五、守ってほしい人
ある一人の少年は人気のない森の奥にある学舎に来ていた。この学舎までは迷路のようになっており、凡人には到底たどり着くことはできない。
その学舎は外界から隔離されているかのように高い塀に囲まれていた。
その中に入れるのは師範から直接勧誘された者たちだけだった。
学舎に来るのは少年を入れて五人しかいない。師範のことは皆先生と呼んでいた。
少年はうれしそうに軽く跳ねながら、中へ入って行った。
「今日はやけにうれしそうだな。何かいいことでもあったのか?」
師範は笑みを浮かべながら少年に声をかけた。
「先生、そうなんですよ。僕の・・・あれ?これって言ってよかったんだっけ?」
少年は急に真顔になり考えはじめた。
「先生は劉家の誘拐事件は知っていましたよね」
師範は予想外の問いかけに動揺していた。
「先生?どうしたのですか?大丈夫ですか?」
少年の問いかけが聞こえないのか師範はしばらく黙っており落ち着きのない様子だった。
ようやく正気を取り戻したのか少年の問いかけに気付いたようだった。
「すまない、忠。誘拐事件のことは知っている」
それなら大丈夫ですねと忠は再びうれしそうな顔をして、周りを見渡して小声で
「僕の妹の雪華が帰って来たのです。やっと僕に妹ができました。僕はずっと兄になりたかったのですよ。」
忠は初めて会った時、弟と間違われたことや雪華が話した町の話もしていたが師範には聞こえていないようだった。
「そうか、雪華お嬢様が・・・戻って来た・・・よかった・・・よかった」
そう言って師範は泣き崩れていた。
はじめて見た師範の泣く姿に忠も周りの門下生も狼狽えていた。
しばらくして師範は立ち上がり、
「今日は各自、自主練習だ。私は行かねばならないところがある。すまないが失礼する」
師範は忠にお前は後からついてこいと言い残し去って行った。
門下生たちは何が起こったのか訳が分からなかったが、言われた通り自主練をはじめた。
(先生は雪華の誘拐事件とどう関係あるんだ。初めて会った時に言っていた守ってほしい人ってもしかして雪華のことなのか)
忠は師範の言われた通り、後からついていった。先を行く師範を追いかけながら、忠は六年前の師範との出会いを思い出していた。
(なぜ僕は弱いんだ)
劉家の三男として生まれてきた忠は兄たち同様剣術、武術、学問を学んできた。
長兄の毅は十六で大将軍である父家豪の配下に入り、後継者として認知されている。次兄の翰は少し変わっているが全てにおいて秀でており、それが皇帝の目に留まり、若くして第四皇子の護衛に任命された。
そんな兄たちを持つ忠は自分の平凡さに腹立たしく感じていた。
忠は誘拐された妹の雪華の記憶はない。初めて妹がいると知った時はうれしさと同時に情けない自分の姿を妹には見せられないと思った。もし帰ってきたら妹を守れるような強い兄になろうと心に誓っていた。
兄たちに少しでも追いつきたいと思い家族には隠れて毎日毎日剣を振っていた。
人気のない森の中でいつものように剣を振っていた。
「太刀筋はいいぞ」
後ろから三十過ぎぐらいの長身の男が声をかけてきた。
忠は驚いて思わず剣を構えてしまった。
「そのまま私に向かって剣を振ってみろ。倒すつもりで」
忠は何が何だかわからなかったが長身の男の言われるがまま剣を振った。
長身男は剣を素手で避け、気がついたら手元にあった剣が長身男の手に握られていた。
忠は腰を抜かして呆然としていた。優秀な兄たちでさえあんな芸当はできない。
長身男は忠の目の前で屈み、強くなりたいかと真っすぐな目をして言った。
忠は正座し、長身男に訴えかけるように
「僕は強くなりたい」
と拳を握りしめていた。
長身男は微笑みかけ、そうか、ついてこいと言って歩き出した。
忠は慌てて後をついていった。
「名は何だ」
「劉忠です」
名前を聞いた途端、長身男は振り返った。
「まさか、お前の父は劉家豪か」
「はい、そうですが」
長身男は愕然としており、そうか、そうかと繰り返し言っていた。
長身男は何かを決意したように目をつむって頷き、忠の目線まで屈んで
「忠、私の全てを教えてやる。ただし、お前に守ってほしい人がいる。今は誰かは言えないがいずれ話す。きっとお前も守りたいと思うはずだ。私の願いを聞いてくれるか」
忠は少し考え込んで、
「わかりました。僕を強くしてくれるなら、必ず守ると約束します」
長身男は忠の頭をぐしゃぐしゃになでて、顔をほころばせ、行くぞと歩き出した。
「忠、私の名前は胡風だ。今から行くところは誰にも話してはならんぞ」
はい、と元気よく返事をして、忠は胡風の後についていった。




