03,再会の二日目 続き
「出てきたな」
「出てきましたね」
少女がトイレから出てきた。
その足は二人の元へと歩み寄る。未だ作っている不敵な笑みと、コツ…コツ…と鳴る足音が更に恐怖を引き立たせていた。
二人は知らぬ素振りを見せるため会話を始めるのだが……。
「お、おい、100円玉持ってるか?」
「え……?あ、はい、持ってますが……どうしてですか?」
「あ〜……えっとなあ、啓次、ジュース、飲みたいだろ?」
「えっ、いや、あ……はい」
即興だったため、あまりにも無理矢理な内容。普段ありそうで確実にしない会話だ。
彼女の足音が止む。直視こそしないが、とても異様な気配が漂っているのを感じ、二人の間の時は恐怖の音と共に止まった。
「………」「………」「………」
シュンは啓次に何か喋れ、と言う代わりに足で小突く。それに対し、首を小刻みに何度も横に振る、この場の空気で声を発するという行為はかなりの勇気が必要である。二人にそんな度量はあるわけがなかった。
未だ、彼女はまだ近くに立ち、二人を睨んでいる。どうやら、もう座る気は無いみたいだ。
しばらく続いた静寂は、また鳴り出した彼女の足音が消す。二人の反対側。打席と通路を遮る金網状の扉を開け、中へ入る。
「まさか!!」
シュンは嫌な予感がした。
その打席には愛しのマイバットが横たわっている。止めようと試みるが、時すでに遅し。既に少女は麗しのマイバットを持ち、何かを仕掛けようとしていた。
「おい!!卑怯だぞ!!」
その言葉に彼女はゆっくりと口角を上げ、ニタ〜と笑う。少し高い位置から一目、シュンの事を見下し……コインを入れた。
それを見たシュンは、安心した。
そう。バットに直接何か手を加えると思っていたため、焦りはしたが、バットが在る理由にきちんと従った行為のため、止めるのをやめたのだ。
少女は彼の態度が一変したのに気づき、ボールが出てくる前にもう一度見る。余裕そうな彼の表情を見て、つい確認してしまった。
「いいの?私、勝手に打っちゃうよ?」
これも聞いてしまった時点でこの小さな争いには決着が着いたようなものだった。
「全然構いませんおじょーさま。それより、お怪我をおなさらないようお十分にお気を付け下さいませ」
無駄に敬語。なんて嫌味を込めた言い回し。彼女がこれを聞いて大人しくする訳がなかった。
「うぅぅ〜〜……絶対意地でも打ってやる!!」
だが威勢の良さは最初のみであった。
球が放たれる毎に振り遅れで空振り。そもそもこの場所はシュンがいつも打つ場所。そう簡単に素人が打てるはずない、とシュンは確信していた。
もう最後のほうなんか、少女は悔しさにより半泣きであった。
セット最後の球が放たれる。当然、空振り。ワンコイン分終了。全ての球を振り、全て空振りだった。
「おい、もう終わったぞ」
彼女はまだ構えを続けている。シュンはそれをやめさせるべく声を掛けるのだが。
「ま、まだ、まだ終わってないわ!!次よ次ぃ!!」
声からは震えが感じられ悔しさが滲み出ていた。
もう終わったにも関わらず、バットを握りしめている手は更に力が込められ、在るはず無い次に備えている。顔を見ても、眉間や口元などを歪ませ、整ったバランスを崩し、本人には悪いが不細工であった。
シュンはそんな彼女を見て、なんだかとてもすまなく思え、謝罪の意を込め、次なる言葉をかけた。
「“美菜”。俺が悪かった。悪かったから、もういい加減諦めてくれ」
その言葉を聞き、美菜は……喜んだ。
ようやく彼から“覚えているという証明”を耳にし、疑惑は確信に変わり、美菜と呼ばれた少女はさっきまでの全部がどうでも良くなったらしく、シュンの大事なバットをその辺に投げ捨てる。振り向き様に距離感を誤り、その勢いで扉に頭をぶつけた。
「けい…ぐっ……痛ぁ〜い!!」
美菜はぶつけた個所を手で押さえ苦痛に顔を歪ませ涙ぐむ。しかしその興奮は収まらず、扉を開けて通路に出る際、今度は慌て過ぎて段差に躓いてしまう。そんな有頂天の彼女を、啓次は咄嗟に受け止めた。
「……!!お嬢様、御怪我はありませんか」
