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眼状斑の見破る眼

少し暗い表現注意。

 プロジェクト・ジェムで成功した子どもは二人。だが、それは「生き残った」という意味であり、実質的には帝国が求めている「成功」ではなかった。

 ティスタとリアン。二人は石を取り込み、容姿は宝石のように美しく変貌した。ティスタはラベンダー色の髪に、リアンは黄みがかった赤い髪に。けれど、変化はそれまでであった。媒体を体内に入れたところで、魔力が特段変わるわけでもなく、媒体なしで魔法が使えるわけでもない。そして、極めつけは生命力維持のため、常に魔力が漏れ出ていて、燃費が大変悪いという、「使い勝手」の悪い「愛玩」であった。

 さらになお悪いことに、成功例がないことから、彼らの石がいつ「暴発」するか時期的に予測が不明であること、一度同化し、魔力をふんだんに取り込んだ石の暴発の規模が莫大なものであると考えられたことから、二人の処遇は帝国にとっても頭を悩ますものであった。

 苦肉の策として、ジェム・オムは帝国魔導宝飾工廠(こうしょう)責任者、マラカイのところへ預けられることとなる。責任者、と仰々しい名前が付けられてはいたものの、言うなれば石を見極め、軍事用に加工する職人であった。


 彼らがマラカイのもとに引き渡された時、ティスタは六歳、リアンは八歳であった。一度子どもらしい顔になっていた二人であったが、彼らの心の拠り所となっていたジェダの死により、また表情は暗く、生きる人形と化していた。


「……んだよ、新しい弟子っつーから迎えに来たら。子どもじゃねえか」

 無精髭を生やし、石を磨くための工廠で鍛え上げられた体躯の、口の悪い男。彼は人形二人を見下ろした第一声がこれである。

 どこまでも透き通った瞳でマラカイを見上げる二人に、彼は重々しくため息をついた。

「はあー。おい、お前ら、名前は」

「……リアン」

「ティスタ」


 この出会いこそが、帝国の未来を揺るがすことに繋がろうとは、まだ誰も予測できはしなかった。



「バッカヤロー! ティスタ! 石はそう扱うんじゃねえ!」

 マラカイは、良くも悪くも職人であった。例えティスタが元皇族で、まだ六歳の女の子であったとしても、彼は容赦なく「人」として扱い、時にはゲンコツを降らせた。まあ、その力はかなり小さなものであったが。

「いたっ……」

 涙を浮かべようとも、彼はふんと鼻を鳴らすだけ。

「いいか。石っつーのは『生きもん』だ。お前、そんなふうに扱われて嬉しいか? 嫌だろ? 尊重しろ、石を」

「……はい」


 かなりの弟子を抱えるマラカイであったが、特にティスタとリアンについては子どもということもあり、ほとんどの時間を彼は関わった。

 リアンについては、石の見極めだけではなく、その結晶構造、割れやすい方向、カットの仕方、どうしたら石の力をよく引き出せるかまで、それこそゲンコツを降らせて骨の髄以上に染み込ませた。

「いだ……師匠、それは俺、まだ」

「グダグタ言ってんじゃねえ。 俺がやれつってんだ、やってみせろ。失敗恐れんじゃねえ」

「はい」


 ティスタは週に一時間、城へ呼ばれ、「愛玩」としても「仕事」をこなしていた。その時ばかり、彼女の顔は引き攣り、ようやく戻ってきた笑顔は消えて人形へと変わる。

「師匠。……私、行きたくない」

 油と石の粉だらけのマラカイの服を握り、ぽつりと呟く。

 行き先は実母の元ではあったが、容姿を愛でられるだけで特段愛されはしない。それはまだ幼いティスタにとっての恐怖であった。

 ガシガシとマラカイはティスタの頭を毛玉ができるまで荒っぽく撫でる。

「ティスタ、悪いな……。俺にもっと権力があれば、断ってやることもできた……。すまねえ……。ちゃんと、戻ってこい。溜め込むな。俺が全部聞いてやる」

「うん」


「――可愛い可愛いティスタ。私の、アメシスト」

 まるで、犬か猫のように綺麗に「毛並み」を整えられ、着飾られて登城し、厳重な警備の中、頭を数度撫でられる。その時間はティスタが「人」として見られない、吐き気を催すほどの苦行であった。



「……よお、お帰り」

 工廠の出口に立つリアンは、作業着に着替えたティスタを見て声をかけた。なぜか彼の頬は腫れており、両手には水の入ったバケツを持たされている。

「ただいま。何してんの、リアン」

「……罰」

 ぶっきらぼうに彼は視線を逸らす。

 リアンはティスタが城へ行ったあと、「もしかしたらティスタはあっちの生活のほうが幸せなんじゃないのか」とうっかり口を滑らせ、マラカイに殴られた結果、こんなことになっていた。もちろん、マラカイの第一声は「バッカヤロー!」であった。

