第7話:王都への輸送団
出発の朝、村の広場には麦袋と保存肉を積んだ牛車が並んでいた。
俺が荷を縛る縄を確かめていると、村長がフェリクスさんへ革袋と書き付けを渡す。
「道中の金と、買ってきてほしい物だ。納税が済んで輸送代を受け取ったら、立て替えた分を戻してくれ」
「帰りの費用も残して、あとは買い付けですね」
「ああ。塩と鉄、それからエルゼに頼まれた品もある。空の車で帰ってくるのは勿体ないからな」
帰りも荷を満載にするつもりらしい。王都へ着いたら終わり、とはいかないわけだ。
今回の隊長はフェリクスさん。護衛には俺と三人娘、ほかに牛車を扱う村人たちが同行する。
その三人娘はというと、出発間際になっても家族に文句を言っていた。
「本当に道場を空けていいのか、兄さま?」
「留守は任せてあるよ。僕も行くんだから君も来なさい」
「私はまだ薪が――」
「割っといてやる。たまには木以外のものも見てこい」
ミレイの言い訳はダランに塞がれた。リゼットもエルゼへ顔を向けるが、先に肩を叩かれる。
「調合の方も心配要らないよ。向こうの薬屋を見ておいで」
「……知らない店を探すの、面倒なんだけど」
「セインに聞きな」
そこで俺を見るのか。薬屋なら何軒か知っているが、探している物があるかまでは分からないぞ?
「三人とも、そんなに行きたくないのか?」
「村にいれば稽古ができるだろう」
フィーナは当然のように答える。俺なら王都で何ができるか考えるのだが、この子はここで剣を振る方がいいらしい。
「同じ年頃の男連中はもう皆行っとるぞ。お前たちは毎回断りおって。今回は仕事だ。行ってこい」
村長に言われ、三人はようやく牛車の方へ来た。
あんな魔物には自分から向かうくせに、王都へは行きたがらないんだな。俺など楽しみで昨夜はなかなか眠れなかったのに。
「案内は頼むぞ、セイン」
「分かった。ただ、店が変わっていても文句は言うなよ」
隣に来たフィーナへ答えると、先頭の牛車が動き出した。
牛の歩みに合わせた旅はゆっくりだった。坂では車を押し、休憩では水を飲ませる。自分の足ならもっと進めると思っても、牛と荷を置いていくわけにはいかない。
山道を東へ進んで国内の峠を越え、三日目にはオルデン領の町へ着いた。
俺はフェリクスさんと領主の館へ向かった。牛車の見張りはフィーナたちに任せてある。
通行の話は村長から届けてあるが王国と揉めている相手だ。書類に不備がないか、待つ間にもう一度確かめた。
やがて通された部屋には灰色の髪を後ろへ撫でつけた男がいた。この地の領主、ラウレンツ・オルデンだ。
「ベルナ村の輸送団だな。書状は読んだが、その口からも話せ」
フェリクスさんが輸送団の長だと名乗り、車の数と人数、王都へ納税に向かうことを伝える。
領主は傍らの書記に記録させてから、俺へ目を向けた。
「王国の剣士というのは?」
「私です。ベルナ村に配属されております。セインと申します」
派遣証と、輸送任務への同行を認めた通達を差し出した。印を確かめた領主が書記へ渡す。
「村付きの剣士一名だな。積んでいるのは税だけか?」
「納税分の目録はこちらです。道中の食糧と牛の飼料は別に記してあります」
該当する箇所を開いて添えた。食べる分まで混ぜると、途中で確かめた時に数が合わなくなる。学校の演習で一度やらかしてから、ここは必ず分けている。
「売り荷はないのだな?」
「はい。帰路には村で使う品を買う予定ですが、その時は改めて申告します」
フェリクスさんを見ると、そのまま続けるよう頷いてくれた。
通行の確認が済むと書記から宿を紹介された。人数分の部屋があり牛車も裏庭へ入れられるという。
「荷を積んだまま泊められますか? こちらで夜番を置きたいのですが」
「構わんだろう。主人には伝えておく」
領主が書記へ頷いた。荷を下ろさなくていいなら助かる。俺は門の閉まる時刻と入る道も聞き、書類へ書き留める。
