第14話:新しい道
次の試合で、俺は負けた。
相手はあの時すれ違った騎士だ。剣を合わせても押し込んでこない。こちらから崩そうとすれば力を抜かれ、返す剣を追いかけるうちに間合いが開く。
なら、もう一歩――そう踏み込んだところで手元を押さえられ、胸の前に相手の切っ先があった。
分かっていたつもりなのにな。初戦と同じようにはいかないと。
礼をして試合場を出ても最後の一歩が頭から離れない。あそこで追わずに剣を引いたらどうなった? いや、それでは相手の攻めを待つだけか。
「セイン君、帰り道はこっちだよ」
「あっ……すみません」
フェリクスさんに呼ばれ、通り過ぎかけた階段へ戻る。
「最後のところ、見ていましたか?」
「見ていたよ。足を出す前に、剣で誘われていたね」
「やっぱり……帰ったら、あの攻め方をしてもらえませんか?」
「もちろん。忘れないうちに試そうか」
次はあそこで止まらずに動きたい。勝った時より、教わりたいことが増えてしまった。
フィーナとミレイも、次に当たった騎士には勝てなかった。
客席から見ていると惜しい場面はあるのに、そこから先へ踏み込ませてもらえない。俺もああやって止められていたんだろうな。
「あと一歩だったんだぞ」
「その一歩が遠いんだよな……」
「分かっている。だから悔しいんだ」
フィーナはまだ試合場を見ている。ミレイは残念そうに肩をすくめた。
「やっぱり何度も見せたら駄目だね。逆に斧を弾き飛ばされちゃったよ」
あとで戻ってきたリゼットも、最後の的を狙い直した分だけ遅れたという。
「外してはいないんだけど。……もう少し早く撃てたと思う」
四人とも本選で一勝しておしまい。誰かはもう一つくらい勝てるかと思ったが、さすがに甘くないか。
それでも、賞金を受け取る時には皆で受付の机へ身を寄せた。本選出場の分に、一勝分が加わっている。
「ちゃんと増えてる」
ミレイが硬貨を数え、フィーナも自分の分を確かめる。俺だって見比べたくなる。大金ではないが、自分の剣で増やした金なんだ。
負けた悔しさまで消えるわけじゃない。それでも袋へしまうのが少し楽しい。
「帰る前にもう少し王都を案内するよ。明日はどうだ?」
「甘い物の店も?」
リゼットがすぐに顔を上げた。
「そこも行こう。前は回れなかったところがあるんだ」
◇
「これをもう一つ食べたら、あっちの店には寄れないよ」
見ているだけで胸焼けになりそうなのに、三人ともまだ食べる気らしい。なんというか、こう……舐めていたな。
「では、ミレイと半分にすればいい」
「私も食べることになってる?」
「いらないのか?」
「いるけど」
菓子屋の長椅子でフィーナとミレイが財布を開く。薄く焼いた生地に蜜と木の実をかけただけなのに、これがまた美味いんだ。
おかわりはパスだ。食い倒れしていたら案内もできなくなる。
結局、二人は金を出し合い店主に切り分けてもらっていた。
「セイン、こういう店も知ってたんだね」
隣のリゼットは一人でもりもりと菓子を食べている。普段の食事はそれほどでもないのに、甘い物だと底なしだな。
「学校の帰りに通ったからな」
「よく食べてたの?」
「ごく稀にだな。ほとんどは匂いをかぐだけさ」
あの頃は菓子を買うくらいなら剣の手入れに使う油を買おうと素通りしていた。
今も油は必要だけど、騎士に勝った祝いくらいしてもいいだろう。
「じゃあ、ちゃんと味わわないと」
「味わってるよ。……うん。久々に食べるけど、記憶よりも甘い気がする」
「おいしいでしょ」
リゼットが笑う。こうやって皆で食べるのも悪くないものだな。
そのあとは露店を回り、フィーナの砥石選びに付き合った。ミレイは髪紐を買い、リゼットは見慣れない薬草の前で足を止める。
「これ、何に使うの?」
「それは店の人に聞いてくれ。王都に住んでたからって何でも知ってるわけじゃないぞ」
頼られるのは嬉しいけど、薬草まではな。
店主の説明に俺も耳を傾けていると、横からフィーナに菓子の包みを預けられた。お前はまた買ったのか……
そうして歩き回り、宿へ帰った俺たちをフェリクスさんが呼び止める。
「君たちにお客さんだよ。王国からの使者だそうだ」
「……俺たちにですか?」
思わずフィーナを見るが、俺と同じ顔をしている。
何かしたか? いや、負けたからといって呼び出されるはずはないよな。
◇
宿の小部屋では、細身の中年の男が待っていた。
俺たちの名を確かめると、王国の印が入った書状を広げ養成課程の設置を担当する部署から来たと名乗る。
「大会での働きを拝見しました。新設するフェンサー課程で学んでいただけないかと思いまして」
勧誘? 俺たちを、王国が?
