第15話:もう一度、ここから
宿に使者が訪ねてきてから、ひと月が過ぎた。
受講を申し込んだからといって、すぐに剣を教えてもらえるわけではない。
王都で書類を書き、ベルナ村へ戻って配属変更の話をする。見回りの引継ぎもあるし、三人はそれぞれ家と相談しなければならなかった。
早く決まってほしい。王都からの返事を待つ間も道場へ通い、稽古を続けた。そんな折にダランさんから、ミレイが無駄遣いをしないか見ておけと頼まれた。
俺が言って、あいつが聞くだろうか? 菓子屋での食べっぷりを思い出すと引き受けるにも勇気がいる。
やがて入学の日取りが決まり、俺たちは荷物をまとめて再び村を発った。
今度こそ、王都で学ぶために――
◇
入学当日の朝。俺は宿舎の部屋で支給された上着の袖へ腕を通した。
濃い紺色の生地はまだ硬い。肘を曲げ、肩を回してみると少し張っている。気になるけど、着ているうちに馴染むだろうか。
窓に映る自分を見て、襟を直す。
これが学校の服か……もう着ることはないと思っていたのに、似合っているかを気にしているんだから我ながら未練がましいな。
前の学校へ入った時も、こんなふうに何度も確かめたっけ。
廊下へ出ると、階段の向こうから三人娘がやってくる。
先頭のフィーナに声をかけようとして、俺は一瞬見入ってしまった。
金髪を後ろでまとめ、上着の前をきっちり留めている。背筋を伸ばしたその姿は道場へ木剣を担いでくる時と随分違う。腰に下げた剣まで立派に見えるんだから不思議なものだ。
ミレイも一見してどこかのお嬢様のようだ。短い茶髪の横には王都で買った髪紐が結ばれている。あの時の買い物は正解だったな。
リゼットは銀髪を肩の後ろへ払い、襟元の留め具を気にしている。普段はもっとゆったりした服を着ているから、俺と同じように制服に窮屈さを感じているんだろう。
この三人――もともと可愛いのは知っていたけど、ただ制服に着替えるだけでこうも違うとは……俺も改めて襟を正したくなる。
「何だセイン。似合わないか?」
「いや。似合ってるから見とれていたんだ」
「……そうか」
フィーナは自分の袖を見下ろし、それから俺の服へ目を移す。
「お前も、まあ、似合っているぞ」
「まあって何だよ」
「まだ着慣れていない感じがする」
「それは今日貰ったばかりなんだから仕方ないだろ」
ミレイが笑いながらフィーナの袖をつついた。
「自分だって、さっきから何度も直してるじゃない」
「何を言う。初日くらいちゃんとした方がいいだろう」
「それはそうだけど。リゼット、まだ外しちゃ駄目だよ」
「……きついんだもん」
見れば、リゼットは襟元の留め具へ指をかけている。
「説明が終わるまで我慢しろよ」
「セインは平気なの?」
「気にはなるけど、俺は三技学校にいたんだぞ。これくらいなんともない」
「……むぅ」
リゼットは不満げなまま渋々襟から手を離した。
階下から人の声が聞こえる。そろそろ集合の時間か。雑談ばかりしているわけにもいかない。
俺たちは階段を下りて、指定の場所へと向かった。
◇
入学式が行われるのは宿舎の一階にある部屋だ。
机を壁際へ寄せ、椅子を並べてある。前には教卓が一つ。
三技学校で見た大きな講堂を思い浮かべていたせいか、入口で部屋を見渡してしまう。
「ここでいいんだよな?」
フィーナに聞かれ案内の紙を確かめる。部屋はここで合っているはずだ。
「ああ。もっと大勢いるかと思ったけど」
「この人数なら、よく教えてもらえるかもね」
椅子を数えてみても二十もない。これならミレイの言う通り、じっくり教わることができそうだ。
手続きの際に聞いたけど、フェンサー課程のために学校そのものを新しく設けたという。
それにしても、随分いろんな奴がいるな。俺たちと同じくらいの若者の隣に顎に髭を生やした男がいる。腰の剣も形が違うし、壁際には杖を持った者もいる。
この人たちはどんな経歴の持ち主なんだろうか――そう思って顔を追っていると、窓際の一人と目が合った。
「……セイン?」
「もしかしてエリクか?」
向こうも驚いたように目を見開き、それから笑った。
「久しぶりだな。お前も呼ばれたのか」
「ああ。まさかエリクがいるとは思わなかったよ」
エリクは三技学校で同じ時期に学んだ奴だ。俺と同じように騎士課程へ進めず地方へ配属されている。
「その子たちは連れか? なら俺の右にちょうど四席空いてるぞ」
「助かる。三人とも、ここにしよう」
席へ向かいながら、以前のエリクの剣を思い出そうとする。授業で構えを見たことはあるはずなのに、ぼんやりとしか浮かばない。
今はどんな剣を使うんだろうか? 俺と同じように配属先で何かを見つけたのかもしれない。
「エリクはどこに行ってたんだ?」
「ああ、俺は――」
エリクが答えかけたところで入口の方から人が入って来る気配を感じた。
振り返ると教卓へ進む男の姿があり、周囲の話し声も収まっていく。
「あとで聞かせてくれ」
「ああ。そっちの話もな」
小声で返され、俺は頷いて前を向いた。聞きたいことがまた増えたな。
教卓の前に立った男は四十過ぎに見える。短く刈った髪には白いものが混じり、腰には剣を佩いていた。
「私はエルシド・バルザック。本日から諸君を教える者の一人だ。入学を歓迎する」
張り上げた声ではないのに、深く染み入る声色だ。
「ここでは対人戦闘の技術を学んでもらう。武器も術もそれぞれ違うだろう。互いの技を知り、自分の力を使いこなせるようになってほしい」
佇まいからして達人だと分かる。王国騎士なのだろうか?
でも、それを考えるのは後でいい。今は話を聞こう。
「説明を受けているはずだが、諸君には在学中から任務に従事してもらう。給金はそのためのものだ。命じられた任務を拒めば、ここに籍を置くことはできない」
それは承知の上でここに来た。周りにも驚いた様子はない。
「見込みがあるというだけでは、任務は果たせない。気を引き締め、努力を怠らず、己の技を研鑽してほしい」
努力に、技の研鑽……か。
それは三技学校の頃でも同じだったさ。でも――俺はあの時とは違う。迷いの中で剣を振るのではなく、目指す先がはっきりしている。
多分、この場に呼ばれた全員が俺と同じ気持ちを抱いているはずだ。……いやまあ、三人娘はどうか分からないけどな。
視線を横に向ければフィーナが気づいた。何だ、と口だけ動かされ、俺は何でもないと首を振る。
村でこいつに負けた時は、こんなふうに並んで座る日が来るなんて考えもしなかった。
俺に才能があると言って、散々打ちのめしてくれた奴だ。ミレイもリゼットも、できないところは遠慮なく指摘する。
だから……本物の神童がいるとするなら、この三人だったんじゃないのか? こいつらに引き上げられて、俺は王都に返り咲いたんだ。
……いや、今さらフィーナたちを神童と呼ぶ年でもないか。
それに今はその三人と並んで教わる側に座っている。なら、一度くらいの落第で卑屈になっている暇なんてないよな。
俺はここから、もう一度始めるのだから――




