ギルドと七味とディジョンマスタード
昼下がりのギルドは、驚くほど騒がしかった。
木製の長机。
壁へ貼られた依頼書。
酒と肉の匂い。
鎧姿の冒険者達が笑い合い、
奥では受付嬢が慌ただしく書類を捌いている。
「おぉ〜……」
俺は、思わず周囲を見回した。
「めっちゃ冒険者ギルドやん……」
「冒険者ギルドですからね」
マリが呆れたように返す。
「ほら、貴方は受付へ。
私は素材を売ってくるので」
マリは、腰の小袋を軽く持ち上げる。
中には、魔物素材が入っているらしい。
神官なのに普通に戦ってる辺り、
やっぱりこの世界の神官、だいぶ物騒だ。
「じゃ、後でなー」
「迷子にならないでくださいね?」
「子ども扱い!?」
マリは小さく笑いながら、
買取窓口の方へ歩いていく。
俺も受付窓口へと向かった。
◆
「はい、登録完了です」
「え、もう?」
受付嬢が、苦笑する。
「簡易登録だけですから」
木製のカードを受け取る。
そこには読めない文字と、
変な紋章が刻まれていた。
「へぇ〜……これが冒険者証」
テンション上がる。
完全にファンタジーや。
「では、詳しい説明は後ほど――」
「ありがとうございます!」
俺は勢いよく頭を下げる。
受付嬢は、少し圧倒されたように笑っていた。
◆
手続きは、思っていたよりあっさり終わった。
マリは、まだ戻ってきていない。
「暇やなぁ」
俺は、ギルド内を見回す。
すると――。
「ナナミさん! お願いします!」
「私たち、もっと強くなりたいんです!」
「紅の魔女様、どうかご指導を……!」
ギルドの奥。
数人の若い冒険者達に囲まれている、
一人の少女が視界に入った。
赤髪。
先端が少し焦げたようにも見える長い髪。
大きな、とんがり帽子。
黒と赤を基調としたローブ。
そして何より、
周囲とはどこか違う空気を纏っていた。
「……魔法使いや」
いかにも、だった。
少女――ナナミは、
面倒そうに小さくため息を吐く。
「そう簡単に言われても困るわね」
そして、冷たい声で言い放つ。
「だって、貴方たちに教えられる魔法なんて、
一つもないもの」
その瞬間。
冒険者達の顔が引きつった。
「そ、そんな……」
「俺達、本気なんです!」
だがナナミは、表情を変えない。
「本気だから何?」
「っ……」
空気が、一気に冷える。
周囲の冒険者達も、
気まずそうに視線を逸らしていた。
「……」
俺は、少し眉をひそめる。
いや、言いたいことは分かる。
多分この子、性格が悪いってより、
単純に言い方が不器用なんだろう。
でも――。
「お嬢ちゃん」
俺は、冒険者達の間へ割って入った。
「さすがに、それは言いすぎやろ」
その瞬間。
ギルド内の空気が、ぴたりと止まった。
ナナミの赤い瞳が、ゆっくり俺を見る。
「……誰かしら?」
静かな声だった。
だが、妙な威圧感がある。
「貴方には、関係ないと思うけど」
周囲の冒険者達が、ヒソヒソとざわめき始める。
「お、おい……」
「アイツ、“紅の魔女”に絡んで……」
紅の魔女。
どうやら結構、有名人らしい。
だが俺は、気にせず肩をすくめた。
「いやぁ、でもさ」
俺は、困った顔の新人冒険者達を見る。
「強くなりたいって思うの、別に悪いことちゃうやん?」
「……」
ナナミの視線が、わずかに鋭くなる。
空気が、ピリついた。
その時だった。
「こら、ナナちゃん!」
聞き慣れた声。
振り返ると、
金貨袋を抱えたマリが立っていた。
「そんなキツイ言い方じゃ、また孤立しちゃうよ?」
「……マリ」
ナナミが、小さく眉をひそめる。
その顔は、ほんの少しだけ柔らかく見えた。
「べ、別に、アタシは――」
ナナミが、わずかに視線を逸らす。
