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『理想戦争』 ~ビヨンド・ヴィルテリア~  作者: 中上スパ
第3章「推理編①。グレイとウィル、リリアント」
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第23話「暗箭傷人/叛逆しよう」E/S

 投げナイフはゲネルタ・デ・タタルカドの後頭部をはっきり捉え、一直線に飛んでゆく。

「おや」

 素早く振り向いたゲネルタは、身軽にナイフを避けて笑った。暗殺者がもっとも力を入れるのは最初の一撃だ。なぜならば、最初の一撃で殺しきるつもりなのだから。私の渾身の暗箭傷人(あんせんしょうじん)の一撃はあっさり躱された。「これはこれは。危ないところでしたねえ。ヒッヒッヒ」

 ヒッヒッヒ、と来たか、と思って私はヤツの前に姿を見せる。「流石に一撃では行かぬか」

「すみませんが、どちら様でしょうかねえ?」と、杖で床を小突くゲネルタ。こつん。「ヒッヒッヒ。こういうのは……久しぶりですねえ」

 彼は私から跳ぶように距離を取り、懐から黒い物体を取り出す。カチャリと刃の部分が飛び出してきて、小悪党のような笑みをたたえ、その右手に握った自動展開式(オートマティック)ナイフを見せてくる。

「ゲネルタ・デ・タタルカド。私はおまえを侮っていたようだな」

「そうですねえ。あなたのへたくそな尾行の前では、ただの老人のように振る舞っておりましたゆえねえ。ヒッヒッヒ」

「ふむ。私も精進せねばなるまいな。やはりまだ私のスキルは、おまえのような名の知れた人物に通用するようなところまでは行っていないというわけだ。だが私は死なん。死なんからこそこれからも成長していくのだが、そのなかで、こんな私にもまだ成長の余地があると教えてくれたキサマに出会えたことも、きっと主の導きだというのだろう。さて私はとある人物から、おまえを殺すよう依頼を受けた者だ。その依頼主は、おまえが憎いらしい」

「そうですか。ヒッヒッヒ。さぞかし、ワタクシが生きていては都合が悪いようなお方なんでしょうねえ。ヒッヒッヒ……」

 イグニクア王国の官僚であるゲネルタ・デ・タタルカドは57歳のジジイだ。しかも年齢よりもやや老けて見える。まさか、一撃で仕留めそこなうとは。さてどうしたものかと注意深く相手を注視していると、ゲネルタは言った。「ところで、ご婦人。あなたのお名前は?」

「名乗る訳があるか。貴様はここで死ぬのだ。余計なことを言っていると、辞世の句を詠(よ)む暇が無くなるぞ」

「ヒッヒッヒ。そうですねえ。察するに、あなたは、エレアナ・スパルフォン様ではありませんか?」

「ほう。どこでその名を知った」

「いえいえ。ヒッヒッヒ。ワタクシは官僚ですからねえ。エラ中央政府のことも、多少は存じておりますとも」

 私の軍帽を見て、弟のことを想起(そうき)し、名前を言い当てたのか。頭も回るやつのようだ。

 と、突然ゲネルタが駆けだした。なるほどよく訓練された老人だ。ナイフの構え方も適切で隙が無い。

「だが……」

 原子操作魔法。自分の身体を音速すれすれまで加速させ、彼の背後に回る。

「さらばだ」

 あとはナイフを彼の身体にねじ込むだけ。……だが。私のナイフは空をきり、彼はとっさに屈んで私の腹部を小突き、ぎょっとした私への追撃を狙う。魔法で避けようとすると、奇妙な感覚があって、ゲネルタの刃物を辛うじて避けることができる。

「……なるほど。私の魔法を、阻害する魔法か? 奇怪(ヘン)な挙動になるな、これでは」

「ヒッヒッヒ。まさか、ここまでの人は初めてですねえ。避けられたのは初めてですよ」 

 どうやら、身体の奥まで響くような気色の悪い笑い方をするこの男を、私よりも20個も老いぼれたヤツとは思ってはならんようだ。一本ナイフを投げ、それに合わせたゲネルタの動きに乗じ、相手と距離を詰める。

 ヒッヒッヒ、と笑いながらゲネルタは杖を振り回し牽制(けんせい)してくる。杖にも何か仕込みがあるかもしれず、うかつには近づけん。刺されたら傷を修復すればよいという安易な考えも、通用しないと思った方がよいはずだ。

「ヒッヒッヒ。ほんとうに、こういうのは久しぶりですねえ」

 ゲネルタは今のナイフを拾って、軽い足取りで近づいてくる。しっかりと訓練をされたタイプで、トラウト式体術の香りが漂ってくる。トラウト式は隙が少なく、私のやり方では長期戦が必至。ならば……。

 ゲネルタの杖を蹴り上げ、ヒッ、と笑ったところの受けの姿勢も素晴らしい。が、右腕を余計に振り上げる癖がある。バランスを取るためか無意識にこちらを向いているのであろ左腕をこつんと突いてみるが、やはり隙は生まれない。露出のない制服と老けた顔に隠れて、筋肉や体幹は鍛えられた若者と張り合える格があることが伝わってきた。

