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『理想戦争』 ~ビヨンド・ヴィルテリア~  作者: 中上スパ
第2章「それぞれのセラフィタス」
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第18話「海を渡るのは大変厳しい/理想の世界を実現するもの」Ⅴ/M

 イグニクア城を出てから僕は、イグニクア中央とイグニクア東端の港を結ぶ辻馬車(タクシー)に乗った。妹のアルファン、そしてシリカという貴族の人と共に。

 馬車の荷台はテントみたいになっていて、木造の椅子に座りながら窓の外の景色を眺められるようになっていた。定員は4名。

「シリカ」と、僕は言った。「気分は、大丈夫か」

「ヴィクターさん」

「ヴィクターで良い。こちらも、シリカ、と呼んでいるしな」

「じゃあ、ヴィクター。気分は、びみょうです。はっきり言って」

「そうか。もし、何か思う所があれば、僕とアルファンに話すと良い。静かに車に揺られているだけというのも、悪くないが……」

 すると僕の隣に座ったアルファンが、「お兄様はお喋りですから、たくさんお話ししてあげてくださいね」

「アルファン、僕は子供じゃないぞ」

 シリカは笑った。でも、愛想笑いに見えた。どうやって声をかけたらいいか分からない。目の前に悲しむ女性がいて黙っているのは、苦手というか、ムズムズした。『グレイお父様』と『ウィルお父様』。自分の父親がどちらなのか分からないなんて、きっとすごく怖いだろう。僕だったら耐えられない。アルファンと一緒に泣くことしかできないだろう。いや、真の兄は泣いたりしないが。

 窓の外の景色は、あっという間に流れていく。「ねえ。あれ、あの大きな木、なんて言うか分かる?」と、シリカは不意に窓の外を指した。

「え? あの、丘の上の大きな?」

「うん」

「あれは楡(にれ)だな。あの傘のような樹形」

 シリカはぱぁっと明るい顔になって、「すごい。楡でも、たぶん、春楡(はるにれ)だと思う。赤っぽい花を咲かせるんだよ。あんまり、派手じゃないけど」

「詳しいな。植物が好きなのか?」

「うん」とシリカは頷いた。彼女は僕の2個下のはずだが、なんだかもっと年が離れているような気がした。こんな子が魔法局でキビキビ働いているのかと思うと、人は見かけによらないなと感じた。「お母様がね、ガーデニングが趣味だったの。それも、かなりのマニアで。私、冒険家のあなた達に負けないくらい、詳しいと思うよ」

 ふふ、とアルファンは嬉しそうに笑った。「すごいですわ! お兄様に強力なライバル現る、ですわ!」

「ふ。そうだな。僕も、勉強し直さなければな。いつか、勝負をしよう。旅をしながら、どちらが草花を詳しく解説できるか」

「それ、いいね」

 シリカは笑った。今度は愛想笑いじゃなかった。

 まだ太陽が沈まないうちに、馬車は港に到着した。様々な手続きをしたり船を待ったりするための案内所はイグニクア城くらい大きくて、なんだか役所じみていた。

 僕とアルファンは『デ』姓を持つから渡航には審査が必要だ。でも、『フォン』姓を持つシリカの同行者ということなら、それは必要ない。

「というか、この辺の特権も欲しいものだ」と僕は言った。「これから、2大陸を行き来することになるだろう。馬車も、専用のものを貰ってもいいんじゃないか?」

「確かに、ほんとうですわ。移動に時間を使っている場合では、ないですわよね」

 中間名に『デ』が与えられるのは、身内に犯罪者を持つ者、身内に奴隷を持つ者、奴隷への労役(ろうえき)が終わってから2年以内の者、このヴィルテリア資本主義において手続きを済ませ『資本逸脱者(しほんいつだつしゃ)』となった者、そして特別に行政が認めた者が多かった。僕たちは、いま挙げた内の最初のものに属した。父の妹……叔母(おば)は窃盗で5点の刑点(けいてん)を付けられ、半年くらいまで奴隷として労役していた。本人も、そして父も母も、僕とアルファンに申し訳ないと言っていた。

 だが、僕とアルファンには、そんな境遇はなんの逆風にもならなかった。僕もアルファンも、互いがいれば、素敵な人生を送ることができた。僕たちの兄妹としての絆は、『デ』ごときでは崩せなかったのだ。

「ほら、お兄様、乗車口はこっちですわ!」

「アルファン、あぶないよ!」

「あぶなくないですわぁ! シリカさんこそ、もうちょっと、こっちに来てください! いい風が吹いていますわよ!」

「いかないよ! ちょっと踏み外したら、海に落ちちゃうよ!」

 急行便に乗船するのは初めてだった。最大乗船人数は50人少しで、小さなものだが客室が用意されていた。3人でちょうどいい広さで、女子2人は海の眺めを見て盛り上がっているみたいだった。僕はその後ろで、海がいちばん好きなのは僕だがな、と腕を組んでいた。

 やがてエラに上陸すると、既に陽は落ちていた。2大陸間の移動は、普通便なら8時間から10時間、急行便なら2時間から4時間程度を要する。どちらの便でも強力な水魔法使いが乗船しており、船は本来の渡航よりもはるかに速いスピードで進む。急行便はかなり無理をするが、空気魔法使いが空気抵抗などを調整しているらしい。事故の場合にも、それら魔法使いが訓練されていて、これまでに何度も事故は起きているが、一度も死者は出ていないという。

 これらの船の運営を考えたのは、魔法局長マホだと聞いた。あの人は世界を統(す)べる局長であり経営者であり、高名(こうめい)な学者であり、最強の魔法使いでもある。その魔法使いの訓練というのも、マホがじきじきに教えているという噂がある。

「また馬車か? また馬車だよな。僕はもうこれ以上は無理だ、むりだ、ぜったいに」

「お兄様もう吐かないで! 栄養が抜け落ちてしまいますわよ! 胃の中が、からっぽに!」

 シリカは、僕が船の上で何度も吐くのを、遠めに、ちょっと面白がって見ていた。アルファンに世話を手伝わせてしまって、情けないったらなかった。真の兄なら吐いたりしないはずだ!