啓次は心配するも、見た感じは多分、怪我はさっき頭をぶつけた時に軽いたんこぶが出来たぐらいであろう。その程度の事、美菜は気にすることも無く、啓次の心配をよそに、突然うずくまった顔を上げ、大声で叫んだ。
「けけけけ啓次っ!!!!ねえ、今の聞いた!!??今ね、俊輔さんが私のこと、名前で呼んでくれたよ!!!!」
啓次の腕の中で美菜は、今さっきの大事を報告する。また違う意味で瞳を潤ませながら。
「ははっ。そうですね」
優しく、大きく、温かく、彼女の感動を受け止める。啓次は微笑みには、もうすでに意地悪
めいたものは無かった。
「疑ってごめんね、啓次」
「別に構いませんよ。ただ大切なことも忘れてしまうなら、もうお酒の飲みすぎはやめてください」
「うん、そうする」
啓次の注意に美菜は躊躇わず受けた。
まああの日、彼女が与えた迷惑を考えると、注意で済んだだけ良かったのかも知れない。恐らく彼女自身も自覚があったに違いない。これだけでも啓次の彼女に対する愛情の豊かさが見てとれた。
しかし、そんな二人の温かなやり取りをそっちのけで、シュンはバットを労わっていた。美菜に投げ捨てられてしまったバットは、あらぬ方向へと転がって行き、ボール回収のための溝へカップイン。今日デビューの新品くん、なのにたまたま二人と再会、という偶然と重なり、散々な目に合っている。初日にして、不幸に見舞われる彼を労わずにはいられない。またシュンも別の意味で半泣きだった。
「お〜……我が愛しのマイバットよ〜……。よし、今度こそ快音を響かせてやるからな!」
新品くんのグリップ部分を、ぎゅ〜ぎゅ〜っと絞るように握った後、数回ほど素振りを、フルスイングで開始する。だが結局、打ち気満々の彼はまた二人によって止められてしまう。
「俊輔!!こっちに来てお話でもしませんか」
まずは啓次がシュンを呼ぶ。しかしシュンは、打ち気の方が勝っていたためお断りの言葉を返した。
「ごめん、俺、今、大変」
それを聞き、あのお嬢様が黙っている筈なかった。
美菜は、啓次の手から離れ、シュンが居るゲージの中へ入る。そして無理矢理シュンの腕を両手で掴み、通路へ連れ出そうと引っ張った。
「はいはい、こっちへ来ましょうね。俊輔さんっ」
「うっ……」
愛らしい瞳と目が合い、たじたじとなったシュンは成す術なくそれに従がった。
三人は、三人用のベンチに左から、啓次、美菜、シュン、の順で座る。何故か未だにシュンの左手には新品くんがまだ握られていた。
最初に口火を切ったのは美菜からだった。
「私、俊輔さんの事、色々聞きたいな〜」
そう言われたシュンは親指を立て、こう言った。
「今年、オリンピック日本代表のエースで四番」
少しキザに言った。
「へえーーで、ホントは?」
「…………実家で農家やってます」
シュンの壮大なる大ウソはさらりとかわされた。
確かに日本代表のエースで四番、なんて超漫画的プレイヤーいるわけないが、彼としては、もう少し食いついて欲しかった。ただ、美菜の隣の啓次にはウケていたようなので、取りあえずシュンは良しとした。
「農家かー……うん!!似合う!!」
美菜はシュンを指差し言い放つ。褒めたつもりだろうか?シュンにはどうもそうは捉えられなかった。
「似合うって……あんま嬉しくないんだけど……」
農家が似合う、ということは遠まわしにむさい男と言われた気が、とシュンは思った。
「大根とか作っているんですか?」
農家と聞いた啓次は、ここで在り来たりっぽい質問で言う。
「ビンゴ!大根あるね〜。あとはキャベツとか、ほかにも色々、温室栽培もやってるし」
「温室…だとトマトとかですか?」
「トマトはやってないな……ウチだといちごだな」
このフレーズに、美菜は大げさに反応した。
「あ〜!!いちご!!たべた〜い!!今度持ってきてよ!!」
「ギロッ」「ギロッ」
二人は、中央でわがままを言うお人に、お仕置きがてらまた同時に睨む。ナイスコンビネーションというやつだ。
「あう……」
三度、視線を突き刺さり、美菜からショックの声が漏れ、俯く。また二人からダブル睨みを食らうとは思ってなかったのか、精神にかなりのダメージをもらった。
これでしばらくは美菜も自重することであろう。美菜のリアクションを確認した二人は、こっそりと相手に気付かれないよう親指を立てた。
