第5話:村の少女たちは狩りをする
翌日、肩に力を残さず斧を引き抜くとミレイに呼び止められた。
「……ちょっと。少し慣れたら、私より上手くない?」
斧を台へ置いて腕を差し出す。昨日は引っかかっていたオーラが今は肘から指先へ素直に流れてくれている。
ミレイは俺の腕を掴み、曲げ伸ばしを確かめた。
「うん。マナは溜めてないね」
反対側からリゼットが腕に触れる。二人に挟まれているのはまるで両手に花だな。
少し照れるけど、今は確認してもらう方が先だ。
「じゃあ、これでいいのか?」
「腕の使い方はね。……それができるまで、私はずいぶん薪を割ったんだけど」
「俺も割るよ。まだこんなにあるし」
「うん。全部割ってくれてもいいんだよ?」
ミレイが示す薪の山を見て、さすがに全部とは約束しなかった。まだ朝の稽古で言われたことも試したいんだ。
手を離してもらい、次の丸太を台に置く。今度は持ち上げるところから気をつけて斧を振り下ろした。
「足が止まってる。次に動く方へ体も運んで」
「こうか?」
「セイン、また肩に溜めてるよ」
「……あ、本当だ」
足を気にしたらマナの方を忘れていた。剣の稽古にも生かそうと考えた途端、いつもの準備を始めてしまうらしい。
分かったつもりでも、別のことを考えるだけで戻るのか。
息を整えて溜めた分を散らすと、ミレイが新しい丸太を転がして寄越した。失敗しても練習相手には困らない。こんなに積んであるのだから。
◇
こうして俺は剣士として働きながら修行をやり直し始めた。
朝は道場へ通い、見回りでは畑の柵や街道を確かめる。荷運びを頼まれれば手を貸し、倒木が道を塞いでいれば片づける。体を使う仕事なら、オーラを巡らせる練習にもなる。
ただ、荷を落としては迷惑なので欲張らない。余裕がある時に教わった動きを試し、仕事が済めばまた見てもらいに行く。
リゼットにはまた風の使い方を聞かれることもある。
そこで説明しようとして初めて、自分が何をしているのか考えるようになった。何となくできる、では教わる方も困るよな……。
学校で居残っていた頃はできなかったことばかり気になっていた。今は次に試したいことがどんどん出てくる。
フィーナに「明日も仕事だぞ」と言われて、ようやく暗くなっていることに気づくくらいには稽古が面白くなっていた。
そんな暮らしを始めて一週間ほど経った頃だ。
「東の畑にブルベアが出たぞ!」
見回りから戻る途中、村の男が坂を駆け下りてきた。
ちょうど薪を配り終えたミレイと村の広場で話していたところだ。ここには道場で稽古を終えたフィーナと、薬籠を提げたリゼットもいる。
「何頭ですか?」
「六頭だ。今、畑から追い出してる!」
俺は剣帯を締め直して村人の男の後を追った。
ブルベアは牛のような角を持つ熊の魔物だ。剣士なら倒せて当然と言われる相手で、学校の実習でも討伐したことがある。
ただ、あの時は一頭ずつだった。六頭まとめてとなると一頭を斬っている間に残りがどこへ行くか分からない。
坂の上へ出ると、畝の向こうで太い背中が動いていた。土を蹴る足も、振り回す角も一つじゃない。あれが畑の中へ散ったら面倒だぞ……。
「こっちだ! 戻すなよ!」
板を打ち合わせる音が響いた。
畑の両側から村人たちが声を上げ、群れを刈り終えた草地へ追い立てている。
角が向けば距離を取り、横へ逸れかけた一頭には石を投げる。俺が来る前からもう追い出すための準備はしていたらしい。
「勢子がうまく寄せたな。じゃあ、狩るか」
案内してきた男は俺を見て言った。
「ここは剣士セインに任せよう。村での初討伐だな」
「はい。それが仕事ですから」
「頼む。あとはお前たちもだ。ちょうどいいからやってくれ」
フィーナたちにも任せるのか? 強いのは分かっているけど魔物が六頭もいるんだぞ。
「分かった」
「リゼット、籠は置いていきなよ」
「うん。セイン、持ってて」
薬籠を差し出され、俺は思わず受け取った。
って! ここは俺が仕事をするところだぞ!