「ヒッヒッヒ」

 うるさい。この笑い声は、どうにも癇(かん)に障る。

 と思ったその時だった。ゲネルタの振り下ろしたナイフを避けると、杖の側面からナイフが飛び出してくる。

「ッ……!」

 右腕にナイフが突き刺さる。魔法による阻害は万全には働かず、2センチほど刺さった感触だ。

「ヒッ……」

 だがこのタイミングこそが隙になる。右足を軸に放った私の回し蹴りゲネルタの顔面を撃ち、直後、連続で放った投げナイフがゲネルタの腹部をとらえる。私の腕と彼の腹。その両方から血が噴き出した。

「ヒッヒッヒ……制服を弁償してもらわねばなりませんねえ」

 腹からナイフを抜き、お返しとばかりに投げてくる。それを叩き落とし、カランカラン、私はヤツを睨(にら)みつけた。

「認めよう」と私は言った。「おまえを侮っていた。だが……基本では私が勝っている。それはおまえにも分かるだろう」

「そうですねえ。ヒッヒッヒ。私も、老いました」

 何を言いだす。警戒していると、また、頭に来る笑い声を飛ばして、「ナミダ・ム・ミレー」

「……は?」

「あなたはおそらく、メルアについて知りたいのでしょう」

「……」

「メルアについて、何を知っていますか」

「答える義理はない」

「メルアは、現在、8人から成る組織です。ナミダ・ム・ミレーもそのひとり」

 私は平静ではいられなかった。初めてだった。あの愛する息子エオを殺した人間の手がかりが得られるのは初めてのことだった。

「取引をしましょう。あなたのような実力者に狙われながらノンビリと生きていられるほど、ワタクシは若くない。ヒッヒッヒ……そちらの依頼者の5倍の金額と、多少の私の知恵をお貸ししましょう。お分かりですね」

「……」

 それが、『セラフィタス』になる2年前のことだった。

 ゲネルタはナミダと同じく、イグニクア王国中央政府の官僚だった。ゲネルタ優秀で、ナミダがメルアに属していることを掴んでいた。しかしどうやら敵を多く作っているタイプの官僚、らしく身の安全を第一に考え、政務を束ねるフィリアやナルヴィッツ王に報告はしていなかったという。

 官僚としてエラ軍務長である私の弟のことから私の名前を推理し言い当ててみせた彼は、官僚として私の目的に内密に協力することを条件に、自分を殺すという依頼を破棄させた。そして彼は、提示した『殺しの依頼料の5倍』から官僚の制服代を差し引いたものを私に渡し、それ以外にも私達はささやかに、情報を交換しあった。依頼主のことは彼には伝えなかった。

 メルアのことは、国民には知られていない。だが両国の王、ナルヴィッツとラスター、そして一部の階級には知られていることで、そういう人々それぞれそれぞれが大なり小なりの考えを持っているのだと思う。メルアなんて陰謀だ、メルアなんてはた迷惑な犯罪者だ、メルアは私の願いを成就(じょうじゅ)させる救世主だ、などなど……。

 そう。誰もが望む理想郷など……どこにも存在しやしない。

 ほとんど人にとっては、エオがいるのかいないのか、私の望みが叶うか叶わないのかなど、知ったことではないのだろうから。

 私は今、海を渡り、エラ城の前にいた。ここに、現在の父親容疑者の片割れであるウィルがいるだろう。実際に会ってみないことには始まらん。城の隣には私の寿命を数年奪ったマホ・ヴィルテリアが局長を務める天下の行政組織、魔法局がそびえたっていた。寿命を売ったのも、エオのためだ。大きく息を吸って決意を固め、一歩、城へ踏み出した。


夢を見た。

家族の夢。パテル父さんと、マテル母さんと、そしてキネの夢だった。

「ねえ、ソテル」

「なあに、キネ」

「この本、面白かったよ。セロネリムの『前史より大志を抱きて』。スケールの大きな冒険譚」

キネと俺が一緒にいたころは、パテル父さんと3人、揃いも揃って本の虫だった。マテル母さんはそれよりもずっとエネルギッシュで、たくさんの友達と遊びに行っていた。

「ただいま」と、母さんが帰ってくる。これは母さんと父さんの内緒話だったけど、ここは夢の中だから、何でも聞くことができた。「ねえ、パテル。今日はね、ウィルと喧嘩した。やっぱりあの人、私達セラフィタスとは違う考えを持ってるのね。グレイのほうが、よっぽど素直で良いわ」

「それよりも、マテルが元気そうでよかった」

「急に、なあに、パテル」

「だってさ、マテル。最近、いろいろあるじゃないか。政府のことも、マテル自身のことも」

「そうね。私もそりゃあ、動揺はしてる。父親と母親があんな人とは、思わなかったから。でも、ウィルがあんまりムカつくもんだから、そんなのは吹っ切れちゃった。だってね、パテル、聞いてよ、ウィルったらね……」

