沈黙のコランダムは最期に笑う
硬度9です。
語字脱字はご容赦ください。
「ねえ、チャロ。アタクシの石、見てくださる?」
甘えた声を出す、妙齢の女。開店早々に店に入り込み、革張りの椅子に陣取っている。質のよいデイドレスを身に着け、耳には豪華な装飾品。彼女の背後には付き人が佇んでいる。
(……またこの貴族か。厄介だな)
心の声とは裏腹に、「チャロ」は笑みを絶やさない。いつもより掠れた声で尋ねる。
「……レディ、今度は何を?(また宝石買ったのか。一つ一つ大事にしろよ)」
彼女はうっとりとチャロの声を聞き、頬を赤く染めて付き人を指差した。
「やだ、今日はいつになくセクシーな声なのね。……ほら、出して」
「承知いたしました。こちらになります」
付き人の手荷物から出てきたのは、三つの宝石が縦に並んだ、トリロジーネックレス。宝石は上から淡いピンク、濃いピンク、紅へとグラデーションを描いている。
「これ、媒体にしたいのだけれど、うまくいかないのよ。石が悪いのかしら。よく発動できるように直したいの」
手袋をはめ、チャロはネックレスを受け取った。悟られないように深呼吸する。
「あちらで鑑定させていただきます」
北窓の鑑定スペースを指すと、彼女は眉を寄せる。
「嫌よ。アタクシのそばで見て。一人にするなんて」
微笑みながらチャロは彼女を見た。
「……石も、あなたの美しさで霞んでしまいますから」
そう? とまんざらでもない様子で彼女は身をくねらせた。その隙にチャロは鑑定スペースへと「避難」する。
(ピンクの石、ねえ……)
手に持った感じ、ずっしりとしている。クォーツよりも密度があるようだ。次に、チャロは上唇に石をつけた。よく冷えた鉄のように、ひんやりと石たちは冷たい。
(ふうん)
取り出したのは鋼の針。極わずか、見えない角度に針を立てる。それは「キチキチ……」と音を立てて反発した。
(はいはい)
続いて窓際の光に照らしてゆっくりと回しす。すると、それぞれの石は二つの色を溶け合わせるように変化した。濃い紅の石は鮮やかな赤からやや黄みがかったオレンジへ。薄いピンクもまた、無色に近い薄い色へ。
(コランダムか)
ピンクの二つの石はピンクサファイアだ。そして、紅の石はルビー。しかも、この間の含浸ルビーとは異なり、上質なもの。
(……おかしいな。コランダムなら相性はいいはず。教えてくれる?)
チャロは、よく見ようと目を細めた。
ガツン、とくる衝撃。石たちがめいめい喚き出した。
『あの子、きらい!』
『あたしたちを道具としか見てないのよ!』『本当は、あの子のお祖母様につこうと思ったのに!』
三つ同時はさすがに辛い。痛む頭に顔をしかめながら、チャロはまた顔を近づけた。
(「おばあさま」? 君たちは、買われたものではなかったの?)
しばらく見つめていると、じわじわと光景が浮かんできた。
(あっ、お祖母様! このネックレス素敵!)
声とともにネックレスがグンッと持ち上げられる。ブランブランと視界が揺れた。
(それは、私の若い頃、お祖父様にもらったたものだねえ)
ちょうどあなたくらいの年ね、と懐かしむ声。
(お祖母様にはこのデザインは若いのでなくって? アタクシにくださいな?)
ざわり。石が揺らいだ。
(どうしようかしらねぇ……)
(ね、お願い!)
仕方ないねえ、とため息が聞こえた。
そこで映像が途切れる。
チャロはジンジンとする目を押さえた。
(なるほど。石たちが力を出さないのも頷ける。これは、「強奪」だ。この子たちはお祖母様と共にいたかった。なのに、この娘はその意思を無視して奪い取るようなことを――!)
お祖母様もきっとこの石たちに込められた思い出にまだ浸っていたいに違いない。
(さて)
チャロは立ち上がった。
(……アイツ、まだ「鑑定」してんのか……?)
