絆と、熱と、紅玉髄
ここで本編完結です。
遅刻遅刻!
最近おかしい。知らずため息は出るし、ただでさえ細い食がさらに食欲がなくなるし。
「おい、どうした? オムレツ残ってんぞ」
リアンの顔は見れないし。
「やっ、うん、ちゃんと食べる!た、食べるから!」
極めつけはすぐに赤くなる顔。
(なんで、なんでっ!? ただの「会話」じゃん……)
「……ほんとどうした? 最近具合でも悪いのか?」
リアンは眉を顰め、椅子から立ち上がってティスタの額に手を当てた。
ボンッ。
「おい、熱いぞ? 熱あるんじゃねえ?」
たった今、リアンのせいで熱が出た。
リアンは眉を顰めたまま、器用にも気遣わしげな顔をする。
「今日はチャロになるのやめとけ。工房は開けとくから、急ぎの用事だけ聞いとく。今日は部屋で寝とけ」
ティスタは慌ててオムレツをかき込んだ。
「風邪じゃないから! ちょっと今日は臨時休業します! 雑念払いに……違った、気分転換に、外出てきます! ごちそうさま!」
流しに皿を置いて、ティスタはバタバタと騒がしく出ていった。後ろから「おい!?」とリアンの声が聞こえたが、無視した。
「……」
リアンは引き留めようと伸ばした手を下ろした。そして軽く息をついて頭をガシガシと掻く。
「……ちょっとは、意識してもらえてるってことで、いいのか……?」
その呟きに答える者はいない。
ティスタは早足で通りをがむしゃらに歩いた。気がつけば大通りを抜け、市を通り過ぎ、クォーツが採れる川が流れる場所まで来ていた。
(あー……、ここ、どこだっけ)
荒く息をつきながら辺りを見渡す。浅瀬には、まだ冷たい川に入って石を探す子どもたちの姿がちらほらと見える。
(もー……)
とすん、とティスタは川辺の草むらに腰を下ろした。しばらくここで頭を冷やそう。
そもそも、だ。なぜリアンの一挙一動でこんなに挙動不審にならなければならないのだ。
ほんの少し前まで、彼の手が頭に乗ろうが、笑った顔を見ようが、部屋に入ろうが、そのまま着替えをしようが、別段気にならなかったのに。
(いや、着替えはさすがにアウトだよね?)
マラカイの言葉が引っかかっているのか、それともこの間あんな近くで囁かれたリアンの言葉が残っているのか。
(だって、リアンの作ったやつのほうが、すごく良かったんだもん)
幸せそうなイザベラやオリバー、そして誇らしげな石たち。自分のためだけに作られた「もの」が、なんとなく欲しくなった。それだけなはずだ。
ティスタは、媒体を持たない。石の鑑定の際に余計な魔力が入り込んで邪魔になるだけだし、体内に入っているアメシストのせいで媒体にまで回す余分な魔力がない。だから、それまで避けてきたことなのだが。
「……媒体でなくとも、いいのかなぁ」
これまで自分が鑑定し、リアンが治してきた石たちを思い出す。受け取った人々はみな、幸せそうな顔をしていた。
その時である。
キィ……ン。
どこからか、石がティスタに同調してきた。
『……おーい、聞こえるんだろー?』
(……ん? どこ?)
ティスタは立ち上がる。声が聞こえるのなら、ここから近い場所だ。
『こーこ、こーこ、川の中』
(川!?)
川へ視線を向けると、彼女が悶々と考えているうちに子どもたちは姿を消していた。思い切って靴を脱ぎ、スカートをたくし上げて川へと足を差し入れた。
「……冷たっ!」
だいぶ暖かくなったとはいえ、春先の川の水は肌に突き刺すように冷たい。ぶるりと震える。
『五歩くらい前だよ、石の子』
(石の子じゃないし。ティスタだし)
一、二、三、四、五歩。足元を見ると、茶色が強い角の取れた石が水の中に転がっていた。
『そうそうそう! ひーろって!』
ちゃぷり、と腰をかがめて拾い上げる。大きさとしては手を拳にしたときに中に隠れるくらい。
「これは……」
川から上がって、草むらに座り直す。ちょっと冷えた。寒い。
石を太陽の光に透かしてみる。表面の茶の向こう側、温かな赤が光を通して見えた。
(それなりに透明。縞模様はなし。ジャスパーでも、アゲートでもない)
小さな小さなクォーツで石を擦ってみる。キチキチと音を立て、互いにほんの少し傷がついた。
(クォーツと同じ。硬度は七程度)
恐らく、これは「カーネリアン」。まさか悶々と考える原因となっている相棒の名を冠する石を拾うとは。わずか、ため息をつきそうになった。
『なー、なー、石の子ー。お前さあ、何でアメシスト入ってんだ?』
手の中でコロコロと石を転がす。それはほんのり温かい。
(色々、あったんだよ。取り出せないし、私は普通の「人間」になれない)
『ふーん。それで引っかかってんのか?』
ぱちり、とティスタは瞬いた。
(何を?)