 そこで夢は途切れた。


 2月10日13時ごろ。俺が腹をぶっ刺されてから、2日が経った。イグニクアお抱えの回復魔法使いが魔法を使ってくれて、身体は疲労状態にあった。

「でも、レテア。明日には動けそうだよ」

「ほんとう? ソテル。無理しないでね。でも、そうなったらすごく嬉しい」

「だろ? レテアが喜んでくれるのが一番だ」

 レテアはつきっきりで、俺が寂しくならないようにしてくれていた。きっとレテアもそうしていると寂しくないのだと思う。俺達はまだ15歳で、成人の16歳まであと1か月くらい。俺達はまだ、1人で生きて行くことはできないと思う。例え成人したとしても、16歳や17歳なんかの人間は……いや、違うか……すべての人間は、1人では生きて行けない。その必要がない。

 昼下がり、貸し切りの医務室の扉にノック音が響く。「フィリア様の使者でございます」と声がする。

「どうぞ」と俺が言うと、60歳前後くらいの男性が入ってきて、お辞儀をして言った。「ゲネルタ・デ・タタルカドと申します。国防庁に勤める者で、セラフィタス・メルアの問題も担当しております」

 一緒に挨拶を済ませると、レテアはゲネルタさんにお茶を淹れた。医務室(医務室は俺達のために移転したので『旧』医務室だが)は俺達のものみたいになっていた。

「フィリア様は2日前の戦いで傷を負われましたが、目を覚まされるとすぐに仕事に戻られました。彼女は現在王様の政務を肩代わりされており、寝込んでいる場合ではない、とご無理をなさっています」

「フィリア、ほんとうにすごいわ」とレテアが言った。「あの人はほんとうにすごい人です。7年前彼女が家を貸してくれなければ、私はソテルにも出会わず野垂(のた)れ死んでいたかもしれませんから」

「ヒッヒッヒ。あのお方は、人のためになる仕事を惜しみません。あのような方でなければ、あの仕事は務まりませんからねえ」

 特徴的な笑い方をする人だなと思った。シワもあって彫りの深い印象的な顔立ちで、杖をついて、それなのに子供のようにサラサラの髪を肩の下くらいまで伸ばして、身長は170センチ後半くらいあって、独特の世界観を持っていた。

「フィリア様とナルヴィッツ王は協議され、傷を負ったソテル様に、『傷病手当』を出すことを決定されました」

「えっ」

「100万イン。受け取っていただけますね」

「……はい」と俺は言った。15歳の少年には目がくらむ金額だが、実際ひどい傷だし、そもそも王の勅令を断るような不敬は選択肢には入らなかった。「至極、恐縮です。感謝と忠誠、そして使命を果たすことを誓うと、王にお伝えください」

「ええ。ヒッヒッヒ。それで……ワタクシは、セラフィタスの補佐役のようなものと考えてほしいのですが……」

 仕事で忙しくて、俺のところや外に調査に出ているセラフィタス達と連絡が簡単に取れないフィリアのために、俺とゲネルタさんは情報交換を終えた。

「ワタクシから申し上げられることとしては」と、杖をこつんと鳴らしてゲネルタさんは言った。「ウィルとは親交があります。彼は若くして志が高く、エラの高官でありながら、マホ・ヴィルテリアの支配するこの世界に叛逆(はんぎゃく)の意思を持っています」

「ええっ。叛逆!?」

「いいじゃない、叛逆、プロアミル家を滅ぼしましょう」

「いやいや、レテアの場合はね?」

 そんな冗談の中、ヒッヒッヒ、とちょっと不気味な笑い声が響いた。「いや、そうですねえ。ウィルは官僚でありながら、現在の体制に不満を持っている。グレイ殿のほうは、そう言う意味では、魔法局副局長として、彼なりにできる最大を持って、この世界に尽くすような……そんな人物であると言えましょう」

「なるほど……」

「そして。ウィルは、空気魔法使いです。もっとも標準的なタイプの空気魔法でございます。いっぽうグレイは地魔法使い。こちらも同様です。それに……明らかなこととして。それら両者に対する認知を歪ませる、つまり、『他人の認知に干渉できる魔法使い』がメルアにいることが分かりましたな」

「その通りね」とレテアが言った。「ゲネルタさん、あなたの魔法は?」

「ヒッヒッヒ。ワタクシは、純イグニクア人ですからねえ。魔法は、持っていませんとも」

 そうやって、俺達はゲネルタさんと情報を交換し合った。そんなことはするべきじゃなかったということを、その時の俺は気付かなかったから。

【TOPIC……ゲネルタ】

名前:ゲネルタ・デ・タタルカド

性別:男

誕生日:22222222162年8月16日

職業:イグニクア中央政府国防庁職員・セラフィタス担当・フィリアの臣下

出身:エラ南アカサカ県

魔法:魔法遮断

一言:ヒッヒッヒ……。

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