サンダーエッグの守り神
硬度7です。短め。
紫色の、透き通った小さな石。ランプの光に透かすと、それはどこかオレンジ色に変わる。
「……不思議だよねぇ。こんな、綺麗なものがさ、地面の下で創り出されるなんて」
ティスタは呟く。
「アメシストか。ティスタの石だな」
夏は過ぎ、ようやく息ができるようになった秋。最近は日が暮れるのが早くて、少しさみしい。
ティスタの石、という言葉に、ティスタは少し照れくさくなった。
「ん」
リアン本人は多分気づいていない。ただ、髪色と石の色が似ているからそう言っただけだ。
実際、ティスタの語源はアメシストから来ている。それはきっと知らないだろう。
――可愛い可愛いティスタ。私の、アメシスト。
秋だからか、記憶の蓋が開きそうだ。ティスタはそっと鍵をかけた。
コンコン。時間は夕方六時。裏口の戸が叩かれる。
「チャロ! いっぱい採れた!」
平民の子どもたちが両手にザラリとクォーツの細石を持ち、チャロの店を訪れた。
午後五時から七時までは平民のための石の救急箱だ。
「こんなによく見つけたね」
ネクタイは外し、シャツにベスト、スラックスの姿のチャロが出迎える。平民にそこまで身だしなみは気にしなくていい。言葉遣いも軽くなる。チャロは微笑んだ。
クォーツの媒体としての回数を教えてやる。これらはまだ拾いたての新しいもの。これだけあればしばらく困らなさそうだ。
「隣んちのばあちゃんにも分けてやるんだ!」
子どもは誇らしげに言った。
次に訪れたのは、使い古したクォーツを持ってきたきょうだい。
「あのね、チャロ……。もう、これ使えない……?」
白く濁った細石。チャロは覗き込んで回路を見た。
クォーツの魔力回路はそこまで複雑ではない。世界で最も採掘量の多い石炭や金属類を除いて、クォーツは宝石となる石の中でもトップクラスの採掘量を誇る。どこにでも、誰にでも手に入れられる石で、媒体になるクォーツは、高級な石《媒体》を手に入れられない平民にとって生活の基盤でもあった。
「うー……ん、あ、少し削ればまだ行けるかも。これ……は、お疲れ様、だね……。頑張ったね。……こっちは……あと……三回、かな。リアンー、これ、研磨して」
工房からリアンが顔を出す。チャロの持つ細石を見て、小さく舌打ちをした。
「おいおい、これ研磨かよ? 俺の指も削れるわ。ほら、貸せ」
毒づきながらも彼は工房へ石を持っていく。少ししてシュイィン……と削る音が聞こえてきた。たまに「うぉっ」という声も聞こえたが。しばらくして、ほんの少し小さくなった石を手に、リアンが工房から出てきた。
「ほら、『生き返った』ぜ。始め、通りが良すぎるから使う時気をつけろって母ちゃんに言いな」
「うん! ありがとう! リアン兄!」
子どもたちの相手をしながら、ゆっくりと時間が過ぎていく。
もう少しで七時となる頃。一人の少年が石を抱えて訪ねてきた。
「チャロ兄、これ見てくれる? なんか、変な石……、使える?」
彼は灰色の石を差し出した。大きさは卵くらい。真ん中でパカリと割れている。
割れ目を見ると、貝殻状の段差が見える。特徴的なのはその色であった。クォーツと言えば、無色透明から乳白色、ないしグレードのよいものは黄色やピンク、紫などあるが、これは縞模様が同心円状にぐるりと描かれている。
チャロはペンライトの石を起動させ、光を縞模様に当てる。それは光を透き通らせ、ガラスのような光沢を持っている。
「これは、『アゲート』だね。しかも、『サンダーエッグ』だ。普通、カットしないと割れないんだけど」
首をひねると、少年もうーん、と首を傾げる。
「転んだら、ぱこんって割れちゃったの。中見たら綺麗だし、父ちゃんちの店の暖房に使えないかなって」
「おいおい、怪我してねえかよ? 見せてみ」
リアンは少年の膝を覗き込むように片膝をついた。少年がズボンをまくり上げると、グズグズになった皮膚が見える。
「ばっかやろ、ほっとくなよ。洗え」
リアンは軽く少年の額を指で弾く。「いでっ」と小さな悲鳴が聞こえた。
「チャロ、コイツ頼んだわ。俺ちっと削ってくる。いいか、お前んちの店、ちゃんと暖かくしてやるからな。待ってろ」
「うん!」
工房へリアンが引っ込んだ頃、チャロは救急箱を持って少年に近づいた。両膝をついてズボンをまくろうとすると、彼は真っ赤になる。
「待って、チャロ兄! 僕、僕がやるから!」
おや、とチャロは残念に思う。チャロはなぜか子どもには懐かれないのだ。悲しい。
「そう? じゃあ、これが消毒。これ、絆創膏だからね」
真っ赤になって彼は俯き、こくりと頷いた。工房からは研磨する「シュイイィィン」という音が響いてくる。
「……リアンはさ、優しいよね」
ぽろりと溢れる言葉。ぶっきらぼうで口が悪いのに、面倒見が良くて放っておけない性格。無理難題押しつけても文句を言いつつ、きちんとこなしてくれる。
