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『理想戦争』 ~ビヨンド・ヴィルテリア~  作者: 中上スパ
第3章「推理編①。グレイとウィル、リリアント」
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第25話「聡明叡智」E

「それで……おまえの代のセラフィタスでは、どんなことが起きたのだ?」と私はウィルに聞いた。エラ城の中でたったひとりのために部屋が与えられるのは珍しいことで、それだけウィルが上級の官僚であることが分かる。

「大したことはなかったよ。メルアの動きが活発なのは最近になってからだ。ほとんど活動は無かったし、メルアが誰だとか突き止めるようなことにもならなかった」

「ほう。そのセラフィタスは最終的に解散となったのか?」

「それなんだけど」とウィルは目を逸らす。「しばらく前、大きな事故か戦いか何かがあった。前の代のセラフィタスは、8人いたんだ。でも、4名が死んで、それで自然解体になった。その4人は、もしかしたらメルアの誰かに襲われたのかもしれない。だが、死人に口なしさ。誰も詳しいことは分からない」

 それは、もしかしたら……。と、私は思った。

「その、死んだという4名の名前は?」

「パテル、マテル。そして、ラディアト、ルルキュネ」

「……後ろの2人は知らない。前の2人は……」

「そういうことさ。フィリアも、前代のセラフィタスにまだ拘っているのかもしれないね」

 気分が悪くなる前に話題を変えねばならんと思った。

「ふむ。では、シリカのことをどう思う?」

「え? どういう意味?」

「シリカもセラフィタスになるのだ。父親のおまえから見て、どう思う」

「そりゃあ、心配だけど……こちらにも事情がある。シリカの側にも事情がある。僕としては、娘とは適度な距離感が必要だと考えているよ。その下の子たち、メリオンからイリカまでの子供たちについては、セリカが亡くなったぶん、僕が責任をもって、立派な貴族に育てあげるさ。分かるだろ? だが、シリカは違う。あの子はもう、立派な大人と呼んでいい人間だから」

 なんとも言えんな。決定的な証拠は出てこない。なんだか好青年のように振る舞っているが、こいつは何歳なんだ?

「失礼だが、おまえ、年齢は?」

「36だ」

「ふむ。36……。シリカは、20歳の時に生まれた子ということになるか」

「そうだよ。何が言いたいのか、教えてもらってもいいかな」

 見た目が年よりも数年ぶん若いことを除けば、この官僚の男にはさして不自然なところはないように思えた。これで嘘を言っているのなら、とんだピエロではあるが、大した役者でもある。というより、こうやって話していても埒(らち)があかんと感じる。感じのいいふうを装ってはいるが……いけすかんヤツだ。

「いけすかんヤツだな」

 間違って声に出した。そんな奴がいるか。

「え?」

「いや、何でもないさ。さて、ウィル。いま、おまえの娘であるシリカは窮地(きゅうち)に立たされている。つまり、自分の父親が誰なのか、分からないという状態に」

「……は?」

「驚くのも無理はない。ウィル、おまえのほかに、グレイという人間もシリカの父親として振る舞い、シリカも彼を父親だと信じているのだ」

「……どういう意味? からかってるなら、帰ってくれないか。僕は暇じゃないんだ。家族のことでからかわれるのは、許せない」

「いや」とやや強めにウィルを制しながら詳細を説明する。

 話の通じないタイプでなかった。家族が大事で、混乱したのだろう。あるいは、そういうふうに見せていただけなのかもしれないが。話を聞き終えるとウィルはやや不安がり不愉快そうで、そして何よりシリカや家族のことを心配しているように見えた

「理解したよ。ごめん、取り乱して。でも、そんなことになっているとは思わなかった。メルアの手はもう、こんなところにまで及んでいるのか。気付けなかった自分が悔しい」

 そう言ってウィルは、デスクの引き出しを開け万年筆を取り出して、何か手紙を書き始めた。

「なんだ、その手紙は」

 その黒い万年筆は百日紅(さるすべり)を連想させる赤いワンポイントが入っていて、なかなか趣味がいいと思った。

「フィリア・ダ・セラフィスに。あの女に、僕から言うべきことがある。エレアナ、君には悪いが、中は見ないでくれ。やましいことがあるわけじゃないんだが。フィリアが、君たちセラフィタスに伝えるべき内容だと判断するまで、みだりに言いふらすような内容でもないもんだから」

「通信魔法ではいかんのか? 聞かれたくない話なのか」

「そうだね。ごめんけど、お使いを頼まれてくれよ、エレアナ」

 ウィルは万年筆をやや極端な特定の角度に傾けて、力を入れて手紙を書いていた。

「なんだ、ウィル。そのペンの持ち方は。癖か?」

 書き進めながら「ああ、いや、ねえ」と自嘲的に笑って、「これ、大事な友人から貰った万年筆なんだ。もう古い物だから、こうやって書かないとインクが上手く出ないんだ。気にしないで」

