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劈開なる蛍石、繋がる天才たちの絆

毎日更新できなくてすみません。こんなんでも読んでいる人がいるのだと思うと感無量です。

 石の採掘量は上がらない。それどころか、鉱山は沈黙を保つように無言を貫いている。屑石すらも出てこない。土と、岩石と、それくらい。

「……っ、なぜだ! 我が国はどんな石も最高峰の採掘量だったのだぞ!」

 責任者は唾を飛ばしながら喚く。日に日に、焦りが募っていった。そんな中、事件は起きた。

 採掘用の機械に、ほんの少しのノイズが走った。硬い岩盤でも当たったか、コンベアに岩でも挟まったか。だが、今までそんなことがあっても、些末なこととして砕いてきたのだ。これくらい――。

 バッキィィンッ!

 媒体として繋いでいたダイヤモンドが、まるで刃物で切ったように四方向から割れたのだ。そして、その「割れ」の連鎖は欠片になっても続き、どんどん粉々になっていく。

「お、おい!?」

「止めろ! ムーンストーンだけでは危険だ!」

 ダイヤモンドという「手綱」を失った

ムーンストーンは、ふるりと震えた。そして、そのまま魔力を石の中に増幅させ、一気に収縮する。

「に、逃げろ――!!」


 ゴォッッ!!


 閃光。

 ムーンストーンの石は、全ての魔力を放出し、その暴発は、機械を、人々を、鉱山を巻き込んだ。

 怪我人は多数。幸いにも死者が出なかったものの、帝国にとってかなりの痛手となったことは確かである。



「……しかし、なんだ? この空気は」

 オリバーがぶるりと寒さをこらえるかのように両腕を擦る。

 チャロはリアンに掴まれた手首を見た。そこは、ほんの少し赤くなっている。ジャケットの袖を引っ張って隠す。

 リアンの消えた工房とチャロを見比べ、オリバーはため息をついた。

「喧嘩でもしたのか。……意見の相違はよくある事だ。早めに話し合わないと、拗れるぞ」

「……ご忠告、痛み入ります」

 いつかのような二人の姿と重なって、チャロは軽く会釈するに留めた。


 チャプ……。洗浄液に媒体を漬け、リアンは自己嫌悪の反省会真っ只中だった。

(……やっちまった……)

 口を開けばため息ばかり。いけない、こんな気持ちでは仕事に結果が現れる。

 片手で顔を覆い、ため息をついて、一つ頭を振って。リアンは気持ちを切り替えた。



「……そう言えば、石の採掘量上位の帝国で、事故が起こったらしい。石の暴発による大規模な鉱山事故。幸い、死者はいなかったらしいが、一つ鉱山が消えたという話だ」

 知ってたか? とオリバーはチャロを見た。動揺する表情を押し留めながら、チャロは首を振る。

「……いいえ。平民にまではその知らせは届きませんから。鉱山が消えたとは、なかなか物騒ですね」

 オリバーに茶を出しながらチャロは口を開く。ああ、あと茶菓子を出そう。何があったかな。その時、ちらと袖の隙間から赤い手首が顔を出す。オリバーは目ざとくそれを見つけてしまった。

「……っ、ティスタ嬢、その、手首……!」

「あっ」

 ばっと隠す。隠してから思った。気にしない風を装えば良かった!

 オリバーの顔が少し赤くなった。

「そっ、そうか……! いや、私は何も見ていない!」

(うん、誤解!)

 チャロは微笑むに留めた。


「ああ……、帝国といえば。鉱山が一つ消えたと言ったが、実は今帝国では石が採れていないんだ。全く」

 オリバーは咳払いをして赤い顔を元に戻す。

「えっ? 採掘量トップであるなら、徐々に少なくなるのならばともかく、全くというのは何か理由があるのではないですか?」

 うーん、と彼は腕組みをして首を傾げる。

「理由は不明だ。それで、だ。過去に採れた石、特に媒体にならないような鉱物を輸出し始めた。金になるなら何でも使えという思惑だろうな。宝飾としてなら、貴族はこぞって買うだろう」

