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含浸のルビー、鑑定士チャロの救済

石について、新しく連載始めます。

拙いところ多々ありますが、生暖かい目で見ていただけるとありがたいです。

よろしくお願いします。

 カラン。ドアベルが軽やかな音を立てる。客が訪れた合図だ。

 店内はともすれば殺風景にも見える、客の相手に必要最低限な一揃え。よく整理された棚は道具がきちんと並べられており、店主の性格を示している。

 入口から奥まった北側に、カーテンで仕切られた小部屋がある。石の鑑定スペースだろうか。カーテンの隙間からは、机に黒い分厚い布がひかれ、ルーペとピンセット、何か液体の入った小瓶が置いてあるのが見えた。


「……やあ、いらっしゃい」

 突如かけられた声に、客の女はピクリと肩を震わせた。

 鑑定スペースとは別の、奥の部屋から出てきたのは、ラベンダー色の長い髪を紐で括り、肩から前へ垂らしている店主。その髪色と藍色の瞳からはとても不思議な印象を受ける。やや掠れた、甘い声。男ほど低くはなく、女ほど高くない。中性的な容貌は、穏やかな微笑みを浮かべている。

 性別は不明。着ている衣服はシャツの上にベスト、首にはネクタイ。足元はスラックス。男だろうか。

「お客様、ご要件をどうぞ?」

 落ち着いたその声音に、胸がドキリと鳴った。

「あ、あの、石を、見ていただきたくて」

 そろりと鞄から出した、布に包まれた、手のひらに包まれるくらいの大きさ。

 彼女はそれを店主に手渡した。指先が触れ合った時、その手は酷く冷たい。

 「彼」がするりと布を解くと、中からは赤く輝くルビーの指輪が顔を出した。

「失礼」

 彼は絹の手袋をはめ、その指輪を手に取る。目の高さに持ち上げ、藍色の瞳はゆっくりと細められた。その姿はまるで、愛を乞う天使のよう。女の頬はじわじわと朱に染まっていく。は、と気がついたように口を開いた。

「そっ、その指輪っ、ルビーなんですけど、魔力充填がうまくいかなくて……。祖父から誕生日祝いにもらったのに」

 彼は黙ったまま。

「……あちらでよく見ても?」

 そう言って指差したのは、カーテンで仕切られた鑑定スペース。北側の窓からは、この晴天の光とは思えないほど穏やかな光が射し込んでいる。

「は、はい」

 こちらへ、と促されて座るのは、上質な椅子。テーブルには淹れたてのお茶が置かれた。

 くゆりと湯気が立つその茶器には、琥珀の香り高い紅茶。

 鑑定スペースへと向かう彼をそわそわと見ると、視線を感じたのかくすりと笑う。

「カーテンは開けておきますから。もしご興味があるのなら、近くに」

 彼は胸ポケットからペンのようなものを取り出した。それは「カチリ」と音を立てると先端が光りだす。魔道具のようだ。角度を変え、光を当てて観察している。そして小さく息をつき、ルーペ越しにルビーを覗く。窓際の、柔らかな光に照らされた彼は、少し難しい顔をしてルーペから顔を離した。今度は小さな針を手に取り、影になる部分、見えない場所に針を立て、突き刺――さずに針を置く。

「……」

 もう一度彼は目線の高さにまで指輪を持ってきた。――途端、彼の周りの音が消えた。どこか遠い所に来たような錯覚。「ここ」でないどこか、サリサリと削る工房の音が遠くに聞こえた。

「……レディ、これは、あなたにとって大切なもの?」

 痛ましげな顔でルビーを眺めながら彼は問う。女は頷いた。

「も、もちろんです! 祖父が、もう立てない祖父が私のためになけなしのお金を払って購入してくれたんですもの……!」

 そうですか、と彼は呟いた。

「残念ながら、これは『含浸ルビー』です。……可哀想に、『彼』は傷だらけのその身を、偽りの輝きの中に閉じ込められた。ガラスが邪魔をして、魔力を拒んでいるのでしょう」

