縁を呼ぶアッシェントレッカー
今回硬度は7〜7.5。
ティスタは、また工房の棚に飾られたグロッシュラーガーネットを手に取った。そして、石へと同調していく。
(……ねえ、「閉じられた石」って知ってる?)
『……ん? 閉じられた石? どうしたのさ』
彼はピンと来ないのか、首があったら傾げていそうな声音だ。
(魔力回路が、詰まってるんじゃなくて、閉められていたんだ。あれは、誰か、人の手が入ったもの。誰が何の目的で……?)
まだリアンには話していない。というか、あの衝撃的な映像を見て、頭から吹っ飛んだという方が正しい。ちょっといまだに顔を見て話すのが気恥ずかしい。あんな格好、子どもの頃から見ていたのに。
『あー、あれね、一時的なロックを掛けたんだよ。マラカイがさあ』
(えっ!?)
石の声にいきなり現実に引き戻される。待って今なんて言った。
(マラカイが!? なんで!?)
『ほら、石が死なないようにさ。帝国はほら、脆い石を使って――』
「ティスタ? こんな時間に何やってんだ、早く寝ろ」
いきなり掛けられた声に、ティスタの肩はビックゥ! と跳ねた。悪いこと何もしてないのに。ぶつん、と石との同調も切れた。
「ふぁっ、リアン!?」
工房の入口に、不機嫌そうな、それでいて眠そうなリアンが立っていた。
「まーたガーネット見てんのか。同調してんじゃねーよ。お前、それ入れれば今日で六件目だぞ。体に毒だっつってんだろ」
腕を組んで見下ろしてくる。殴られることは絶対にないと分かっているから、そちらへの恐怖はないのに、なんだこの威圧感。別の意味で怖い。
「はい! 寝ます! おやすみなさい!」
敬礼をして階段を駆け上がる。後ろから「ちっ」と彼の舌打ちが聞こえた。
リアンは静まり返った工房で一人、ティスタが置いていった石を元の場所に戻した。
「……何話してたんだよ。お前、師匠が研磨した奴だろ。まだ、俺はそこまでの域に達せてねえよ……」
石は無言だ。
「……わかってるよ。……守るからさ、師匠」
返事の代わりに、ぽや、と石が光ったような気がした。
「……リアン、頭すごいんだけど」
翌朝、スープを飲みながらティスタがリアンを見上げた。彼の頭は寝癖だらけでピンピンと髪の毛が立っている。まるで鳥の巣だ。
「あー……ねみぃ」
あふー……と大きなあくびをする。昨夜、というか夜明け前まで研磨をしていたのが悪かった。気がついたら夜明け前でうっすらと地平線が明るんでいた。仮眠しかできなかった。
「もう少し寝てたら良かったのに。朝ご飯作るし?」
「……お前に任せたら炭を食わされる。俺の命のために作ってんだよ。お前のはついでだついで」
ひど、とティスタは笑いながら嘆き、ふっくらとした黄金色のオムレツを口に入れた。
今年の夏は暑い。チャロは口に髪紐を咥えて、髪をまとめていた。肩に垂らすのは暑い。もう少し上に結い上げる。
夏限定の、チャロのポニーテール。これを見た者は寿命が十年延びるらしいともっぱらの噂だ。
カラン。ドアベルが来客を告げる。
「……やあ、いらっしゃい……」
掠れた儚げな声は、夏のうだる暑さも吹き飛ばしてしまいそう。ラベンダー色の髪を高く結い上げ微笑むチャロは、ほんの少しネクタイを緩め、長袖のシャツは肘までまくっている。そこから覗いている白い肌は、少し汗ばんでいて色気が溢れ出ている。
「……天使……?」
店に入ってきた青年はぼんやりと呟いた。彼の目にはチャロの背後には花が咲き乱れているように映り、なんなら天界の音楽まで聞こえてきそうであった。
「あの……、ジェントル……?」
囁くように問われ、青年はハッと我に返った。これが巷の寿命を延ばすと言われている麗人。逆に縮んだ気がする。謎だ。
「あっ、いや、すまない! ブローチを作りたいんだが、この様々な石、加工できるだろうか?」
彼は焦ったようにガサガサと鞄を漁り、いくつもの石を出してきた。チャロは慌ててトレイを差し出し、その石を受け取る。
(原石だ)
色とりどりの原石がコロコロとトレイの上を転がる。赤、ピンク、黄、緑、青、紫、ピンクと緑の二色のものもある。全部で七つ。
どれもカットする前の原石だ。
「用途がお決まりでしたら、鑑定せずに加工ですか?」
今日はもう暑いから店閉めちゃおうかな、とチャロはちらりと考えた。汗が止まらないしこのままだと倒れる。リアンに全部任せちゃお、と期待を込めて青年を見上げた。
