02,再会の二日目
今日は真夏日の昼下がり、昼飯をすましたシュンは、早速マイバイクに跨り、超特急でバッティングセンターへ向かった。
バッティングセンターに着き、マイバイクを降りてからのシュンは、抑えきれない喜びからか、ずっと満面の笑みを浮かべていた。その理由は、とうとう自分だけのバットを買ったからだ。
早速試そうと、マイバットを片手に、駆け足でいつものベンチへ。女性で例えて言うなら、新しいお洋服を着てお出かけをする。多分きっと、そんな感じであるのだろう。とにかく、ハイでポップな気分なのだ。
ベンチに座ったシュンは、両手でバットのグリップを握りしめ、独り言を言った。
「くうぅぅ……!!やっぱ新品は、違う!!特にこのグリップの部分。新品だと握り心地が違うなぁ〜〜。もう…さいっ!こう!!早く打ちてえぇぇ!!」
いつものシュンのボヤキは、もはやボヤキでは無くなっていた。その怪しい様子、傍から見れば変人だ。
シュンは右隣りの席に荷物を置き……。
「あのぅ……」
バッティングをすぐ開始できるよう、予めに小銭の用意をした。
「そうだそうだ、百円百円」
ゲージの扉を開け、中へ。
「あ、あの……」
シュンは、ベンチに置きっぱなしとしていたマイバットに気付いた。
「おっと、いけね」
打席行く際、マイバットを忘れては元も子も無い。
「あ、あの……こっち……」
またベンチに戻ったシュンは、忘れたマイバット握り締め、気合いを入れた。
「うっしゃあ!!行くかあっ!!」
そして早速、再び打ちに行こうとするが……。
「あのっっ!!!!俊輔さんっ!!!!」
不意?に大声で耳を貫かれたシュンは、耳を押さえ、その場でうずくまり悶えた。
「むおぉぉ……」
無意識にうめき声まで上げる。頭の中に走る凄まじい衝撃が治まるまでうずくまり、しばらくしてなんとか正気を取り戻したシュンは、大声がした方へ顔だけ向ける。そこには、殺風景なバッティングセンターには不釣り合いな存在が確認できる。見た目、おしとやかで、とても気品のある美少女が立っていた。
「あの……無視…しないで下さい」
この言葉に、シュンは首を傾げる。まず顔に覚えがない知らない女性に、いちいち対応する余裕は今の彼にはなかった。
「へ?どちら様……でしたっけ?」
気品ある少女はその言葉に対し、お口をポカーンと開け、愕然とした表情をとる。
「すいません……急いでるんで……」
この場から離れるためにスルーしようと、さっさとゲージの中へ。急いでいる、確かに間違いない。間違いないが、彼の取った行動は……まずかった。
「…………う、ウソツキ………うっ………啓次の嘘つきぃーーーーー!!!!やっぱり、ほら!!夢じゃない!!」
シュンは離れていき、気品ある少女は、その行動にあまりのショックを食らう。半べそを掻いた彼女は、背後を向いて怒鳴り、その先には、黒のスーツを着て、凛々しい出で立ちの青年がいた。黒スーツの青年はこの展開は予想だにしていなかったらしく、目を点にして、えっ?えっ?と口から困惑の声が漏れていた。
気品ある少女は、困惑する黒スーツの青年を更に責めた。
「なんで!?なんでこんなウソつくの??ひどいよ!ひどすぎるっ!!」
ここでようやく彼は、事の状況が理解できた。そして、何とか彼女をなだめようとする。
「あっ…いや、何か、と、とにかく何かの間違いです!」
シュンは、なだめる事に必至で、慌てまくっている青年を憐れんだ。
「……ドンマイ、青年」
そう呟き、早速おニューのバットで打たんと、コインを入れる……前に止められてしまった。
「俊輔!!覚えてませんか!?……ぬぐっ。……私です啓次!!啓次です!!覚えてい、ぐあっ!!……お、お嬢様……痛いです!!」
啓次と名乗った青年は、ゲージの扉を開けて入り、隣の暴行魔から助けて下さいと言わんが如くシュンの服を掴み、思い出してとすがりついた。
「ちょっ、離せって……啓次??……ん??」
聞き覚えがあるのか、シュンは腕を組んで首をかしげ、何やら少し考えている。
「…っ!お、思い出してく……」
