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『理想戦争』 ~ビヨンド・ヴィルテリア~  作者: 中上スパ
第3章「推理編①。グレイとウィル、リリアント」
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第24話「鯨飲馬食/魔法エレベーター」E/T

「名を名乗れ」

 私は「エレアナ・スパルフォン。軍務長エルセス・スパルフォンの姉だ」と言って、「これを」と、エラ中央政府から発行された国民カードを提出した。

 エラ城に来るのは慣れていた。弟のこともそうだが、この私はエラ王から直々に殺しの依頼を受けたこともあった。そう、この私は。

 行政用区画フロアであるエラ城の1階と地下1・2階は碁盤(ごばん)の目のように規則正しい道と部屋を形成しており、エラ魔法王国を管理し動かしていくための官僚サマがたがせっせとお仕事に勤しんでいた。労働時間が多いと有名な優秀な者たちを『官僚サマがた』と言ってしまいたくなるのは、歩き心地のよい赤い絨毯(じゅうたん)と、幾何学的な模様をえがく炎魔法式蝋燭(ろうそく)を吊り下げる照明、そして趣味のいい高級そうな装飾品によるものだった。

 私が用があるのは、王族フロアの1つである2階、ラスター王の仕事の場である王の間だ。まずはラスターの意思を確認しておくべきだと思ったのだ。

 この城の2階へつづく階段を昇るときには、いつも壁に配置された数々の絵が気になった。昔の王や偉人、そしてその間を埋めるように風景画が置いてあって、右を見ながら階段を昇るとエラの歴史を、右を向きながら階段を昇るとイグニクアの歴史を追うことができるようになっている。私のように頭の中が思考で埋め尽くされているような人間には、これは刺激が多い。マホ・ヴィルテリアの顔にもさまざまに感じることがある。私は寿命を売り、魔法力を買った人間だ。マホの寿命売買(じゅみょうばいばい)は公(おおやけ)にはされていないが、私ほどに、そしてそれ以上に魔法力のある魔法使いの多くは、売買を利用しているのではないだろうかと感じる。

 手続きを終えると王との謁見(えっけん)が許され、外の休憩室で少し待たされる。私が今からお目通(めどお)りするのは、イグニクア王、イグニクア正教会大司教ディオネ、エラ正教会大司教ティア、ガイヴ教大司祭ガイヴ、魔法管理局長マホ・ヴィルテリアに並んで『この世界でもっとも偉い6人』であるエラ王ラスター・フォン・エリツィリア。やがて下仕(しもつか)えの者に呼ばれて王の間に近付くと、むん、と鼻をつく、酒のにおいが漂ってきた。

 さて、扉を開ける。『王の間』と言われたら、立派な椅子があって、その背後には大きなシンボルがあって、衛兵が2人立っていて、というのを想像されることが多いが、ここは『オフィス』だった。確かに椅子は立派だったが、王が書類仕事をするためのデスクがあって、補佐のための椅子とデスクがあって、4方向の壁のうち2つの面は重大な資料を保管する棚で埋め尽くされていた。そして『オフィス』と言われたら、水分補給のためには社員たちは、単に水か、お茶か、それともオシャレなコーヒーを嗜んでいるというのを想像されることが多いが、ここは『酒場』でもあるのだった。確かに水やお茶もたくさんあるがそれはたぶんアルコールを抜くためのもので、4方向の壁のうち1つの面には、様々な品種の酒の瓶やボトルがぎっしりと並んでいるのだった。

「よう。エレアナ・スパルフォン」と、ラスター王は(高そうでゴツい)靴のままの両足を乗せ、椅子の背もたれに体重をかけながら、ビール瓶から直接液体を胃の中に流し込んでいた。「久しぶりじゃねぇか。ヒック」

「お久しゅう、ラスター王」と私は形式的に頭を下げておく。「今日も昼からビールか」

「そうやって突っ込まれるのも久しぶりだなァ。当たり前のことすぎて、宮中の誰も言わねぇことだから。……用を言えや。人払いはさせてある」

「生憎(あいにく)、殺しの依頼を受けにきたわけではないが」と私は言って、名前も覚えていない補佐役の椅子に座り込んだ。流石に良い椅子で、座りすぎても腰や尻が痛くならないようになっている。目の前のデスクにはヴィルテリア資本主義の資本決定委員の職務に関する書類や、中央政府の仕事がリストアップされた紙があって、その下には、世界地図が描かれた紙、誰かの戸籍、他にもさまざま。「セラフィタスについては、エラの方も認知しているのだろう?」