 ほう、とだけ返事をした。私には、そのペンの持ち方が何か強烈に印象に残った。何故だっただろう。

 やがて書き終えた書に封をし、垂らした蝋で封蝋(ふうろう)をほどこし、記名をして私に手渡した。

「じゃあ、頼むよ。フィリアに、これを届けてくれ」

「……相分かった。突然、すまなかった。やがてまた会うことになるだろう」

 封蝋の模様はリリアント家の家紋そのものだった。

 部屋を出ると、少し汗をかいていることに気付く。一度休もう。やはり身体が本調子ではない。移動時間での消耗(しょうもう)もあったし、来る争いのためにも、魔法力と体力を回復させておかねばならんだろう。城を出て、真昼間のなか、宿を取ることにした。

 昼14時。宿は中央都市の大都会にあるやや高級な場所で、シャワーを浴びてベッドに横になれば、今すぐにでも睡眠の世界に飛び込んで行けるような心地がした。

 白いタイルの天井を眺めながら、セラフィタスのこと、そしてウィルのことを考えてみる。

 ……む? いや、そうだ。私と来たら、過去のセラフィタスについてもっと詳しいことをウィルから聞いておけばよかった。何をしているんだ。まあ、フィリアから聞けばよいか。私も老いたものだなと思う。

 こんなふうな寝る前の時間には必ず、エオのことを思い出した。

 私はミ宿での事件の直後、化け物のような声をあげて慟哭(どうこく)し泣き叫び、我が子の亡骸(なきがら)を抱えた。ミ宿の地下には、3つの死体があった。愛おしい我が子のかわいそうな変わり果てた姿と、手を握って倒れている1組の夫妻。男の方は知的な印象を受ける端正(たんせい)な顔立ち。女の方は髪を赤く染めて、猫のようなアイラインを引いた幼顔(おさながお)だった。

 あれはおそらく、ソテルの両親なのだろう。先ほどウィルは過去のセラフィタスは4名死んだと言っていた。他のセラフィタスから独立して2人で行動をしてしまったところを襲われたのか、さっきのウィルの言った通りに、前代セラフィタスを崩壊させるきっかけを作った事件が、それなのだろう。そこに巻き込まれたのが、私の息子だった。

 ……いや。私とエオは、本当に『巻き込まれた』のだろうか。誰かの陰謀か、それとも主の導きか。主は私に、どのような思いで試練を与えたのか。

 その瞬間、パァンと何かが弾けるみたいに、私の脳内で何かと何かが結びつく。

 ソテル・ミレカータの両親と思しき2人……ミレカータ夫妻(仮)の遺体を正教会に引き渡す手続きをしたのは私だった。男の方は、万年筆を胸ポケットに入れていた。

 こんなことを思い出すとは。私もまだ老いてはおらぬ。こんな聡明叡智(そうめいえいち)の思いつきなど、記憶力の薄れた老いぼれにはできないことだ。エオはもう年を取らないのに自分の年齢の数字だけは大きくなっていく状態が数年続き、自分の老いを実感してきたところだったが……この思いつきはなかなかの快感だった。

 それにしても、私の脳が印象的に感じたのは、字の書き方ではなく、万年筆そのものか? いや、だが、エオが死んだ直後に知らぬ男の胸ポケットの中に入っていた万年筆がどんな見た目だったか、先ほどのものと同じものだったか、それは思い出せなかった。男の遺体の持ち物のことを覚えているのも、遺体を正教会に引き渡す際の確認の手続きで目にしたからだった。

 エオ……。いくら考えを巡らせても、その合間合間に、暗闇のどこかから、エオの亡霊が顔を覗かせた。数分それに悩まされる間に、先ほどの快感は忘れていった。そうだ。私は、復讐をせねばならんのだ。何が起きようと、エオの無念を晴らすまで、私が幸せになることも、その資格もないのだから。

 ……エオ。大丈夫だ。お母さんは必ず、エオの仇を取るよ。エオをもう、悲しませない。

 そんな風に考えていると私は昼の暖かな魔力に引き込まれ、気付かぬうちに泥のように眠りこけ、ふと目が覚めると17時になっていた。このまま明日まで寝ても良かったが、他のセラフィタスとの情報交換がしたいと思った。負傷したソテルと彼を看病するレテアはイグニクア城にいるはずで、通信魔法により連絡を取ることは容易だろうと思い、エラ城に立ち寄って通信魔法使いを捕まえた。

 通信魔法のメカニズムは解明されていない。通信魔法使いはこの世に24人存在し、彼らは遠くにいても意思を融合し、言葉や感情の伝達ができるとされている。私にはよく分かっていないが、様々な研究者は通信魔法の存在を特別視し、世界構造を把握するための手がかりと考えているらしかった。