「そんな……っ!?」

 女は項垂れた。祖父が、「最後の誕生日プレゼントだよ」と笑いながら渡してくれた指輪なのに。

「……けれど、『彼』はあなたの役に立ちたいと願っている。レディの横に立っているその男なら、きっと『彼』を治してくれるでしょう」

「!?」

 女が驚いて振り返ると、店の奥へと続く出入り口に、苦々しげな顔をして立っている一人の青年がいた。赤の強い鳶色の髪はどこか力強さを思わせ、茶色の瞳は眼光鋭く店主を睨みつけている。

「リアン、君ならできるでしょう?」

 リアンと呼ばれた青年は、「チィ!」と舌打ちをすると、ぶっきらぼうに踵を返した。「……お前がそう言うなら、治してやる。相応のお代は頂くがな」

「あ……。ありがとうございます! ありがとうございます!」

 女は瞳を潤ませながら頭を下げた。


 含浸ルビーは鑑定士でなくとも簡単にわかる。けれど、どうにもできないのだから、きっとどこの鑑定所でも断られてきたに違いない。藁にもすがる思いでここまで辿り着いたというのは、その疲れた顔が物語っている。

「あの、あなたの名前は……?」

 女に問われ、店主は小さく瞬いた。そして微笑む。

「申し遅れました。僕はチャロ。ただのしがない鑑定士ですよ」



 カロン。軽やかなドアベルが、客が帰ったことを知らせた。

「……ふぅ」

 目元をほぐしながら、チャロは息をついて椅子にどかりと座り込む。

「……ったく、俺の仕事を増やしやがって(働きすぎだ。今日で七人目だぞ)」

「いや、あの石からは『悲鳴』が聞こえて……。リアンなら直せるでしょう?(苦しくて見ていられなかったんだよ)」

 はあ、とリアンはため息をついた。そして客の残したカップを手に取る。

「お前、こんな高い茶葉を出しやがって(これはお前のだろうが)」

 ぼんやりとチャロはリアンを見上げた。少しその目は焦点が合っていない。

「お客様は大切にしないと、後で困るからね」

 ふうー、ともう一度長い息をついて、チャロは上を向いて目を閉じた。



 この世界は、石を媒体にして魔法を使う。媒体の石が純粋であればあるほど、硬ければ硬いほど、長持ちで純粋な魔法になる「常識」がある。

 しかし、その媒体()も使い続ければ限界が来る。

 チャロは石の声を聞き、魔力の流れを読み取ることができる。

 その鑑定は、膨大な魔力を使い、また石の「声」はチャロの目を焼き、体に負担をかける。一日の限界は五件まで。今日は七件。二件オーバーだ。

「今日は店じまいだ。お前はもう休んで『ティスタ』に戻れ。『夜』も俺が出る」

「少し休めば、大丈夫。……夜も、平気さ」

「馬鹿野郎が(無理すんな)」

 そう呟いて、リアンは店の看板をひっくり返しにいった。


 チャロの店は朝の十時から午後三時までで、他の店舗よりも早く閉まる。それなのに、毎日客が訪れる。それは、「チャロ」の色香に当てられた女性客や、その腕前を信頼している貴族や商人。時には、先ほどのようにどこにも相手にされず、助けを求めて来る者。

 石の為を考えれば全てを鑑定してあげたいが、いかんせん体がついていかない。リアンは程よいチャロのストッパーとなっている。

 リアンは店の奥に続く工房にいる。チャロの鑑定に適って「搬送」された(患者)が、そこで加工(手術)される、言わば石の外科医であった。

 チャロが「診断」し、リアンが「治す」。この二人が「二人」いてこそ、成せる奇跡である。



 夕方。こんこん、と控えめなノックが裏口に響く。「夜」の時間だ。

「……チャロお兄ちゃん、見てくれる?」

 そっと扉を開けたのは、平民の少女。チャロは目を覆っていた布を取り、椅子から立ち上がった。少し目がシパシパするが、まだ見える。

「ああ、いらっしゃい。入っておいで」

 微笑んで少女を手招く。彼女はホッとしたように店内へと入ってきた。

「これ。河原で見つけたの。何回使えるかな?」

 小さな手のひらには、数個のクォーツの細石。平民が魔法を使うには、宝石のような媒体は買えない。そのため、道端や河原に落ちている石英を拾っては生活に必要な魔法を行使している。