ニヤッと石は笑ったように見えた。
『お前の心ン中さあ、一人の人間で占められてて、ソイツんこと大好きって気持ちで溢れてんのにさあ、石が体に溶けてるから、そこで自分の中で線を引いてんだろ』
(はあっ!? そ、そんなわけないし! だ、第一、大好きとか……!)
石からはさらにニヤニヤとしている空気を感じる。顔がないくせに表情豊かだな!
『ふうーーん? じゃあ、なんでそんな顔真っ赤なの? 図星なんだろ、石の子』
「なっ、なっ、な……っ」
ティスタの顔は湯気が出るほど真っ赤になっている。さっきまで寒かったのに、今度は暑い。
『正直な子だね、石の子。ほらほら、おいらがお前を守ってやるからさ、その要らない線、捨てちまえって』
「……」
ティスタは無言で手のひらのカーネリアンを見つめた。
好き? 私が、リアンを?
『おっ、その人間、りあんっていうのか! オイラみたいな名前だな!』
(……だって、リアンの石は、カーネリアンだったんだよ)
君みたいな、赤くて、熱くて、温かくて。ぶっきらぼうな時もあるけど、優しいんだ。
(……そっか。好き。私、リアンのこと好きだったんだ)
すとん、とその気持ちは心にすっぽりとはまった。
「……はあ。やっと見つけた」
こつ、とティスタの頭にゲンコツが軽く当てられる。ため息とともに彼女の肩にコートが掛けられた。
「……何時だと思ってんだ。昼を過ぎても店が閉まる頃になっても戻ってこねえし。どんだけ心配かければ気が済む? ああ?」
「……リアン」
そんな時間になっていたのか。気が付かなかった。リアンは眉間にしわを寄せ、ティスタを見下ろしている。
「春だって日が暮れれば寒くなるんだぞ。すっかり冷てえじゃねえか。この、変温動物が」
「ご、ごめんなさい」
『おっ、コイツがりあん? オイラみたいに男前ー!』
ちょっと黙っててよ。
「ほら、帰るぞ」
ぐっとリアンはティスタの手を掴んで引っ張った。ぐん、と力強く立たせられる。ずっと座っていたからお尻がじんじん痺れている。
「うわ、痺れた……」
「はあ? ずっと座ってるからだろ、バーカ」
悪態をつかれながら帰る道。引っ張って立たせられたその手はまだ繋がれたまま。ティスタのポケットには、カーネリアンがコロコロと笑っている。
薄暗くなってきた道はよく見えないから、繋がれたこの手も見られない。カサカサしてて大きくて温かい職人の手。歩調はゆっくり、ティスタに合わせる夕暮れの道。
「……なあ、覚えてるか? この国に来た時さあ、お前に河原の石あげたろ」
「ああ、あれね。覚えてる覚えてる」
――俺、絶対マラカイを超える職人になってやる! その時、お前に最高なヤツ作ってやるよ。……それまで、この石が誓いだ。
――なにこれー! 河原の石じゃーん! 変なの!
――う、うっせー!