 まずビールを飲みほして次の瓶を開け、カポッ、「もちろんだ。エラはあんまし支援しねぇんだが、オレは先代と違ってメルアをかなり問題視しててなア。仮にナルヴィッツ王やフィリアから、そしてメンバーから支援を要請されれば、前向きに考えるつもりだぜ。それで? エレアナ、おまえは念願かなってメルアに近付くことができたのかよ?」

「ああ。念願かなって、M5の正体も分かったぞ。それはエラ中央政府にとっても、やや衝撃なのではないかと思う。ノヴァ・カラミティア。エラ軍の兵士だった彼は、M5だった。M4ナミダとM5ノヴァ。彼らによって、フィリアは負傷した」

「……ほう。詳しく、聞かせてくれや」

 ラスター王と情報交換だ。フィリアは休養が必要だろうし、仮にその必要が減ったとしてもすぐにイグニクア内部の仕事に戻らねばならぬだろう。通信魔法を介しての情報共有もまだ済んでいないようで、2日前に発足したセラフィタスについて、このラスター・酒くさ・エリツィリアは何も知らないようだった。この酒豪は数分の情報共有の中に、また一つ瓶を開けた。カポッ。

「それで、いま、我々セラフィタスはウィルとグレイについて調べているというわけだ」

「なるほどなア。まあ、そうさねえ。ヒック。エレアナ、おまえは今日中はこの城の特賓(とくひん)の権限を与えとくんで、ウィルのところにでも、弟のところにでも行くと良いさ。何かあれば、また来いや。……金が欲しけりゃ、依頼も出してやる」

「感謝しよう。これまではこの酒臭さに苛々しておまえに悪口を言いまくってきたが、もう私は立場的にイグニクアからの大使ととられてもおかしくないのだと思うと、感謝しよう、という言葉も、こんなにも簡単に口をついて出るものだ。さて、ラスター王、もうもはや私は殺しの依頼を受けることもないだろう。これまでのことは、互いに、きれいさっぱり忘れることとしよう。そのアルコールがおまえの脳内物質を溶け流し排泄物へと変えてしまうかのように、記憶のすべてを、解き放ってしまうのがいい」

「ケッ。このじゃじゃ馬が」と悪態をついて、ラスター・アルコール中毒・エリツィリアは札を投げ飛ばしてきた。特賓(お客)でありもてなすことを示す札を首からかけておくと、私は世界の中心にあるこのエラ城の中心にいることができるというわけだ。

 それにしても本日も飲みすぎであった。これはもう、水魔法使いであるラスター王が体内の水分を調節できる新種のタイプの水魔法だというのでなければ、健康であることの説明はつかないと思うのだが、マホかクエント当たりの研究者はこの珍妙な肉体に興味を持ったりしないものだろうか。

 そんなことを考えながら人に場所を聞いて、エラ城1階A区画109室という部屋に辿り着く。ノックすると、はあい、というやや気の抜けた男の声がして、私は戸を開けた。

「初めてお目にかかる。私の名前は、エレアナ・スパルフォン。貴殿の娘であるシリカの友人だ」

「あれ。シリカの? ……はじめまして。僕の名前はウィル・フォン・リリアント。特賓さまが、この僕に何か、御用でしょうか。まあ、特賓さまっていうか……たぶん、セラフィタスの方ですよね?」

「ほう。何故そう思う。何故その名前を知っている?」

「フィリアから通信を受けたんですよ。だって……僕、君の前の代のセラフィタスに所属してたからね。パテルとかヴェイルとかが所属してた、前の代の」

「は……?」

 前代のセラフィタス。確かに、そういった組織が存在することは、想像に難くない。だが……本当にこのウィルという男が過去にセラフィタスであったのなら……グレイのほうは、ほとんどメルアで確定するのではないか? フィリアも、ウィルのことが分かったうえでその娘であるシリカをセラフィタスに誘ったのではないか。

 そんなふうに衝撃を受けながら、私はこの男と話を始めるのだった。


「お名前をどうぞ」

 私は「局員のシリカ・フォン・リリアントです」と言って職員証を提示した。1階受付は、どうぞ、お疲れ様です、と私にニコっと笑顔を見せて、私を通してくれた。

 1階休憩室には8人くらいの局員に加えて、ステラ先輩ともうひとりのステラ先輩がお茶を運んできているのが見えた。一瞬混乱するけれど、あれだな、どっちかが分身なんだな。ひとりで大人数ぶんのお茶を運べるんだね。

 お疲れ様です、とステラ先輩に声をかけると、「おつかれ! シリカ」と、茶髪を揺らしてにこやかに挨拶を返してくれた。やったー! ステラ先輩は綺麗な人で、憧れる。

 魔法エレベーターを利用して、49階へ。この世界にはたったひとつだけエレベーターという利器がある。詳細は知らないが、人が乗れる荷台を、肉体強化系の魔法使いとか、他にも安全を担保するための魔法使いが動かしているらしい。マホ局長が考え出した機構で、公開もされていなければ、他の場所でも運用されることもないだろう。

