表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/8

薬草と黒狼と燃えるスパイス

 都市郊外の森。


 木々の隙間から、

 柔らかな木漏れ日が差し込んでいた。


 鳥の鳴き声。

 草木を揺らす風。


 いかにも“薬草採取スポット”って感じだ。


「へぇ〜……」


 俺は、しゃがみ込みながら地面を見つめる。


「異世界にも雑草ってあるんやな」


「それ、薬草です」


「えっ」


 慌てて手を引っ込める。


 マリは、小さくため息を吐いた。


「ちゃんと葉の形を見てください」


「いやぁ、全部同じに見えるんよなぁ……」


「大丈夫でしょうか、この人……」


 不安そうに呟きながら、

 マリは慣れた手つきで薬草を採取していく。


 さすが、経験者。


 俺とは手際が違う。


 その時だった。


「……真宵さん」


 マリの声が、少し低くなる。


「私たち、囲まれてます」


「……みたいやな」


 俺も、小さく返した。


 気配。


 木の陰。

 草むら。


 複数の視線が、こちらを伺っている。


「真宵さん、静かに――」


 だが俺は、立ち上がった。


「おーい!」


 森へ向かって、大声を張り上げる。


「コソコソ隠れてないで、正面からかかってこい!」


「真宵さん!?」


 マリが、ぎょっと目を見開く。


「なに挑発してるんですか!?」


「いや、どうせ出てくるやろ?」


 その直後だった。


 ガサッ!!


 木陰から、三人の男達が姿を現した。


 昼間、路地裏で俺にボコられた冒険者達だ。


 だが今度は違う。


 全員、剣を握っている。


「へへっ……」


 男の一人が、嫌らしく笑う。


「さっきみたいにはいかねぇぜ」


「うわ、めっちゃ根に持ってるやん」


 俺は、軽く拳を構える。


 隣では、マリが小型槍を取り出していた。


 シャキンッ、と金属音が鳴る。


「……やる気ですね」


「みたいやな」


 空気が、一気に張り詰める。


 男達が、じりじり距離を詰める。


 俺も、呼吸を整えた。


 そして――。


「行けぇ!!」


 男達が飛び出した、その瞬間だった。


 ――ガァァァァァッ!!


 黒い影が、森の奥から飛び込んできた。


「っ!?」


「きゃっ!?」


 俺とマリは、とっさに横へ飛ぶ。


 次の瞬間。


 ドゴォッ!!


 凄まじい音と共に、地面が大きく抉れた。


「な、なんだぁ!?」


 男達が悲鳴を上げる。


 そこにいたのは――。


 漆黒の狼だった。


 普通の狼じゃない。


 牛ほどもある巨体。

 赤黒く光る瞳。

 口元から覗く、鋭い牙。


 全身から、

 獣とは思えない禍々しさを放っている。


「グルルルル……」


 低い唸り声。


 空気が震える。


「お、おい……!」


 男の一人が、震える声を漏らした。


「なんだよコイツ……!」


 次の瞬間。


 黒狼が、地面を蹴った。


 速い。


 まるで黒い弾丸だ。


「ぎゃあああっ!?」


 一人の男が、一瞬で吹き飛ばされた。


 鋭い爪が、鎧ごと身体を引き裂く。


「ひっ……!」


 残った二人の顔が、一気に青ざめた。


「む、無理だ!!」

「逃げるぞ!!」


 男達は、武器すら捨てて森の奥へ逃げていく。


 だが黒狼は、追わなかった。


「……」


 ゆっくりと。


 黒狼の赤い瞳が、こちらを向く。


 森が静まり返る。


 聞こえるのは、獣の荒い呼吸だけだった。


「もしかして、こいつ……」


 俺は、冷や汗を流しながら呟く。


「アイツらのペット……なわけないよな」


「何言ってるんですか!?」


 マリが、半泣きで叫ぶ。


「はやく逃げましょう!」


「いや……」


 俺は、黒狼から目を離さない。


「さっきの速さ見るに、逃げれそうにないで」


「っ……!」


 マリの顔が、強張る。


 黒狼が、低く姿勢を落とした。


 来る。


 俺は、右手のマヨボトルを掴む。


 キャップを開け――。


 ブシュッ。


 勢いよく、マヨを流し込んだ。


「真宵さん!?」


 口元を拭う。


 そして、一歩前へ出た。


「やるしかないやろ」


 黒狼が、再び地面を蹴る。


「っ!」


 俺は、とっさに拳を振るう。


 だが。


 空を切った。


「速っ!?」


 黒狼は、俺の横をすり抜けていた。


 まるで残像だ。


「真宵さん、後ろ!」


 マリの叫び。


 振り返る。


 黒狼の牙が、すぐ目の前まで迫っていた。


 ――ドォンッ!!


