第16話「父と父?/犯人当てのはじまりだ」T/D
やがて、ナルヴィッツ王が話しはじめた。
「では、ソテル、レテア、エレアナの3名は即刻セラフィタスに加入。ヴィクター、アルファンの2名は加入の意思があるが一旦保留。シリカは……」
「はい」と私は背筋を正した。だれとお話をするときも、ぴんとする。それがセリカお母様の教えだ。「私も……前向きに、考えています。だって、ノヴァが私を望んだというお話でしたよね。例え敵になったとしても……ノヴァは、無意味なことはしない人です」
「確かにな。私もフィリアも、ノヴァとは親交が深かった。私も……驚いているのだ。ノヴァは、私の子のようなものだった。いや、年齢的には、祖父でもおかしくないかもしれぬが」
ナルヴィッツ王は、20年以上前には敏腕な王と知られ、イグニクアの治世は安定した。そのあとレイ様が後を継いだが早逝し、ナルヴィッツ様が重祚した。故レイ王を失ったナルヴィッツ様は急激に力を失い、そのためにフィリアがシーカーを兼任しながら政務の多くを負担していると聞く。それでも、ナルヴィッツ王はまだ王と呼ぶにふさわしい貫禄や威厳を持っていた。あのぼろぼろになってしまった王の間の立派な椅子に座っていなくても、彼は王様に見えた。彫りの深い顔で、鼻筋が、ぴんとしている。ぴん、と。
「そうなんですね。ノヴァは……なんで、あんなことをしたのでしょうか」
「シリカ殿。貴女の気持ちは、お察しする。だが我々も……私も、そこで眠っているフィリアも……同じ心持であることを心得よ。フィリアも、そしてここにいる5名の、貴女以外のセラフィタスも、心の味方となることだろう」
「ありがとうございます。身に余ります」
王と会うのは初めてではなかった。四貴族として偉い人と会合することは何度もあった。やっぱりそのたびに、この王様はほんとうにいい人だと思ったものだった。親戚のおじさんと言ったら王様に失礼だけど、エラ王のラスター様よりは、ナルヴィッツ様のほうがすきだった。
「では、貴殿ら、セラフィタスになる資格を持つ者ら。まずは、即刻加入を決めた3名に、それぞれ100万インを支給する」
ええっ、と目をまん丸にするソテル。「ほんとうですか。そんな大金……」
「貴殿らの使命を考えればはるかに安い対価だ。これは手付金であって、仕事のために追加の資金が必要なら私かフィリアに話せ。これは国家予算、つまり民の税から出ているものだから、湯水のように使うことは許さんが、とはいえ、貴殿らの仕事は、すべての人類の命を賭けたものだ。文字通り、誇張などではなく、な。よく理解したうえで、使ってくれ」
すごい話だ。国庫から直接私達は経費と給料を受け取るのね。
「何か質問があれば、私とフィリアがいくらでも受け付けよう。何度も言うがこれは世界のため、すべての国民のための使命であるので、ただ……今回は構わないが、基本的にはフィリアに話してほしい。シーカーは資質のある者を探す役目と、セラフィタスを管轄し取りまとめる役目があるのだ」
フィリアは、眠ってしまっていた。彼女もソテルも、昨日のショックで気を失ってしまった。昨日から、一度も目を覚ましていない。レテアはすごく心配している。医者が言うには、命に別状はないというけれど……。
「とにかく、フィリアとソテルが起きるのを待つしかないわ」とレテアが言った。「私は、ここにいます。ソテルが起きるまで」
エレアナが髪を棚引かせて立ち上がった。「私は独自に捜査をしてみようかと思う。待つのは性に合わん。そのうえまだ子供達は行動に移すには早いという段階ならば、私が行くしかあるまいな。レテアは、ここにいるなら、ソテルだけでなくフィリアも看病してやるといい。ナルヴィッツ王の言う通り、フィリアは我々セラフィタスの監督的な立場であるらしいし、医者にすべてを明かすのも不都合があるだろう。頼めるか?」
「……分かったわ。じゃあ、ここに私は基本的にずっといるから、連絡係だと思ってもらえると、便利じゃない? 王様だって忙しい。何かがあったら、ここに来て」
全員がそれに同意した。そして、私は言った。
「じゃあ……私は、リリアント家に、戻るわね。セラフィタスのこと……このことを、ウィルお父様と、グレイお父様に、お話をしないといけないから」
すると、その場にいる全員が、キョトンと、何か言いたげに私を見つめていた。
「全員を代表して私が言おうか。子供達には、そんな度胸は無いだろうから。……シリカ。おまえの……リリアントは、何か、複雑な家庭なのか?」
「……? なに? どういうこと? エレアナ」
「いや……そうだな。ああ……ふつう、父親は2人はいない。いや、普通は、だが。何やら、事情があるのか?」
あのエレアナが、たじたじになっていた。私……?
