二つで一つ、インペリアルトパーズの誓い
少々暴力表現があります。硬度8。
はむり。ティスタは外国から届いた栗の甘煮を頬張った。口に含むと栗の味が主張し、次に甘いシロップが染み出して、口の中はしっとり。最後にほのかなブランデーの爽やかな香りが追いかけてくる。
「おいひー! ……こういうのが正当報酬だよねぇ」
キャッツアイの男はうまくいっているようで、事あるごとに取引先の名物をチャロ宛に送ってくれる。一応、ティスタも令状を送ってはいるが、それに追いつかないほどの品物が届く。
「……甘いな(よく食えるな、こんなもの)」
リアンは栗をつまんだ後顔をしかめ、茶で流し込んでいる。ティスタはそれを見て吹き出した。
「はははっ、リアンは甘いの苦手だもんねぇ。いいよいいよ、このティスタ様が全部いただきますとも(苦手なら食うなもったいない!)」
「菓子で腹いっぱいすんじゃねえよ(お前はただでさえ細いんだ、もっと栄養あるもの食え!)」
ちっちっち、とティスタは指を振った。
「分かってないね、リアン。甘い物は別腹だよ。ちゃんと食事はいただくからさ」
けっ、とリアンは吐き捨てた。そして、ちら、と彼らの居住スペースの隅、うず高く積まれた箱を見る。
「……けど、そろそろ『お断り』の連絡した方がいいんじゃねえ? あっちは善意かもしれねえけど、いい迷惑……」
その言葉を聞いて、ティスタは慌ててガタリと立ち上がった。
「えーっ!? っ、ゲホッ、ゴッホ! ちょ、リアン、殺生な……! お客様に出す茶菓子としても有効利用してるんだから!」
大きな声を出したからか、咳込んでいる。リアンは深いため息をついた。
「……わかったわかった。そこまで言うならやめておく。だがな、女達を期待させるような文言を吐くのはもう少し控えろ。本音は絶対伝わっていない」
「……? なんて言ったっけ?」
「……」
『まあ、こんな高級なものを。私いただいてよろしいの?』
鑑定の待ち時間に出された、お茶と小さな宝石のように精巧なボンボン・ショコラ。チャロは宝石を手に乗せながら微笑む。
『頂き物ですが。こんな美味しいものを独り占めは良くありませんから』
『まあ……!』
ティスタの本音としては「たくさんあるしリアン食べないしもったいないから出そう」なのだが、「チャロ」があの掠れた、色気のある声で囁けば一気に口説き文句になる。
そんな会話を、小窓の向こうでしらけた顔をしてリアンは聞いていた。
「いい加減にしないと、マジでお前刺されるぞ」
「えー? 大丈夫だって」
よく分かっていない妹弟子に、リアンはもう一度、深い深いため息をついた。
(男の嫉妬だって、かなりえげつねえんだけど)
カラン。ドアベルが鳴る。
うがいをしていたチャロは口元をハンカチで拭いて店へと向かった。
「……やあ、いらっしゃい」
いつもより掠れた声と少し濡れた唇は一段と色気を含み、憂い気な微笑みは客の胸を高鳴らせるのに十分な破壊力を伴っている。
「あっ、あっ、あの、チャ、チャロさん! い、石、彼に、渡したい石を見ていただきたくて……!」
質のよいドレスを着た女性が顔を真っ赤にして箱を差し出した。
(この子は確か、以前、相性のよい石選びに何回か通ってもらった子か)
週にニ、三回、二月ほど続いたか。なかなか難しい魔力だったので、印象に残っている。鑑定士なのに宝石店か? と見紛うほど石を見比べまくった。もちろん、石は彼女の家お抱えの宝石店であったけれども。
そう、彼女は貴族。態度の割に、家格は伯爵家だ。あの、チャロに言い寄ってくる子爵家の娘と大違い。ぜひ見習ってほしい。
と、思考の海に沈むこと数秒。チャロは笑みを深くして箱を受け取る。
「ご婚約者の方へ、ですか? 拝見いたします」
ああ、と箱を手に、チャロは彼女へと向き合う。
「媒体の石は順調です? 魔力詰まりがありましたらメンテナンスいたしましょうか(リアンが)」
えっ、と彼女は真っ赤な顔を、もう湯気が出るほど赤くした。
「お、覚えててくださったんですか?」
「ええ、もちろん(あれは大変だったからね)」
じゃあ、お願いします、とほとんど消え入りそうな声で彼女は両耳のイヤリングを外した。トレイに載せた石をチラと見ると、「彼ら」は魔力が詰まってちょっと疲れているように見える。
(風呂でも入りな。体を綺麗にしたらきっとスッキリするよ)
『チャロー、綺麗してー』
『リアンだよ、リアン』
『あ、そーだったー。リアン、お風呂ー』
(はいはい)
イヤリングの石たちをリアンに預け、チャロは厳重に閉められた箱を開ける。
中には、美しい黄金色に輝く石が布の中に眠るように横たわっていた。
「これは……」
「トパーズと、聞いています。多分……。その、婚約者の、タイピンに加工しようと思って……」
ふふ、とチャロは笑みを深める。そう言えばこの子は婚約者にベタ惚れだった。あちらもあちらでなかなか。
(相思相愛、いいねえ)
チャロは鑑定スペースへと移動する。親指の爪程の大きさ。本当にトパーズならば、この色合いは恐らく。
(インペリアルトパーズ……!)