 石の質によって使える魔法の規模と回数は決まっている。鑑定士はそれを見るのも仕事なのだ。

 本来であれば平民は鑑定を受けない。けれど、チャロは夕方五時から七時まで、無料で平民の鑑定をしている。彼らの石はそこまで主張が強くないため、体の負担も少ない。そして、この時間はチャロが最も大切にしたい時間でもある。


「どれ、見せてご覧。……うーん……ああ、良いものを見つけたね。これは五回、この白いのは三回、この一番小さいのは……質がいいな。七回火を熾せるよ。お母さんに伝えるんだよ」

 少女は褒められたように瞳を輝かせた。

「ホント? ありがとう、チャロお兄ちゃん!」

「急に魔力を流すと、石が驚くからね、そっと流すんだよ」

「うん!」

 ばいばい、と店に入ってきた時の不安そうな顔はどこへ、少女は嬉しそうに走って店を出ていった。

 微笑んで見送る。

 奥の工房はまだ石を削る音が続いていた。



「あー……疲れた」

 店の二階は自宅となっている。リアンはまだ階下で石の「手術」中だ。「夜」の仕事が終わったチャロは、一足早く自室へと引き上げてきた。

 髪を結わえていた紐を解く。ベストは脱ぎ捨て、苦しいネクタイを乱暴に取った。

 その薄いシャツには、男には無い柔らかな線。「彼女」は、ベッドにそのまま飛び込んだ。

「うあー……愛しのベッド……ただいま……」

 その拍子に、ベッドボードに飾られていた、何の変哲もない小さな石が転がる。

「あっ、ヤバ!」

 キャッチ。そっとひと撫で。

「今日ね、とても可哀想な子がいたんだ」

 

 含浸ルビー。

 それは、質の悪い傷だらけのルビーを鉛ガラスに浸してコーティングした、半分造られた宝石。

 光の屈折率がガラスとルビーの間で変わり、ルビーであるにも関わらず青い光が灯った。そして、ルーペの中に見えたほんの僅かな気泡。ガラスを流し込んだ時に空気を巻き込んだ跡。それは彼が閉じ込められた証拠。そして、硬さ。ルビーの硬度は九。対してガラスは五。ほんの少し刺さるような感覚があった。

『あの子を助けてあげたいけど、僕もここから出られないんだ』

 そんな声を出していた。削ろうにもガラスは傷の奥深くにまで浸透し、ルビーをその形に保っているのは他でもないガラスという皮肉。

(さて、リアンはどうやって「手術」するのやら)



 一階の工房。リアンはルーペをかけて指輪のルビーを見ていた。

(……確かに、ガラスが中まで浸透してやがる。反発し合って魔力を通さないのか……)

 ルビーを台座から外す。小指の爪よりも小さな石。それはガラスという偽りの宝石に支えられ、その身を「ルビー」として保っていた。

(俺なら治せるとか、簡単に言う……)

 「チャロ」の鑑定眼は確かなもの。石の声を聞き、その感情に同調する。その分体への負担が大きい。石を「石」として見ているリアンにとっては、何も羨ましくもない能力だ。

(……ああ、ここか)

 ガラスが一番薄くて本体(ルビー)が一番近い場所。ここをほんの少し削って露出させる。横に繋がるよう、極細の線で魔法陣を引いていく。その線に沿って金を貼り付けた。含浸ルビーの美しさを損なわない、控えめな装飾。

 軽く魔力を流してみる。それはルビーを通して、繋がっている金の道を通り過ぎ、すう、と抜けた。

(ま、こんなもんか)