 49階は、休憩室と資料室、そして副局長室のある階だった。私のお父様、かもしれない……そんな、おそろしい言葉でしか表現できない、グレイ副局長の仕事部屋だった。私はそもそも局員だし、忙しいグレイお父様も私にだけは時間を作ってくれるはずだ。

 と、ちょうど、副局長室の中から人が出てきた。でも、それはグレイお父様ではなかった。『世界でもっとも偉い6人』の一角である、局長マホ・ヴィルテリアさまだ。 

「まあ。シリカ」と、局長は今日もカッコよかった。この建物にいる人のなかで制服がもっとも似合っていて、もっとも優秀で、もっとも物腰の柔らかい、もっとも素敵な人。いつ見たってそう。すごすぎるよ!

「わわ。お疲れ様です、局長!」

「ふふ。お噂は伺っていますよ。セラフィタスのことが、始まったのでしょう」

「えっ! だれから、聞いたんですか?」

「それは、シリカ、貴女が今から会いに行く人に聞けば、分かると思いますよ。……グレイとの話が終わったら、シリカ、上に来なさい。セラフィタスについて、お話をしましょうね」

「はい! 分かりました!」

 局長はにこやかに、よろしくね、と言って50階へ向かった。彼女は2階以内なら階段を使うことにしているという。長生きをしていると、独自の健康維持が必要らしい。

 副局長室をノックして「お父様。シリカだよ!」と声をかける。はいはい、シリカ、入ってきなさい、といういつもの言葉を聞いて、私は戸を開けた。もはや見慣れた、資料だらけの広い部屋だった。お父様はコーヒーが大好きで、いい香りが漂ってくる。

「シリカ。どうしたんだ。ちょっと久しぶりだな」

「グレイお父様。……会えて、嬉しいよ」

「もちろん、私もだ。家族たちに、しばらく帰れていなくてすまないと言っておいてほしい。マルやイルは、悲しむだろう」

「ううん、グレイお父様が、私たちのためにお仕事がんばってくれてるの、分かってるから」

 グレイお父様は仕事の手を止めて、いつものソファに私を座らせて、隣に座った。その香りと体温にふれて、私はグレイお父様がだいすきだと思った。もし、にせものだったらゼッタイいやだ。でもこれは、ウィルお父様にも、同じように感じていることなのだ。それに気付いた私は、ぶるっと震えて、変な声を出してしまった。

「おや。どうしたんだ、シリカ。風邪か」

「ううん。……ちょっとね、うーん、えぇっと、不安なことがあって」

「それは……シリカ、セラフィタスのことか?」

 グレイお父様は身長が180センチちょっともあるから、隣に座られると、ちびの私にはなかなかに感じられた。この頼れるお父様がだいすきだって、やっぱり感じてしまう。

「なんで知ってるの? お父様。今も、マホ局長がセラフィタスのことを知っていたわ」

「そりゃあ、そうだよ、シリカ。……私はね、悲しいんだ。シリカが、私と同じ道をたどることになるということが」

 頭の中がハテナになって、「え? おなじ?」と聞き返す。グレイお父様はまゆ毛を吊り下げて、悲しそうに、ああ、と頷いた。

「あんな思い、シルには、させたくないんだよ。……シル。私はね、セラフィタスだったんだ。パテルという人たちや、お隣の四貴族であるセンタネイル家のヴェイルとかが所属していた、シルのとは前の世代のセラフィタスだ。フィリアは、事情に詳しい私には、通信をくれた。昨日のことだ」

「え……?」

 まさか。グレイお父様も、セラフィタスだったの? ……え? じゃあ、ウィルお父様が、ほんとうはお父様じゃなくて、悪い人だってことなんじゃないの? フィリアも、グレイお父様のことがあるから、その娘である私をセラフィタスに誘ったってこと……?

「お父様。詳しいこと、おしえて」

「ああ。……ほんとうは、シリカは、知る必要なんてないことだらけなんだがな」

 優しいグレイお父様の手をにぎって、私は話の続きを聞くのだった。

TOPIC……ラスター

名前:ラスター・フォン・エリツィリア

性別:男

誕生日:22222222178年4月14日

職業:エラ王

出身:エラ中央エリツィリア県

魔法:水魔法

好きな酒:ビール、ジン、モスコミュール、バー『ミャーム』のカクテル、キリリウム酒、声と身体がデカいヤツと飲む酒、仕事を片付けた後の酒

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