ところが、青年は首を振る。
「いや、鑑定し、この石たちの相性を見て欲しい。母上へのプレゼントなのだが、七つの石を全部入れたブローチ、石同士仲が悪ければ良くないだろう? ついでに媒体にできれば一番いい」
「……かしこまりました(えええ……、七つもやんの?)」
しょんぼり。顔には出さず、心で落ち込んだ。営業スマイルは深くなる。
「では、少々お待ちください。まずは拝見させていただきます」
チャロはトレイを鑑定スペースに置いた。冷たいお茶を出しながら、青年に尋ねる。
「この石はそれぞれどこで採掘されたのか、ご存じですか?」
「不思議なことに、一つの鉱山で採れたんだ。普通、石は一つの鉱山に一種類だろう? 我が領で採れたんだが、良い宣伝になるとと思ってね」
ピン、とチャロの脳裏に閃くものがあった。
(一つの鉱山から、たくさんの色の鉱物が採れる……)
とすると、アレかもしれない。
チャロは、黒い布張りの金属のトレイに置き、黒い布を掛けて日よけをしつつ陽光がよく当たる窓際に置いた。少しして、それは真夏の日差しでみるみるうちに熱を持つ。そのまま灰をひとつまみ、上から振りかける。すると、灰はまるで磁石に吸い寄せられるように石にびっしりと付いた。
(「アッシェントレッカー」!)
「おお、奇術かこれは!?」
灰が吸い寄せられる様子を見た青年は驚いたように目を瞠った。
チャロは唇に指先を当てて考える。
(この威力の石を七つ……。媒体にするには、もっと威力を抑えないといけないか……。ま、リアンが何とかするでしょ)
では、本音を教えてもらおうかな。
(さあ、「アッシェントレッカー」、いや、「トルマリン」。君たちの声を聞かせて)
ざわざわとした周囲の音は消えていく。
『おおー! 僕たちの声がわかる人がいるなんて!』
『綺麗なものになりたいわー』
『この人は綺麗だからあたしたち持ってきただけみたいよ』
『マザコンなのが玉に瑕だな! ひひひ』
『私たちはきょうだいだから、相性はいいわよ』
『ま、組み方によっては強力な媒体になるかもな』
『顔色大丈夫? 倒れないでね』
(うん、分かった。ほどほどにしつつ循環するように、する、ね……)
は、と息を上げてチャロは頷いた。暑い。そして一気に七つの石の負担。珍しくチャロは手の甲で荒々しく額の汗を拭った。
「……ジェントル、これは『トルマリン』です。一つの鉱山から様々な色が採掘されます。……石同士の相性としては、全て同じ鉱山《母》を持つので、悪いことはありません。むしろ、良すぎるきらいがありますので、加工師が調節させて、いただき、ます」
ちょっと息切れしてきた。早く客を帰そう。
「ですので、一週間ほど、お時間をくださいませんか……?」
よはや提案ではなく懇願するような眼差しに、青年は頬を赤らめて頷いた。
チリンチリンチリン! 客が帰った後、チャロは気合で工房の呼び鈴を鳴らす。小窓はスルスルと開いた。中から迷惑そうな顔をしたリアンが顔を出す。
「一回鳴らせば分かるっつーの……って、ティスタ!?」
ガタン、と彼は工房から飛び出してきた。
「リアン……トルマリン……全部使ってブローチ、媒体……」
「分かった分かった、まず座れ、水持ってくるからネクタイ外せ!」
今日は終いだ、と言って彼はチャロを座らせて台所へ走っていった。
(あー……なんか、暑かったのに寒くなってきた……)
視界がまさかのダブリングしてきた。ぐら、と頭が傾げる。
カラン。看板をひっくり返し忘れた店の扉が開いたのと、チャロが倒れるのが同時であった。
「おい、ネクタイ外したか……っ、おい、ティスタァ!?」
リアンは慌ててテーブルにグラスを置いて、チャロの頭が床に叩きつけられる直前、ギリギリ手を伸ばして抱え込んだ。
偶然、媒体の洗浄を依頼しに来たイザベラは見た。彼女の最推し、チャロ(ティスタ)が赤い顔で倒れ込んだのを。そしてそれを青い顔でこれまた彼女の推し、リアンが抱きかかえたのを。
そのまま彼はチャロを抱きかかえたまま、ネクタイを剥ぎ取って口元にグラスを付ける。傾きが大きいからか、チャロの小さく開いた口からはたらりと水がこぼれ、胸元を湿らせた。
まるで、妄想の世界が繰り広げられている現実に、イザベラはハッと我に返る。これ、実は緊急なんじゃ?