「うん!!すまん!!忘れた!!」
シュンは思い出そうとしたが、結局は、早々に潔く諦める。だが、目の前で惨劇が繰り広げられているのにも関わらず、助けようともしないのは如何なものか。気品のある少女の怒りは収まってはいないようだが、ここにはもう用が無くなったため、黒スーツの青年に帰るよう催促し、彼の腕を掴んで引っ張った。
「ほら!!もう帰るよ!!」
しかし、それに黒スーツの青年は抵抗し、未だ執念深くシュンをくっつき続けるわけだ。
「そんな……ほ、本当に覚えて…………ん?」
ここで何か、おかしな点に気が付いた青年。
「今、忘れた、と言いましたよね。ということは“覚え”はある、“知らない”訳ではない、そういう事ですね?」
この青年、なかなかするどい事を言う。確かに、全く覚えが無い場合は「知らん」が適切である。
「あっ……!そっかぁ……」
彼女も啓次の言った事に納得する。
「…………さて、打つとするか」
シュンは何事も無かったかのように流し、構わずバッティングを開始しようとする。当然、二人がこの行為を許すはずもなく……。
「俊輔!!」「俊輔さん!!」
「だぁ〜〜〜!!わかったよ。覚えてる!!覚えてるからいっぺん打たせてくれ!!」
等々認める。確信犯、とにかくシュンは、二人を知らないふりしてまででも、おニューで打ちたかったらしい。
「だめです!!俊輔!!まずはお嬢様に謝って下さい!!」
普段は温厚な啓次でもご立腹の様子だ。その証拠に、相当、眼尻が上がってきている。
「わーったよ…………ドゥ〜モ、スイ〜マセン、デシタ〜ノ。よし!打つか!」
シュンは、オーバーなアクション付きでエセ外国人風に謝る。どう考えてもなめきった態度に、真面目な啓次が受け入れる筈がなかった。
「何ですか?!その謝り方は!!ちゃんと謝って下さい!!いい加減にしないと怒りますよ!!」
「いいじゃんかよ、後でさ。ってかお隣さん、何だか様子が変じゃないか?」
シュンは、気品ある少女が俯いて震えているのに気付き、うまくそっちへ話を向けようとする。少女は何か我慢をしているみたいだ。
啓次は、俊輔をどうにかきちんと謝らせようと夢中だったため、その異変には気付けなかった。この不覚、取り消すためにも急いで心の中を切り返し、少女の状態を窺うことにした。
「……すいません。お嬢様、どこか悪いところでも……」
彼はあまりに具合を悪そうにする姿を見て、神妙な面持ちで心配する。
「……い…いいの。……続けてて」
気品ある少女の声は弱々しく震えている。
「ですが、しかし……」
あまりにも彼女の様子が変だと思ったシュンも、啓次と同じように心配し、声を掛けた。
「おい、無理すんじゃねえぞ。もしヤバかったら、病院行ったほうがいいんじゃないのか?」
「……大丈夫ですから……………ぷっ…あははははっ!!!!もお〜〜だめ〜〜〜〜!!!!」
「……へ?」「……え?」
気品ある少女が変だったのは、笑いをこらえる為だった。急に彼女が笑いだしたため、シュンと啓次の二人は呆気にとられていた。
「あははっ!!二人ともおもしろすぎだよぉ〜〜〜!!啓次もさ、なんかお母さんみたいでさ。ははっ!!俊輔さん、いいよ別に気にしなくて。啓次、良かったら私が代わりに謝ってあげよっか??あはははは!!」
啓次は、一応だが少女の言葉に応えてあげた。
「……いや、いいです」
彼はすごく疲れた顔をして、いいえと伝える。
「いいからいいから〜。ドゥ〜モ、スイ〜マセン、デシタ〜ノ。あははっ!!」
さっきのシュンの謝り方を、身振り手振りも物言いもそっくりそのままモノマネする。シュンは自分を真似され、少々理不尽でもあるが、じわりとムカツキを感じた。今まで持ってたマイバットをその場に置き、一旦通路に出る。啓次の元へ近寄り、“ある事”を提案するため彼に耳打ちをした。
「さっきはご免な。俺自身ついさっきまですっかり忘れててな……。それとは別でよ、あれ言われると結構頭に来るな。さっきの事は謝るからさ、今ちょっとあのお嬢様ちょーしこいてるだろ。それでさ、あいつを“冷やかし”てみないか」