「いや、俺は剣士でブルベアを討伐しろと言われたところなんだが……」
「なら、そこの畑へ抜ける奴がいたら止めてくれ。セインは今調整中だろ? 無理はさせられない」
フィーナが草地の脇を指す。確かにそこは人が少ない。群れが戻れば、せっかく追い出した意味がなくなる。
「……分かった。こっちは任せろ」
格好はつかないが、意地を張って畑へ逃がしては何のために来たのか分からない。
「うむ。では行くぞミレイ! リゼット!」
フィーナが剣を抜いて駆け出し、斧を構えたミレイが続く。リゼットは二人の後ろで草地を見渡した。
「あいつらが勝手なこと言ってすまんな。でもまぁ、安心して見ていられるってのも確かだ」
男は呆れたように笑っている。六頭もいるのに、まるで心配していないんだな。
畑道へ籠を置いて剣を抜く。抜けてきたらここで討つ。それまでは三人の戦い方を見せてもらおう。
先頭のブルベアが近づくフィーナへ角を向けて地面を蹴った。
角を向けられたフィーナは逃げない。むしろ自分から踏み込み、金色の髪が角のすぐ脇を抜ける。
――剣が走る。太い首から血が噴き出し、巨体が倒れるより早くフィーナは次の一頭へ向かっていた。
あの間合いに入るのか! 角が当たったらただではすまないぞ!
二頭目が前脚を振り上げる。フィーナは半身で爪をかわし、顎の下へ剣を突き入れた。剣を引き抜きながら横へ出ると、その背後で巨体が崩れる。
もう二頭。俺が間合いを測っているうちに終わってしまった。
俺ならもっと離れて突進が止まるのを待つ。今のは相手が止まる前に斬っている。柔剣とはいうが、決して待ちの剣じゃない。
あれはどこを見て、どう判断して踏み込んだんだ?
「こっちも来たね」
ミレイの前でも一頭が立ち上がる。
振り下ろされる前脚の内側へ斧が入り、ブルベアの体が傾く。ミレイはその脇へ回って首へ刃を叩き込むと、斧を引き抜きながら後ろへ下がった。
吠えたブルベアが角を振り、彼女のいた場所を薙ぐ。ミレイはその外側から斧を振り上げ、首の後ろへ落とした。
一頭目が沈む頃には二頭目が迫っている。ミレイは横へかわしながら脇腹へ打ち込み、怯んだ隙に首へ回る。もう一度斧が落ちると、そちらも草地へ転がった。
斧を抜く動きが、そのまま角から逃れる動きになっている。避け終わる頃には次を打てる位置にいるんだ。
――足が止まっていると言われたのは、こういうことか。薪割りで腕の使い方を褒められても、あの角から逃げられるわけじゃない。
残った二頭が向きを変えた。一頭は俺の守る畑へ、もう一頭は勢子の間へ走り出す。
俺が剣を構えて踏み出した時、その顔を光の矢が貫いた。
ブルベアが前のめりに倒れる。もう一頭へ目を向けたが、そちらも土へ顔を突っ込んでいた。リゼットが上げていた腕を下ろす。
「……これで全部?」
俺は剣を握ったまま、倒れた二頭を見比べた。
別々に走る相手だぞ? 裏庭の的と違って、頭は上下するし角も邪魔になる。狙い直していたら間に合わない。
風の操作を褒められたからといって、俺に今の真似ができるか? ……無理だ。二頭目へ向き直った時には、もう走り抜けられている。
「ほらな。あいつらの強さは村では誰もが認めるところってやつさ。ではこれで六頭、血を抜くぞ! 荷車も、もう一台持ってこい!」
男が呼ぶと、勢子をしていた村人たちが集まってきた。刃物を出す者もいれば、脚へ縄をかける者もいる。
俺が剣を鞘へ戻す頃には、もう肉をどう運ぶかという相談が始まっている。
「畑は少しやられたが、これだけ獲れれば上等だな」
「セイン、こっちを持ってくれ。フィーナとミレイも手伝え!」
「討伐した私たちもか? 人使いが荒いな」
「なんか私たちの扱い悪いよね? リゼットだけ特別扱いなのは納得いかないんだけど」
「私は魔女の家系だし、魔法と薬作りが仕事だよ。じゃあ頑張ってね」
リゼットは畑道の薬籠を拾い、さっさと帰っていく。フィーナとミレイは苦笑しながら縄を掴み、荷車へ向けて引いた。
当然俺も手伝っているけど、オーラで強化していても重い! こんなものが突っ込んでくる懐へ二人ともよく入れたものだ。
「フィーナ、最初はどこを見てたんだ?」
「肩と前脚だ。角ばかり見ていたらタイミングを測れないからな」
「二頭目にもすぐ入っただろ。あの時は――」
「教えてやるから、まず運べ。お前の方が止まっているぞ」
「……悪い」
慌てて足を動かすと、フィーナが笑った。
聞きたいことが次から次へ出てくる。ミレイの斧の返し方も、リゼットが二頭を撃った時の狙い方も。今なら何を教わりたいのか、少しは具体的に聞けそうだ。
もう一度実演してもらうなら、仕事を片づけてからだな。
俺は縄を握り直しフィーナと歩調を合わせた。一頭を載せ終えたら次も運ぼう。どうせ全部運び終わるまで、稽古には付き合ってもらえないだろうし。
この村で学べることは、全て学ぶ! 俺はまだ、諦めないぞ!




