第13話:騎士に届いた剣
見回りを終えたら道場へ行く。フェリクスさんに剣を押さえられ、返しを受け損ね、もう一度と頼む。
そんなことを繰り返すうちに、帰村してからの七日間が過ぎていった。
「今のは続けられたね」
「でも、届きませんでした」
「僕も当てられたくはないからね」
涼しい顔で言われてしまう。こっちは次の一撃を出すだけでも必死なのに、この人はまだ笑っていられるのか。
ただ、前には見えなかった隙間がある。そこへ剣を通そうとすると、もう塞がれている。
惜しいと思うたびにもう一度やりたくなるものだから、フィーナには何度も順番を急かされた。
ミレイにもオーラの巡らせ方を見てもらい、少しは動けるようになったつもりだ。それでも出発の朝には、あと一日あればと思ってしまう。
「置いていくぞ、セイン」
「分かってるよ」
留守の見回りは村長が調整してくれた。俺たち四人はフェリクスさんと村を発ち、徒歩で四日かけてまた王都へ行く。
本選まではあと二日。受付と武器の確認を済ませ、休みながら体を整える。宿でもつい剣を握りたくなるが、疲れを残して当日動けないなんてそれこそ何のために来たのか分からない。
もっとやりたい――その気持ちを抱えたまま、本選の日を迎えた。
◇
試合場を囲む客席から、大きな歓声が上がる。
フィーナの剣が相手の胸元を捉え、審判が手を上げた。
危なげない勝ち方だ。やはり地力では俺よりフィーナの方が上なんだろうな。
観戦を終えて組み合わせ表へ戻ると、自分の対戦相手の名をもう一度確かめた。
ベルク――その横に騎士とある。
分かっている。さっきも読んだんだから、確かめ直したって変わらない。
「勝ったぞ」
戻ってきたフィーナが隣へ並ぶ。
「見てたよ。きれいに決まったな」
「相手は剣士だからな。このくらいは勝たないと。……セインの相手は騎士か。先を越されたな」
「フィーナは騎士とやりたかったのか?」
「そのために出たんだろう? どんな剣だったか後で教えてもらわないとな」
それは俺も同じだ――と言いたいのに、いざ初戦から当たるとなると落ち着かない。
続くミレイの相手も剣士で、こちらも一勝。打ち込んできた剣を斧で巻き、柄を胸元へ突きつけて終わらせる。戻ってきた本人はまだまだ余裕がありそうだ。
リゼットも魔技大会の初戦を通過したそうで、昼前には客席へ合流した。片手に串焼きを持っている。俺は朝からあまり腹が減らないというのに、余裕だな。
「セインはまだ?」
「ああ。これから」
「じゃあ見ていけるね。頑張って」
そう言われると少し格好をつけたくなる。三人とも勝ったんだ。俺だけ何もできずに終わるのは嫌だぞ。
「セイン君」
呼び止めたフェリクスさんが俺の手元を見る。いつの間にか参加票の端を強く握っていた。
「相手を見ておいで。肩書と剣を合わせるわけじゃないからね」
「……はい」
まだ顔も知らないんだよな。騎士という二文字だけで負けた気になってどうする。俺だってここまで稽古をしてきたんだ。
係員に呼ばれて刃引きした剣を確かめ、客席の声が響く試合場へ踏み出した。
◇
ベルクは短い黒髪の男で、年は三十前後に見える。右頬に細い傷があり、袖から出た腕は俺よりずっと太い。
「セインだったな。所属は?」
「ベルナ村に配属されている剣士です」
「地方勤めか。よく本選まで来たな」
馬鹿にされている感じはしない。けれど、対戦相手というより、頑張って勝ち残った若者に声をかけているようだ。
「ここから先は厳しいぞ。怪我をしないようにな」
「分かっていますよ。……よろしくお願いします」
礼をして構える。ベルクの剣がすっとこちらへ向き、俺は息を詰めかけた。
――隙がない。
少なくとも、予選の相手のように腕へ力が偏ってはいない。足を動かしても剣先はこちらを捉えたままだ。
握りかけた手を緩め、オーラを全身に巡らせる。力で押し返そうとする癖は、こういう時ほどいまだに出てくる。
まだ剣を打ち合ってもいないんだ。だから体を固めるなよ、俺。
「両者、よいな?」
頷くと、ベルクも顎を引いた。構えからして待ちの型。まずは俺に打たせるつもりか?
