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依頼と醤油とガラムマサラ

「あ、そうだ!」


 マリが、ぱんっと手を叩いた。


「真宵さん、依頼見に行きませんか?」


「依頼?」


「はい」


 マリは、ギルド中央の大きな掲示板を指さす。


 そこには、大量の紙がびっしり貼られていた。


 討伐依頼。

 採取依頼。

 護衛依頼。


 いかにも“冒険者ギルド”って感じだ。


「おぉ〜……!」


 俺は、一気にテンションが上がる。


「ついに来たか……異世界テンプレイベント!」


「てんぷれ?」


「気にせんでええ!」


 俺は、掲示板へ駆け寄った。


 マリとナナミも、

 その後ろをゆっくり歩いてくる。


「どれどれ……」


 適当に一枚、依頼書を剥がす。


 そこに書かれていたのは――。


『行商人護衛依頼』


「おっ、これ楽そうやん?」


 俺は、にやりと笑う。


「盗賊から守ればええだけやろ?」


 だが。


「……それがですね」


 マリが、少し言いづらそうに呟く。


「襲ってるの、人じゃないんです」


「……なんやて?」


 俺は、目を瞬かせた。


 すると、隣からナナミが口を開く。


「犯人は、狼の魔物」


 淡々とした声。


「それも――人を襲わず、金品だけ奪ってるの」


「狼の魔物……!」


 その瞬間。


 俺のテンションが、さらに跳ね上がった。


「めっちゃ異世界やん!!」


「そこ、興奮するところかしら……」


 ナナミが呆れたように眉をひそめる。


 だが俺は止まらない。


「しかも金品を奪う狼!? 賢いやん!!」

「いや、感心してる場合じゃ――」


 その時だった。


「それは、騎士団の管轄だ」


 低く、よく通る声。


 ギルド内の空気が、ぴりっと張り詰める。


「冒険者は、手を出すな」


 俺達が振り返る。


 そこに立っていたのは――。


 巨大な鉄鎧を纏った、一人の男だった。


 短く整えられた黒髪。

 鋭い眼光。

 鍛え上げられた身体。


 いかにも“騎士”という風格。


 男は、俺の手から依頼書をひょいと取り上げた。


「あっ」


「……ジョー・ユードリックさん」


 マリが、小さく呟く。


「あら?」


 ナナミが、面白そうに目を細めた。


「騎士団長の貴方が、なぜギルドにいるのかしら?」


「巡回だ」


 ジョーと呼ばれた男は、短く答える。


「ヨースタイン公のように、街の平和を守るためにな」


 そう言って、ギルド奥を指差した。


 視線の先。


 そこには、立派な銅像が置かれていた。


 鎧姿の男が、大剣を掲げている。


 台座には、『英雄 マスター・ヨースタイン辺境伯』と刻まれていた。


「へぇ〜……」


 俺は、思わず見上げる。


 かなり立派だ。


 だが。


「ヨースタイン辺境伯ねぇ……」


 ナナミが、小さく鼻を鳴らす。


「ただの承認欲求モンスターじゃない?」


「……貴様」


 ジョーの目が、鋭く細まった。


「今、何と言った?」


 空気が、一気に冷える。


「うわ、やば」


 俺は、慌てて二人の間へ割って入った。


「まあまあ、お二人さん! 落ち着けって!」


「真宵さん!?」


「真宵、どきなさい」


「いや絶対どいたらアカン空気やろこれ!」


「そ、そうですね……!」


 マリも慌てて頷く。


「い、今は依頼を決めましょう!」


 しばらくの沈黙。


 やがてジョーは、小さく息を吐いた。


「……ふん」


 そして、じろりと俺を見る。


「君のような新人には、薬草採取がお似合いだ」


「えぇ〜?」


「命を落としたくなければな」


 そう言い残し、ジョーは踵を返す。


 重い鎧の音を響かせながら、

 そのままギルドを後にした。


「……相変わらず堅いわね」


 ナナミが、肩をすくめる。


「でも、薬草採取は悪くないと思いますよ?」


 マリが、俺を見る。


「真宵さん、まだこの街のこと全然知らないですし」


「うーん……まあ、確かに?」


 するとナナミが、面倒そうに帽子を押さえた。


「薬草採取? なら、アタシはいらないわね」


「え?」


「二人で行ってきたら?」


 それだけ言って、ナナミはくるりと背を向ける。


 赤い髪が、ふわりと揺れた。


「あ、待ってよナナちゃん!」


「待たない」


 ひらひらと手を振りながら、

 ナナミはギルド奥へ消えていく。


「……行っちゃった」


 マリが、困ったように苦笑した。


「マイペースな子やなぁ」


「ほんとですよ……」


 そしてマリは、改めて俺を見る。


「じゃあ、行きますか?」


「おう!」


 こうして俺達は、人生初の冒険者依頼――

 薬草採取へ向かうのだった。


 ◆


 その頃――。


 冒険者ギルドの片隅。


 酒場スペースの奥で、数人の男達が、

 じっと真宵達を見つめていた。


 薄汚れた革鎧。

 鋭い目付き。

 明らかに、まともな冒険者ではない。


「ガラム様……」


 昼間、路地裏で真宵に叩きのめされた男が、

 悔しそうに歯を食いしばる。


「あいつです……!」


 震える指が、

 ギルドを出ていく真宵達へ向けられた。


「俺たちをボコったのは……!」


「ふむ」


 低い声。


 男達の中心。


 そこには――。


 でっぷりと太った大男が、

 椅子へ深く腰掛けていた。


 指には、派手な金の指輪。

 片手には、食いかけの骨付き肉。


 いかにも“悪党の親玉”という風貌だった。


 ガラムは、小さく目を細める。


「……あの男か」


 ギロリ、と。


 獣のような視線が、真宵の背中を捉える。


「お前ら」


 ガラムが、低く命じた。


「奴の跡をつけろ」


「へ、へい!」


 子分達が慌てて立ち上がる。


 その時だった。


 ガラムの胸元。


 服の奥で――。


 赤黒い光が、ドクン、と脈打った。


「……?」


 一瞬。


 ガラムの瞳へ、獣のような光が宿る。


 だが、それもすぐ消えた。


「ククッ……」


 ガラムは、不気味に笑う。


 ギルドの喧騒の中。


 その笑い声だけが、妙に不穏に響いていた。

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