。少し様子を見ようと思ったら……今ので終わりですか?」
ロイスは笑って審判を見るが、声には不満が滲んでいる。
「喉元への寸止めを認めた。試合終了だ」
「でも、俺はまだ立て直せます。剣を戻せば続けられる位置ですし」
「その前に喉を取られている。下がりなさい」
ロイスの笑顔が消える。喉へ手をやり、次に俺の木剣を見た。
「……お前、あんな剣を使っていたか?」
「村で教わったんだよ」
「いや、そうじゃなくて。こっちは昔のお前を思い出して加減したんだぞ? まさか、いきなりそんなことをするとは思わないだろ」
加減していたのか? 踏み込みは前より速く感じたけどな。
でも、今の一撃を受けられていたら? 足を戻して再現してみれば、前足へ体重がかかりすぎている気がする。
あそこで横へ動かれたら、俺は追えただろうか?
「一度くらい勝ったからって勘違いするなよ。初めから分かっていれば、あんな一撃どうとでもなるんだ!」
何かを言われているが、一度気づいた粗がとにかく気になる。
木剣を下げたまま腰を少し引いてみる――これか? こっちなら次の足を出せるかもしれない。
フェリクスさんが相手なら喉元への一撃が通るはずがない。受け止めるどころか体捌きで躱してくるだろう。
流れるように動けたつもりでも、あの人にはまだまだ届かないな。これは練習あるのみだ。
「――聞いてるのか、セイン!」
「ん? ああ、悪い。少し考え事をしていた。何かあるか?」
「だから、実力で勝ったと思うなって言ってるんだ! 田舎で妙な小技を覚えたくらいで、騎士課程の俺より強くなれるわけがないだろ!」
ロイスの声に、次の組の二人がこちらを見る。審判からも退くよう促され、俺は慌てて頭を下げた。
「すみません。……じゃあな、ロイス」
「待て! もう一度やれば分かる! 今のは俺が油断しただけで――」
試合場を出たところで係員に呼ばれ、次の待機場所を教えられた。ロイスはまだ何か言っているが集合時刻を聞き逃すわけにはいかない。
……よし。次も出られる。
そう意識すると口元が緩んでしまう。一昨年はここで終わったのに、今日はもう一度戦える。
さっきの踏み込みも、違う技も、もっと試してみたい。次は少しだけ浅く入ってみるか?
――ああ、やっぱ剣術はおもしろい! 自分の未熟さも含めて、課題があるのがこんなに楽しいなんて三技学校にいるときは思わなかったぜ。
◇
次の相手も騎士課程の生徒で、学校で見覚えのある男だ。
俺が近づく分だけ下がり、木剣を正面から外さない。先ほどの試合を見ていたのか、打ち込んでくる気配がない。
なら、こっちから動かすか。
斬りかかると木剣で受け止められ、相手の腕が強張る。そこで力を緩めると、押し返してきた。
その力に逆らわず剣を傾ければ、抵抗を失った相手の手元が流れる。
――ここだ。
足から腰、剣まで型を作り、踏み込みながら押す。相手は体勢を戻そうと踏ん張り、再び剣に力を込めてきた。
その動きなら使える! 踏み直しかけた足へ体重が乗る前に、剣を通して横へ崩す。相手の体が傾き肩口が空いた。
そこへ切っ先を伸ばし、触れるようにして止める。
「そこまで!」
うん、これでいい。待つだけじゃなく、こっちから崩しても通じるんだ。
でもやっぱり課題は残る。まだ足運びからの重心操作が甘い。これはそう簡単には直らないか――
「お前、三十一席だっただろ……?」
相手は呆然としたまま俺を見ている。
「そうだが」
「じゃあ、なんで……」
もう一年も前の席次だぞ。フィーナに叩かれるたびに直してきたんだから、俺だって少しは変わるさ。
今回の相手はロイスと違って素直に負けを認めた。俺も剣を下ろして礼をする。これで二勝――これならまだまだ行けそうだ。
その後も試合を重ね、騎士課程へ進んだ元同級生ともまた当たる。
打ってこない相手にはこちらから触れ、打ち込んでくれば流して懐へ入る。何度も打ち合う前に勝負がつき、気づけば予選最後の試合もあっさりと終わっていた。
「セイン。本選出場だ。こちらで手続きを」
「はい!」
差し出された案内を受け取り、出場者の欄を見る。俺の名前がある。本選は三週間後。予選の続きじゃなくて、王都の本選に俺が出る。
勝つたびに次の試合ばかり気にしていたけど――本当に、通ったんだ。
早く皆に言いたい。足のことも聞きたいが、まずはフェリクスさんに教わった剣で勝てましたと報告しよう。
◇
「遅かったな、セイン」
待ち合わせ場所へ行くと、フィーナとミレイがもう待っていた。二人の手にも、本選の案内がある。
「そっちも通ったのか?」
「もちろんだ。騎士課程だと言っていたが、速さはあっても早くはないな。剣の呼吸をあまり意識しないから簡単だった」
簡単に言うけど、その呼吸を掴むのがどれほど大変か分かっているのか、こいつは?