このシュンの悪乗りに、以外にも啓次はあっさり乗った。
「いいですね、やりましょう」
きっと彼女に対する、日頃の鬱憤があったに違いない。それとその場の雰囲気が催促し、彼の協力を了承させたのだろう。
シュンは仕返しの一端を告げた。
「まずはな、……………………」
「……わかりました」
啓次はこれを了解する。そして早速、二人は実行に移す。
「何やってるのかな〜??男二人だとあれでしょ〜??私も混ぜてくれないかなあ〜??」」
かなりの至近距離で会話をする二人は、確かにあれの人に見え無くもない。だが二人は、少女の言葉には一切構わずにベンチへと座る。横一列の三つの席、真ん中を空けておいた状態で。
二人は世間話を開始。時間にして一分ほどで既に話は盛り上がりを見せていた。
「……でな!!俺の親父が言ったんだよ。俺は肥ダメから生まれたから問題ないってな!!くそ踏んどいて何言ってんだよな〜」
「そういう問題ではないですよね」
二人の笑い声だけが、静かなバッティングセンター内をこだまする。ポツンと一人、無視されたまま立たされている少女は、今、自分がいる状況を把握した。
「そうですかそぉーきますか。いいですよ、望むところだっ!!」
強引に、真ん中の空いている席に座り、二人の挑戦……と呼ぶべきかどうか分からないが、これを勇敢にもチャレンジ。取りあえず、適当に相槌を打った。
「へ〜っ他には他には〜〜?」
ギロリ、と両サイドの二人に少女は睨まれた。
「ひっ……!」
時が止まったかのように硬直。無理矢理、会話に入ろうとするが、二人の冷徹な視線が突き刺さり、健闘むなしく、あえなく撃沈。数秒経って両サイドの二人、少女を避けるように前のめりとなり、何事も無かったかのように話を再開させた。
「んでよ〜。そこまでは良かったんだけどよ〜。あの野郎、くそ踏んだ靴を俺目掛けて投げてくんだぜ〜」
「ははっ!!何で?!大人げないですね〜」
懲りずに、少女は再度チャレンジを試みた。さっきより少しトーンダウン気味ではあるが。
「ホントだよね〜〜あははっ」
ギロリ、と先程と全く同じように視線が刺さり、少女は凍りついた。
「あぅ……」
またも時が止まる。さすがに二度目はキツかったらしく、少女は心に相当なダメージを負い、こう言った。
「……御手洗いに行ってくる」
事実上、それはKO宣言である。少女はその場に居る事が酷になり、とぼとぼとトイレへと逃げた。
トイレのドアを開け、一度、入る直前に立ち止まり、二人に目線を向ける。その様子をじっと見ていた二人はすぐさま、別の場所へと目線を逸らした。バタン……と扉が閉じる音が聞こえ、二人は確認するため、再び目線をトイレに向ける。見てみれば、扉は完全には閉まっておらず、よーく見てみれば……。中から覗いておりました、じーーーーっと、二人を遠くから。彼女がこちらをまだ見ている事に気付いた二人は、また目線を逸らした。
「ど、どうだ?まだこっちを見てるか?」
「はい……あっ今、閉まります」
シュンがトイレに背を向け、啓次がその影から彼女の目線と重ならないよう、うまく状態を目視する。何一つ音がしない、あまりに静かすぎる状態が過ぎていく。やがてドアは、パタン、と静かに閉まった。
「ふう……まるでホラーだな」
「ええ、お嬢様がドアから覗く姿はかなりの恐怖でした」
あの彼女の周りには、目に見えない何か得体の知れないものが渦巻いていた。負の思念、と言うべきなのだろうか。
啓次は自分のした事に少し後悔した。
「やはり……少しやりすぎだったのでは……?」
「いいや、これぐらいが丁度いい。まー見てなって。時機によ、謝ってに懇願でもしてくるさ、お願いですからもう許して下さいーってなぁ」
「はあ……。果たして本当にそうなるでしょうか?」
……数分後、彼女がトイレから出てきた。その表情はとても不気味で、おぞましく、不敵な笑みを浮かべている。これから本当に惨劇が始まるのでは……二人は心の中でそう悟った。