それはティスタのベッドボードにこっそりと飾られている。
(そっか、「それ」、まだ覚えてたんだ)
ただの口約束なのかと思ってた。だけど、その誓いを忘れられなくて、ずっと石を捨てられずにいた。
ごそ、とポケットの中を探る。指先に当たるのは、まだ磨かれてもいない原石。
「あの、さ、リアン。これ……で媒体、作ってよ」
ティスタは俯いてリアンに石ごと手を押し付けた。
「おっと、……ああ、いいの、見つかったのか。良かったな。何の石だ?」
「……ー、……あん」
あ? 聞こえなかった、とリアンはティスタに顔を近づけた。
近い。ばっとティスタは顔を上げる。
「かっ、……っ、カーネリアンだよ!」
しん。リアンの動きが止まった。
「いい言っとくけど、私が選んだんじゃないから! 石が選んできたんだから!」
「……石が選んできた、だって?」
少し低い声がティスタの頭上から聞こえた。
「……最終的にお前が選んでんじゃねえか。……なのに何でお前、そんな泣きそうな顔してんの」
「……!」
(リアンの方が、泣きそうだよ……)
繋いでいた手がほどけた。けれど、そのまま手首を掴まれる。痛くない、優しい束縛。
そしてリアンはティスタの肩口に額をつけた。
「あー……、もう、何だよ……、お前……」
「なっ、何って何!?」
「もー無理。好きすぎて、どうにかなる……」
その言葉が聞こえた瞬間、ティスタの心臓はこれ以上ないくらい早鐘を打つ。肩にはリアン。近くて、温かくて。なんだか――。
(すごく、嬉しい)
春の夕闇。肌寒い空気の中、そこだけ日だまりのように暖かかった。
それから、「チャロ」は工房から消えた。代わりに、店を切り盛りするのはラベンダー色の髪の、美しい顔の女性。物静かに微笑み、石たちを「チャロ」のように慈しむ。
彼女の薬指には、とある人物の心をそのまま切り取ったような、燃えるようなカーネリアンの指輪が光っているらしい。
まあ、たまに、本当にどうしようもなくなったときだけ、「チャロ」が町に降りてくることもなくはない。その時は、険しい顔をした加工職人が後ろについて、当のチャロは困ったように笑っていたという。
「はー、おーわり」
ティスタは看板を裏返した。帳簿も付けたし、本日の仕事は終わりだ。
どこからか噂を聞きつけたのか、宝飾品の加工についての依頼が貴族から殺到した。さすがに無理、となった時、天下のオリバー様が降臨し、イザベラと共に仕事を割り振ってくれた。(伯爵家の工房へ持って行ってくれた。どうしても難しいものだけ回ってきて、リアンがキレたりしている。)
チャロがいなくなったから、店は下火になったかと思ったら、その逆。行きにくかったらしい女性客と、男性客も増えた。なぜ。
力を使う件数は一日五件まで。それは変わらないし、変えない。
(リアンがめんどくさいし)
ふと、薬指に光るカーネリアンの指輪を見てクスリと微笑む。
――ほら、指、出せ。サイズ測るからな。……中途半端なものにはしない。俺の気持ち的にも、だ。
真っ赤な顔で言われ、赤が伝染したティスタは頷いた。
カボションカットの、揺らめく熱を宿した指輪をはめられ、ティスタのいつも冷えていた体の芯に火が灯ったような温かさが通り抜けた。彼女の体の中、苦しくてさみしくて泣いていたアメシストが、カーネリアンに包み込まれた、そんな気がした。
「あー、くそ、オリバーのやつ……。覚えてろ……」
ぐったりとした顔でリアンは工房から出てきた。彼は今脆い石の加工をしている。ふふ、とティスタは笑った。
「ティスタ、コーヒー淹れて。もう、今日はやめだ。無理無理、俺が死ぬ」
「あはは! はいはい」
そんなリアンの首元には、細いチェーンのネックレス。そこには、ティスタとお揃いの指輪。中心の石はアメシスト。指にはめたらすぐ傷だらけになるという理由で、彼は首から下げている。
「休憩しよっか」
「おー……」
お疲れ、とリアンの背中をポンと労ると、彼はティスタの手を取って指先に口付けた。ぽっとティスタの頬が赤くなる。
「ティスタもコーヒー淹れるのは上手くなったよな」
「でしょー? 誰かさんのために毎日淹れてあげてるからね」
「ほら、回数が重要なんだよ。料理もそこんところだ」
「あっ、私はリアンの料理する姿がカッコいいから見たいなー」
「……っ、お前なあ……」
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
番外編が、もう少しだけ続きます。