「お値段」を想像すると頭痛がするが、石は石なので一旦考えから外しておく。
珍しくチャロは手袋を外し、石を手に持った。なかなかに大きいが、想像する重さよりもずっしりとくる。指先で撫でると、磨いた表面は油を塗ったかのようにぬらりと滑らかだ。
(うんうん)
次に、溜めておいた灰を小皿にあける。そして石を乾いた絹の布で勢いよく擦った。すぐに灰に入った小皿へと近づけると、灰はまるで生き物のようにふわりと持ち上がり、石へと吸い寄せられた。
(帯電性は強い、と)
そっと布で灰を拭い、最後に手袋をはめて石を手に持った。北側の窓から射し込む光にゆっくりと傾ける。正面からは黄金色に見えていた石は、傾けるに従って熟した葡萄のような、赤みを帯びた深い色へと顔を変えた。
(多色性、と)
間違いない。これは、トパーズの中でも最高級品、「インペリアルトパーズ」。
(さあ、「インペリアルトパーズ」、君の気持ちを教えて)
音が消える。この空間には、チャロと石だけ。チャロの藍色の瞳は目の前の石しか見えていない。
『ちょっとあなた、誤解されてるわよ』
(……は?)
『あたしとしてはぁ、あの子の彼に役立つのはイイんだけどぉ、あなたが心配よ』
(なんで?)
『だって――』
バン! 店の扉が乱暴に開かれた。
石と繋いでいた意識が無理やり引き剥がされる。チャロは霞む視界と痛む頭に顔をしかめながら音の方へと顔を上げた。
肩を激しく上下させ、一人の男が入口で仁王立ちになっている。
無言でチャロはそっと石を布張りのトレイの上に置いた。
「オリバー様!?」
伯爵令嬢の驚いた声。ああ、確か婚約者はそんな名前だったな、とどこか他人事のようにチャロは思った。そして、この伯爵令嬢は。
「イザベラ……! なぜ君はまたこんな所に……!」
「あの、えっと、それは……!」
(ええ……。修羅場?)
オリバーと呼ばれた青年は、ギロリとチャロを睨みつける。その眼光の鋭さに、チャロの心臓は、少しひやりと冷たい血を全身に送り出した。
「貴様が、私のイザベラを……!」
「ジェントル、それは違います(違う違う誤解誤解誤解だってば!)」
「ち、違います、オリバー様! これは、私の依頼で……!」
駆け寄ろうとする伯爵令嬢を片手で制し、青年はつかつかとチャロに大股で近づいてくる。
(え、怖いんですけど!)
「……この前もイザベラに近づこうと何度も呼び出したと聞いている……! 身の程をわきまえず……!」
すっかり頭に血が上っているのか、オリバーという青年はチャロの胸ぐらを掴んだ。
「……っ、ジェントル、ここは店舗、ですから……っ」
「へらへらと……!」
ゴッ……。彼の握られた拳が、チャロの頬に当たった。
「……!(いたー!!)」
ガターン! チャロの軽い身体はいとも簡単に吹っ飛んで、椅子にぶつかってけたたましい音を立てる。
チャポ……、とイヤリングを洗浄液に浸けて魔力の詰まりを通していたリアンは、扉が勢いよく開いた音に顔を上げた。
(……なんだ? 急ぎの来客か……?)
