「正道」なるアデュラリアの青い復讐
更新サボりました。すみませんでした。
シャアアアー! と石の削る音がする。時刻は午後十一時。こくっと船を漕いでいたティスタは目を覚ました。
(あー、寝ちゃってた……)
口元に垂れているよだれを拭った。このままここで寝たら、リアンに本気で怒られる。
音が止む。
少ししてリアンが工房から出てきた。そして、少し目の赤いティスタを見て、彼は眉を寄せる。
「……おい。まだ起きてたのか? いや、ここで寝てたのか?」
慌てて首を振る。
「ううん! リアン、工房から戻ってこないなーって思って!」
「船を漕いでいたと」
「そうそう! あっ……」
口元を押さえる。しばらくティスタを睨みつけていたリアンは、はあ、とため息をついた。
「風邪引くぞ。俺は知らねーからな」
頭をガシガシと掻いて、彼は二階に上がろうと背を向けた。
「あっ」
ぎゅっと、ティスタは思わずリアンのシャツを握る。引っ張られて、リアンの頭は後ろにカクンと動いた。「うおっ!?」とリアンが声を上げる。
「……なんだよ?」
「だ、ダイヤモンド、研磨終わったんだ?」
すごく気になる。気になって眠れなかった。あの、女性の「帝国の、機械」の話。
「あー……。や、まだ回路の『細工』は終わってねーからな。明日もやる。今日はもうねみぃ」
あふぅ、と彼は大きなあくびをした。
「『細工』?」
彼ははたと気がついたように口を噤み、無言でティスタを見下ろす。
「……ま、気にすんな」
「気になる!」
いいんだよ、と彼はシャツからティスタの手を離そうと布を引っ張った。む、とティスタの口が尖る。
ダイヤモンドが気になるなんて、半分本当で半分嘘だ。「帝国」が気にならないわけじゃない。だけど、一人でいる二階はどこか孤独で、さみしい。だからティスタは一階に降りた。工房の音を、リアンがそばにいる証を、近くに感じたくて。
「ほら、さっさと寝ろ。俺は風呂に入りたい」
ぱっと離された布。
置いていかれそうな、錯覚。
(夢のせいだ)
「……ねえ、リアン」
「あー?」
「ぎゅってしていい?」
ごふぉ。思い切り彼はむせている。
「ゲッホ、ゲェホッ! いきなりなんだよ!?」
一歩。
「今朝の夢、嫌な夢。やだよ……」
背中にすがりつくように額をつけた。
「……臭えし粉っぽいぞ」
「うん……」
ジェダみたいに、置いて行かないで。
「……ガキが」
リアンの耳は、少しだけ赤かった。
カラン。客の訪れを、ドアベルが告げる。
ジャケットを羽織り、チャロは店へとゆったりと歩く。肩に垂らした髪が、ジャケットとシャツの間に挟まる。それをそっと払った。
「……やあ、いらっしゃい」
肌寒くなってきた季節。厚着をするチャロが見られる季節だ。白い肌に色の濃いジャケットは、どこか凛々しさを感じさせ、微笑みを浮かべる顔に精悍さを付け加えている。夏とは異なるチャロの姿。(単に寒がりなだけ)
「これを、見てもらいたい」
そう言う老紳士は、小さな箱をカウンターに置いた。
(おお)
チャロは、客の反応に感動していた。いつも、店の奥から出てくると決まって、客はフリーズするか顔を赤らめるかするのに、彼はなんと無表情だ。
(この反応を求めていたんだよ!)
にこり、と笑みを深める。
「拝見いたします」
箱を開けると、今度は布に包まれている。光沢から言って絹だろうか。手袋をはめてそっと包みを開ける。
中から出てきたのは、乳白色の、コロンとした美しい石。どこか青い光をきらりと返す。
手に持ってゆっくりと傾けると、それは角度によって青い閃光が走る。
かちり、とライトを手に持ち、光を出して斜めから当てる。そのままゆっくりと石を動かした。真上から当てると光は透け、斜めに当てると石の内部で光が反射し、ちらと青い光がスッと走る。
(シラー効果……!)
今度はルーペを持ち、石の内部を覗き込んだ。中には、ムカデの足のような、ずれた結晶の割れ目が見える。
(セントピード・インクルージョン!)
「……これは美しい『ムーンストーン』ですね」
感嘆の吐息とともにルーペから顔を外した。おっほん、と老紳士の咳払いが聞こえた。
「これの回路が言うことを聞かん。お前さんとこは直せるそうじゃないか。直してくれ」
チャロは一つ瞬いて老紳士を見上げた。
「ムーンストーンは硬度六です。限界であるクォーツよりも柔らかい。それを、媒体に?」
苦々しく彼は頷いた。
「硬度のある石と組み合わせれば、耐えられるだろう」
(……ふうん)
チャロは目を細める。
「では、今度は回路を見てみますので、お待ちくださいね」
ムーンストーンを手に持ち、ルーペをかざした。
(さ、『ムーンストーン』、君の声、聞かせてよ)
ギ……ン。
『帝国、帝国! こんな使われ方ってない! ダイヤモンドと組み合わせて私を使い潰そうとしてるわ!』
(! やっぱり「帝国」……! そんな研究されていたの?)
『軍事機械に、数種類、媒体を繋げれば高出力! 無理よ! アイツら硬いし皆傷つけるもの!」
(……そうだね)
『回路はロックしてるわ! 細工できる人がいないんだもの。ざまあみろね!」
(マラカイ……)
チャロの胸がぎゅう、と締め付けられる。こんな時間が経っても、彼は石達に生きている。
(……ね、協力してくれるかな?)