美菜が大人しくなったので、今度はシュンが二人の事を訊いた。
「まあ俺のはこんなもんだろ。そろそろあんたらの事教えてくれよ」
「私は……ただのふつ〜の大学生だよ」
シュンは心の中で、どこが?と思った。
それでも深くは掘り下げず、今度は啓次にジョブを聞いた。
「じゃあ啓次は?」
「私は執事です」
「やっぱ普通じゃねぇーじゃん!!」
ここで美菜のふつ〜との言葉につっ込む。正直者の啓次によって、執事付きの正真正銘のお嬢様である事がわかった。まあ庶民に執事なんて付かないもんだ。
しかし美菜は、シュンのつっ込みを無視。軽率な言動があった啓次を小声で叱る。
「ちょっと、そーゆーことは言わないようにって言ったでしょ」
「いや……ですが……しかし……」
「へえー……雇い主の言うことが聞けないんだ……?」
「すいませんでした。以後、気を付けます」
「大体あんたはねえ、さっき俊輔とのいじわるといい、執事の自覚ってもんが……」
美菜は完全に啓次の方を向いている。啓次はすいません、と頭を下げて誤り続ける。これをチャンスと思ったシュンは二人がよそ見をしているのをいいことに、しめしめとバッターボックスに向かった。
ゲージの扉をゆっくりと開ける、が。その際、錆付いた扉は、キィーーと音を発つ。もちろん二人の耳にも入った。
「あ、こら!!」
「え?!!」
シュン、ばれる。残念ながら美菜に呼び止められてしまう事となった。悪足掻きもせず、今回は大人しく戻り、そしてトボトボとシュンがベンチに着いた。
「私と一緒に居るの、そんなに嫌?」
シュンはこの質問に驚く。へ?と目を丸くさせ少し考え、答えた。
「あ、いや、ただ御二人さんの世界に入れねーなーと思って。まあ、今なら別にいいか、なんて思ったりなんかして……」
美菜とは目を合わせず、キョロキョロさせる。答え方にも動揺が見て取れた。
「あっ……そっか。俊輔のこと無視しちゃってたね、私。寂しかったんだね、うんうん。いいよ、何でも聞いて私たちの事」
かなりしゃくな言いかたされたが、シュンは構わず要望に答えるとした。
「んじゃあ、あんたは何者?」
さっき聞いたはずなのだが、シュンは依然腑に落ちていないためにまた同じことを聞く。言い方が気に食わないのか美菜の眉間にしわが寄る。右手が若干素早い動きをしたが、それを自身の左手で制御し、叫びと言っていいくらいの声の大きさで言った。
「あ、あんた??……執事付きのおじょーーーさまよッ!!なに?!これで気が済んだ!!?」
そこまで怒らなくとも……感情の起伏が激しいお嬢様だ、とシュンは心の中で呟き、もう今日は何度も怒らせてしまっているので、これでからかうのをやめる。今度は前々から思っていたこと聞くとした。
「じゃ、じゃあさ、何故ここに来たんだ?美菜と啓次はこの辺に住んでるってわけでもないだろ?」
シュンはこの事を出会った当初から気にしていた。この辺は、田舎の中の田舎。住んでる者同士のほとんどは顔見知りで、知らないとなると必然的に村の外の者となる。だが、何の魅力もない、辺境にたたずむこのバッティングセンターに外部の者が来るなぞ滅多にない。しかも、野球とはまるで無縁そうな二人だ。わざわざ理由を聞きたくなるのも無理は無い。
「実は……」
「待って!!」
啓次が口を開いたとこ、美菜が中断させる。また二人、何かを話し合う。
「ホントに言っちゃう?」
「でも、言い訳でも言わなければ……お嬢様は変人扱いされかねませんよ」
「あ、あの時の私、そんなにひどかった?」
「ええ、それはとっても。俊輔もそんなお嬢様の痴態を目撃してます」
「ちっ痴態!?……あうぅ……啓次、お願い……」
「はい」
シュンの質問に対する話し合いが終わり、美菜と啓次は席を入れ替わる。奥に座った美菜は、そっぽを向き、俯き、意気消沈の様子である。啓次はそんなかわいそうな姿を見て、「うまく言いますからご安心を」と、声をかける。美菜は頷きだけ返した。今日一番の凹みようだった。
シュンはその様子をみて訳も分からず、首を傾げるばかりだ。
「俺、そんなまずいこと聞いたか?」




