第3話:剣士、薪を割る
北の畑を見回っていると、森の方から斧の音が聞こえてきた。
「あそこだ。ダランがいる」
フィーナに連れられて道を外れて森に向かう。
倒れた木の枝を払っている男がいた。声をかけられても斧は止まらず、手元の枝を落としたところでようやくこちらを向く。
「ダラン。兄さまから頼みがある」
「なんだ? ……というか、そっちは見ない顔だな」
短く刈った茶髪に、日に焼けた顔。二十代半ばくらいだろうか。袖から出た腕は太く、片手で持っている斧が妙に小さく見える。
この人なら確かに身体強化も得意そうだ。もっとも、今朝は細身の青年にも散々驚かされたのだが。
「王都から派遣されてきた剣士のセインです。昨日、村に着きました」
「そうか。俺はダランだ。で、フェリクスが何の用だって?」
「セインは柔剣に向いているんだが、強化すると動きが悪くなるんだ。ダランに見てもらえって」
「オーラか。いつもの使い方で剣を振ってみろ」
話が早くて助かる。ダランが示した場所へ立ち剣を抜く。
丹田からオーラを巡らせ、脚を固め、腰と腕へ力を込めて振り下ろす――そこから返そうとすると、また肩が詰まるようなぎこちなさが残っている。
朝はあんなに軽く動けたのに、強化した途端これだ。この引っかかりを今まで力不足だと思っていたのか。
「一発に威力を乗せるのはいいが、そのあとの使い方が雑だな。そりゃ柔剣には合わん。ついでに言えば、樵にも合わん」
「樵にもですか?」
「一振りごとに力み直してたら、日が暮れる前に腕が上がらなくなるぞ」
ダランは斧を持ち上げ、残った枝を落とした。そのまま一歩進んで次の枝へ。俺なら腕を戻して構え直すところを、足も斧も止めずに続けていく。
あの太い腕で叩き切るものだと思っていたが、振りかぶる動きまで小さい。
「その使い方を教えてもらえませんか?」
「今日は無理だ。こいつらを片づけないと次の木を倒せん」
斧の先で示された向こうにはまだ枝のついた木が何本も横たわっている。確かに俺一人のために止めてもらえる仕事ではなさそうだ。
「俺の妹にミレイってのがいる。口はうるさいが、オーラの扱いは確かだ。あいつなら教えられる」
「妹さんも樵なんですか?」
「ああ。今日は家で暇こいてるはずだ。フィーナ、案内してやれ。俺が教えてやれと言ったとな」
「分かった。見回りが済んだら連れていく」
「ありがとうございます。訪ねてみます」
剣を鞘へ戻して頭を下げると、ダランは斧を持ち直した。
「おう。足元、気をつけろよ」
枝を跨いで道へ戻る間に、もう次の枝を払う音が始まった。俺も見回りを済ませよう。教わる相手ばかり増えて、仕事が終わっていないのでは格好がつかない。
◇
「暇こいてるって、兄さんが?」
見回りと村長への報告を終え、ダランの家を訪ねた俺たちを迎えたのは短い茶髪の少女だった。俺やフィーナとそう年は違わないだろう。
袖を肘までまくったミレイは庭の丸太の山を振り返った。短く切り揃えられているが、薪にするにはまだ割る必要がある。
「自分が置いていったこれを、誰が割ると思ってるんだろうね」
「手伝えることがあれば俺もやるよ」
「ほんと? じゃあ、割った薪をそっちの軒下へ運んでくれる?」
どうやら追い返されずに済んだらしい。
剣帯を外し、鞘ごと壁へ預ける。隣ではフィーナも剣を外していた。
「私も運ぶぞ。早く終わらせてセインを見てもらわないとだからな。あとついでに私と手合わせはどうだ?」
「嫌だよ。フィーナは寸止めが下手すぎ」
即答だ。俺も昨日打たれた脚を見てしまう。あれも、もう少し手前で止めてもらえたんじゃないか?