 移動ばかりだ。また馬車に乗って、僕たちはシリカの家に向かうのだった。


「どうぞ」

 と、私は言った。窓の外には星が見える。

「失礼します、マホ局長」

 グレイは私の部屋に入り、軽く会釈をして彼専用の椅子に腰かけた。「フィリアさまからの使者が参りました。新たなセラフィタスを稼働する、と」

 私は「そうでしょうね」と言って、お茶を淹れてグレイに差し出した。「グレイ。どう思います?」

「……私からは、何も、申し上げたくありません。マホ局長の方が、事態を分かっているのでしょう」

「ふふ。ごめんね、意地悪を言って。そうねえ。この前の予知が、凄かったから……」

 我が名はマホ・ヴ(・)ィ(・)ル(・)テ(・)リ(・)ア(・)。理(・)想(・)の(・)世(・)界(・)を(・)実(・)現(・)す(・)る(・)も(・)の(・)だ。

 熱いお茶をひとくち飲んで「セラフィタスの人員ですが」と報告しようとするグレイを遮って、私は考えを言ってみた。

「ソテル、レテア、ヴィクター、アルファン、シリカ、ノヴァ、エレアナ、エルセス。この8人で、どうかしら。私、あれから予想していたのだけれど」

「それが……。申し上げにくいことが、起きました」

 グレイは副局長として、私を尊敬し、私の手足となってくれている。歴代の副局長と比較すると、真面目すぎるが、とにかく気が利いた。その真逆だったフェイヴァートを思いだして、いつも、笑みが漏れてしまう。

「エルセスは、勧誘を受けませんでした。そして、ノヴァは、メルアだったようです。彼らを裏切って、M4ナミダと共にセラフィタスを襲撃し、ソテルとフィリアが重傷を負ったそうです」

「まあ。なんてこと。エルセスがいたら、変わったのじゃないかしら」

 そう驚いて見せた私にとって、それは予想外でもなんでもなかった。むしろそれだけの事態で済んだのなら軽傷中の軽傷だ。やはりエレアナがいれば、かなりの武力が担保されるみたいだわ。

 グレイは他の雑務の連絡をして退出した。彼は落ち着いていて、なんといえばよいのか、センスがある。いつだって時間があればお茶を楽しみたいが、その数分後に局長室を訪れたのは、いつだって会いたくもない人物だった。

「マホ」

「なに。ウィル」

 エラの高官であるウィルは、エラ中央政府と魔法局の連絡係のひとり。その中で彼は、もっともナンセンスな人間だった。

「今日は、仕事じゃないんだけどさ」

「仕事でないのなら、ウィル、あなたと話す理由はありません」

「あのさ、マホ。そうは言うけど」

「退出なさい。私は暇ではないのです。お分かりでしょう?」

 ウィルは唇を噛んで、何も言い返さない。そのまま、部屋を出て行った。

 嫌な人に会った。ため息をついて、窓の外を眺める。魔法局は50階建て。私は法律の中で既存の建物以外の80メートル以上の建築を禁じているのに、私はそれよりも上で生活していた。この世界は、魔法局が支配している。私が、支配している。

 目を瞑って、私の実現したい世界を考える。私は2000年ものあいだ、この世界のために尽くしてきた。世界を支配するのは、世界をよりよくしたいからだった。これに偽りはなかった。

 メルアがすべてを滅ぼし、世界をやり直すというのなら。私は、然るべき行動をしなくてはならなかった。私が嫌う、強烈な行動を。

 グレイやマキナと私の理想の世界像が一致することはあっても、ウィルとではそうはならないだろう。デウスともナミダとも、そして『彼女』とも、そうはならないだろうと思う。

 すべては動き出した。私は、理想を追いかけるのみだ。

TOPIC……ヴィルテリア刑法

イグニクア・エラ両軍が警察の役割を果たし、裁判はイグニクア城、エラ城、魔法局、六人会議のいずれかで行われる。

重大な犯罪については『刑点』に加え、六人会議によって特別に具体的な制裁が与えられる。

重犯罪でない刑には犯罪ごとに『刑点』が指定されている(例えば軽犯罪はものによって0.1~3、窃盗は5、叛逆は9.9など)。また、裁判での判断によっては、特別に規定の『刑点』よりも大きい点数を追加で付与される場合もある。

『刑点』は一生を通じて蓄積され、いかなる方法によっても減点されない。

刑点が1点以上になると中間名が『ゲ』にされる。また、特定の魔法で痛覚を一度遮断した上で、耳たぶの一部を切り取られ、肩に特定の入れ墨を入れられる。肩の入れ墨の内容は刑点によって異なる。

刑点が2点になると半年のあいだ奴隷になる。

刑点が3点になると1年のあいだ奴隷になる。

刑点が4点になると2年のあいだ奴隷になる。

刑点が5点になると4年のあいだ奴隷になる。

刑点が6点になると8年のあいだ奴隷になる。

刑点が7点になると16年のあいだ奴隷になる。

刑点が8点以上になると終身奴隷になる。

刑点が10点になるとその時点で死刑が確定する。

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