コーラルの年輪、祝福の遺言
今回は珊瑚です。
こつこつとティスタは石畳を歩く。ラベンダー色の髪の毛は目立たない程度にまとめて、ひらひらと足元はキャメルのスカートが揺れる。肌寒くなってきたので薄手の黒いロングコートを重ねている。珍しくティスタは女の格好をしていた。
今日は店の休みの日。久しぶりに、本当に久しぶりにティスタは街に繰り出した。
(うわー、すっごい久しぶりー! 必要な買い物ついでに何か買おっかな)
リアンに予算をせしめてきた。それなりに額はあるはずなのでお遣いが終わったら他を見てみよう。
遠巻きに視線を感じるものの、悪意はなさそうだ。ティスタは鼻歌交じりに買い物をしていく。
(えっと、まずは黒い布、と)
トレイに張ってある布が少し薄くなってきた。そろそろ張り替えの時期だ。厚手で、真っ黒がいい。
次はチャロの手袋。絹の、薄くて上質なもの。
(あんまり分厚いと石が持ちにくいんだよね)
貴族も相手にすることがある。ほんの少し洒落ているデザインを選んだ。
次にチャロのネクタイ。
(私の好みとしては細めなんだけど……。んー、ちょっと高いなぁ)
真剣に見ているところを店員に呼び止められる。
「……お嬢様、婚約者か、旦那様へのプレゼントですか?」
「はっ!? ふぇっ!?」
びっくりしてティスタは飛び上がった。
(こ、婚約者!? 旦那様!?)
「えっ、いいえっ、えと、そのっ」
自分用、とは言えない。絶対言えない。リアン連れてくればよかった! ティスタは激しく後悔した。
「はっ、と、えと……その……」
真っ赤になるティスタに、店員はにこにこと微笑ましいものでも見るかのようにティスタへ笑いかけている。
「……おと、弟の、プレゼント、です……」
絞り出した言い訳。通じたかは分からない。
三本ほど購入。ラッピングまでされた。追加料金なしだったけど!
(なんか、ちょっと精神力削られた感じ……)
ややぐったりとしながら石畳を歩く。欲しいものは買えた。あとは好きに街を歩くだけ。
(そう言えばお客様に出すお茶が切れそうだったっけ)
茶葉を扱う店へと寄る。ちょうど試飲も行っていたので、喉も乾いたし、これ幸いと少し口に含む。
小さなカップに口をつけたティスタを見た他の客は、ざわりと小さくどよめいた。まるで、貴族がお忍びで小さな店の「視察」に来たかのような錯覚に、店主の背筋が伸びる。着ている服は庶民なのに、その中に隠されている気高さは隠せない。
彼女は小さな口でカップの茶をコクリと飲み、ほ、と息をついた。おいしかったのか、ほんのりと笑みを浮かべる。その慈愛にあふれた女神のような微笑みに、周囲の人間は顔を赤らめた。
(うんまー! これおいしい! 買お)
と、ティスタの視界の端に、見慣れない銘柄の包みが見えた。
(なんだコレ。こーひー?)
黒いお茶? 首をひねっていると、緊張した声の店主が話しかけてきた。
「お嬢様、こ、こちらはコーヒーというものです。茶と少し違いまして、苦味が強く、スモーキーな香りが特徴となります。ショコラなど甘味の強いものと合わせたり、朝に飲んで目を覚ましたりしても、良うございますよ。紳士の間で人気が出ております」
(へえー。苦いんだ。あー、じゃあ、リアンにお土産買ってこーかな)
「……では、この茶葉とその、コーヒーを」
少し掠れて落ち着いた甘い声がティスタの喉からこぼれると、店主はこれ以上ないほど背筋を伸ばし、「はい、ただいま!」と恐ろしい勢いで包んだ。
上機嫌で店を出る。
ふと、宝飾品の店が目に入る。庶民にも手が届きそうな、敷居の低い店。石がゴロゴロとある気配が感じられる。
ティスタは、吸い寄せられるように入り口へと入っていった。
(へえ……。こうなってるんだ)
店の中を見渡しての感想だ。
ティスタは自分の宝飾品を持っていない。だからといって欲しいと思ったこともないが。
ショーケースの中にある、石。カットされて美しく陳列されている。媒体にちょうど良さげ。
(んん……十点満点中、五点!)
