ダイヤモンド:硬度十の予兆
硬度10。ダイヤモンドです。
ここから第二部になります。(忘れてた)
内容が少し暗くなります。出だしからグロ注意です。
透明な瞳は、目の前の「実験」を眺めていた。
箱の中には様々な石たちがゴロゴロと詰め込まれている。ガラガラと車輪のついた寝台に、肌色の「何か」が載せられていた。二人一組で、一人はその「何か」を抑え、もう一人が石を持ち、その肌色の胸元に石を押し付ける。ブン……、と石の周りに魔法陣が浮き出ると、石は肌色に溶けるように吸い込まれていった。一瞬の静寂。と、その「何か」はのた打ち回るように激しく動く。押さえつける手は増えた。しかし、胸元に吸い込まれていったはずの石が、突き破るかのようにドォッ! と、衝撃とともに出てきた。肌色は、赤黒い液体を噴き出し、やがて動かなくなる。ビチャビチャとした音が響き、生臭くて温かな鉄の匂いが充満していった。
「……やはり、その辺の人間では適合しないな」
「血筋だろう。アレはなかなか『実験』できるもんじゃないさ」
心臓が、ピキン、と鳴った気がした。
は、とティスタは目を覚ました。同時に、胃の中のものがせり上がってきて、片手で押さえながら洗面所へと直行する。
「……ん? なんだ、ティスタか……。腹でも壊したか?」
階段を駆け下りる音と、荒々しく扉を閉める音。それを聞いてリアンは台所でぽつりと呟いた。けれど、コトコトと鍋が笑う音の中に、微かな嘔吐の声。リアンは無言で火を消した。
「ティスター? ……おい、大丈夫か?」
この間食べたプリンを食いすぎたのか。それとも別の何かか。
ざああああ。水を流しながらティスタは涙目で胃の中をぶちまけていた。
(あー……全部出た……高級プリン……)
夢のせいだ。あれが全部悪い。へたり、と座り込んで壁にズルズルと寄りかかる。
ふう、と上を向いて息をつく。
(久々に見た。あんな、悪夢)
ぬっ、とティスタの視界が暗くなり、目の前に心配そうな顔のリアンが見えた。
「……おい、大丈夫か?」
「リアン……プリンが……。全部出しちゃった……」
一瞬無表情になったリアンは、ちっと舌打ちをしてティスタの腕をゆっくりと引っ張った。
「心配するとこそこかよ。ほら、立てるか?」
「うん……」
よっこらせ、とリアンはティスタを背負う。料理していた野菜の香りが彼の髪に染み込んでいる。ティスタはゆっくり吸い込んで目を閉じた。
背中に重みを感じ、リアンはそっと息をつく。後ろから肩に回された白い腕は、軽く抱きしめられるかのよう。
(くっそ、自分の心配よりプリンかよ)
ティスタらしいといえばそうなんだけど。
リアンは、消化に良さそうで、かつ栄養の高い食べ物は何があるか、後で探そうと決意した。
「……ホントにチャロになんのかよ?」
ネクタイを締めるティスタに、洗面所の扉の前でリアンが問いかける。鏡の中には、眉間に皺を寄せたリアンの顔が映っている。
「うん。仕事だしね」
なんで? と言いたげな顔に、リアンは苦々しく息をついた。
「今日は三件までな。それ以上は止める」
「横暴!」
カラン。ドアベルが鳴る。
結局朝食を食べ損ね、チャロがお菓子をつまもうと箱の蓋を開けた直後の事だった。くっ、と涙を飲む。
「……やあ、いらっしゃい」
影のある、やや掠れた少し低めの甘い声。どこか憂いを帯びており、その声を聞く者の胸をときめかせる。
店に入ってきたのは落ち着いたドレスを品よく着飾った婦人。チャロの声とその姿を見た途端、ぽかんと彼女の時が停止した。
「……あの、マダム……?」
絵画から抜け出てきたような儚い美貌に話しかけられ、彼女は思い出したように慌てて動き出した。
「こっ、この、『石』を、鑑定していただける?」
(「石」? 宝石ではなく?)
