第26話「これを忘れてはいけない/待つ」S/T
パテル父さんとマテル母さんが死んだのは、6年前のことだった。いや……7年前? 時間の感覚が狂っている。ちょうど1年前ごろに感じたあの感覚。『俺は16歳のはずなのに、1年前の自分に戻っている』という感覚。今となっては変な夢を見たのか、シリカと似た種類の魔法をかけられたのか、それとも他の原因かは分からないが、あれからは特別なことは何も起きず、これからも平和な人生が続いていくと思っていた。
だが、両親はセラフィタスに所属していた。それは間違いない。俺の記憶のかけらの中で、父と母は確かに、そんな話をしていたと思う。
俺の夢の中には、モノとなった両親の姿が何度も出てきた。10歳という、死の重さが理解できはじめ、衝撃的な記憶を忘れずに保持していくことのできる、そういう絶妙な時期に、両親の手入れされていない遺体を直接目撃したこと。それが主の導きなのか試練なのか、俺はまだ分からずにいる。
キネは両親の遺体を見て、何か言った気がする。キネにとっては義理の親であったとしても、物心ついたときから一緒に生きてきた絆があったはずだった。
俺の家を直接、正教会のお仕えさんが訪ねてきた。ご愁傷さまです、という言葉の意味を、俺はすぐに飲み込むことができなかった。
遺体はマユ県のサプティウス教会に運ばれていた。2人の遺体はひどく焼けていて、火事にでもあったのか、炎魔法の事故にでもあったのかと思った。
その時の俺は、これを忘れてはいけないと思った。
これを忘れてはいけない。これを覚えていないと、両親は本当にいなくなる。これを忘れてはいけない。
俺の夢の中には、モノとなった両親の姿が何度も出てきた。それは、その瞬間の景色そのものだった。俺はもう、両親の表情や身体のやけど痕どころか、教会の窓の外から見えた景色や棺の模様、そのほか一切の景色を、完全に見慣れてしまっていた。不思議なことだが、その日のことは、それ以外のことを一切覚えていない。家から教会に向かうまでの馬車のことも、教会を去った後のマユ県の景色も、俺は全く思い出せなくなっていた。
呆然とする俺を置いて、死亡の手続きは淡々と行われた。遺体を発見した長い茶髪の女の人が何かの書類を書いていた。パテル・ミレカータ、マテル・ミレカータ。その名前だけが俺の頭の中に居残って、聞こえてくる他の言葉は耳の中を通り抜けて、脳に到達することは一度もなかった。
キネは確か、俺を抱きしめたのだと思う。あの後キネはどうしたのだろうか。キネのことは思い出せない。キネのことを思い出そうとすると、いつもそこで夢は途切れるからだ。
「失礼しますぞ」
老人の声が、俺を現実に引き戻す。夢を見ていた。
……浅い眠りのなか、どうして俺は、あの時のことを思い出していたんだろう。
レテアが家に住みつくようになったのは、その後のことだった。彼女がいてくれてよかった。家でひとりでいるのは、耐えられなかった。
「はい、どうぞ」とレテアは言った。「ゲネルタさん」
「ヒッヒッヒ。名前を覚えてくれて、光栄ですな」
そりゃあ覚えるよ、と思った。あなたみたいな強烈な人のこと。
「フィリア殿は明日の朝にはこちらの部屋に戻り、セラフィタスについて詳しいお話をなさるとのことです。それまでは、こちらでごゆっくりと、おからだをお休めください。ヒッヒッヒ……では」
それだけ言ってゲネルタさんは出て行った。部屋の中にいたのは20秒くらいだったのに、すごいインパクトを残していった。
「ソテル、起きたのね」
「うん。ゲネルタさんの声で起きた」
「ちょっとうなされてたかな」
「かもな。でも、気分は悪くないよ。レテアがずっと看病してくれるってなったら、どうやったって気分が悪くはならないみたいだ」
「もう」とレテアは照れ隠しをして、「私はちょっと、眠ろうかしら」
「ああ。ありがとうな、看ててくれて。レテアも、休んでくれ」
「さっきね、エレアナから通信があったわ。ウィルのことを調べたみたい」
レテアはエレアナが教えてくれたらしい情報を事細かに話してくれた。長い話だった。
「それでね、ソテル。あの……落ち着いて、聞いてほしんだけど」
「え? ああ」
「彼女はね、エオっていう、子供を亡くしているみたいなの」
「……」
「そこで息子の遺体と一緒に横たわる、2人の男女の遺体も、発見したらしいの」
これは主の導きだと思った。そうだ。このことに気付くために、主は俺にあの時のことを思い出させたのだ。寝てばかりなのに浅くまどろんで夢を見たのは、両親が死んだとき近くにいた者のことを、思い出すためだった。
少しずつ何かが進行している。そんな予感があった。主が定めたセラフィタスとメルアを導くレールがあって、俺を丸1日以上このベッドに縛り付けているこの傷という初速を与えられた車が、滑るように動き出す。そうなったらもう止まらない。あらゆる真実を取り入れて加速してゆく滑車は、やはり定められた終着点に辿り着く。
運命。人はそれを運命と呼ぶのだろう。なぜならば俺はミレカータの一族なのだから。
切っても切れない運命が絡みついて、決して俺を離さないのだ。
魔法局、49階、副局長室。グレイお父様は私に、過去のセラフィタスについて詳しいことを教えてくれた。初めて聞くことも多くて、一気に覚えるのは難しかった。
「前代のセラフィタスは、8人から成った。パテルとマテル、私とヴェイル、ラディアトとルルキュネ、そしてノヴァとウィル」
「ええっ!?」両手をお口にあてて、大声を出してしまった。「ノヴァが!?」
「なんだ、ノヴァを知ってるのか?」