 時計を見ると七時を過ぎている。

「……あいつ、飯食ったのか?」

 ひとりごちた。



「おい、起きろ。ティスタ」

 揺り動かされてティスタはぼんやりと目を開けた。不機嫌そうな顔のリアンが覗き込んでいる。

「ルビーの『手術』は終わったぞ。着替えて飯食え。皺になる」

 そう言って彼はティスタの脱ぎ捨てたベストとネクタイを拾っている。

「んー……」

「ったく、なんでチャロのときはあんなマメなくせに、ティスタになるとこんな雑なんだよ」

 手際よくベストをハンガーに掛け、皺を伸ばす。

「はい」

 手渡されたシャツを反射的に受け取る。

「……ああ。って、ここで着替えんな! 俺が出てから着替えろ!(ふざけんな俺は男だ!)」

 思わず後ろを振り返ると、下着姿のティスタがいた。その華奢な肩には、背中にかけて引き攣れたような、まるでクラックのような傷跡。

「……っ」

 罪悪感からか、リアンは言葉を飲み込んだ。顔を逸らす。

「あ……ごめん」

 肩を押さえたティスタに、リアンはやや苛立った声を投げつけた。

「飯だ。それ食ってさっさと寝ろ」

 二人にとって、忘れたくとも忘れられない記憶。それは今もティスタの肩に刻まれている。



 クツクツと煮込まれる音。沸き立つ湯気に食欲のそそる香り。

「リアン、ご飯なにー?」

 着替えてきたティスタが階段を降りると、鍋に向かうリアンが見えた。

「リゾットだ。お前、今日かなり件数をこなしただろ。(七件もやるのは体に負担だ。消化のいいものでも食え)」

「やった、リアンのリゾット美味しいんだよねえ」

 米はスープを吸い込んでふっくらと大きくなっている。細切れの野菜と少しのベーコンが白に彩りを加えていた。とろりとしたスープは、もはやとろみが大きく、もはやリゾットを通り越しておかゆになっている。

「ほら、できたぞ」

 ドン、とテーブルに鍋ごと置かれ、器を手渡される。ティスタは湯気の立つそれをよそった。

「火傷すんなよ(お前は猫舌だからな)」

「余計なお世話(なんでバレてんの!?)」

 スプーンで掬ってしばらく息を吹きかける。はむ、と口に含むと、冷ましたはずの米の中から熱々の具材が口に広がった。

「熱っ!」

 言わんこっちゃない、とばかりにリアンは片眉を上げ、彼は水の入ったグラスを手渡す。

「うう……。でもおいしー!」

 水を煽りつつ、彼女は瞳を輝かせた。リアンはこっそり安堵の息をつく。

 そもそもティスタは食が細い。細い体のくせに量を食べられないため、下手をするとどこかで野垂れ死ぬ。

(だから俺が見張ってないといけない)

 ティスタはリアンの視線に眉をひそめた。

「なに、その目! 私が七件稼いだからって、妬んでんの? 二件しかいかなくて残念でした」

 今日のリアンの「手術」は二件。「チャロ」を通さなければリアンは仕事を受けないことにしている。そうでなければあっという間に客が殺到し、はっきり言って忙殺されてしまう。

「いや、別に。……ティスタ。五件が限界だっつったろ。七件は多いんだよ、七件は」

「分かってはいるんだけどねぇ……けほっ」

 喋りすぎた。ティスタが咳き込む。


 ティスタの声は始めから掠れてなどいなかった。「ある事件」がきっかけで彼女は喉を焼き、今の声になってしまった。


「……悪い」

「こほっ、いつもの、ことじゃん。けほっ、リアン悪くないし」

 仕方がないよ、と彼女は笑って、ようやく冷めたリゾットを頬張った。



 翌朝。ティスタは「チャロ」になる。

 長い髪は紐で括り、中性的な美貌を持つ「性別不明」の人間へ。

 ベストを着用し、体の線を隠す。ネクタイをきっちりと締め、「チャロ」が出来上がった。

 カラン。ドアベルが鳴る。

 チャロは、今日も微笑んで出迎える。

「やあ、いらっしゃい」



 これは、そんな小さな国の、小さな店で繰り広げられる、インクルージョン・ストーリーである。



ティスタとリアン、バディ物です。

色々、本当に色々突っ込みたいのは我慢してください!


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