 轟音。


 次の瞬間。


 紅蓮の火炎弾が、黒狼の身体へ直撃した。


「ガァァァァッ!?」


 爆炎が、森を赤く染める。


 熱風が吹き荒れ、

 俺とマリは思わず目を細めた。


「な、なんや!?」


 俺は、とっさに上を見上げる。


 そこにいたのは――。


 赤い片翼を広げ、

 宙へ浮かぶナナミの姿だった。


「……あれは……?」


 片翼。


 まるで炎で出来たような、巨大な朱色の翼。


 熱気を纏いながら、ゆっくり羽ばたいている。


「ナナちゃん!」


 マリの顔が、ぱっと明るくなる。


「来てくれたんだ!」


「……うん」


 ナナミは、黒狼を睨みつけたまま答える。


「マリが向かった方向に、強い魔物の気配を感じたから」


 そう言うと同時。


 ナナミの周囲へ、赤い魔法陣が展開された。


「燃えなさい」


 ゴォッ!!


 複数の火炎弾が、次々と黒狼へ襲い掛かる。


「グルァァァァッ!!」


 黒狼が、怒りの咆哮を上げる。


 火炎を避けながら、

 木々の間を高速で駆け回っていた。


「す、すげぇ……」


 俺は、思わず見上げる。


 完全にファンタジーや。


 いや、ファンタジー超えてる。


 だが――。


「っ……」


 ナナミの表情が、わずかに歪んだ。


 呼吸が荒い。


 飛ぶたびに、赤い片翼が不安定に揺らいでいる。


「おい!」


 俺は、思わず叫ぶ。


「大丈夫か!?」


「ナナちゃん……!」


 マリも、不安そうに顔を曇らせる。


「やっぱり、まだ……」


「これくらい……!」


 ナナミが、苦しそうに息を吐く。


 それでも、強引に魔力を練り上げた。


「平気よ……!」


 赤い炎が、再び右手へ集まっていく。


「今は、アイツを倒さないと……!!」


 だが、その瞬間だった。


 黒狼が、ぴたりと動きを止める。


 赤黒い瞳が、じっとナナミを見上げた。


「……?」


 次の瞬間。


 黒狼は、森の奥へ飛び込んだ。


「えっ」


 木々を揺らしながら、一瞬で姿が消える。


 静寂。


 風の音だけが、森に残った。


「……逃げた?」


 俺が呟く。


 ナナミは、しばらく森の奥を睨み続けていた。


 やがて――。


 ふらり、と。


 身体が揺れる。


「ナナちゃん!」


 マリが慌てて駆け寄った。


 赤い片翼が、淡い火の粉となって崩れていく。


「……平気」


 ナナミは、小さく息を吐く。


 だが顔色は、明らかに悪かった。


 しばし、沈黙が流れる。


 俺は、ゆっくりナナミを見る。


 そして、口を開いた。


「さっきの姿は、一体何なんだ?」


「…………」


 ナナミは、答えない。


 ただ静かに、視線を逸らした。


「うわぁ〜……」


 マリが、困ったように頭を掻く。


「バレちゃいましたねぇ……」


「バレたって……」


「真宵さん!」


 マリが、ぱっと俺へ振り向く。


「ごめんなさい! 私たち急用が出来たので、先にギルドへ戻っててください!」


「……え?」


 急すぎる。


「急用?」


「ほら、ナナちゃん! 行こ?」


「……うん」


 ナナミが、小さく頷く。


 その直後。


 ボォッ――!


 再び、赤い片翼が燃え上がった。


「ちょ、待っ――」


 言い終わる前に。


 二人の身体が、ふわりと宙へ浮かぶ。


 そして、そのまま――。


 夕焼けの空へ溶け込むように、

 森の向こうへ飛び去っていった。


「…………」


 取り残された俺は、

 ぽつんと森へ立ち尽くす。


 しばらくして。


「……いや」


 俺は、小さく呟いた。


「異世界、濃すぎひん?」


 俺は、異世界の闇に触れた。


 ……そんな気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