うん、と少年も頷く。
「僕んちの周りの姉ちゃんたちも、リアン兄好きって言ってる」
「……ふうん」
なんだか、チャロの心がもやりとした。
時刻は七時三十分を回っている。工房から聞こえる音が甲高い、削る音から低く滑らかな音に変わってしばらくして、音が止む。
「ふうー……。おい坊主、できたぞ」
リアンが持ってきたのは、サンダーエッグを軽く磨き、ツヤツヤにしたもの。魔力回路は適正に調整され、縞模様に沿って魔力が出力される。原石のような荒々しさはなく、どこか神々しい店の「守り神」。
「うわあ、リアン兄! ありがとう!」
少年は目を輝かせてアゲートを受け取る。
「おう、コイツ、大きさの割に結構威力デカいから、少なめから様子見て使えって、父ちゃんに言えよ」
「うん! ばいばい!」
少年を見送る。し……ん、と静まり返る、秋の夜。ぐうぅ、とリアンの腹から腹の虫が鳴った。
「あー……腹減った。飯食ってから片付けっか」
ガリガリ、と彼は頭を掻きながらティスタを見下ろした。
「……リアンって、モテるんだねえ」
なんとなく、先ほどの「もやり」を引きずったまま、ティスタはリアンを見上げた。
「はあ!? 何言ってんだ、いきなり?」
リアンは驚いて目を見開く。
「なんかさあ、あの子が言うには、包容力? があるんだってさ。それで、巷のお姉様方に人気があるんだって」
「……っ、それを言うならお前の方こそ……っ。俺が、どんだけ……っ、……っ!」
あれ。こんな事言いたいわけじゃないのに、止まらないな。
「リアンもいい年だし? そろそろお嫁さんとかお迎えしてもいい頃じゃない? うーん、そうなったら私出ていかないとかー。料理でも練習しないとねぇ」
どうしよう。顔が見れないや。
「ティスタ!」
ガっと手首が掴まれた。強くないのに、抗えない。そのまま、ぐいっと壁に縫い留められた。
「わっ!?」
近い。視界いっぱいにリアンがある。不機嫌そうな茶色の瞳の中に、かつての「赤」が見えた気がした。
「……ティスタ。冗談もほどほどにしろよ」
低く、彼は唸る。
「いいか、『俺は腹が減っている』。それ以上言ってみろ、ゲンコツでは『済まない』ぞ」
「う、うん……? ……ごめん」
そんな怒らなくてもいいのに。
体を離し、リアンは、はあ、とため息をついた。
「それに、お前の方が稼いでんだろ。路頭に迷うのは俺だ」
ぱち、とティスタは瞬いた。そしてみるみるうちに意地の悪い笑みに変わる。
「そぉだったよねえ〜。だよねえ〜」
「ちっ、うるせえな」
さっさと飯にするぞ、と彼は台所へと歩いていった。
「そう言えば、あのトルマリンの客からプリン届いてるぞ、俺いらねーから食え」
「ホント!? やった!」
陶器の器に皿を逆さまに当て、軽く振ってカポリと取り出す。ふるんと揺れる黄金色に、とろりとしたカラメルが上から流れ落ちる。スプーンで掬って口に入れると、ふわりとバニラの香りと卵の甘さがいっぱいに広がった。カラメルはほろ苦く、甘すぎるのを中和している。
「美味しいいい……」
砂糖が使われている。高級品だ。平民にはお目にかかれない。
「よかったな」
テーブルに頬杖をついて、リアンが笑う。それを見たティスタは一瞬動きを止めて、視線をすすす、と逸らした。
「あ? 何だよ」
「イイエ、ベツニ?」
「……何なんだよ」
がた、と彼は椅子から立ち上がり、ティスタの両頬を軽くつまみ上げた。むにぅ、と彼女の口が歪む。ひやりとした少し冷たい体温がリアンの手のひらに伝わる。
「ふぁ、ひあん!?」
「……この、変温動物が。あれくらいの暑さで倒れてんじゃねえよ。これから冬だ。しっかり食って肉つけねぇと冬眠前に凍死するぞ(どんだけお前は俺の寿命縮めれば気が済むんだ、ああ?)」
視線を合わせようと右を見れば左に動き、左に合わせようとすれば右へと逸らされる。
(……このやろう……)
「ティスタ、返事は」
頬をつまむ手を広げ、包みこんで顔を近づけた。やっと視線が合う。ティスタの白い肌はほんのりと赤く染まっていく。
「……はひ……」
もう一度リアンはぎゅっとつまんだ。
「いひゃいいひゃい! ひあん! いひゃい!」
ぱっと手を離す。ティスタは赤くなった頬をさすっている。
「きっちり食っとけ」
「……うん」
一人工房を片付け終わり、リアンは台所に来て水を煽り、椅子にどかっと座った。そのままぺたりと顔をテーブルにつける。木でできたテーブルは、ほんのり冷たく、だがすぐに体温で温くなる。
「はあー……」
深い、深いため息。
一線は越えない。それは、自分に課した制約だ。
「……マラカイ、助けてよ……。苦しいよ……」
まるで、迷子の少年のように、呟いた。
モテるリアン……?
ちなみに、「僕んちの周りの姉ちゃんたち」は13歳 くらいだったり。




