第7話「サイアク」N
イグニクア城前広場。子供が数十人くらいは遊べそうな十分の広さがある。
私とエクスの前に、M3、つまりメルアで3番目にエライ人だと思われる女性が現れた。瞬間移動魔法使いの宝石商だ。
「今日は、城広場から先のイグニクア城は立ち入り禁止状態。貸し切りだね」
M3の女性が言った。金髪に似合う鼻の高いキレイな女性で、私たちを指さしてにやにやしている。
「あんたたち、ウワサのセラフィタスってやつ?」
「じゃあアンタ、ウワサのメルアってやつ?」
「そりゃあそうでしょ。私の名前はサラティナ。M3と呼ばれているわ。グラティハを殺したの、アンタたち?」
「……なんの用だ」すごく警戒しているエクス。それを見て、なんで自分がこんなに警戒心がわかないのだろうと思った。殺し屋としての経験だけじゃ無い気がする。でも私は、この場はなんとかなる気がした。
サラティナは細長い指で髪をくるくる回しながら言う。「M4と違って、出会ってすぐ殺し合いっていうタイプじゃなくてね。私、ちょっと思うところがあって……あなたたち2人に話があるの」
けだるげな表情。でも、言葉や言い方には誠実さがある。そう見えるだけかもしれないけど。
「信じられると思うか?」
「あんた、エクスって言うんでしょ? ね、エクス、お話をしましょう? どうしても、私の家に来てほしい」
「はあ?」と思わず声が出る。何言ってるの?
「それは僕に危害を加えるためにかい?」
「そんなことはしない。私は話し合いがしたいの。でもここではだめ。私の家に来て。戦闘の意志はない。どうしたら信じてくれる?」
「……いま、君がここでメルアの活動の目的を教えてくれるのなら」
「いいわ。『楽園』よ。理想の世界。メルアにとっての理想世界」
「は?」
まともに答えられると思っていなかったエクスと私。ちょっと、会話のペースがおかしい。
「『楽園』?」
「そう。『楽園』。私たちメルア4人……今では3人か。みんな目的は同じ。さあ、私の手を握って? 瞬間移動魔法使いは、手を握った相手と一緒に移動できるの。あんたたち2人に話があるってコト」
こわ。本当に変な気は持っていなそうだけど、そうだとしたら『楽園』というキーワードを出してくれたことがもっと怖い。いや何より、エクスみたいないい男をあんたみたいなイカした女の部屋になんか連れて行ったら大変。
「いや、全然信用できない。『楽園』って何?」と問う私の声には、自覚できるほど不信感や不快感が表出している。でもそうあってしかるべきだよネ。
M3サラティナ。彼女の顔はずっと変わらない。背の高い女。エクスくらい高い。
サーッ。また噴水があがる。
「それは言えない。禁忌ということになってる。言ったら私は死ぬ。……信用できない?」
「はあ……」私ひとりなら、危険でも瞬間移動をすればいい。彼女は私が同じ瞬間移動魔法を持っているとは知らないはずだ。「じゃあまず私がついていこうかな。それで危険がなかったら、そして私がサラティナを信用できたら、エクスも来てよ。サラティナ、何回もあなたの瞬間移動魔法って使える?」
「いや、瞬間移動魔法は結構厳しい。今日もう2回使ってるから……、あんまり無理はできない」
「……何弱音吐いてんの?」と、私はサラティナの方に歩みを進める。
そんな顔しないでエクス、心配いらないから。瞬間移動のことは良く分かってる。
「あんたが訳わかんないこと言ってる側なの。メルアって時点であんたが悪い奴側なの。ちょっとくらい使えるでしょ。見た感じ、そんな弱い魔法使いには見えないケド」