目からルーペを外し、宝石を拭く布を置いて、リアンはチャロのいる店へと続く通路を振り返った。
話し声は聞こえない。先ほどまでかすかに聞こえていた、甘ったるい鼻につく女の声も、だ。
「レディ、お待たせいたしました」
「ええ、いいの。あなたの鑑定している姿は目の保養になってよ。アタクシのネックレスに口づけを贈るところなんて、絵師でも呼んで描かせたいくらいだったわ」
チャロはにっこりと笑った。
「……光栄です(ただの鑑定なのに。気持ち悪っ)」
彼女はチャロの出したお茶をこくりと口に含んだ。さすが貴族、所作は美しい。――所作は。
「ねえ、何か分かったかしら? これでもアタクシ、あなたに期待しているのだけど」
にこ、とチャロは笑みを深める。手袋をしたまま、ネックレスを掲げた。
「レディ、これは『コランダム』ですね。重く、冷たくて硬い。魔力保持量も申し分ない、質のよいもの」
彼女は満足そうに微笑み、扇を取り出して口元を隠した。
「正解よ、チャロ」
「ですが……」
けほっと微かに咳き込む。今日は全く喉の調子が悪い。手短に話さないと、見苦しくなってしまう。
失礼、と一言添え、チャロは続ける。
「僕の見立てでは、そこまで新しいデザインとは思えません。それなりに年代を経たものでは?」
彼女は頷く。
「ええ、お祖母様にいただいたのよ。お祖母様ったら、こんな若者向けのアクセサリーを隠しているんですもの」
不満げにぼやいた。その言葉を聞いて、チャロはゆっくりと息を吸って吐いた。
「……この石ですが、残念ですが、あまり魔力放出に耐えられる回数が残っていません。……レディ、あなたの瑞々しい魔力に耐えられないかもしれない。先ほど、『お祖母様』と仰いましたが、購入したものではないのですか?」
事実の中に一滴の嘘を混ぜる。魔力放出に耐えられないなんて、硬度九のコランダムにそんなことはあり得ない。けれど、彼女の祖母の持ち物であったなら、使ったこともあっただろう。
咳き込みを我慢する。喉がイガイガしている。彼女は意外そうに瞬いた。
「あら、そうなのね。媒体に使えないのなら、身につけるのもちょっとねえ……」
「……以前鑑定させていただきました、ダイヤモンドの指輪はいかがでしょう? あの石ならば、あなたの美しい魔力にも耐えられるでしょう(あんたの『ワガママ』な魔力にも耐えられるだろうよ)」
そっとネックレスを手渡すと、彼女はもう興味を失ったかのように付き人に手渡した。少し乱暴な手付き。チャロはぐっと手を握りしめた。
「ふふ、あのダイヤの指輪ね。今度また見せに来るわ。もう少し調整していただきたいもの。……チャロ、あなたの声が聞けて良かったわ」
そして彼女は白魚のような手でチャロの頬をするりと撫でていった。
「……お待ちしております(もう来んな!)」
カロン、と軽やかなドアベルの音を立て、彼女は上機嫌で出ていった。付き人はチャロへ鑑定料金を支払うため、残っている。
「……あの、ありがとうございました」
そう言って彼女は深々と頭を下げた。
「……なぜ、あなたが礼を?」
代金を受け取りながらチャロは首を傾げる。その視線に付き人は頬を赤くし、モジモジと言葉を紡いだ。
「私、大奥様にご恩がありまして、その、あのネックレスをどうしてもお嬢様に諦めていただきたくて……ほら、ちょっと強引でしょう?」
ああ、とチャロはどこか救われた気がした。あの「お嬢様」のしでかしに、心を痛め、怒りを覚える人がチャロの他にもいたのだ。
ふふ、とチャロは微笑む。
「大奥様はそのネックレスをとても大切にしていたのですね。……ですが、仕える主人を悪く言うのはいただけませんよ。……僕は何も聞いていませんが」
軽く片目を瞑ると、彼女の顔は真っ赤になった。そして慌てて店から出ていく。何か罰を受けなければいいけれど。
「ふう……っ、ゲホッゲホッ!」
気が抜けたのか、扉が閉まった瞬間、激しく咳き込む。頭はガンガンと痛いし、目はぼんやりとよく見えないし、喉は掠れて咳込んでいるし。それに一番精神をすり減らしたのはあの娘の相手だ。大変だった。隙あらば触れてこようとするし、じわじわと「権力」という名の手が迫ってきて気持ち悪い。
(「チャロ」は、あんたの持ち物じゃないってーの)
「おい」
椅子の背もたれに手をついて咳込んでいると、不機嫌そうな声が背中から聞こえた。
「一時間半。時間の掛け過ぎだ(何無理してる)」
咳き込みすぎて涙目になった「ティスタ」が振り返ると、眉間にシワを寄せ、怒気をはらんだリアンが立っている。
「ほら、水だ」
「ごめ……ゲホッ」
体温ほどに調製されたぬるま湯を喉に流すと、少し落ち着いた。
「はー……ありがと」
「……長かったな。石はいくつあった」
有無を言わせないリアンに、ティスタは内心ため息をつく。
(げー……。リアンも心配性だよ)
「トリロジーネックレス(三つだったけど、『一件』だよね?)」
指を一本立てると、は、と彼は鼻で笑った。
「三件だ。……馬鹿が(三つを一件とは数えねーよ)」
その日、お昼前にチャロの店は閉められ、残念がる人々の声が多く聞こえたという。
コツ。杖をついて、一人の年老いた女性が馬車から降りてきた。彼女はそのまま、宝石鑑定の店の扉をくぐる。
カラン。
閉めたはずの扉からドアベルの音が聞こえ、チャロは顔を上げた。
「ああ、すみません……今日はもう……(喉が、死ぬ……!)」
チャロの目の前には、上品なドレスに身を包み、杖をついた老婦人が立っていた。付き人はいない。けれど、この佇まい、気品、上質な服。貴族だ。
彼女は、「見えない」笑みを浮かべている。
「あなたが、チャロさんね?」
穏やかな口調の中に抗えない何か。この、人は。
(あの、トリロジーネックレスの持ち主……!)