 通信魔法は高額だがレンタルが可能だ。エラ城地下1階B区画B125室にいる黒い長髪の女性が通信魔法使いで、イグニクア城に通信をかけた。

 魔法使いの手を握る。すると、彼女の目は緑色の輝きを宿し、私の視界もゆらゆらと、どこかへ消えてゆく。

『イグニクア城のデペルネです』と、相手の魔法使いの声が聞こえてくる。脳内に直接、声が響く。あるいは私自身が脳内で自然に、その言葉を発したかのように。私は、「中務(なかつかさ)庁の医務室にいるレテアに繋いでほしい」

 数分待つと、『お待たせしました』と、レテアの声が私の脳内に入り込んできた。落ち着いていて、年齢よりも大人びて聞こえた。

「ソテルの調子はどうだ」

『まずまずだわ。明日には動けるようになるかも、って言ってる』

「そうか。それはいい。さて、私は情報共有のため、この通信を取ったわけだが……」

 レテアは流石に(言われたくないかもしれないが)貴族だというわけで、教養というかコミュニケーションの能力があって、私の一度の説明で言いたいことをすべて理解してくれた。こういう者は少ない。私の話し方は、万人に通用するものではないということは承知している。

 ウィルのことや、さっきの寝る前に気付いたこと、その細大をもらさず、丁寧に。レテアは、ソテルやフィリアにも共有すると約束し、挨拶をして私達は通信を終了した。

 フウっと、視界がぼやけ、いや、次の瞬間には目の前の魔法使い、そして遠くの背景のように見えるエラ城の壁や天井が、はっきりと形をもって、ああ、このグラつく感覚は気味が悪かった。

「ああ、気味が悪い」と、間違って口に出した。

 通信魔法使い自身は、今の会話を聞くことができている。ゆえに彼らは守秘すべき様々な経験を持っていて、その特異性、希少性からこの社会において相当な地位を確立していた。生まれもったモノである魔法の種類によって明らかな不平等が生まれると主張してやめられない革命派のかたがたがいつも槍玉(やりだま)にあげるのは、マホ・ヴィルテリアや貴族、そしてこのような希少な魔法使いたちだった。

 通信魔法使いに金を払い(1分1200イン)(今回のご料金は13200インになりまぁす)、グラつく頭を抑える。

 通信を利用している間は意識がおかしくなる。これは明らかに魔法力を消費していた。この世界において魔法はファンタジーではなく、すべて魔法科学によって説明が可能な、何かの定められたアルゴリズムに則(のっと)り作用するものだと言われている。それならば、通信魔法はいったい、どのように説明されるのだろうか。

 宿に戻り、またベッドに横たわる。

 通信魔法とはつくづく不思議なものだ。あんなのを体験すると、冷静ではいられない。私はああいう奇妙なものに惹かれる性質のようで、まるであの時のエオみたいに心が躍る。そう。あの時エオは、あんなにも純粋だったのに、世界はそれを裏切った。エオは死んだ。エオは死んだのだ。もういない。

 どんなことがあろうとも、エオの亡霊が消えることはない。

 私は服を脱いで下着をさらけ出した。物思いに沈むとき、私は服を脱ぐ癖があった。あと、風呂の後も、服を着こみたくない。これに苦言を呈(てい)した夫ヘンリーも、そんな言い合いを見てげらげら笑うエオも、もうこの世から去ったのだ。

 3階の客室の窓から、背の高い建物とあちこち歩き回る人間でびっしり埋め尽くされた大都会・エラ中央都市を眺める。

 私はいつまでも理想郷を探し求めている。しかし、その理想郷には必ず、ヘンリーとエオが必要だった。

 つまり、私が理想郷に辿り着くことはない。そのことに気付いたとき、私が最初に思ったのは次のようなことだった。

 ……だからなんだと言うのだろう。エオの苦しみに比べたら、私の苦しみなど、どうということはない。

「ああ、哀しや」

 間違って口に出した。そんな奴がいるか。

 私はひとりで、何を考えているのだろう。ひとり心内で自虐をする趣味はない。髪を手入れしてそのまま布団にもぐり、私は眠りについた。目が覚めたら、そこが理想郷だったらよいと思う。

 寝すぎだろうかとも思ったのだが、次の日に私を待ち受けている、これまでの人生でもっとも壮絶な殺し合いを思えば、寝すぎるくらいでちょうどよかったのだと思う。

TOPIC……通信魔法①


 特殊魔法・接触魔法に分類される希少な魔法で、22222222222年2月10日現在、確認されている通信魔法使いは全国で24名。全員が通信魔法レンタルを生業にしている。

 研究者クエント・デ・ステュワの調査に対し、通信魔法使いたちは、魔法を行使する意思を発揮すると、視界や聴力といった感覚が失われ、まるで意識のみの世界に入ってしまうと証言した。意識の世界の中で彼らは通信魔法の相手を探し出し、相手がそれに応じると、互いの魔法使いがあたかも一心同体となったかのように意思疎通ができるのだという。

 接触魔法であり、通信魔法使いと手を繋いだ人間は、彼らと同じ能力を行使できる。

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