「チャロさん!?」
駆け寄ってきたイザベラに、リアンはようやく彼女の存在に気がついた。
「イザ……ベラ様!? なぜ」
「理由はともかく、まずはチャロさんを!」
リアンはチャロを背負う。その軽さにわずか、息を呑んだ。そう言えば、最近暑さに負けて食欲が落ちていた。
(……ったく、また痩せやがって)
二階に上がってティスタの部屋に寝かせる。は、は……、と荒い息に眉を顰めた。
「……その、服を緩めてもらってもいいですか。俺の領分じゃないんで。糖蜜水に塩入れたやつ、作ってきます」
一礼してリアンは部屋を出た。
チャロのベストを脱がせ、シャツのボタンを一つ外し、スラックスのベルトを緩める。少し呼吸が楽になったようだ。
イザベラは初めて入る、チャロ、いやティスタの自室をドキドキしながら見回した。あまり物が置いていない。ベッドボードには灰色の丸い石が飾られている。シンプルな棚には小難しそうな鉱物の本が何冊も横に積まれていた。何度も読んだであろう、小さなメモがはみ出している擦り切れた分厚い本、少し小さな本は新しいのか、あまり読まれていないようだ。
(……帝国語?)
イザベラはふと思った。この人たちは、何者なんだろう、と。
控えめなノックと共にリアンが水差しとグラスを持ってきた。イザベラはそれを自ら受け取る。
「あー……すいません。イザベラ様は、なんでここに?」
氷嚢を脇の下に差し込み、リアンは尋ねる。ついでに冷たく濡らしたタオルを額に乗せた。
「ちょうど媒体の洗浄をお願いしようと思って。でも、次回の方にするわ。お姉……んんっ、ティスタさんがこれじゃあ、リアンさんも気が気でないもの。外で待ってる侍女に言って、うちの医師を呼んでもらうから」
それを聞いたリアンは少し悩んで首を振る。
「いえ、そこまでしてもらうわけにはいかないんで。俺たち、平民ですし。……仕事は仕事なんで、洗浄の間コイツ見てもらえれば」
「ううん、これは重要なことよ。私の……ううん、この街、国の損失に関わるわ!」
つい熱くなってしまった。リアンはやや目を瞠った。
「そこまで!? ……や、貴族の方をお待たせするわけにはいかないんで、一応洗浄してきます。……じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
深く礼をする。イザベラのイヤリングを受け取り、彼はまた、部屋を出ていった。
(こんな、近くで二人一緒に住んでるのに、一線は介してるのね)
部屋で覚えた違和感はどこへやら、二人の関係性にものすごくときめいたイザベラであった。
媒体の洗浄が終わって、医師に診てもらい(もちろん口の固い)、少し回復した頃。イザベラは満足そうに帰っていった。
「ふー……。んじゃ、やりますか」
リアンはトレイに置かれたままのトルマリンを見た。シャツは二の腕まで捲っている。
ルビーのような赤はルベライト。気品のある紫はシベライト。鮮やかなピンクはバイアライト。爽やかな黄色はカナリートルマリン。海のような青はインディゴトルマリン。森のような緑はヴェルデライト。そして最後の一際大きな二色の石はバイカラートルマリンだ。
硬度は七〜七・五。色によって混ざる微量な金属が異なるため、硬さが微妙に変わる。それに、赤系はインクルージョンが多くて割れやすい。
そして、トルマリンは強い多色性を持つ。リアンは六角柱の原石をつまみ上げる。六角形の向きと長細い側面で、色が変わってしまう。
(コイツらは全部色が濃いな……。横を正面にする)
ぺろ、と唇を湿らせ、リアンはデザインを思い描く。媒体にもなる、すべての石を使ったブローチ。
魔力回路を見る限り、似たり寄ったり。ということは、同じ親から生まれたということ。つまり、相性の良い石を重ねれば重ねるほど、より強力な媒体となる。力を抑えつつ循環するような。
(「アレ」っきゃねーな)
リアンは、回転盤の上にコンパウンドを溶かした水をふりかけた。石をドップに固定する。
(まずは、硬めのインディゴトルマリンから……!)
