方解石のダブル・ビジョン
昨日サボりました、スミマセン。
「……では、アパタイトの回路を直した職人を連れてくるということでよろしいか?」
「いや待て、我が国は今軍事力が低下している。小国とはいえ、攻め込めば内情を悟られるというもの」
「相手は平民だろう。平民ごとき、気にする国ではあるまい」
「あの店はなぜか貴族との繋がりが深い。用心するに越したことはない」
何時間も続く会議は同じところを巡る。そこへ、一人の技術員が駆け込んできた。
「……っ、申し上げます! アパタイトを核とした中央制御機構ですが、威力が足りず、魔力を各地点に送り出せません! 予備のダイヤモンドはもう……!」
重い沈黙が場を支配する。
帝国が石を採掘できなくなって十余年。周辺各国にひた隠しにしてきたが、ついに情報が漏洩してしまった。
帝国は石の採掘量の上位を誇っていた。その驕りから、帝国は魔力を中央に集め、各地点に送り届ける独自の機構を開発していた。そのため、人々は媒体を持たず、中央から送られる魔力に胡座をかいて日々の生活を享受していたのだ。その利便性が、こんなところで裏目に出るなど。
「……っ、あの、『なりそこない』を持っていけ」
――お前らくっついちまえよ! ……ダッハッハッハ!
「……」
頭の中にマラカイの「爆弾」発言がリフレインする。ぐう、とティスタは布団の中で唸った。
(く、くっつくって、何が……! 何と何が……!? 「お前ら」って、だ、誰と誰が!?)
盛大に混乱中であった。――と。
コンコンとドアのノックの音がする。
「ティスタ? 起きねえの? 具合でもわりーか?」
起床時間を過ぎても降りてこないティスタを呼びに、リアンが気になって様子を見に来たのだ。ティスタは跳ね起きた。
「リリリリアン!? もうそんな時間!?」
部屋の外から声がする。
「おー、起きてんのか。先食ってんぞー」
「うううん! 今起きたとこ! 先食べてて!」
どうしよう。
(師匠が変な事言うから、意識しちゃうじゃん……)
ぎゅっと新しいネクタイを締める。新しいものはなんだか心がうきうきする。鏡の中、「チャロ」が出来上がっていく。髪を結ぶために髪紐を口にくわえた。
「おいティスタ、ちゃんと髪梳かしたか? 後ろ、毛玉できてんぞ」
ひゃう。突如聞こえた声にティスタの肩が思い切り跳ねた。心臓に悪い。いや、なんでこんな意識してんの!?
「りっ、リアン!? 何見てんの!?」
「いや別に。早く鏡空かねえかなって思ってただけなんだけど。……なんかティスタ変じゃねえ?」
剃刀を手に、じとりとした目でリアンは鏡越しにティスタを見る。
(ヤバ……)
手櫛で手早く髪を梳かしてまとめ、ティスタは髪を結ぶ。
「はい! 空きました! どうぞ!」
ベストとジャケットを引っ掴み、バタバタと店へと走っていく。
(師匠の馬鹿! ひどーい!)
そう思ったのは御愛嬌だ。
カラン。ドアベルが来客を告げる。その音はどこか重々しかった。
「……やあ、いらっしゃい」
帳簿を付けていたチャロは顔を上げ、声をかける。見上げると、扉付近に立っている数人の男たち。柔らかい物腰の中、彼らの瞳は笑っていない。
(おや)
「お客様方。本日はどうなさいました?」
微笑みを浮かべて問いかける。すると、一人が重厚な鞄を差し出した。
「噂を聞いて、藁にもすがる思いで来ました。……少々、特別な石の鑑定と、その加工をお願いしたくて」
「それは、どのような?」
こちらです、と彼は鞄を開けた。そこには、こぶし大ほどの大きさで、菱形を組み合わせたような結晶。色は透明度の高い無色。まるで氷のようだ。
「原石ですか。なかなかに大きいですね。そしてとても綺麗だ」
「ええ……。まず、あなたに見て頂きたいのです。鑑定士チャロ……いや、ティスタ」
(直球できたね!)