「……ティスタさあ、あっちで何してきたんだよ」

 問うと、彼女の瞳に影が落ちる。

「今日は、おとこのひともいた。じっと見てくるの。こわかった」

「……っ! ……ごめん」

「……なんでリアンが謝るの?」

「ごめん……」

 変なの、とティスタはそこで初めて笑った。



「ねえ、師匠。この子、なんか言ってるんだけど」

 一年が経ち、少し彼らの表情が柔らかくなってきた頃、ティスタは石を持ってマラカイの元を訪れた。その言葉を聞いて、マラカイは表情をなくす。

 公表はしていなかったが、マラカイは石の声を聞き、彼らと意思疎通ができる能力の持ち主であった。

(ジェム・オムだからか? これは知られたらまずい)

「いいかティスタ、それは普通『馬鹿げた』事だ。決して、周りに言うんじゃねえ」

「でも師匠、リアンも……」

「おい! リアン! ちょっとこっち来い!」

 マラカイは二人を「反省部屋」へ連れていき、座らせた。

「俺……なんかした?」

「ああ。やらかしやがって」

「ええ……」

 ガシッとマラカイはリアンとティスタの頭を乱暴に掴み、そのまま撫でる。

「……いいか、石の声が聞こえることは絶対周りに言うな。俺達だけの秘密だ。そんなことが知られたら、帝国はお前達をますます手放さなくなる。ティスタ、石の鑑定は先ずお前の目が先だ。答えを聞いてから見るんじゃねえ。お前の考えが先で、仮定を作ってから答え合わせしろ。石はたまに真実を隠すことがある。お前はそれを暴き出せ」

「はい」

 それと、とマラカイはリアンを見る。

「リアン、お前は石を『石』として扱え。変に声を聞いて同情してみろ。お前が壊れる」

 分かったな、と念を押されるように言われ、二人は頷いた。

「はい」

 それは、秘密の共有であると同時に、帝国から差し出される運命を抗うことなく流され続けた二人の、初めての反抗でもあった。



 それから年月は流れ、ジェム・オムとしてのデータを収集され、愛玩としての視線にさらされながらも二人は生きた。

「リアン! このオムレツ、焦げてる!」

「うるせぇ! 文句言うならティスタが作れ!」

 リアン十四歳、ティスタ十二歳。

 マラカイの師事の元、リアンは小さな加工を任されるまでになり、ティスタは石の鑑定を行う。

 そんな生活を送っていた頃であった。


「……はー……」

 作業中、リアンはどこか苦しそうに息をつく時間が増えた。

「おら、リアン! 手が止まってっぞ! 集中しろ。私情を石に持ち込むな。石は正直だ。結果が目に見えるぞ!」

「は、はい!」

 ちょうど少年から青年への過渡期。声変わり中の特有の掠れた声を裏返しながら、リアンは返事をする。

(……リアン?)

 ティスタはルーペから顔を外し、リアンの、どこか苦しそうな息遣いに眉を顰めた。



(……アイツらが、これから大人になって、帝国のしがらみから抜け出す未来が、もしあるんなら)

 こんな非人道的な事、未来ある子どもたちに背負わせてはいけない。

 夜な夜な、マラカイは石と対話する。

 プロジェクト・ジェム。犠牲となった子どもたちは二九八人。これを多いと見るか、少ないと見るか。

(数じゃねえ)

 かち。石の回路をこっそりと変えていく。もし、帝国が脆い石の可能性に気づいたら、あの二人はそれこそ使い潰されてしまう。

 リアンはもうそろそろ大きい仕事を任せてもいいかもな。ティスタの石を見る目はかなり育ったな。

(俺も国を出て、三人でどこか、鑑定と加工の店をやるのもいいかもしれねえな)

 あり得ない未来に思いを馳せた。



「あー……」

 胸を擦るリアンは、深く息をつく。体の中で蠢く存在。ここ最近、外へ飛び出ようとする衝動を胸の中で感じる。

 一パーセントの不適合。そのひずみは確かに、リアンのジェム・オムとしての寿命を、それこそ石を削るかのように蝕んでいった。

(やべーかもな)