さっきまでの威圧感はどこへやら、
急に歯切れが悪くなっていた。
「ナナちゃんったら、またそうやって……」
マリは、小さくため息を吐く。
それから、ぺこりと俺へ頭を下げた。
「真宵さん、ごめんなさい。この子、言い方が少しキツイだけで、悪い子じゃないんです」
「いや、別にええよ」
俺は軽く手を振る。
「悪気ないのは、なんとなく分かっとるから」
「……っ」
その瞬間。
ナナミが、ほんの少しだけ目を見開いた。
「それより――」
俺は、赤髪の少女を見る。
「この子は何者?」
「こいつは何者?」
声が被った。
「……」
「……」
ナナミの赤い瞳が、じとっと俺を睨む。
なんだろう。
めちゃくちゃ敵視されてる気がする。
「もう、二人とも」
マリが困ったように笑う。
「彼は、真宵さん。さっき偶然会って、
困ってそうだったから助けたの」
「ふーん……」
ナナミは、俺をじろじろ見る。
その視線は、どこか品定めするようだった。
「ほんと、マリったらお人好しよねぇ」
「……確かに、マリって優しいよなぁ」
マリが、きょとんと瞬きをした。
俺は、親指を立てる。
「さすが、神官ってやつだな!」
――その瞬間だった。
ギルド内が、ざわついた。
「……おい」
「今、神官って……」
「しかも旧聖教の……?」
ヒソヒソ声が広がっていく。
その時。
「それは、聞き捨てなりませんわね!」
凛とした声が、ギルド内へ響いた。
人混みが左右へ割れる。
その奥から現れたのは、一人の少女だった。
黄金の鎧。
胸元に刻まれた十字架の紋章。
陽光のような金髪。
そして。
誰もが道を開けてしまうような、
不思議な威圧感を纏っていた。
まさに、聖騎士。
そんな言葉が似合う少女だった。
「はぁ……」
ナナミが露骨に顔をしかめる。
「面倒なのが来たわね」
「えっと、誰?」
俺が小声で尋ねる。
するとマリが、少し困ったように答えた。
「デジナ・ヨースタインさん」
「ヨースタイン?」
「領主様の娘さんです」
「へぇ」
思ったより偉い人だった。
その時。
「貴方たち!」
デジナが鋭く声を張り上げる。
「聞いていますの?」
ギルド内の空気が、一瞬で張り詰めた。
周囲の冒険者たちも、
どこか居心地悪そうに視線を逸らす。
「……え?」
俺は思わず辺りを見回した。
「俺、なんか変なこと言ったか?」
「それは……」
マリが口ごもる。
言いづらそうに視線を伏せた。
そして。
デジナは冷たい目でマリを見た。
「旧聖教の者に、
神官を名乗る資格などありませんの」
静かな声だった。
だが、その言葉は刃のように鋭かった。
「はあ!?」
思わず声が出る。
「そんなもん、人の勝手やろ!」
「……」
ギルド内が静まり返る。
デジナは、
まるで珍しい生き物でも見るように俺を眺めた。
そして。
「あらあら」
小さく笑う。
「バカというのは、よく吠えるものですわね」
「なんやて!?」
「まぁ、いいですわ」
デジナは興味を失ったように肩をすくめる。
そして、二人へ視線を向けた。
「精々、変人同士仲良くなさいな」
くるり、と踵を返す。
「おい!逃げるなや!」
「逃げる?」
デジナが鼻で笑った。
「私、迷宮攻略で忙しいんですの」
振り返る。
金色の髪が揺れた。
「"Aランクパーティ"のリーダーですので」
どこか誇らしげな口調。
そのまま彼女は、
取り巻きたちを連れてギルドを後にした。
しばらくの沈黙。
やがて。
「ふーん」
ナナミが、小さく鼻を鳴らした。
「貴方、ちょっとは見る目あるじゃない」
「ん?」
俺が振り向く。
「何が?」
「別に」
ナナミは、ふいっと顔を逸らした。
だが。
その横顔は、
さっきより少しだけ機嫌が良さそうだった。