よく見るとカットが甘い。左右対称ではないな。
ブローチやネックレス、指輪のデザインが次のショーケースに並ぶ。
(うー……ん、これは七点、三点、……九点)
迷って眺めるふりをして、ティスタははたと気がついた。
(あ。ダメダメ。これじゃあ敵情視察!)
今後の参考にしようと思ったのに。これじゃあリアンの方が腕がいい。自分の目が肥えてしまっていることに改めて気が付かされる。
そんな中。一際目を引く「赤」。透明さはなく、光を通さない。どこか温かみのある石。それはカット前のコロンとした塊であった。
(なんだろ、これ……)
見たことない。じっくりと眺めているティスタに、店員が話しかけてきた。
「お嬢様、それは『コーラル』というものでございます」
「……コーラル?」
「海の、珊瑚が石となったものにございまして、大変珍しいものとなります。お嬢様の美しい御髪によくお似合いかと」
当たり障りのない賞賛の言葉に、ティスタは腕を痒くした。
(いや、美しいとか痒い! 待って、チャロも言ってた! やばー!)
人の振り見て我が振りなおせ。身に刻み込んだ。
曖昧に微笑む。でも珊瑚か。興味はある。値段を聞くと、カット前だからか無機物の石よりかは安め。(安くはない)
「髪飾りや指輪などに加工いたしましょうか?」
親切な申し出を断る。この形のまま見たいと押し切って、包んでもらった。
「これは、石なの? 媒体にはならない?」
店員は申し訳なさそうに眉を下げた。
「石ではあるのですが、ずいぶんと柔らかいもので……。媒体には不向きかと」
「あ、そうなの」
そこそこの荷物を抱えて帰宅した。
「ただいまー、リアン、お土産ー」
裏口を開け、荷物を降ろし、コートを脱いだ。部屋で昼寝をしていたのか、リアンは「あー……」と言いながら降りてくる。
「おー、ティスタお帰……何お前その格好!?」
眠そうな彼の顔はいきなり覚醒した。ティスタを指さし、ぱくぱくと口を開閉させている。
「なんで?」
「いや格好! なんでお前『ティスタ』で行く!? 呼べよ、俺を!」
はあ? とティスタは眉を寄せた。子ども扱いしてくるし。
「私だって一人で買い物くらいできますー。いい大人ですー」
「このあいだ方向音痴発揮してたの忘れたのかよ? ……はあー……。何それもう……」
顔を覆ってしゃがんだ。その奇行にげらげら笑いながらティスタは「お土産」を手渡した。
「ほらこれリアンにお土産ー。コーヒーだって」
「はあー……、あー、さんきゅー……コーヒー? なんだそれ」
飲み物だってー、と言いながら、あと、と石が包まれた箱をゴソゴソと取り出した。
「ねえ、これ。『コーラル』っていうんだって。知ってる?」
「は? コーラル?」
リアンは訝しげな声を出した。
「珊瑚で出来た石なんだって」
ふうん、とリアンは呟いて工房に一度引っ込む。そしてルーペとトレイを持ってきた。
トレイにコーラルを置き、ルーペで覗き込む。彼の目に見えるのは、赤の中に年輪のように重なる珊瑚の層。光は通さない。微かな傷が無数に付いている。柔らかい。
手に持つと無機物の石のような重さがある。ガラスよりもほんの少し、気づくか気づかないかくらいの差で重い。
爪で引っ掻いてみる。ほんの少しだけ引っかかった。
「やべ」
「何したの!? ……えー!? うわ、柔らかいんだねえ」
手元を覗き込んだティスタが感嘆の声を上げる。怒るかと思ったリアンは気づかれないように安堵の息を吐いた。
「じゃ、今度はティスタの番な」
トレイに石を置いてティスタへと押しやる。彼女もまたルーペを手に石を覗き、「おお……」と声を上げている。頬杖をついてリアンはそんなティスタを見ていた。
(……『コーラル』、君の声はどんなかな?)