帰り際、領主は通達を返しながら言った。
「部隊をまとめて通す話と村の納税は別だ。気をつけて運べ」
「ありがとうございます」
話の分かる領主様で助かった。
ほっとしながら館を出ると、フェリクスさんが宿への道を指す。
「僕は皆を呼んでくるよ。セイン君、先に宿で話をつけてもらえるかな?」
「はい。牛車を入れる場所も見ておきます」
書き留めた道順を確かめ宿へ向かう。
◇
宿ではフェリクスさんと俺が同室になり、他の村人でもう一部屋。三人娘は隣の部屋に入っている。
夕食と荷の確認を終えると夜番の交代までは休める。寝台へ座って靴を脱いだところで、向かいから声がかかった。
「今日は助かったよ。途中から手続きを引き受けてもらえたから、僕は荷と皆の方を見られたんだ」
「書類仕事は学校でも習いましたから。役に立ててよかったです」
「宿でもすぐ牛車を入れられたしね。君が先に確認してくれたおかげだ」
あのフェリクスさんに褒められている――剣なら何をやっても見抜かれ、足元にも及ばない相手だ。
でも、こういうことなら俺が役に立てるんだな。
「教官が役人役をする演習があったんです。必要な物が足りないと、門を通してもらえなくて」
「それは厳しいね」
「お前は荷を届ける前に日が暮れるまで立っている気か、って。実技で疲れたあとだったので、正直面倒でした」
居残りで書類を直しながら、剣の練習をさせてくれよと思ったものだ。まさかフェリクスさんに頼られる日が来るとはな。
「では、王都でも頼りにしていいかな。納税の窓口も一緒に来てほしい」
「はい。初めての手続きですけど、分からなければ確認します」
「うん。僕も助かる」
フェリクスさんが翌日の経路を記した紙を広げる。俺も隣へ寄り、町から東へ延びる道を目で追った。
王領へ入った先には、領境を見ている詰所もある。そこからさらに王都へ続く。片道六日の予定だから、ようやく半分だ。
「明日は朝に出発して領境を昼頃に越える予定でいいですか?」
「そうしよう。牛を休ませながらだから、早めに出たいね」
頷いて寝台へ戻る。王都でも今日くらい役に立てればいい。窓口で立ち往生なんてしたら、あの教官に笑われるだろうな。
◇
四日目の朝、牛車の縄を締め直して町を出た。
道が広くなると、ミレイが俺の隣に来る。
「王都ならいい斧もあるのかな?」
「種類は多いと思う。樵用と戦うための物じゃ店も違うけど」
「じゃあ、まずは樵用だね」
「私は薬屋。母さまの買い物を先に済ませたい」
リゼットまで口を挟むと、フィーナもこちらを向いた。
「剣を扱う店も寄るぞ」
「分かったから順番にしてくれ」
行きたくないと言っていた割に注文が多い。でも、案内した店でこの三人がどんな顔をするのかは、少し見てみたい。
やがて王領を示す境の石を過ぎ、両脇に森が広がる街道へ入った。
牛車を二台並べる余裕はない。列の脇へ戻って前を見ると、曲がり角の先に男が立っていた。
肩に斧を担ぎ、こちらが近づいても道を空けない。さらに二人、剣を持って木の陰から出てくる。
「止めて」
先頭のフェリクスさんが手を上げる。
「荷を置いていけ。そうすりゃ、帰してやる」
斧の男が笑った。左の森で枝が揺れ、弓を持つ腕が見える。右にも人影があった。
――囲まれているのか。
「まさか、こんなところにまで賊が出るとはね。東の戦に兵を取られて、警邏が足りないという話は本当らしい」
フェリクスさんは道の前方を見たまま言った。
「皆は牛車から離れないで。御者は車の陰へ」
御者を荷台の後ろへ促し、俺は左の森へ向き直る。反対側へはフィーナたちが回っていく。
腰の剣へ手をかけ、木の陰を窺う。出てくるなら止める。牛車へは近づけさせないぞ。
フェリクスさんはどう動くつもりだろう? 左の森から目を離さず、俺は次の指示を待った。