 それがこれだ、と彼はごとりとテーブルにいくつか石を置いた。さいころのような、美しい立方体。色は、夏の海のような深い青、淡い湖のような翠、すみれのような濃い紫。

「これは……」

 チャロが覗き込むと、彼は苦々しく首を振る。

「名前は不明。硬さもクォーツ以下で媒体に使えないし、うちの加工職人が言うには回路も不具合でよく分からないらしい。多分、フローライトだと思うと言われた。まあ、研磨すれば宝飾品として使おうと思っているんだが」

 なんせ脆いからな、とオリバーは息をつく。

「拝見いたします」

 チャロは深い青の石を手に取る。ルーペを目に当てて中を覗き込んだ。

 面に平行なヒビが多数見える。表面も擦れたのだろうか、傷が多い。チャロはガラスの破片を持って石に当てる。「カリッ」と音がして石に粉が吹いた。

(硬度はガラス以下、と)

 フローライトならば。チャロはトレイに石を乗せ、直射日光の当たる窓際、少しカーテンを引いて柔らかな日差しへと変えた場所にトレイを持っていった。それは、少しして表情を変える。

「! なんだ? 蛍光の……緑というのか、色が少し変わったぞ?」

「これが、フローライト。別名『蛍石』と呼ばれる特徴です。オリバー様、これはそちらの職人の言う通り、フローライトで間違いありません」

 微笑む。鑑定士はチャロだけでないのだ。貴族はお抱えを持っているのになぜここに来る。

「日の光で変わるのか? 面白いな」

「というか、太陽の光に含まれるものに反応すると言われております。ほら、日の下では日焼けするでしょう? ランプでは日焼けないのに。それと反応しているようです」

 ほお、と彼は興味深そうに石を眺めた。青い石を手に持ち、日の光に当てたり日陰に持っていったりしている。そのうち、つる、とオリバーの手が滑り、石はテーブルの隅にコンッとぶつかって。

「あ」「ああっ!?」

 おや、という声を上げたのはオリバー。悲鳴のような声を上げたのはチャロ。二人の声が重なって消えた頃。パッカリとフローライトは割れてしまった。

「あああ……。割れちゃった……。ごめんよぉ……」

 チャロは石を拾う。

『私割れやすいものー。気にしないで』

 石の方がチャロを気にして話しかけてくれた。オリバーは少し気まずそうにしている。

「す、すまない……」

 実はこの男、インペリアルトパーズと言い、石を割るのは二回目だ。良く割るな!


「おい、今の声なんだ!?」

 リアンが工房から飛び出してきた。彼の目の前には、しゃがんで石を拾い集めるチャロと、顔を青くしたオリバーが見えた。

 その光景で察したのか、リアンはため息をついた。

「オリバー様……。よく割りますね。チャロ、怪我は」

 ぐ、とオリバーはショックを受け、チャロは首を振る。ほ、と彼は小さく息をつき、そしてオリバーを見た。

「とりあえず、洗浄終わりましたんで。……その石は?」

 工房から媒体を持ってくる。汚れも魔力の詰まりも取れ、心なしか石も嬉しそうだ。

「ああ、今見てもらったんだ。帝国から購入した、媒体にもならんフローライトだ。あー……加工も頼もうと思ったが、もう少し何にするか決めてから頼もうと思う。ええーと、その、割れてしまったものは、もし使えるなら迷惑料だ。料金とは別に。使ってくれ」

 そして、彼はリアンとチャロの「痴話喧嘩」を思い出したのか、そそくさと店を出ていってしまう。

「あっ、オリバー様!?」

(待って、もう少しいてよー!)