ティスタは思いついて石に話しかけた。珊瑚はこれまでの石と異なる有機物から出来た石。うまく意思疎通できるだろうか。
『……あー……、テステス。……いや、何やってんだか。これがうまくアイツらに渡るわけねえな』
「っ!?」
びくり、とティスタは顔を上げた。ほんの思いつきで声を聞いただけなのに、この懐かしい声は。
「あ? どうした、ティスタ?」
「……っ、リアン!」
ガタン! と椅子を蹴立てて立ち上がり、向かいに座るリアンの近くまで駆け寄る。そのまま彼の腕をぎゅうう、と抱きしめて魔力を流す。
「はっ!? いきなり、なに……」
『……んん、これは俺の独り言だ。この国の石は、何も気にしなくていい。巡り巡ってどっかの国から出てくるだろ』
「この声……!」
「マラカイ!」
石は返事をしない。ただ、師の声だけが彼らに響く。
『傲慢な態度は、どっかで報いを受ける。それが早いか遅いかの違いだけだ。ま、俺がちーっとばかし早めたかもしれねえな! アッハッハ! ……帝国はそのうち、脆い石の有用さに気づき、俺の技術を引き継いだ誰かに依頼してくるかもな。そんときは、ちょろーっと誤魔化してよ、向こうの機密をどかーんっとぶっ壊しちまえ。お前らの憎しみは、俺ですら計り知れねえ。爆発させんのも、もしかしたら優しいお前らだから躊躇しちまうかもな。……いや、俺が許す! やっちまえ! ダッハッハッ!』
「……何、人を犯罪に加担させようとしてんだよ、あの人……」
リアンが呆れたように呟いた。
『もし、どっかの国でちっちぇ店でも開いててよ、鑑定やら加工やらやってんなら、俺もお前らを弟子にした甲斐があるってもんだ。石の世界は深いだろ? な、リアン、お前、俺よりも男前になってんじゃねえか? ティスタ、べっぴんになったろ! たった七年だったけどよ、お前らは俺の、このマラカイの優秀な弟子で、自慢の子どもなんだからよ! ……いや、何熱く語ってんだ、恥ずかしいな……』
ふつり、と声は途切れた。
ぱたた、とティスタの瞳からは涙が流れている。リアンも、顔を覆って俯いていた。肩は微かに震えている。
「師匠ぉ……」
会いたい。もう会えない。二人を「人」にしてくれた、不器用に愛情をくれたひと。
「……ったく、あの人は……どこまで、未来を……」
リアンが片手で顔を覆って天を仰いだ。声は笑っているのに、目元からは雫が流れている。ティスタも涙が止まらない。
弔うかのように、涙は流れ続けた。
「……リアン、コーヒーっての、飲んでみようよ」
目を真っ赤にして、ティスタは目元を拭った。
「……ああ。師匠、飲みますか」
どこか柔らかい問いかけ。三人分、おっかなびっくり淹れてみる。
初めてのコーヒーは、ものすごく苦くて、酸味があって、でも、あの時の幸せな記憶がくゆりと浮かんでくるような気がした。
寝る前に一人、ティスタは工房に並べて飾られた石を見ていた。左からガーネット、フローライト、コーラル。
(もう一度、マラカイの声、聞きたいな)
聞けるだろうか。
『……あー……、テステス……』
瞳を閉じて彼の声を聞く。そばにいるような錯覚。
『……恥ずかしいな……』
そこでふつりと声は途切れるはずだった。
『……そうだ、今思ったけどよぉ』
(……ん? 続き?)
『リアンとティスタ、お前らくっついちまえよ! お似合いだぜ? ダアッハッハッ!』
ぷつ。
(…………は……?)
今、なんて……?
盆が終わりましたね。休みって何だったんでしょう。いや、皆さん落ち着いてください。シルバーウィークがありますよ!
副鼻腔炎が酷くて鼻詰まりと頭痛がします。医者に行きたい。