「……騎士課程に入れるということでしょうか?」
「いえ。対人戦の技能を育てる別の課程です。東部の戦況が悪化し、前線だけでなく、後方の護送や賊の討伐を担う者も不足しています」
身を乗り出しかけたまま続きを待つ。別の課程だとしても、俺の剣を見て声をかけてくれたんだ。
「そこから騎士にはなれますか?」
「登用については王国内でもまだ意見が分かれています。今お約束することはできません」
そう簡単にはいかないか。けれど、対人戦なら俺がこれから磨きたい剣そのものだ。
「私も対象なんですか? 剣は使えませんけど」
リゼットが尋ねると使者は頷く。
「あなたの速射と制御も評価しています。対人戦向けの魔導士も育てますから」
「細剣を使えってことでもないんだね?」
今度はミレイだ。
「ええ。細剣が主に人との戦いに使われることからフェンサー課程と呼んでいるだけです。斧でも構いません」
「それならよかった。……この手当って、学んでる間も出るんですか?」
広げられた書面の一行をミレイが指した。フィーナも横から覗き込み、俺もつられて目を落とす。
「出ます。ただし、在学中から治安維持などの任務に従事していただきます。命じた任務を拒否された場合は、その場で解雇となります」
「稽古だけしていればいいわけじゃないんですね」
「はい。働いていただくための給金です」
フェリクスさんも書面を読んでいる。俺は任務について書かれた箇所をもう一度確かめた。
村でも仕事をしながら学んできた。ただ、今度は見回る場所も相手も変わる。昨日負けた剣を、そのままでいいとは思えない。
「命じられる仕事のほかにも、稼ぐ方法はあるんですか?」
ミレイの質問に使者が別の項目を示す。
「志願して受ける有償の依頼も設ける予定です。任せられる仕事は習熟次第ですが」
「じゃあ、腕を上げたらそっちも受けられるんだ」
「まずは任された仕事をきちんとすることだよ」
フェリクスさんに言われ、ミレイは「分かってるよ」と笑った。
「仕事をして稽古をして、休みには買い物に行けるならいいかな」
「私もだ。今度は菓子を一つずつ買えるぞ」
「フィーナ……まだ食べたりないのか」
「今日じゃない。次の話だ」
いや、そういう意味じゃねーよ……
まあいい。書面へ目を戻す。俺もここで暮らし、剣を学べるのか。今度は自分に合う剣を――
「俺はまだベルナ村に配属されています。それでも受けられますか?」
「希望されるなら、配属先との調整はこちらから正式に行います」
これじゃあ断られる理由を一つずつ探しているみたいだな。受けたいのに。
ただ、フェリクスさんに教わりたいことだって山ほどある。昨日も帰ったら稽古を頼むと話したばかりだ。
「フェリクスさん。俺は……」
「受けてみたいんだね?」
「はい。ただ、まだ教わりたいことが――」
「ここで学んだら、僕とはもう剣を合わせられないのかい?」
フェリクスさんはいつものように穏やかに笑っている。
「村へ帰ることもできるだろう。その時に覚えたことを見せてくれればいい。僕も楽しみにしているよ」
……そうだよな。騎士課程にも休暇はあったし、ここでも帰れる時に稽古を頼めばいい。
「お願いします。俺は、この課程で学びたいです」
俺だけじゃない。三人娘も受講を希望し、家や村長へ話を通すことになった。
リゼットは母への手紙を考え、ミレイは兄に伝える仕事の引継ぎを指折り数えている。
使者から明日の窓口を教わり書面を受け取る。窓口のある通りは知っている。今度はそこへ学びたいと伝えに行くんだ。
都落ちした俺が、また王都に返り咲くってことか?
いや、まだだ。騎士への道さえ決まっていないし、ここで何ができるかもこれからだ。
それでも、新しく教わった剣でもっと先へ行ってみたい。
――俺の前に、新しい道が開けたんだ。