薄暗い部屋。むくりとティスタは起き上がった。
(……トイレ……)
生理現象には勝てない。まだ主張する頭痛に顔をしかめた。サイドテーブルに置いてある塩入りの糖蜜水を口に含む。
(あー……沁みる……)
久しぶりに倒れた。いやあ、困った困った。食欲不振と睡眠不足、石との会話がトドメとなったらしい。
(リアンに怒られなきゃいいな)
そう思いながら階段をゆっくり降りると、工房から「シャリシャリ」と音がする。
(……?)
スッキリした後、そっと工房を覗いた。
ぶわり。物理的な熱は来ないはずなのに、魔力の波動が熱となってティスタに降りかかる。
石が吹き飛ばないよう、ドップを支える鍛えられた二の腕。石を睨みつけるような、真剣な眼差し。たまにコンパウンドを足す手。盤から石を離してランプの明かりだけで確認する。リアンは石を研磨していた。
もう一枚のトレイには、荒削りが終わった、面が荒い石が置いてある。それらは少し熱を帯びているのか、ジジ……とぼんやり光っていた。
「うし、残り、バイカラートルマリン……!」
そんな、楽しそうな声が聞こえた。
ああ、そうだ。彼もまた、石に魅入られた者。だって、こんな楽しそうなリアン――。
(見たことない)
熱気と、油の香りと、研磨の音。火の灯りが揺らめいて、リアンを妖しく照らす。暑さからか、汗がぽたりと垂れる。
なぜか、目が離せない。
荒削りが終わるまで、ティスタは息をするのも忘れて見入っていた。
それから一週間、チャロの店は臨時休業となった。
依頼を受けて五日後、ブローチが出来上がった。
それは、虹のようにグラデーションを描く、円環。四角のバイカラートルマリンが右下に配置され、そこから時計回りに、プラチナの蔦が伸びるように円を描き、木の葉の緑、実の黄、朝露の青、蕾の紫と赤。花びらのピンク。プラチナには細かな魔法陣が刻まれ、多すぎた魔力を打ち消す役割を持つ。美しく配置された石は一つ一つが魔力を回路に繋ぎ、増幅と減衰を繰り返し、一つの波を作り出していた。
円環の、命を紡ぐ物語の植物。
芸術とも言えるそのブローチを作り上げたリアンは、その後二日寝込んだ。
「しょっぺえ!」
ベッドの上、リアンは器に盛られたおかゆを一口食べた一声がこれだ。傍らには口を尖らせたティスタがいる。
「文句言わないでよ。ティスタ様のちゃんとした料理なんだから、食べてよね」
確かに見た目はまともだ。見た目は。
「こんな塩辛いもん、食えるか! 貸せ! 俺が作る!」
「あー! ちょっと! 病み上がり!」
ドタバタとリアンは階段を降り、その後ろをティスタが追いかけた。
台所がもっと悲惨なことになっているとは知らずに。リアンが打ちひしがれるまであと数秒。
あの芸術品のブローチは、あまりにも美しく、結婚式など特別な時にだけ着けられる家宝となった。
そして、誰かの手によって書かれた「薄い本」は、貴族の中で大流行したのは、本人たちがあずかり知らぬことである。
トルマリンときくと、黒くて肩こりとかに効果あると思うのは私だけでしょうか。
皆様、熱中症にはお気をつけください。