「……いや、あんたとエクスとを2回に分けて連れていくとすると、帰すのと合わせて今日だけで5回の魔法。そんなの無理。5回目使おうとしたら失神して、あんたたち2人が私の部屋で困って困って仕方ないってなるっていうオチ。ほんとに申し訳ないけど、2人で来て」
実際そのために2回も瞬間移動を使っているのだ。私の魔法力で言えば、もうそれだけで明日1日は疲労でいっぱいになる。熱が出るかも。結構な覚悟があるんじゃないかとは思ってよさそう。
なんでこんなに、こいつに好意的な考えをしたのか。今でも分からない。
「エクス、私結構行きたいんだけど、どう?」
「ナミダ……」
「私なら信じられるでしょ? サラティナじゃなくて、私を信じて」
「なるほど」
エクスは今の言葉で納得したみたいだ。私の魔法の意図もたぶん伝わっている。
「僕も行こう。手を出してくれ」
「……ありがとう。本当に。じゃあ、行くね」
M3サラティナと手を繋ぐ。エクスの顔をちらっと見たけど、こんなキレイな女の人と手を繋ぐ男の顔とは思えなくて面白かった。
「目を瞑って」
そうだね。目を瞑る。この時私はエクスと手を繋いでいた。
空気が変わった。さっきまでいた都会の空気から一転して、確かにこれは女性の部屋だ。金属のにおいもする。
サラティナが私たちから手を離したのが分かる。
「目、開けていいよ」
いや、こわ。まあ、あんなふうな話をしておいて、襲ってくるなんてことは考えにくい。
エクスの手は結構緊張している。ああ、私もだよ。
「ばーか」
銀灰色の剣。
目を開けると、さっきの顔と同じすました顔で、彼女の背と同じくらい大きな剣を振るサラティナがいた。
「いや、サイアク」
そうつぶやいて迷うことなくエクスの手を握って瞬間移動魔法を発動する。
さあ一瞬でイグニクア城前広場にワープした。
「……あり、がとう」そう言って私の手を握るエクスの手が力強い。「なんてやつだ。ナミダがいてくれて助かった、ああ、ほんとによかった」
「あのー……聞いてないわ。そちらも瞬間移動だなんて」
と、その場に現れたM3サラティナに私は驚いた。「いや、こっちだって聞いてないよ。アンタ、魔法力やばすぎ。あと何回使えそう?」
「……さあ」
サラティナが消えた。
とっさに後ろを振り向く。いない。いや、いる。その手には長い長い黒い鞭。
「やばい! 逃げよう、エクス!」
エクスの手から激しい水流が生まれだす。
「ふーん、水魔法」サラティナは相変わらず真顔で、つまんなそうな感じ。
水に体を取られたら、それだけで大きな隙をつく機会が生まれる。私達も彼女も、そういう訓練はしているはずだ。
が、それだけじゃない。エクスくらいの魔法力なら、もはや水害と言えるほどの力を水自体が宿すのだ。
でも……私は思った。
そうだよな。サラティナが目の前から消えた。後ろにはいない。水の流れに対して、瞬間移動は一瞬だ。
いない。消えた?
「上だ!」
エクスが叫ぶ。私はとっさに真上を見上げ、降り注ぐ鋭利なナイフを避ける。ビックリしすぎてつまずいて転ぶ。痛かった。
「いや、こわ。あの、やめようよ」私は言った。焦っていた。「あんた、結構話分かりそうだったジャン。何ならちょっと仲良くしたいなって思ったんだけど。あの、このピアスとか気に入ってるんだよ?」
「それは、ありがと」
鈍い音を鳴らしてM3サラティナの剣が私を襲う。その後ろからエクスの激しい水がサラティナを襲う。案の定、一瞬で消えてしまう。
「気をつけろ! ナミダ」
噴水の上に彼女はいた。
次の瞬間、何かに刺し貫かれたようにサラティナの頭が揺れ、一瞬の間があって再びサラティナの姿が消える。
「大丈夫っ!?」
姿を現したのは、マキナだった。
「マキナ! 来てくれたの!」
「当たり前。ケガとかない?」
噴水の音とマキナのブーツの音が広場に響く。これで、1対3だ!