動揺はしていない。薄々そんな気がしていた。ニコリと笑みを深める。
「……なぜ、僕を『そう』だと?」
「その髪色、昔の面影を知る方が確信しておられた。そして第三側妃様に生き写しであられる」
チッ。チャロは心の中で舌打ちをした。
「左様ですか」
では、とチャロは小窓の呼び鈴を鳴らした。その笑顔は読めない。
「僕一人では分が悪いので、あなた方が求めている者を呼ばせていただきますね」
店の奥に目をやると。工房に繋がる入り口に、腕を組んで眼光鋭く睨みつけるリアンが立っていた。その気迫に、男たちは少し怯む。
「……シュピネル公爵閣下……!?」
は、とリアンは鼻で笑う。
「……知らねえな、そんなお貴族様の名前なんぞ。ま、むかーしそう呼ばれてた父親がいたかもな。おい、チャロ。呼び出し早えだろ」
「僕一人で相手せよと? ひどいね、リアン」
ふん、とリアンも笑う。
「ま、それもそうだな」
「では、石を拝見させていただきますね」
これ以上ないほどの笑顔でチャロは石をトレイに載せ、鑑定スペースへと運ぶ。その笑顔に男たちは気圧されたように動けない。
まずはルーペで覗き込む。どこまでも透明。綺麗な氷やガラスを覗いているような錯覚を起こした。表面は厳重に保管されているようであったのに、微かな傷が多い。そして、少し向こうの景色がブレている気がする。
(ふうん)
鉄の針を取り出し、原石の一番隅、目立たない部分に針を立てる。柔らかい手応え。
(硬度は低い脆い石)
文字の書かれた羊皮紙の上に石をそっと置くと、文字がはっきりと二重にブレた。
(複屈折が強い。これは、『カルサイト』!)
ついでとばかり、回路を見てみる。複雑な迷路のような魔力回路。この大きさだ。よく見る回路よりもさらに複雑。そして回路は中途半端に閉じている。
(これは……マラカイが……? なんで中途半端?)
顔を上げる。
「これは、カルサイト。脆く割れやすい、扱いにくい石。これを一体どう加工しろと?」
「それはお前達が師事していた、元工廠責任者、マラカイの遺産である。かつて奴は脆い石の可能性を示すため、加工を施していた。しかし、その道半ば、奴は放置した。この石を『完成形』にしたまえ」
「我々も別にあなたたちを脅しに来たわけではありません。こちらも生活がかかっていますからね。アパタイトは君が修復したと聞きました。我々はアパタイトを使って国のシステムを修復しようとしているだけ。人助けと思って、協力していただけますね?」
見下すような声音の男と、寄り添うような優しげな声の男。けれど、彼らの瞳は一ミリも笑みはない。
(必死だねえ)
チャロはリアンを振り返る。彼は石を見て少し考えているようだった。
「まあ、断るというのであれば、こちらも考えがありますがね。……ティスタ様がご生存されていたと言うこと、帝国にとっては大変喜ばしい報せ。この小さな店など、我々にとってはどうとでもできるのですよ?」
(つまり、リアンを誘拐犯に仕立て上げることもできるってわけか。胸糞悪いな)
はっ、とリアンは不敵に笑った。
「いいぜ。師匠マラカイの遺した宿題。俺が完成形にしてやる」
リアンが石を持って工房へ行こうとすると、男が立ちはだかった。
「待て。余計な細工をされぬよう、その手並みを見せてもらおう」
「ふん。見張りってわけかよ。……まあ、俺の邪魔しなければいいけど」
普段、関係者以外立ち入り禁止の工房へ、初めてリアンが許した瞬間だった。
「カルサイト、ねえ……。で? これをこないだのおっさんのアパタイトと繋げる?」
工房の加工机の前にリアンが座り、横にチャロ、彼らの背後に男二人が立つ。今日はもう臨時休業だ。他の客なんて入れられない。店の看板は裏返してきた。
「……ああ。まずはそのカルサイトの回路を直せ」
そんな会話を聞きながら、チャロは石に話しかけた。
(『カルサイト』……! 君は、師匠から何を聞いてる……?)
キィィン……。
『脆い石の、システム制御機構。マラカイは私で作ろうとしたよ。表向きは、ね』
(ん……? 「表向き」?)
「リアン、これは大変『脆い』ので、扱いに気をつけて」
注意するフリをして、彼の腕をそっと引き留める。そのままリアンに魔力を流して同調した。指先が触れた瞬間、ぴくりとリアンの肩が動いたが、それだけ。肩が動いたかどうかも彼の腕の動きで分からなかった。
「ん、ああ、悪い」
『私の奥の奥、裏回路、見つけてご覧』
「! んんんー……少し時間かかるかもなあー」
石の声を聞いたリアンは、上ずった声を咳払いで誤魔化した。チャロは無言でリアンの頭を叩く。「悪い」と彼は呟いて苦笑していた。
(……さて。「じゃれ合い」はここまでだ。「裏」回路ねえ……。んー……。「カルサイト」は倍屈折。景色をダブらせる……。「裏」っつーから、単に隠してるんじゃなくて……)
回路を覗く。「表」回路は途中で閉じられている。ここは簡単に開けられそうだ。けれど、その表の「裏側」、ちょうど真裏に当たる所に引っ掛かりが一つ。
(……ん? これ……もしかして……?)
表回路は石同士の力を同調させて増幅させる、いわば結合回路。では、その鏡合わせの裏回路は? リアンは裏に貼り合わせてある回路を読み解いて、ため息をつきたくなった。
(師匠……。あんた、なんてもん作ってんだよ……)
それは、まだ完成途中のもの。石同士の力を増幅し、しばらく動作を続けると、増幅が急激に増して回路が焼き切れる、時限爆弾のような設計となっていた。
(これ……帝国に読み取れるやついないとか、マジ?)