彼女が出してきたのは、コロンとした指先ほどの原石。白っぽく濁っていて、色はついていないことだけが分かる。
「失礼、この石の種類。何か手がかりなどお分かりでしたら教えていただきたいのですが」
「それが、『ダイヤモンド』と言われて知り合いに手渡されてねぇ。本当かしら。あちらで見てくれればいいのに」
ときり。「ダイヤモンド」という言葉を聞いて、チャロの心臓が少し跳ねた。顔には出さない。
「これを、ジュエリーに加工なさいますか?」
うーん、と彼女はあまり気が乗らないように首を傾げた。
「グレードにもよるけれど……。この大きさではカットされると無くなるでしょう? 研磨して機械用の媒体にしようかしら」
「機械?」
彼女はええ、と頷く。
「帝国の、工業機械に。うちの夫、そことつながりがあるから」
どきり。今度は大きく心臓が跳ねた。何とか顔の神経を総動員させて耐える。
「……作用ですか。ダイヤモンドは汎用性高いですからね」
チャロの微笑みと聞き上手な態度に緊張も解けたのか、彼女は微笑んで続ける。
「そうなのよ! 今、帝国はそれを新たな機械に組み込んで工業を進展させようとしていて、試験用の石を探しているみたいなのよ。本当はもっと必要なんでしょうけど、このダイヤモンド、適合するならもっと仕入れてもいいわ」
どくどくとチャロの体の中の血が脈打っているのが聞こえる。動じるな。――動じるな!
「……マダム。ダイヤモンドだとお分かりなら、こちらですぐ加工いたしましょうか」
涼やかな声がチャロの後ろから聞こえた。
「リ……」
振り返ると、工房へ続く入口に、腕を組んだリアンが立っている。
「あら、そう? でも、一応見ていただきたいわ」
くっ、とリアンはほんの少し眉を寄せた。チャロは彼を見上げてわずか目線で「大丈夫」と訴える。
「……では、マダム。石をこちらへ」
石を受け取る。チャロは、ゆっくりと深呼吸をした。気合を入れて石と向き合う。
素手で触ると原石は「ヌルリ」とした感触があった。下唇に当てる。すると、キン、とした冷たさを感じる。
次に、サファイアの欠片を取り出し、原石でゆっくりと擦る。サファイアは白い粉を吹いた。
(……やっぱ、ダイヤモンドか)
回路を覗き込む。まだ、削る前のまっさらな回路。帝国の「て」の字もない。ほ、と安堵の息をついた。
「……マダム、こちらは正真正銘、『ダイヤモンド』です。研磨しますか」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、本当!? よかったわ! じゃあ、工業用にお願いね」
石をリアンに渡す。すると、彼は工房に向かうのではなく、女性へと向き合った。
「……どのような機械か、お伺いしても? それに見合った加工をさせていただきます」
まあ、と彼女は微笑みを深めた。
「確か……早く動いて、脆い石並の動力源になるとかなんとか……。ダイヤモンドなら、どんな削り方でもいけるのではなくて?」
にこ、とリアンが珍しく営業スマイルを浮かべた。
「そこまでご存じなら、大変助かります。ダイヤモンドは硬いので、お日にち少々いただきますね」
カロン。女性は上機嫌で帰っていった。
ふ、とチャロの足から力が抜け、どかっと椅子に崩れ落ちるように腰を掛ける。
「おい、大丈夫か?」
「……ちょっと、怖かった」
へへ、と力なく笑うと、リアンは少しだけ痛みをこらえるかのような顔をして、そのままチャロの頭にポンと手を置いた。
「無理すんな。ここからは、俺の出番だ。帝国の、『早く動いて脆い石並の出力』。そりゃあ、アレだ。――『第二次プロジェクト・ジェム』に間違いない。……んなもん、ぶっ壊してやるよ」
にい、と、リアンは吠えるように笑った。
ダイヤモンドはかなり削るらしいので、原石が小さいと宝石になる頃にはちーっちゃくなっちゃうみたいです。(素人調べ)