 誰に相談すればいいんだろう。ティスタに心配掛けたくない。師匠にこんな事分かるんだろうか。

「リアン」

「うお!? ティスタ?」

 背後に掛けられた声に驚いて振り向くと、難しい顔をしたティスタがいた。

「リアン……師匠に言お?」

 リアンはぐっと唇を噛み締めた。

「だって、このままじゃ――」

 リアンは、死ぬ。



「ジェム・オムの、不適合か。ティスタ、お前は何ともないのか」

「はい」

 マラカイはリアンの胸に手を当ててその鼓動を聞く。彼の耳に聞こえるのは普通の心音だけだ。

「リアンは、適合者じゃ、なかったの?」

「完全適合のお前と違うんだよ。そのうちガタが来るって、分かってた」

 へへ、と彼は弱々しく笑った。

「そんな……!」

「ジェダとさ、約束したんだ。お前一人になんて、できねえだろ」

 ティスタは涙を堪えてマラカイを見上げた。彼は腕を組んで目を閉じ、何か考えているようだ。

「ティスタ。お前は石の声、聞こえねえか」

 突如掛けられた声に、ティスタは驚いて目を瞠った。マラカイでさえ聞こえないのに、ティスタが分かるわけない。

「でも、私……」

「お前ら同士の『なんか』があるかもしれねえだろ。ほれ、ものは試しだ、やってみろ」

「う、うん」


 ティスタはリアンの前に立ち、彼をじっと見つめた。リアンは居心地悪そうに視線を逸らす。

 リアンの心臓の辺りの、彼の体の奥深く、ぼんやりと光る黄みがかった赤が見えた。ティスタはさらに近づいて彼の胸元に手を当てる。「おい! ティスタ!」とリアンの焦った声はティスタには聞こえない。どくどくと血が流れていく鼓動のほかに、ピリピリとした石の振動。

『もう……限界だよ……。この子まで巻き込んじゃう……! 助けてよ!』

 埋め込まれたカーネリアンは悲痛な声を上げる。

(私なら、取れる?)

 リアンを助けたいんだ。


「……師匠。リアンの石を取る。でも、その後どうなるか分かんない」

「ティスタ!?」

 驚愕するリアンの声。マラカイは唸った。

「リアンの中の石は、限界なんだな」

 頷く。とても苦しそうな声だった。

「リアンの魔力をふんだんに取り込んだ石……。それが今限界で、取り出した途端暴発する可能性がある」

 ぐっ、とリアンは俯いた。はあー、とマラカイはため息をついた。

「……弟子の不始末は師匠の俺が何とかするしかねえな。こうなったらプロジェクト・ジェムの抹消にも協力してもらうか……。いいか、お前ら。ちゃんと『生き残れ』。暴発の規模がどんくらいか分からねえが、コイツならお前ら守ってくれるだろ」

 そう言ってリアンに一つの石を手渡した。


 それは、様々な緑が縞模様になった、片手にすっぽりと収まる小さな石。黒に近い黒緑色から淡いミントグリーンまで、濃淡のコントラストがはっきりと一つの石の中に現れている。そして縞模様は同心円状に丸く繋がり、ぎろりと辺りを見渡す「眼」のように見えた。


「これ、師匠の……」

 彼の名を冠した、「マラカイト」。持ち主の身代わりとなって主人を守る、守護の石。

「協力してくれるとよ」

 にかりと、職人は笑った。



――俺は、帝国のやり方にはもううんざりなんだ。これ以上お前らみたいな犠牲を出さねえために、この魔導宝飾工廠責任者、マラカイが全責任持ってこの計画を潰す。成功例リアンとティスタは石の暴発により死亡。どさくさに紛れて逃げろ。いいか、「生きろ」。


 すう、とティスタは深呼吸をする。

「行くよ、リアン」

 二人の手は繋がれている。緊張してどちらの手も冷たい。けれど、ほどけないようにしっかりと絡めた。

「覚悟、決めたわ。ティスタ、お前に頼んだぜ」

 ティスタはリアンの胸もとに手を当てる。そして、少し力を入れると、その手はスルリと彼の中へ入り込んだ。探るように少し手を動かすと、彼女の指先に硬く冷たい、けれど熱く脈打つような石が触れる。それをつまんで、そっと取り出した。石が体内からなくなると同時に、リアンの髪色は燃えるような色から鳶色に暗くなっていく。


 黄みの強い赤い石。微かに震えている。

『逃げて! 放り出して!』

 石の声にティスタは慌ててなるべく遠くに投げた。

 と。

 ピシッ、ピキッ、パシ……。

 ヒビが入って、その隙間から光が漏れて――。


 ドッゴオオオオオオッッ!


 目を突き刺すような真っ白い閃光と爆発。その威力は地上の工廠から地下の実験室、帝国の機密が詰まった重要施設まで巻き込み、大きな傷跡を残した。


 一瞬だけ石を取り出すのが遅れたリアンは、その身をティスタに庇われる。石の焼けるような光に彼女の喉は焼かれ、肩から背中にかけてヒビ割れのような傷がついた。



 この事故により、プロジェクト・ジェムは頓挫。死者、多数。

 ジェム・オムの管理を怠った工廠責任者マラカイは、この暴発により死亡。

 真実は闇に葬られた。


よく出てきたマラカイがやっと出てきました。

これでティスタの傷も、声の理由も回収です。

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