「回路は確かに複雑な構造のようですね。現在、加工部門は仕事が立て込んでおります。少々お時間いただきます」
「ああ、頼んだ」
彼は重々しく頷く。ですが、とチャロは続けた。
「どのような石と組み合わせるご予定で? 相性もありますし、回路同士、繋げる陣を刻まなければうまく繋がらないかもしれません」
それを聞いた老紳士は少し考え込む。
「……石の、掘削用機械だ。ダイヤモンドだけでは威力が足りん。ムーンストーンと合わせて、威力を引き出さんと。今、採掘量が無くてな」
「石が採れていないのですか。それは困りましたね。組み合わせる石はダイヤモンド、と。……その石を見せていただくことは可能でしょうか? 今お手元になければ、後日持ってきていただいて同じ繋ぐ陣を刻みますが」
むう、と彼は唸る。眉間のしわが深くなった。
「……まだどのダイヤモンドにするかも、決めておらんのだ」
(普通、工業用機械の媒体は機械とセットであるはずなのに。これは「ビンゴ」かな?)
チャロは笑みを浮かべたまま、その話を聞いていた。
「承知いたしました。汎用性の高い陣を刻ませていただきますね」
カロン。ドアベルは客の帰りを告げた。
ふ、とチャロは肩の力を抜くように息をついた。
(どれ、リアンに……)
客の気配が無くなってから、チャロが振り返ると、小窓から険しい顔を出しているリアンと目が合った。
「わあ!? ッ、ゲッホゲホ、ゲッホ……。んん、リアン、いたの?」
チャロは飛び上がり、大きい声で喉がツンとして咳き込む。咳払いをしてリアンを見上げた。彼は小窓の向こうから頬杖をつき、不機嫌そうに鼻を鳴らしている。
「驚きすぎ。俺がいちゃ悪いかよ。……ったく、よくこんな小国まで来て繋がるもんだぜ」
彼の手には研磨が終わった、表面が滑らかになった工業用媒体のダイヤモンド。そして、鑑定机の上に鎮座する、ムーンストーンを見た。
「……これに、ダイヤモンドと繋ぐ陣を描けって? 回路は?」
「閉じられてる。マラカイが閉じた」
その言葉にリアンは一瞬目を見開く。そして、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「……つまり、師匠はこの未来を見据えて、ある意味俺たちに託したのかもしれねえな」
その意図は今知り得ることはできないけれど。
「よし、やってやろうじゃねえか。マラカイの宿題」
彼はシャツの袖をまくった。
石の中の閉じられた回路を開き、ダイヤモンドと繋げる「道」を構築する。だが、単に繋げるだけではない。帝国の思惑を、少しずつ崩壊させていく「細工」を仕込んでいく。バレないように、こっそりと。
それが、彼らの「復讐」であった。
後日、帝国へ小国の貿易商から工業用に研磨されたダイヤモンドが届けられた。その石の隙間に、微かな削り跡が段差状に、元々原石にあったかのように刻まれている。
そして、老紳士が持ってきたムーンストーン。その美しさが損なわれないよう、ぐるりと銀の魔法陣が横に刻まれている。魔力回路はどうしたのか、見事に開かれて、媒体として再利用できるようになっている。
「ほぉ、これは見事な……」
これを加工した者は誰か分からない。こんなことができるのは、かつて魔導宝飾工廠責任者であったマラカイただ一人。
「こちら、試したところ、従来の二倍ほど威力が上がりました」
「……素晴らしい」
「では、依頼を続けますか? それとも、連れてきましょうか」
いや、と男は目を細めた。
「私が、もう一度会いに行こう。ビジネスというものは、何事も『信頼』あってのことだからね」
「リアンさー、なんの『細工』したの?」
ぺたん、とテーブルに頬をくっつけながら、ティスタは尋ねた。リアンは後ろの火元で料理をしている。コトコトと煮込まれる鍋の中はビーフシチューだ。
「んー?」
リアンは小皿によそい、軽く味見をし、「旨っ」と呟く。
「あー、アレな」
ドンとテーブルに鍋ごと置いて、ニヤリと笑ってティスタを見下ろした。
「いたって普通に? ムーンストーンと繋がるような回路にしただけだ。 ……ま、もしかしたら、使っててその出力に耐えられず? ダイヤモンドが『パキッ』といくかもしれねえけど?」
その意地の悪そうな、楽しそうな声に、ティスタは吹き出した。
「えげつなー」
「俺は普通の職人として、依頼を全うしただけだし?」
食おうぜ、と彼は皿を差し出した。皿に盛ると、とろりと深い褐色の、芳醇な香り。ぐう、とティスタの腹が鳴った。
「食べるー! いただきまーす」
スプーンで掬って口に運ぶ。奮発したのか、赤ワインの香りを染み込ませた牛肉がほろりとほどけた。ゴロゴロとぶつ切りにされた野菜が複雑な味を作り出し、野菜の甘さが後から追いかけてくる。
ティスタは頬を片手で押さえた。
「うんまー! なにこれ!」
「奮発した。いい肉だぜ、これ」
石の鑑定のみならず加工も行ったのだ。お代はきっちりしっかりがっぽりいただいている。
「リアンが料理したから美味しいのかもねぇ」
しみじみと呟くティスタに、リアンの手が止まった。そのまま彼女はぱくぱくと食べている。
「……ま、お前じゃ、炭になるわな」
「だよねえ……って、失礼!」
ぷん、と怒るティスタに、リアンは笑った。
風邪が治りません。世間はお盆休みですが、が、が。
事故には十分気をつけて、エンジョイしてください。