店舗の方で低い声が、何か言っている。妙な胸騒ぎがリアンによぎった。
そのうち、鈍い音と椅子が勢いよく倒れる音。
「……っ!」
しばらく「風呂」に浸かってろ、とイヤリングをひと睨みして、リアンは駆け出した。
「チャロさんっ!? オリバー様、落ち着いてください! 私は、そんなつもりでここに来たわけじゃ……!」
倒れ込んだチャロを見て悲鳴を上げる伯爵令嬢は、オリバーへ駆け寄った。
(いたぁ……。でも、イザベラちゃん、大正解。あなたこっちに来たらもっとヤバかった)
全身痛い。口の中は切ったのか、鉄の味がする。チャロはゆっくり起き上がった。
「おい!? ティスタ!?」
リアンの悲鳴のような声。彼は真っ青な顔でチャロの下へと走ってきた。そのままチャロの肩を抱き寄せた。
(ええ……。名前間違えてますよー、リアン)
視線で訴えるが、リアンに届かない。
「リア……」
「誰の店でこんな事してる」
ざわ……。彼の魔力が体から湧き上がる。
「ちょ、リアン」
「『ティスタ』に何をした」
(ええー!? リアンさーん!?)
青年はリアンの怒りに気圧され、呼び名の違いに戸惑いを見せた。もちろん、傍らの伯爵令嬢も。
「彼の名は、『チャロ』ではなかったのか……?」
「え……? チャロ、さん? ティスタ……?」
(そうそうそう! 気づけ! リアン? おーい、リアンさん!!)
チャロは必死にリアンの服を引っ張るが、リアンは気づかない。というか。
(瞳孔開いてるんですけどー! こわいー!)
はっとチャロは自分の倒れた椅子の辺りを見た。近くにインペリアルトパーズを置いたテーブルがあった、は、ず……。
「ぎゃーー!! っ、ゲホッ! ゲホッゲホッ!」
「チャロ」の設定も忘れ、「ティスタ」は絶叫した。リアンの服をぎゅううう、と握りしめる。彼女の視線の先、インペリアルトパーズが置かれていたテーブルは、チャロが殴られた時にぶつかり、トレイも宙を舞い、石が床に叩きつけられ――。
無惨にも、真っ二つに割れていた。
服ごと腕を握りしめられ、その痛みとティスタの絶叫でリアンは、はたと我に返った。
(……俺、ティスタって呼んで……って)
咳き込む彼女の視線の先は、ばかりと割れたトパーズが。
「ティスタ」の絶叫を聞き、オリバーは事の重大さに気づき、徐々に顔を青くした。割れたトパーズを見て、イザベラもまた、色を失っていく。
「そ、そんな……。オリバー様への、プレゼントなのに……」
その呟きが聞こえ、ようやくオリバーは自分の勘違いに気がついた。
「あ、ああ……。インペリアルトパーズぅ……」
痛む体で這うように移動し、ティスタはトパーズを手に取った。
(ごめん、ごめんよぉ……)
『ほらぁ、言ったじゃない?』
『ま、綺麗に割れたから、二つで一つにしてもらおうかしらぁ?』
ティスタは口元の血を拭い、鑑定士の目でリアンを見上げた。
「……リアン。この子たち、綺麗に割れたから、生まれ変わりたいって」
「ちっ。仕方ねえ。おい、そこの男。お前がティスタを殴った落とし前と、この石を割った代金。技術で支払ってやるよ。待っとけ」
リアンは舌打ちを一つして、ひょいとティスタを立たせると、彼女の手からトパーズを受け取った。そのまま工房へと姿を消す。
そして、その場に残されたのは、ティスタとオリバーとイザベラ。
「えっと、ティスタ、さんと、言う、の?」
「えーーと……(リアンー!)」
どっかりとリアンは椅子に座った。
トパーズは硬度八で硬い鉱物に分類される。けれど、劈開性という割れやすい特徴を持つ。結晶の並びから垂直に力が加わると、竹が割れるようにパカリと割れてしまうのだ。
硬いのにある部分では特に脆い。