「知ってるどころじゃないよ! 私……」
グレイお父様は、ノヴァについて説明してくれた。ノヴァは当時はまだ子供だったが、体術や剣技に優れ、魔法がないながらも頼りになったという。
前代のセラフィタスは8年前、2214年に誕生した。6年前にパテルとマテルが亡くなって解散になるまで、みんなは仲良くなったんだって。
「でもね、お父様。ノヴァはね……M5だったのよ」
「なんだって」
「だからね。詳しいこと、知りたいの」
「まさか、だな」とため息をついてからグレイお父様は間をあけて、「なるほどな。まさか、そんなことになっているとは」
「2日前にね、M4ナミダと、彼に襲撃を受けて、フィリアとソテルは大怪我しちゃったの。だから、フィリアから詳しい話を聞けてなくて」
「そうだったのか。フィリアは、私の世代のセラフィタスについて隠す気などは毛頭ないだろうから、……そうだな。シリカ。……もっと詳しいことは、おそらくフィリアが、時が来れば話してくれるだろう」
「お父様……」
「シリカ。マホ局長の、そしてヴェイルのところに行くといい」
「え?」
「私が話をするのはそれからだ」
グレイお父様は優しいけれど、私や子供たちのためにならきちんと厳しいことを言う人だった。なんだか今は、そっちのモードだなという感じで、ちょっと気まずかった。どうすればいいんだろう、私。
「あ、マホ局長のところに行くなら……ちょっと、仕事の資料がたくさんあってな、このぶん、持って行ってくれるか」
「分かったわ、お父様」
制服の胸ポケットから万年筆を取り出して、グレイお父様は何かの書類に署名した。『Gulei fon lilianto』。そうよね、もちろん、リリアント、だよね……?
万年筆は何か汚れてるというか、傷がついているのかな? そういう部分があって、なんだかそれが目についた。
「じゃあ、また話そう、シル」
「うん。無理しないでね。またね、グレイお父様。会えて良かった」
「私もだ。無事でいるんだよ、シル。子供たちには、明日には必ず帰ると伝えておいてほしい」
「分かった。ばいばい」
彼に手を振って、私は階段を昇っていった。副局長であるお父様から、ちょっとした雑用として渡されたこのファイルには、資本管理委員の仕事や、税金とかの書類が顔を見せていた。
ノヴァ……。8年前から、セラフィタスをやっていたなんて。8年前なんて、ノヴァ、14歳とかだよね? いったい、どういうこと?
こんなこと、他の人の前では言えないんだけど、私はノヴァのことを嫌いになりきれないでいた。2日前のあの恐ろしい戦闘には、なんだか、現実感がなかった。ソテルと違って、自分がけがをしなかったからかもしれない。ノヴァが悪い人だということを受け入れたくないからかもしれない。
私はいつでも待っていた。9年前に親友だったジェイルが失踪してから、いつでも彼が戻ってくるのを待っていた。これからも、ノヴァの本当の気持ちが聞けるようになる時を、私はいつまでも待つと決めている。私は『待つ』という選択肢を取るのが好きだった。
階段を昇って、50階。
「失礼します、局長」
「はあい。待ってたわ」
中にいたのは、マホ・ヴィルテリア局長だけではなかった。ちょうどジェイルのことを思い出したばかりだったから、びっくりした。
「久しぶりだな。シリカ」
「ヴェイルさん! お久しぶりです」
ヴェイル・フォン・センタネイルさん。イカつい金色の髪で、おひげが生えてる、がらがら声で、背が高めの、強そうな人だった。レテアと私と同じ身分である四貴族のひとつであるセンタネイル家の家督で、すごく偉いお方だ。
「シリカさん」とマホ局長が、私に座るように促した。「すみません、次の予定があるので単刀直入に言いますが。セラフィタスのことについて、お話しましょう。こちらのヴェイルも、そのために呼びました」
「分かりました」とおふたりにおじぎをして、局長にはグレイお父様からのお届け物を手渡した。
ヴェイルさんとマホ局長は、私に着席するように促した。
「では、シリカさん。話を始めましょう」
そこで聞いたのは、私でなければ信じられないような、奇々怪々の物語だった。
TOPIC……ヴィルテリア資本主義 ①概要・資本決定委員
概要:
イグニクア王国とエラ魔法王国は、『ヴィルテリア資本主義』と呼ばれる経済体制により運営されている。ヴィルテリア資本主義は、計画経済と自由市場の間を探る経済体制であり、市場価格・企業間競争・文化的あるいは経済的創造の枠組みを維持し、個人の職業選択を可能な限り認めながら、文化的な社会の維持に最低限必要な経済活動、人員、資源配分、企業規模などを資本決定委員ら中央が調整する制度である。
資本決定委員:
ヴィルテリア資本主義の意思決定を行う人員を『資本決定委員』という。
資本決定委員の代表者は、マホ・ヴィルテリアおよびイグニクア国王(またはその代理人)、エラ国王(またはその代理人)の3名。
資本決定委員は、200名程度の魔法局資本部員、100名程度のイグニクア官僚、100名程度のエラ官僚から成る。中心となるのは魔法局員の資本部。
22222222222年の資本決定委員は420名。
資本決定委員は、『資本管理局』を管轄する。
2大陸各地に、各市に1つ『資本管理局』が存在し、その市の経済活動や事務手続き全体を統括する。具体的な内容は、企業の監査、税収、資本基準値の設定、後述する資本要請、功績点、転職、文化資本、資本逸脱者に関する処理などである。
次の項では、資本基準値について紹介する。




