強靭なる、翡翠の心
グロ注意。胸糞注意です。遅刻すみません。
石は、人々にとって重要な魔法媒体である。それも、その辺に転がっている岩石ではない。一部の例外を除き、宝鉱物――自然界で生成される無機質で、その成分が結晶化したもの――が特に重要な媒体として使われる。硬度が硬ければ硬いほど、込められる魔力は少なくなるものの、その出力は安定する。反対に、硬度の低い脆い石は、魔力を多く保持するものの、その脆さと共に一気に放出されあっという間に壊れる。
硬度七。それが、人々の日常に使えるラインであった。
かつて、数多くの宝鉱物を産出していた帝国は、その生み出される財力と軍事力で、世界の頂点を誇っていた。
けれど、石がなければ魔法は使えない。そんな不都合な事実を、帝国はねじ曲げようとしてしまった。
「プロジェクト・ジェム」。媒体を体内に埋め込み、媒体無くとも魔法が使える「宝石人間」を生み出そうという、悍ましい計画。
十五年前、三百人いる「実験体」のうち、「成功」してしまった、哀れな被害者。それが、ティスタであり、リアンである。
ティスタ・ド・ディアマントは、帝国の第三側妃の第三皇女であった。側妃の身分も低く、生まれた子の魔力も少ない。いわば、彼女は「不要」な子どもであった。
彼女は、不要であったからこそ、皇族であるにも関わらず実験体として送り出されることになる。その年、わずか五歳。
リアン・フォン・シュピネル。彼は帝国の東部に位置している公爵家当主の、妾の子。魔力が多く、武闘派の公爵家にとって、期待された子どもではあったが、その才を妬んだ本妻が、彼を実験へと送り出した。当時、七歳。
帝国中から集められた、五歳から十歳の、それこそ皇族から孤児に至るまで、合計三百人。
硬い石から脆い石まで、様々な石を「適合」させる身の毛もよだつ実験が、地下深くで行われていた。
ティスタとリアンと、もう一人、ジェダ。彼は孤児として実験に連れてこられた十歳の少年である。
育ちの境遇故か、表情のないティスタとリアンとは対象的に、ジェダはくるくると笑い、怒り、二人の面倒をよく見てくれる「兄」であった。
適合の実験は、限られた技術を持つ人間とそのスペースのため、一日に三人までと決まっていた。
偶然居合わせた彼らが行動を共にすることは、必然とも言えた。子どもたちは、その生まれがどうであろうとも、特別扱いされない。「実験体」だからだ。
「ほーら、ティスタ。ちゃんと食べろ。リアン、口についてる」
孤児院で育ったジェダは面倒見が良く、ティスタとリアンを構い倒した。恐らく、彼もこの異様な空気を感じ取っていただろうに、その生まれから、心の中でどこか諦観していた。そして、ティスタとリアンの立ち振る舞いから身分を割り出し、同情した。その同情が、境遇を分かち合う連帯となるのに、そう時間はかからなかった。
「も、いらない」
「ティスタ、食べないと倒れるんだよ。生きるために食べないと」
食の細いティスタのためにジェダは少しでも食べやすい甘いものを分け与えたし、リアンへはスキンシップと称してふざけることも多々あった。
リアンは、初めて感じる人の温かさに戸惑い、困惑した。今まで自分を見る目は「使えるかどうか」であったし、よそよそしいものであったが、ジェダが向ける視線は、ただの「弟としてのリアン」であった。
薄暗く、狭く「処置」を待つ日々。三人は身を寄せ合って数カ月過ごした。
「ジェダ、ジェダ。抱っこして、抱っこ」
「んん? ちょっと今、無理。リアンにしてもらいな」
「やだよ。ティスタなんて。重いもん」
ティスタはジェダに懐き、後をついて回った。彼女にとってジェダは「兄」であり、叱ったり褒めたり、「ティスタ」を見てくれる大切な「男の子」であった。
「ほら、リアンがひどいー」
二月もすれば彼らはまるできょうだいのように軽口を言い合う仲になっていた。ティスタやリアンは相応の顔をするようになったし、二人とも喧嘩もするようになっていた。
信頼できる人間が周りにいないのだ。三人が三人とも依存関係を築き上げていると言っても過言ではなかった。
もちろん、彼らは単に過ごしていただけではない。「仕事」もあった。
数多く用意された石。その中から魔力を通して最も相性の良いものを選定する作業は、毎日朝から夕まで続いた。
そして、部屋に戻れば時折響いてくる地響き。その音は、実験に失敗した印でもあった。
夜はジェダにティスタが抱きつき、ジェダはリアンの手を握る。昼は石の選定作業。わずかな休憩時間を見つけては、彼らは時折ふざけ、笑い、小突き合う。
「……リアン、ティスタ。僕らは、絶対生きようね。こんな計画、国に続けさせちゃダメなんだ。こんなこと、絶対ダメなんだ」
「うん。生き残る」
「うん!」
この国を出たら、何をしようか、なんて会話がそっと続けられた。
半年ほど過ぎた頃、三人は呼ばれた。
年の順から、ティスタは先に「処置室」へと連れて行かれる。薬を飲まされ、彼女の意識はぼんやりと白濁していた。
寝台の上に乗せられ、胸元を大きく開かれる。皇女である彼女にしてみれば、年齢など関係のない屈辱的な行為。しかし、薬によって彼女の意思は主張しない。