「それに一撃は重いが外した剣を戻すのが遅い。そこで終わりのつもりで打っているのか?」
「フィーナの剣に合わせるのは大変なんだぞ……仕方のない面もある」
「何を言っている? セインは間に合うじゃないか」
そりゃ今の話だ。最初の頃なんて剣を戻す前にまた叩かれていたんだから。
「まあ、フィーナが勝つことに不思議はない。それでミレイはどうだった?」
「私も騎士課程の人とやったよ。打ち合えば勝てると思ったみたいで、斧へ剣を合わせてくれたから楽だったよ」
ミレイが両手で柄を握る真似をして、くるりと返す。
「こう、斧の張り出したところに剣を引っかけて回すの。取られまいと踏ん張るから、足を入れて崩したら手放しちゃった」
「ああ……あれか」
俺もやられた。柄を握っているつもりなのに手が開き、次には地面へ転がされる。
剣でも回しの技術はあるけど、斧だとさらにやりやすい。とは言っても、簡単じゃないけどな。
「一撃が重いのはいいけどさ。体幹とオーラを使えば女の子だって崩されない型は作れるよ。それに武器を取られたり、足を入れられたりする方にはあんまり興味ないみたい」
「ミレイのそれは分かっていても食らうけどな」
「ふふーん! 練習しているからね。もし本選で当たったらまた剣を弾き飛ばしてあげる」
「そう何度も取られてたまるか。本選までには対処できるようにしておくよ」
話していると、人混みの向こうでリゼットが案内の紙を振っている。これは四人とも通ったか!
「お待たせ。そっちも勝ったんだね」
「リゼットもだな。で、どうだった?」
「威力は凄かったよ。でも、次を撃つまでが遅いし、外す人もいるし。本当に予選の条件を見てるのかな?」
時間内に複数の的を射抜く競技で、一つを派手に壊していては間に合わない。リゼットには不思議で仕方ないらしく首を傾げている。
「魔導士課程の人も、一発ごとにマナを溜め直してたよ」
「最近は大魔法の需要が高いからな。剣士課程でもそうなんだ。魔導士課程ともなればもっとじゃないか? 俺の前のマナの使い方を覚えているだろ?」
「ああ……あれね」
そんなに納得するなよ。自分で言い出したけど、あの頃の俺はちぐはぐにも程があるからな。
「威力に重点を置くのはいい。でも、基礎を疎かにしてる感じはするね。大きな魔法でも外したら困ると思うけど……まあ、いいや。私が困るわけじゃないし」
リゼットは関心がなくなったのか、本選の案内を読みだした。
でも、本当に四人全員で予選突破とはな……
俺一人なら相性のいい相手に当たったとも考えられる。でもフィーナもミレイも騎士課程の生徒に勝っているんだ。リゼットまで揃って通るとなると……やっぱり、ベルナ村の連中の腕前は相当なものなんじゃないか?
「何だ、セイン?」
「いや。お前たちに教わってよかったなって」
「今更それを言うのか? ふふん! でも、悪い気はしないな」
フィーナが得意そうに笑った。
そうだな、今更だ。でも、王都で勝ってみると余計に思うんだよ。
「あ、本選出場で賞金が出るって。さらに勝ち進むたびに賞金が出るみたいだね」
ミレイの言葉に、二人が案内を覗き込む。
「どこだ? いくら貰える?」
「こっちも出るのかな……あ、あるね」
「勝っても負けても最初の賞金は確定で貰えるのか。でもまずはフェリクスさんに相談だろ。三週間も先なんだから」
そう言いながら、俺も案内の賞金欄を確かめてしまった。いや、貰えるなら嬉しいに決まっている。
それに、本選なら任命された騎士とも戦える。学生の頃から目で追っていた人たちと、同じ場所に立てるんだ。
「戻ろう。兄さまに聞くぞ!」
フィーナに続き、俺も歩き出した。
足のことをどう説明しよう。踏み込んで、剣を止めて、その次だ。もう少し浅く入ったつもりでも、前へ乗りすぎる。
宿で場所を空けてもらえれば、実際に動いて見せられるかな。