まだ付け焼き刃の柔剣で実戦を重ねた騎士と戦うんだ。最初の攻めを選ばせてもらえるなら、むしろありがたい。
「――始め!」
試合開始の合図とともに前足を滑らせ、斬りかかる。
ベルクの剣が下りてきて、合わせた鋼から腕へ重さが走る。
押し下げられた俺の剣を追って、さらにベルクが間合いを詰めてきた。
――重い! このまま押し返したら、潰される!
剣にかかる力を下へ逃がしながら後退し、半歩ずれる。これで崩せた相手もいるのに、ベルクは止まらない。
ベルクの剣が翻り、俺の肩口へ迫りくる。
もう次か――でも、見える!
下へ流した切っ先を回し、迫る剣へ斜めに合わせる。オーラを巡らせた足腰で型を作り、叩きつけられる重さを受け止める。
腕だけなら潰される。だが、体幹で支えれば一瞬は耐えられる。ミレイの教えがここで生きた!
そのまま押し切ろうとベルクの体が前へ出る。
――反撃するなら、今!
足腰の支えを残して腕を緩め、腰を回して剣にかかる力を横へ逃がす。支えを失ったベルクの剣が俺の脇へ落ち、その肩が前へ流れた。
後ろ足で地面を蹴り、崩れた体の横へ入る。驚くベルクの横顔がすぐそこにある。
――ここだ! 剣を通せ!
長引けば不利だ。この隙を逃せるか! 緩めた腕へ流れるようにオーラを送り、返した剣で首筋を薙ぐ!
刀身が首に届くところで軽く触れる程度に力を抑える。その瞬間、引き戻されたベルクの剣が俺の剣の根元を押さえ込んだ。
――ここからでも戻せるのか!
俺の剣は首筋へかすかに触れている。けれど、押さえられた手元はもう動かない。斬り抜く道は塞がれている。
実戦だったら傷はおそらく浅い。これで仕留めたつもりになれば、次は俺が斬られるだろう。
でも試合ならどうだ? 防がれる前に首には届いたはずだ――
「――そこまで!」
ベルクは動かない。その視線が俺の手元から刀身の切っ先へ移っていく。
「勝者、セイン!」
客席がどよめいた。剣を引くと、ベルクが一歩離れて首元へ手をやる。
「騎士が負けたぞ!」
「今の、どう抜けたんだ?」
声が重なる。誰かが手を叩き、周りへ歓声が広がっていく。
――勝った。俺が、騎士に。
剣を握る手を見た。力任せに押し込んだ感触はない。稽古で何度も止まったところで今度は次の足が出た。
あれだけ苦労した動きが、試合の中で――できたんだ。
「……見誤ったな」
顔を上げると、ベルクが剣を収めていた。
「まさかあのような返しをされるとはな。いい剣だった」
「……でも、実戦なら俺が斬られていました。剣を押さえられて、もう動けませんでしたから」
「だとしても、勝ちは勝ちだ。――誇っていい。君の剣は騎士に通じるのだとな」
「……ありがとうございます!」
頭を下げる。声が大きくなったが今は気にしていられない。ベルクも礼を返して試合場を出ていく。
俺も出ようとして客席を探すと、フィーナが立ち上がって何か叫んでいる。
でも、周囲の声に混ざって聞き取れない。隣でミレイが手を振り、リゼットまで身を乗り出していた。
――見てたか? 今の、ちゃんとできただろ!
その向こうにフェリクスさんがいる。目が合うと頷いてくれたものだから、俺も大きく腕を上げた。
その瞬間、さらに大きな歓声が湧いた。
顔が緩む。ああ、駄目だ。これじゃどれだけ嬉しいか、丸分かりじゃないか――
通路へ戻ると、次の試合へ向かう男とすれ違った。組み合わせ表で見た名前を係員が呼んでいる。あの人も騎士だ。勝てば、次は俺と当たる。
挨拶をしかけて、目が合った。
男の視線が俺の手元へ、続いて足へ向く。こちらが見ていると分かっても逸らさず、短く頷いて試合場へ進んでいく。
……今の試合、見られていたか。
同じ崩しが次も通じるとは限らない。あの目は、地方から来た剣士だからと油断してくれそうにはない。
でも、全力で戦うのみ――それだけだよな。




