第6話:一年後、王都への道
あのブルベア狩りから一年が経ち、俺も十七歳になった。
「峠の落石は片づけました。荷車も通れます」
「助かるよ。帰りに村長にも伝えておいてくれるかい?」
「はい。……その前に、一本お願いします」
道場へ顔を出した俺を見て、フェリクスさんが奥へ声をかけるより早くフィーナが木剣を二本持ってきた。
「遅いぞ。今日は来ないかと思った」
「仕事を放り出すわけにもいかないだろ」
差し出された一本を受け取る。見回りに魔物退治、街道の整備。仕事が済んだら稽古を頼む生活がすっかり当たり前になっている。
マナを溜める癖も何度指摘されたか分からない。ミレイに足を直され、リゼットに肩を押さえられ、道場ではまたフィーナに打たれる。そんな日々を一年続けてきた。
それでも、まだこの子には一度も勝っていない。
「始め!」
フェリクスさんの声でフィーナが踏み込んだ。
肩を狙う木剣へ自分の剣を合わせ、斜めに流しながら足を引く。腕を固めず、オーラを脚へ巡らせて横へ出るが、打ち返す頃にはもうフィーナも態勢を整えている。
――速い。でも、今は剣を追いかけるだけじゃない。
下から跳ね上がる一撃をかわし、俺から肩口を狙う。フィーナはすぐに受けた。そこで剣を離さず押し込むように一歩詰める。
押し返してきた。狙うならここだ!
剣の重なったところを支えにして、オーラを巡らせた脚で横へ踏み込む。腰を回し、腕を通して重さをかけると、フィーナの剣が押す方向から外れた。
「っ!」
崩れた体を立て直される前に、その腕の外側へ入る。返した木剣を首筋の手前で止めたところで、フェリクスさんの声が響いた。
「そこまで。セイン君の勝ちだ」
フィーナは目を見開いたまま自分の腕を見下ろし、やがて長く息を吐いた。
「……参った」
この一年、ずっと聞きたかった言葉だ。
――勝った。あのフィーナに、ようやく勝ったんだ!
剣を下ろしても最後の動きが頭から離れない。押し返されるのを待てた。足も止まらず、狙ったところへ入れた。何度も打たれて直されたことが、今は全部つながった。
「……顔が緩んでいるぞ」
「悪い。でも、嬉しいんだ」
「謝れとは言ってない」
フィーナは俺から木剣を取り上げ、不満そうに二本を抱えた。
「こうなるとは分かっていた。初めて会った時からな」
「随分と不機嫌に見えるけど?」
「分かっているのと、悔しくないのは別だ!」
そりゃそうだ。俺だって負ければ悔しい。だから笑うのは我慢しようと思ったが、どうにも口元が緩んでしまう。
「明日は私が勝つからな」
「ああ。また頼む」
木剣を戻したフィーナが俺の隣へどすんと座る。フェリクスさんは水差しを持ってきて、俺たちに杯を渡した。
「王都から来た剣士が、うちの剣をここまで身につけるのは珍しいね」
「皆さんに教えてもらえたおかげです」
水を飲みながら、さっきの一手を思い返す。
学校では力を込めて押し切ろうとしていたところを、今日は自分から外した。それで勝てたんだ。
「フェリクスさん。学校が剛剣を重く見るのは、やはり魔物と戦うためでしょうか?」
「そうだね。魔物の爪を流せても、そのまま体ごと突っ込まれたら押し潰されるだろう?」
「ブルベアでも、角を避けただけじゃ危ないですからね」
「うん。しかも騎士は各地へ派遣される。体格も脚の数も攻撃の仕方も違う相手に、その都度受け方や踏み込む位置を覚え直してはいられない」
あの時のフィーナは角の脇を抜け、そのまま首を斬った。今なら、あれがどれだけ相手の動きを知った上での踏み込みだったか分かる。
「強化して叩き斬れるなら、その方が早い。全員に相手ごとの細かな対処を教えるより、限られた時間で戦えるようにしやすいんだ」
「なら、ここの剣は……」
「近くに出る魔物なら僕らは対処を知っているからね。それに峠では賊の方が厄介だ。人間を相手にする技も要る」
ベルナ村から西へ抜ければ隣国との交易路があり、東へ進めば王都へ続く。人の少ない山道でも荷や金を運ぶ者は通る。賊にとっては仕事場というわけだ。
「上位の騎士なら戦で武器を持った人間とも戦う。柔剣が役立つ場面はいくらでもあるよ」