チャロが何か言う前に、リアンがかばうように前に出る。
「大変申し訳ありません、マダム。本日、このようにチャロは体調不良でして、鑑定が難しくなっております。また、日を改めて――」
――す。と彼女は片手を上げてリアンの言葉を遮った。彼女は一言も発していないのにもかかわらず、だ。凄まじいオーラを感じる。
「鑑定はしなくて結構です。わたくしは今朝この店を訪れた娘の祖母。チャロさん、わたくしはあなたに一言申したくて来ました」
何を。チャロは背中に冷たいものが流れるのを感じた。リアンでさえ、張り詰めた空気をまとっている。
(文句でも言いに来たのだろうか。けど、こっちは言われたから鑑定しただけであって、変なことは言ってないはず。あっ、もしかして、「嘘」がバレた!? やばー!)
となると、貴族相手に嘘をついたことになる。チャロの顔はみるみるうちに青くなる。それを見た老婦人は、おほほ、と笑った。
「そんなに警戒しないで。……ありがとう」
その一言に、チャロは目を瞬いた。
「孫がね、トリロジーネックレスを返してきたのよ。『これ、もう屑石なんですって』って言いながらね」
「そっ、(そんなこと言ってない!)ゲホッゲホッ!」
「……おい! チャロ……!」
言い募ろうとしたチャロの喉は、熱く掠れて声が出ない。みっともなく咳込み、リアンは焦ったように背中を擦る。けれど、老婦人は気にも留めないように微笑んだ。
「ええ、ええ。分かっています。わたくしはあのネックレスを一度も媒体にしたことはありません。それを知って、あなたはあの子にほんの少しの嘘を教えたのでしょう? 硬度が九のコランダムが、たった数十年で劣化するなどあり得ませんもの」
けれど、と彼女は困ったように息をつく。
「このデザインを今の私が身につけるには、少し若すぎるし、かと言って誰かにあげようとは思わないの。ねえ、腕の良い鑑定士さん? 『この子』を、私が身に付けられるよう仕立て直してくれる加工師さんを紹介していただきたいの」
チャロとリアンは顔を見合わせた。この人はどこまで見えているのだろう。チャロはそろりとリアンを手で示し、リアンはおずおずと手を挙げた。
「お……『私』が、加工できますが」
老婦人はホッとしたように顔を綻ばせた。
「まあ! 本当? お願いしてもいいかしら? 希望としては常に身につけられるよう、指輪辺りがよいのだけど」
それは、貴族の「お願い」。けれど、それは願ってもいないことで――。
「喜んで、お受けいたします」
もう一度、この石たちに光を。
「あら? お祖母様。そんな指輪、あったかしら?」
素敵ね、と孫娘は目を細めた。老婦人は笑って指輪を手で隠した。
「駄目よぉ、これはあなたにあげられないわ」
三つの石が仄かに熱を持って揺らめいている。それは、まるで嬉しそうに笑っているかのような輝きだった。
コランダムは、ルビーとサファイアがありますが、どこをピンクサファイアとするか、という明確な境界はないそうです(素人調べ)。色の薄いルビーか、ピンクサファイアになるか。
確か理科の教科書にもありませんでしたっけ、アルミニウムの話で、ルビーとサファイアは同じ仲間だった! みたいな。