「……セインまでそんな顔をするな」
「いや……身に覚えがあったから」
「次はもっと手前で止める」
「前もそう言って当てたでしょ! いいから今は薪を運んで」
あれだけ強いフィーナが言い返せず薪を運んでいる。悪いが、俺からも庇えない。
「こんなもんかな? それで、セイン君はどう強化してるの?」
割ってあった薪を運び終えると、ようやく俺の番が来た。
「ああ、やってみる――」
丹田から腕へオーラを集め、いつものように力を込める。ミレイは肘へ指を添え、曲げ伸ばしするように言った。
「その力を残したまま動かそうとしてるんだね。これじゃあフェリクスさんみたいな剣は難しいよ。ちょっと見てて。フィーナは私の手伝いね」
「分かった。これでいいか?」
フィーナが割り台へ丸太を置いて離れると、ミレイが斧を振り上げる。腰が回り――刃が落ちる。
丸太が左右へ割れ、斧は台に浅く食い込んだ。ミレイは軽く柄を動かして刃を抜き、脇へ斧を下ろす。
一振りで割ったのに肩を力ませた様子がない。ダランの枝払いもそうだった。あの軽さは、やはり単に力が強いからではないらしい。
「今、強化を解いたのか?」
「弱めたんだよ。割る時の力は斧を抜く時には要らないでしょ。そして抜けたら、持ち上げる分でいい。常に同じオーラを使う意味なんてないからね」
「動くたびに変えている?」
「そう。一日中やるんだから、一回振っておしまいじゃ困るよ。一流の樵になるには必須だね」
学校で習っていた剣では常に強化を入れたままで、他の皆はそれで動けていた。
俺もずっとそうしようとしてきた。けれど、今みたいに動きに合わせて変えていいのなら――。
割れた薪を軒下へ運んで戻り、斧を受け取る。ミレイに握りと立ち位置を直してもらい、新しい丸太へ振り下ろす。
――割れた。
だが、腕まで突っ張ったままで、斧を抜くにも一苦労だ。
「まだ割る時の力が残ってるね。さらに厳しいことを言えば落とす瞬間には抜けているほうがいいけど、それはまだいいかな。とにかく緩急をつけてオーラを操ってみて」
言われた通りオーラを弱め、台に食い込んだ刃を抜く。次の丸太が置かれたところで斧を持ち上げ、脚、腰、腕へ動きに合わせて力を送る。
割れたら緩める。今はそれを忘れるな。
今度は余分な強化を緩め、台から斧を持ち上げるところまでできた。
「あ、今のいいよ。それそれ!」
手元に戻ってきた斧を見る。
――これか? 今は力が余っている。これなら次の動きへ移れるぞ。
「もう少し割ってもいいか?」
「もちろん。その山、全部うちのだから」
ミレイが笑い、フィーナは割れた薪を抱えて軒下へ向かった。手伝いのはずなのに、俺の方がやめられなくなっている。剣でもこの軽さを出せるだろうか。
何本か続けていると、つい腕を固めるたびにミレイから声が飛んだ。指摘されれば緩められるのに、次の一振りで忘れる。長く染みついた癖というのは厄介だ。
もう少し早く切り替えたい。そう思って斧を上げた時、肘の内側がびりっと痺れた。
「……あれ?」
今は力を残していなかったはずだ。斧を下ろし、腕だけ動かしてみる。さっきと同じように巡らせたつもりなのに、今度は手首の近くで引っかかる。
「なんか、魔法が邪魔してない?」
ミレイが俺の腕へ手を添え、眉を寄せた。
「オーラとマナの反発っぽい感じがするよ?」
「そうなのか? いつでも魔法を発動できるようにするのが鉄則って習ったから、その癖かもしれない」
魔法は使っていない。けど、剣と魔法の併用でマナを保持するのは確かだ。
「んん? それってマナを常に漏らしておくってこと?」
「いや漏らすってわけじゃないはずだ。必要な時にすぐ使えるように、だと思う」
教わった通りに備えているだけだ。それが、斧を持ち上げる邪魔をしている?
「うーん……騎士様の戦いは、そのくらいの無駄を許すものなのかな。魔法の使い方は私には分からないけど、これじゃ流れを変えても引っかかるよ」
握り、剣の動き、身体強化。それを直せば、今度は魔法か。
朝から何度同じことを思っただろう。けれど、さっき斧が軽く戻ってきた感触は覚えている。あれをもう一度やりたいのに、別のものが邪魔をしているなら――。
「誰か、見てもらえる人はいるか?」
「それならエルゼ様かな。マナの制御を教えてもらってからの方がいいよ。今日みたいに引っかかるって話してみて」
「場所は知っている。案内するぞ」
フィーナが薪を置いて戻ってきた。本当に世話になりっぱなしだ。礼を言って剣帯を取りに行くと、ミレイにも呼び止められる。
「直ったら戻っておいで。続きやろう」
「ああ。また頼む」
「そっちの続きも手伝ってね」
彼女が指す先には、まだ丸太が積まれている。なるほど、そちらもか。
「次はもう少し楽に割ってみせるよ」
斧を返し、剣を腰へ戻した。早くこちらでも試したい。そのためにも、まずはマナだ。