「あれ?」
脳内にくすぶっていた何かが、少しだけ消えたような気がした。あれ? あれ? ぶるるっと、全身が震える。そうだ。これって……。
「待って。……これ……え? え? えっと……そうだよね。父親って……お父様って、1人だけよね? ごめんなさい、複雑な家庭環境があるわけじゃないの。あれ? でも……」
「ふむ。なにがしかの、精神操作系、記憶操作系の魔法にかかっているのか? ……いや。いや。いや違う、待てよ。レテア、おまえはどうだ」
突然話を振られたレテアは、ちょっとびっくりした顔をしながら、けれどすぐに目を見開いて、怯えながら、なるほど、ってつぶやくように言った。「私も……ああ、気持ち悪い。私もね、シリカ。『リリアント家の家督は、ウィルとグレイの2人だ』って思ってるの」
「その通り」とエレアナが言った。「私も同様だ。その違和感に、今気付いた。だが私も今の今まで、当然ヤツらがリリアント家の家督だと思っていたぞ。……不愉快だな」
「私もだ」とナルヴィッツ王が言う。「既に……メルアからの何かが、私達を襲っているのやもしれぬな」
やもしれぬな、って言われても……。
目の前が真っ暗になりそうだった。私、どうなっちゃうの? いったい、何が起きているの?
「待って。待って。どういうこと? おかしくなりそうだわ。ジェイルも、セリカお母様も、ノヴァも……そうよ、ノヴァもいなくなって、お父様が……」
「落ち着いて、シリカ」私のところまで駆け寄ってきて、レテアが手を握ってくれた。「大丈夫だから」
アルファンという女の人も私の隣にやってきてくれて、「大丈夫ですわ」と肩を支えてくれる。「きっと、大丈夫ですわ。私とお兄様が、何とかしてみせますわ。もう、私達は仲間ですから」
その兄であるヴィクターも、「……シリカ。僕たちはまだ出会って間もない。だが、僕はそんなに怯える女の子を見放すことはない。アルファンもね。だから……ゆっくり、休むといい。シリカ、君は……無理を、することはないさ」
動悸がする。これ以上、私は失うの? 何が起きているの?
主よ……。私に、リリアント家に、家族のみんなに、ご加護をお与えくださいますように。
その後、セラフィタスは3組に分かれた。ソテルとフィリア、それを見守るレテア。単独行動のエレアナ。そして、リリアント邸に向かうシリカと、その付き添いをすることになったヴィクター・アルファン兄妹。
彼らはこれから、犯人当てを始めることになる。最初の問題。魔法局副局長グレイと、エラの高級官僚ウィルのどちらが、偽物の父親なのか。あるいは、第三の人物が本当の父親という可能性もある。そしてこれからも彼らは、犯人当ての問題を繰り返す。未だ明らかにならない真実は、M1、M2、M3、M6、M7、M8の6名。
私は鏡の前で茶髪を整え、柔らかな椅子に腰を下ろす。この部屋は気に入っている。私のための部屋だ。
セラフィタス。彼らは気付いていない。それどころか、あの城の周辺にいる誰もが気付いていない。イグニクア城周辺で起きた衝撃波のことを隠蔽するために、誰かが人々の記憶を改竄したことを。
いや、記憶を改竄したどころではないのかも。だって、シリカは、『フィリアとソテルは一度も目を覚まさなかった』と思っているみたい。ねえ?
ねえ。
考えてもみて。
自分の親が、自分を見捨てるということ。優秀な親が、能力の低い自分を見捨て、愛さなくなるということ。いくら自分が努力しても絶対に追いつかない親という存在が、自分の人生のすべてを阻んでいるということ。
そんな状況になったら、あなたはどうする? 親を憎む? 自分を憎む? 世界を憎む?
そうして、楽園を求める? 自分の願いが叶うような、理想郷を探す?
次の問題。考えてもみて。
自分の親が、存在しないこと。物心がつく前か、ちょうどそのころには、両親は暗殺されてしまう。それは身分制度が引き起こした歪みであり、身分の高い両親は、誰かの恨みを買って死んだのだ。犯人が誰かは分からない。
そんな状況になったら、あなたはどうする? 誰を憎む? 制度を、世界を憎む?
そしてまた、楽園を求める? 自分の親が死ななくてもよかった、身分制度のない、だれもが平等な世界を。
今日はここまでにしましょう、と思って、私は部屋を出る。私には日課があった。
破滅の時は近い。
これでもう、最後になればいい。
TOPIC……イグニクア王宮現代史(年号は下4ケタのみ記載)
2155年 センが第153代イグニクア王に即位
2179年 ナルヴィッツが第154代イグニクア王に即位
2180年 センの妃コラスケートが病死、同年センが病死
2197年 レイが第155代イグニクア王に即位
2206年 零六事件おこる。イグニクア王が焼失、レイとその妃リウが死亡する
2206年 ナルヴィッツが第156代イグニクア王に即位(重祚)
2222年 現在。後継ぎはおらず、ナルヴィッツ王の後継が問題に