 チャロの必死な願い虚しく、ドアベルはカロン、と客の帰りを告げた。


 残された二人。沈黙と気まずさが流れる。隣から、「ふう」と聞こえた。

「……悪かったな。つい、カッとなった。手首、痛かったろ」

 チャロは手首を見た。少し赤い、リアンの手の痕。首を振る。

「平気。私も、ごめん……。でも、リアンだけが危険な目に遭うのは、やっぱり許せない。私も、私だって……」

 ぽん、と頭に手が置かれる。腕一本分の距離。近くて遠い、届かない距離。

「誰が危険な目に遭うって?」

 その声は傲慢なほど、自信に満ちあふれている。見ると、リアンはふてぶてしい笑みを浮かべていた。

「あのなぁ、俺は『天才』加工職人リアン様だぜ? んなヘマするかよ。とりあえず、鉱山は消失。帝国は大打撃ってね」

 ししっ、と意地悪そうに笑った。だが、その笑みを消し、やるせなさそうに前髪をかき上げた。

「マラカイなら、もっとうまくやれたかもな……」


 ぼ、とテーブルの上の割れたフローライトが光る。

「リアン、あれ!」

「石が、光って……?」

 慌てて、ぐっとリアンの手を握って魔力を流し、石と同調させた。

『ねえねえ、マラカイについて教えてあげよーか?』

 優しい、石の声。その名前を懐かしむような、まるで目を細めた顔をしているような。

「なん、だと……?」

 リアンが驚いた声を上げる。

『マラカイはさあ、私たちの回路を閉じた。脆い石の、使う者によって危険性が変わることを知って、協力を求めてきたよ。すぐに使い潰されるのはやだもん。みーんな、協力したよ。鉱山も閉じたもの』

「!?」

『ダイヤモンドは傲慢。アイツら、私たちと同じですぐ割れるくせに、硬いからって有頂天になってるんだもの。……ああ、ムーンストーンには悪かったけど、鉱山の件は傑作だったわ。いよいよもって、帝国は消えるかもね』

 ふふ、と笑い声を上げた後、ふつ、と石は黙る。二人はそろそろと顔を見合わせた。

 とんでもない真実の蓋を開けてしまったような気分だ。しばらく、彼らは固まっていた。


「……やるじゃねえか、師匠……」

 リアンは唸るように低く呟く。ゾクゾクとした、緊張感。いまだに追いつけない師の背中。目標は高ければ高いほど燃える。

「そう言えば、マラカイって、石が入ってないのに、会話してたっけ……?」

 ぽつりと呟かれたティスタの声に、「はあ!?」とリアンは聞き返した。そして、彼は天井を仰いだ。

「……無理だろ、ぜってー追い越せない。なんだよーもう……」

 リアンはもう石の声は聞こえない。彼の中に埋め込まれた石は、「もうない」からだ。

 ティスタはぎゅっとリアンのまだ繋がれていた手に力を込めた。

「……だから、私がいるんだよ。私が、リアンの耳になる。私たち、二人でなら、師匠を超えられるかもじゃん!」

「ティスタ……」

 もう一度、手に力を込める。

「帝国とか、関係ないよ。師匠を超えようって、約束したじゃん。全部片付いてもさ、ここで、二人で、『天才』鑑定士チャロと、『天才』加工職人リアンで、『神の領域』マラカイを超える……!」

 カサついた大きな手が、今度は握り返してくれる。

「……ふん。お前がそこまで言うなら仕方ねえ。頼んだぜ、『相棒』」



 そしてその後。二人はちょっと照れた。慌ててフローライトについての処遇をどうするか話し合い、とりあえず工房に飾られているガーネットの隣に置くことに決めた。


 割れそうな二人のヒビは、驚くほど強固に修復され、新たに結晶が絡みつくように、強靭な一つの「意志」となった。

 雨降って地固まる。よく言う言葉である。



 夜。工房に一人リアンは椅子に座って飾られた石たちを眺めていた。

――全部片付いてもさ、ここで、二人で……。

 ティスタの凛とした声が思い出される。

(……あれって、本人無自覚だよな……? 何も考えてないよな……)

 ばたっ。机に突っ伏す。

「はあ〜〜〜〜。もう〜〜〜。何なんだよぉ……」

 石の難題は解けても、こればかりは難しい。天才加工職人は、しばらく悶々と思考の海に沈んだのだった。



 一方、ティスタは。

――頼んだぜ、「相棒」。

 頼りにされた言葉に、ふふ、と笑みをこぼしていた。しかし、ふと自分の言った言葉を思い出し、あれ、と気がつく。

(わた、私、もしかしてとんでもないこと言っちゃった……!?)

 ニュアンスとしては「二人で一人」。

(えっ、あっ? べべ別に、変な意味ないし!!)

 眠れない人がここにも一人。


フローライトも劈開性ありますが、軽く落としたくらいでは割れません。オリバーが天才的なだけ(割るのに)。

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