黒狼と超人とマヨネーズ
夕暮れ時、都市スターティア。
石畳の大通りを、真宵は全力で駆け抜けていた。
「ったく、どこやねん……!」
右手には、金の腕輪。
夕日に照らされた腕輪は、
不気味なほど鈍く輝いている。
その時だった。
――モクモク……。
遠くの空へ、黒煙が立ち上っているのが見えた。
「っ!」
真宵の表情が変わる。
「あっちか!!」
勢いよく地面を蹴り、煙の方向へ走り出した。
◆
現場は、大通り沿いの店だった。
砕けたショーケース。
燃え上がる木材。
散乱した宝石。
店の看板には、『魔宝石専門店』と書かれている。
「うわぁ……」
そして、その中心には――。
「グルルルル……!!」
黒狼。
赤黒い瞳を光らせながら、暴れ回っていた。
「隊列を崩すな!!」
響き渡る低音。
黒狼の前には、重厚な鉄盾を構えた男――
ジョーが立っていた。
周囲には、騎士団員達の姿もある。
「ぐっ……!」
ジョーが、黒狼の突進を盾で受け止める。
凄まじい衝撃。
石畳が、バキバキと砕け散った。
「おぉ……」
真宵が、思わず呟く。
「めっちゃ騎士団長しとる……」
「……お前か」
ジョーが、ちらりと真宵を見る。
鋭い眼光。
「なぜ来た」
黒狼を押し返しながら、低く言い放つ。
「お前は、下がってろ」
だが真宵は、ニヤリと笑った。
「嫌やね」
右手の腕輪を掲げる。
「それに――」
夕陽が、金色の腕輪へ反射する。
「今の俺は、一味違うで!」
「ふん」
ジョーが、黒狼の爪を盾で弾き返した。
「何が違うんだ?」
「そりゃあ……」
真宵が、ぴたりと固まる。
「……って、あれ?」
嫌な沈黙。
「どうするんやっけ?」
「はぁ!?」
ジョーの顔が引きつった。
その時だった。
「真宵さーーん!!」
遠くから、聞き慣れた声が響く。
マリだった。
肩で息をしながら、こちらへ駆け寄ってくる。
「もう!!」
マリが、涙目で叫んだ。
「一人で勝手に行かないでください!」
「お、ちょうどええとこに!」
真宵が、ぱっと表情を明るくする。
「マリ! これどうしたらええんや?」
「今聞くんですか!?」
マリが、盛大にズッコケた。
だが、すぐ真剣な顔へ戻る。
「えっと……!」
黒狼の咆哮が響く中、マリは慌てて説明した。
「まず、腕輪を装着!」
「おう!」
真宵が、左腕へ腕輪をはめ込む。
カチンッ。
金属音が鳴った。
「その後!」
マリが叫ぶ。
「今、自分に必要な物を考えてください!!」
「必要な物……?」
真宵が、少しだけ目を細める。
黒狼。
燃える街。
戦うジョー。
そして――。
「……これや!!」
その瞬間だった。
ボシュッ!!
真宵のポケットから、
一本のマヨボトルが勢いよく飛び出した。
「うおっ!?」
空中を回転しながら、腕輪へ吸い込まれていく。
カチッ――!!
完璧な音を立て、マヨボトルが腕輪へ装填された。
沈黙。
「…………」
「…………」
ジョーとマリが、同時に固まる。
「……は?」
ジョーが、人生で一番困惑した顔をした。
「マヨネーズ?」
「え、えぇ……?」
マリも、完全に混乱していた。
だが真宵だけは、満足そうに頷く。
「ああ」
夕陽を背に、ビシッと親指を立てた。
「今必要なんは、マヨや!」
「いや意味分かりませんって!!」
マリが叫ぶ。
だが、腕輪は既に淡く発光していた。
「え、えっと……!」
マリが、慌てて説明を続ける。
「そのボトルを回転させてください!」
「こうか?」
真宵が、マヨボトルをガコンッと回す。
瞬間。
《マヨ・エナジー》
機械音声が、街中へ響き渡った。
「おおっ!?」
真宵の身体を、白い液体が包み込む。
それは渦を巻きながら、全身へ装着されていく。
胸部装甲。
白いアーマー。
金色のライン。
そして、仮面が装着された。
ゴォッ――!!
白い蒸気が吹き上がる。
その中心で。
白き鎧を纏った戦士が、ゆっくり立ち上がった。
「おおおお……!!」
真宵が、自分の手を見つめる。
そして次の瞬間。
「――マヨネーズ、キターーーーッ!!!」
両手を挙げ、叫んだ。
「うおおおおっ!!」
白い鎧を纏った真宵が、
勢いよく黒狼へ突っ込んでいく。
「グルァァァァッ!!」
黒狼も、咆哮を上げながら飛び出した。
その瞬間。
ブシュゥゥゥッ!!
「うわぁっ!?」
真宵の腕装甲から、
大量のマヨネーズが噴射された。
「ちょっ、待っ――」
ツルゥゥゥッ!!