技術員の指にあるのは、紫に透き通った、高度七のアメシスト。この小さな石だけが彼女の魔力と反応した。
心臓の上に置かれる。ヒヤリ。石特有の冷たさが、小さな体の皮膚を冷やす。
ボッ……、と技術員の手に魔力が満たされ、石の回路を通してティスタの魔力と絡みつく。ぐぐ……と押さえつけられると、石は魔法陣を灯し、するりとティスタの体内に吸い込まれていった。
しん、と耳の痛くなるほどの沈黙。
息を呑む技術員達。
刹那、ゴ……ッッ! と眩い光が彼女の体から放たれて、小さな体躯はくの字に折れ曲がる。そしてすぐにパタリと倒れた。 彼女の藍色の髪は、アメシストのように透き通ったラベンダー色に変わり果てている。
「……っ、成功だ……!」
あろうことか、二九八人目にして、初めての「成功」であった。
次は、ジェダだった。リアンは薬をこぼし、暴れたためだ。彼は今、殴られて気を失っている。ティスタは、ぼんやりとする視界の中、透き通った瞳でジェダを見ていた。
「『これ』も成功するといいな……!」
「姫さんと一緒に行動していれば、多少魔力が同調しただろ。よし、このまま行くぞ!」
技術員達は興奮で沸き立っている。
そして、箱の中から一つの石を取り出した。その色は、青くて翠。水色を差したような、湖とも海とも違う、空とも異なる、流れ行く水を切り取ったかのような色。ジェダの魔力に反応した、ジェダイトであった。
大人たちはジェダの衣服を千切るように毟り、肌色を露出させた。微かに上下する胸元が見えた。
「ジェダイトはクォーツよりも硬度が低いからな。これが成功すれば、いい宝石人間ができるな」
クスクスと嗤いながら、彼らはジェダに石を押し付けた。スルリ。ティスタと同じように彼の体内に石は吸い込まれる。
ぶるり。
突如として彼の体はガクガクと震え始め、もがくように激しく動き出す。
「おい! 抑えろ!」
体を押さえつける手が増える。大人の力すら上回るような力で、彼の体は暴れた。
そして。
メリ……、ブッシャアアアアア……!
体内に吸い込まれたはずのジェダイトは、少年の肉を突き破り、骨を露出させ、おびただしい量の血とともに飛び出した。
ピタタ、と離れた場所に力なく座るティスタの頬にも血飛沫が飛ぶ。
彼女にとって幸いだったのは、薬を飲んで正常な思考をしていなかったこと。不幸であったのは、この光景を見てしまったということだ。
二九九人目は、石と適合せず、死亡。
記念すべき最後の三百人目。
頬を腫らした少年が運ばれてきた。部屋はまだ生暖かく、鉄の匂いが充満していた。床はビシャビシャと液体で濡れている。
「お前は貴重な薬を無駄にした。肉塊になるか、ジェム・オムになるか。その意識のある中で神に判断を委ねるんだな」
「お前が最後だ。大体失敗だったな」
少年のことなどどうでもいい、とばかりに、大人たちはリアンを見下ろした。縛り付けられた体はびくともしない。
「ジェダ……、ティスタは……っ!?」
は、と大人は鼻で笑い、顎で傍らに座る少女を指す。
「ティスタ……!? なんだ、その髪は……!?」
「皇女様は大成功だ。お前は、どうなるかな? ニ九九番は失敗だったな」
「……っ!?」
ビッ、とシャツが開けられる。ひや、と地下の、冷えた空気が肌にさらされた。
「さあ、どうかな」
彼らは、リアンの魔力に反応した、赤みの強いオレンジ色の、燃える炎のような石――カーネリアン――を彼に押し当てた。
ひんやりとした無機質な冷たさが肌に伝わる。ドッドッドッ、とリアンの心臓の動きが速くなった。なのに、その血はざあっと引いていく。
ぐぐ……。力が石に、リアンの体に、心臓に掛かっていく。ボッ……と男の魔力が石の回路に入り込んでいくのが見えた。
「や……やだ……っ!」
体は動かない。一筋、少年の目尻から雫がこぼれ落ちた。
ズ……ン。
「……っ!!」
激しい痛みが心臓を突き抜ける。石が体に入ったのだ。
(痛い……! こんな、痛いのをティスタが……!?)
歯を必死に食いしばった。そうでなければ、叫び出してしまいそう。
熱い石の塊が、体の中に入り込み、一瞬静かになる。刹那。
ゴッ……!!
「あぁあぁああっ!?」
暴れ狂う石の力。膨大な光の洪水に包まれる。肉を、皮膚を食い千切ろうとする激しい痛み。このまま、石に委ねれば、「楽」になれる――。
――僕らは、絶対生きようね。こんな計画、国に続けさせちゃダメなんだ。こんなこと、絶対ダメなんだ。
ハッとリアンは目を開けた。
(負けて、たまるか――!)
このまま、楽になる方を選べば、必ず、ティスタが一人になる。ジェダと交わした約束が思い出される。
「ね、リアン。ティスタは可愛いね」
「……別に。かわいくねーし。あんなガキ」
あはは、とジェダは笑う。
「いつか、分かるときが来るかもね。それまでさ、リアン。ティスタを守ろうね」
ティスタを守る――!
リアンは、暴れ狂う石を、その強靭な精神力で抑え込んだ。彼の適合率は、九九パーセント。残りの一パーセントは、不適合。
けれど、石を御したリアンの結果は、「成功」であった。
三百人中、成功例二名。
血筋によるものか、データ不足。
夏風邪ひきました。皆さん、体調には気をつけてください。