学校も理由があって教えていた。俺にはマナを溜めたままオーラを使うやり方が合わなかったが、皆が俺と同じように不得手というわけじゃない。
でも、今は俺に合う剣がある。フィーナにも勝てたんだ。この先を目指したっていいはずだ。
「この剣でも……騎士を目指せるんですね」
「もちろん。今日のフィーナに勝てたことは自信にしていい」
「兄さま。今日の、は余計です」
「フィーナも負けていられない。だから今日の――と言ったんだ。次は勝つ気なんだろう?」
言葉に詰まるフィーナを横目に、俺は杯で口元を隠した。
どこまで行っても負けず嫌いな子だ。俺の田舎でも王都でも、こんな女の子はあまり見なかった。でも、こういうところが好きなんだよな。
……いや、それがどういう好きなのかは、自分でもよく分からないけど。
なんてことを考えていると、道場の外から声がかかる。
「フェリクス、少しいいか。おお、セインもいたか」
戸口に村長が立っていた。白髪交じりの髭に手をやり、脇に抱えた書類を示す。
「今年の納税だ。こちらで輸送団を組むことになった。王都まで運ばねばならん」
「王都へ?」
杯を置いて顔を上げた。村長は俺たちの前へ座り、王家の印が押された書類を広げる。
「徴税官との計算は済んだんですよね?」
「ああ。麦も保存肉も納める量は決まっとる。だが、回収に来る護衛部隊をオルデン領へ通せんそうだ」
オルデン領は村と王都の間にある貴族領だ。ベルナ村は王領でも飛び地なので、王家の土地だけを通って王都へ行けるわけではない。
「何か揉めているんですか?」
「前に軍が通った時の食糧や飼料の代金がまだ払われておらんらしい。次は費用と人数を先に決めろと。王国と話がまとまらんのだとさ」
「俺たちなら通れるんでしょうか?」
「村の納税は妨げんと返事が来とる。牛車と自衛の護衛なら構わん。配属の剣士を同行させる許可も、ほれ」
示された箇所を読む。確かに俺も行ける。王都へ戻れるんだ。
「人を揃えるとなると、村の仕事もありますね」
フェリクスさんの言葉に、村長が渋い顔をした。
「そうなんだ。今年は税が増え、運ぶ人手まで出さにゃならんとはな。輸送代は王都で受け取れるそうだが、道中の金は立て替えだ」
「金で納めるのはどうですか? 昔と比べて物納より金納を優先する土地も多くなっていると聞きますが?」
学校で習った限りではそういう土地もある。牛車を連ねずに済めば楽なのだが、村長は首を横に振った。
「今回は現物で届けろとのことだ。東の戦で食糧が要るんだろう。村や近隣で売った金では、王都で同じ量は買えんしな」
物価の違い……か。王都の食事の値段を思い出すと、確かにこっちは安い。村で売った分を向こうで買い直せないなら、金に換えれば済むという話でもないか。
「街道の賊も増えておる。ここはまだましだが、よそでは暮らしが立たん者もいるらしい」
「護衛を揃えましょう。僕の方で編成を考えます」
「頼む。それとセイン、改めて言うがお前にも行ってもらいたい」
村長が書類から顔を上げて俺を見る。
「この一年、見回りも面倒な片づけもよくやってくれた。村の荷を任せるなら、お前がいい」
俺でいいのか、と聞き返しそうになった。
最初のブルベア狩りでは逃げ道を守り、討伐そのものは三人に任せきりだった。それが今は、村の荷を任せたいと言ってもらえる。
道を歩いて木を片づけて、そんな毎日も見てもらえていたんだな。
「今のセイン君なら任せられますよ」
フェリクスさんまでそう言ってくれた。嬉しくないわけがない。
しかも行き先は王都だ。今の俺なら、あそこでどこまで通用するだろう?
なんて考えが浮かぶけど、仕事を果たすのが先決だ。この麦も肉も村の人たちが用意したもの。浮かれて荷を奪われました、なんて顔で戻っては来られない。
「分かりました。引き受けます」
「助かる。では、輸送団を組もう」
必要な牛車と人手の話が始まる。
一年前は落とされて出てきた王都へ、今度は仕事を任されて向かう。
――早く行きたい。その気持ちを抑えながら、俺は村長の書類を手元へ引き寄せ読み進めていった。