真宵の身体が、勢いよく滑る。
「うおおおおっ!?」
バランスを崩したまま、
石畳を高速スライディング。
「な、なんやこれぇぇぇっ!!」
「グルァッ!!」
黒狼の爪が迫る。
ドゴォッ!!
「ぐはぁっ!?」
真宵は、そのまま吹き飛ばされた。
石畳を何度も転がり、店の壁へ激突する。
「真宵さん!?」
マリが、悲鳴を上げる。
「……ふん」
ジョーが、盾を構えながら低く呟いた。
「やはり素人か」
「いってぇぇ……」
真宵は、ふらふら立ち上がる。
白い鎧は、既にマヨまみれだった。
「なんやこの能力!! 使いづらすぎるやろ!!」
その時だった。
ピピッ――!
左腕の腕輪が、赤く点滅し始める。
「ん?」
真宵は、適当にボタンを押した。
カチッ。
直後。
『……もう、何やってるのよ』
「おわっ!?」
突然、腕輪からナナミの声が響いた。
真宵が、ぎょっと目を見開く。
「ナナミ!?」
『今から、私の指示に従って』
呆れたような声。
だが、その奥には焦りが滲んでいる。
真宵は、ニッと笑った。
「了解!」
『まず、足の力を抜いて』
「足の力?」
『マヨの波に乗るのよ!!』
「……なるほど!」
全然分からん。
だが真宵は、勢いよく地面を蹴った。
ブシュゥゥゥッ!!
再び、大量のマヨが噴射される。
だが今度は違った。
「お、おおっ!?」
真宵の身体が、白い軌道を描きながら滑走する。
まるで波乗りだ。
「これやぁぁぁっ!!」
《マヨ・スライディング!》
夕暮れの街を、白き戦士が滑り抜ける。
「グルァァッ!?」
黒狼が飛び掛かる。
だが。
「遅いで!!」
真宵は、マヨの軌道を利用して急旋回。
黒狼の横を一気に駆け抜けた。
『今よ! 地面へ撒いて!』
「おう!!」
真宵が、腕を振り抜く。
ブシャァァッ!!
大量のマヨネーズが、石畳へぶち撒けられた。
次の瞬間。
ツルゥゥゥッ!!
「ガァッ!?」
黒狼の巨体が、勢いよく滑った。
バランスを崩し、そのまま転倒する。
「おぉぉぉ!!」
真宵の目が輝く。
「めっちゃ滑るやん!!」
『喜んでる場合じゃない!!』
ナナミのツッコミが飛ぶ。
『今! 動きを止めて!!』
「おっしゃあああ!!」
真宵が、右拳を大きく引いた。
白いマヨエネルギーが、拳へ集中していく。
《マヨ・ストレート!!》
「いっけぇぇぇぇぇっ!!」
その瞬間。
『あ、待っ――』
ナナミの焦った声。
『まだ倒さないで――』
だが。
「うおおおおおっ!!」
真宵の拳が、黒狼へ叩き込まれた。
ドゴォォォォンッ!!
凄まじい衝撃。
白い飛沫が、街中へ吹き荒れる。
「ガァァァァァァッ!!」
黒狼の身体が、大きく吹き飛んだ。
そして――。
バキィンッ!!
黒狼の胸元から、赤黒い結晶が砕け散る。
次の瞬間。
黒狼の身体が、黒い霧となって崩れていった。
静寂。
「…………」
通信が、途切れる。
やがて。
「よっしゃあ!!」
真宵が、勢いよく拳を突き上げた。
「勝ったぜぇぇぇっ!!」
周囲の騎士達から、安堵の声が漏れる。
「た、助かった……」
「黒狼を倒したぞ!」
マリも、ほっと胸を撫で下ろした。
ジョーだけは、真宵をじっと見つめている。
「……妙な力だ」
「やろ?」
真宵が、得意げに笑う。
その時だった。
ゴォォッ――!!
紅蓮の火炎弾が、真宵へ一直線に飛んできた。
「うおっ!?」
ドゴォンッ!!
爆炎。
真宵が、勢いよく吹き飛ばされる。
「真宵さん!?」
マリが叫ぶ。
炎の向こう。
そこに立っていたのは――。
赤髪の少女。
ナナミだった。
その瞳には、明確な怒りが宿っていた。
◆
都市スターティア――。
その中心部。
豪奢な屋敷の一室。
赤い絨毯。
黄金の装飾。
巨大なシャンデリア。
まるで王城のような豪華な部屋だった。
「ご主人様」
一人のメイドが、静かに頭を下げる。
その視線の先。
大きな椅子へ腰掛けていたのは、
貴族服を纏った一人の男だった。
長い金髪。
端正な顔立ち。
そして、どこか獣を思わせる鋭い瞳。
男は、ワイングラスを揺らしながら口を開く。
「報告を」
「……黒狼が、白鎧の男に倒されました」
その瞬間。
男の口元が、ゆっくり吊り上がった。
「ふむ……」
グラスの赤い液体が、ゆらりと揺れる。
「超人の誕生か」
男は、楽しげに笑った。
「――面白い」
その瞬間。
男の瞳が、獣のような金色へ変わる。
ギラリ、と。
不気味な光が、
薄暗い部屋の中で妖しく輝いていた。