(誰かのようだな)
リアンは心の中で呟きながら、割れた面を見る。
それは、まるで鏡のような、水面のような美しい滑らかな断面。
(何に生まれ変わらせるか、だな)
断面は滑らか。二つ合わせるとピタリとはまる。
(なら、「アレ」だな)
「……なんてことだ。私は、女性に手を挙げてしまったと言うのか……?」
真っ青を通り越してもはや燃えカスのような白い顔で、オリバーは顔を覆った。
「いいえ。性別を偽っていたこちらにも非がありますし」
頬に大きなガーゼを貼って、ティスタは淡々と答える。内心はどうであれ、だ。
「本当に、ごめんなさい……。私が彼に誤解させるような行動を取ってしまったから……」
イザベラもまた、その身を小さく縮こまらせている。ティスタは首を振った。
「レディ、そう自分を責めないでください。あなた『は』悪くないのですから(悪いのはバラしたリアンだしね)」
にこ、と微笑むと、イザベラの瞳が潤んだ。
「ティスタさん……!」
彼女の何かが沼に落ちた音がした。
「悪い。待たせた」
工房から出てきたリアンは、額の汗を軽く拭った。もう片方の手には、布で包まれた物が。
「リアン、何にしたの?」
チャロの仮面をかぶることを諦めたティスタは、二人にお茶と菓子を提供しつつ、リアンを振り返った。その頬には大きなガーゼ。痛々しいその様子にリアンは軽く眉を寄せる。
まあ、傍らの伯爵令嬢はキラキラとした瞳でティスタを見ているし、その婚約者の男は灰になって今にも崩れそうな、カオスな状況であったけれども。
「ああ、これは『双子指輪』だ」
テーブルに置いて布を開く。そこには、元の大きさのインペリアルトパーズをつけた指輪があった。けれど、その指輪はちょうど石の断面で二つに分かれている。
「この、くっつくリングの内側に、文字を刻むこともできる。『最愛の婚約者に向けた、愛の言葉』なんてのもな。あとはまあ、二人で分け合って、割符みたいにしてもいい」
イザベラとオリバーはそろそろと顔を見合わせた。お互い、頬が赤くなっている。
「……お前ら、ちゃんと話し合え。自分の思い込みで突っ走って、他人を巻き込むな。俺は貴族だろうがなんだろうが、お前らだから言わせてもらうぞ」
「ちょっとリアン! ……まあ、色々ありましたけれど、お幸せに。あ、『僕』の事は秘密で」
ティスタは、人差し指を口元に当て、片目を瞑る。それを直視したイザベラは「きゅう」と声を発してオリバーにもたれかかった。
「あっ、イザベラ!?」
最後まで、なんだか締まらなかった。
一つのものを分け合ったカップルは、いつまでも仲睦まじい夫婦であるという。
劈開性を持つ石が、夫婦円満、永遠の愛を誓う道具の一つに数えられ、しばらくの間、ギメルリングを互いの指にはめることが流行った。
「……でもさあ、ギメルリングって。リアンもロマンチックだねえ」
ガーゼを貼り替えながら、ティスタは呟いた。ふばぁっ! とティスタの背後で水を口に含んでいたリアンが思い切り吹き出したのが聞こえ、ティスタはくつくつと笑う。
「なっ、おまっ」
「だってさあ、『愛の言葉』なんとか言っちゃって、ぷぷっ」
「うっ、うるせー!」
手をゲンコツにし、ティスタの頭に振りかぶって。
そっと手を開いて彼女の頭にポンと載せる。
「……すっげえ心配したんだぞ。マジで心臓止まるかと思った」
おや、とティスタは頭の上の、手の重さと、その声音を意外に思う。
「まー、師匠のゲンコツの方が痛かったし?」
「……勘弁してくれ」
はあー、と脱力したようにリアンが息を吐いた。
トパーズは劈開性がありますが、そんな簡単に割れないはず、です。
思い切りこすると静電気溜まりやすいらしいです。