『マジ、マジ! あの時、マラカイの弟子は皆吹き飛んだ。生き残りは君達だけ。だから、マラカイは君達に託したようなものさ!』
それはとても無邪気で残酷な真実。それに少し胸を痛めながら、回路をいじっていく。
真剣な顔で回路を修復しているリアンを、「ティスタ」はじっと見つめていた。
『そーそー、その回路、右二ミリ、五時の方向、三ミリ、あっ、行き過ぎ! うん、そこそこ!」
軽くタガネで回路を打ちつける。柔らかいカルサイトはほんの少しの力で刻まれていく。
(ティスタの力がねぇと、わかんねえな……。俺たち、「二人」でマラカイを「超える」……!)
カツッ。
リアンには後ろに立つ男の視線を感じない。あるのは、石の導く声とティスタの支えるような眼差し、そして回路を刻んでいく自分の手の音だけ。
カツッ!
最後の回路を刻み、リアンはタガネを置いた。軽く魔力を流してみる。
表回路。道順に魔力はスルスルと通り、フシュッと吹き出る。その裏側も同じく、複雑な道は表回路と同じように通って消えた。
『できたー! すっごいやー!』
石を軽く振り、刻み跡に息を吹きかけ粉を落とす。ついでに表面をうっすらと磨いて魔力の通りを良くした。
「ほらよ。出来たぜ」
時刻は午後三時。客が来たのは午前十時。作業時間は五時間。それは長かったようで、短い。マラカイの遺産を完成させるために費やした時間としては「奇跡」にも等しい短さだった。
「約束通り、石は完成させた。……もう、俺たちに金輪際関わらないでくれ」
「……考えておきましょう」
石を渡すと、彼らは店を出ていった。
カロン。ドアベルの無機質な音が響いた。
「……っ」
へな、とチャロは椅子にどかっと座り込む。あの緊張の中にずっといて、張り詰めていた糸が切れたのだ。
「あー……、怖かった……」
「馬鹿お前、それを言うならこっちの方だ」
功労賞は俺だろ、とリアンは自分を指差す。む、とチャロはリアンをじとりと見た。
「ずーっと魔力流してたんですけど?」
「あー……じゃ、頑張った、俺達」
リアンは手の平をこちらへ向ける。チャロはその手目掛けて片手を振り上げた。
パ……ン!
小気味のよい、乾いた音。にっとリアンは笑い、チャロもまた笑った。
ぐう、とチャロのお腹が鳴る。
「あー、なんかお腹すいたー。お昼食べそびれたなあー」
「……はいはい。なんか軽く作っか」
「やったね!」
お茶を淹れて、粉を練って焼いた極簡単なパンケーキを頬張る。その上に食べ頃を過ぎたリンゴで作ったジャムを乗せる。
「うまぁ……」
甘さは控えめ。これならリアンも食べられる。着替えたティスタは、はあ、と至福のため息をついた。
「大げさだろ」
リアンはコーヒーと共に食べている。ティスタにとって苦すぎるその飲み物は彼のお気に入りになったらしい。
「……やっぱりさあ……、リアン凄いなぁって思った。この国に来てから仕事中のリアン久しぶりに見たもん」
「おー……」
つんつんとジャムをつつく。
「買い物行った時、コーラルの宝飾店入ったけどさあ、リアンの加工するもののほうが綺麗だし、石も喜んでるみたいだし……。私も媒体作るなら、リアンから作ってもらおう、なん、て…………」
思ったよ、まで言葉は続かない。待って、今なんて言った? ティスタは固まった。いや、固まらなければ良かった。流せば良かったのだ。
ばた、と音がして、そろそろとリアンを見ると、彼は皿を除けてテーブルに突っ伏している。耳は真っ赤。ちらりと見える額も真っ赤。
「…………お前さあ……。ほんっとに……お前さあ……」
「えと、えと……。リアン、大丈夫?」
ふるふると彼は震えている。
「……っ、大丈夫なわけねえだろ! 何だよそれ! お前自分が何言ったか分かってんのか!」
ガバッと起き上がったリアンの顔は真っ赤だ。彼はガリガリと頭を掻きむしった。
「あっ、ほら、えと、しょ、職人として賞賛を……」
「あー! もういい! てめえ、覚えてろ! もー喉通らねえ! 俺は後で食う!」
一気に彼はまくし立て、リアンはガタガタと部屋に引っ込んでしまった。言葉の汚さの割には、彼の顔は赤いままだったし、怒っているようには見えなかった。
「なんでキレてんの……。ていうか、覚えてろって、何を……?」
同じくらい真っ赤な顔でティスタは呟いた。
それもこれもどれも、やっぱり師匠のせい。
きっと師匠は「あんだぁ?」とか思ってるはず。
アリ◯ミンナイトリカバー買ったんですよ。それを飲んだ翌朝、寝坊するんですね。




