第15話「再集合?」T
ノヴァは、私の大事な人だった。恋愛感情はなかった。私がまだ子供だったころは、好きになりかけもした。なんでかって、乙女は恋するものだから。でもね、私には、心に決めた人がいる。
……ノヴァは、私のことを救ってくれた。学校でいじめられていた私を助けれてくれたのはほかでもない彼だった。そのあと、いじめは減った。いじめがあるたびに、彼は私を助けてくれた。いじめっ子はやがて、私をターゲットにするのをやめた。
あのマフラーの下にほんとうの表情を隠しながら、いつだってノヴァは正義の味方でいたはずだ。
あのときから、私は、ありがとうと言えていない。ノヴァは、礼は言うなと釘を刺してくる。大人として、当たり前のことだって。でも、私は言うべきだった。絶対にいつかお礼を言うと思っていた。子供だった私は、どうやってお礼を言えばいいか分からなかった。ただ一言、ありがとうと言うのも、気恥ずかしかった。それでも私はずっと、ノヴァに、幸せになってほしいと思っていた。こんなに良い人に、主のご加護がありますように。幸せに、なれ。
でもノヴァは、メルアだった。M5というらしい。人を滅ぼすための組織で、5番目に偉い人。
そんな思考の渦に引きずりこまれてしまいそうな私の意識を、「改めて。私の名は、ナルヴィッツ・フォン・イグニクア」という、王様の言葉がさえぎった。「貴殿らには、セラフィタスになってもらいたい」
フィリアは、「基本的には、私から説明いたします」と言った直後、胸をおさえて、苦い顔をした。「すみません。まだ、身体が本調子ではなく。こんなふうに、ベッドの上で語る無礼をお許しください」
ソテルが「俺だってベッドの上で聞いてるし、いいと思うよ」と言う。隣のレテアが、もうソテルったら、みたいな顔をした。
最初に、改めてという自己紹介をする流れになった。イグニクア国王のナルヴィッツさまと、シーカーという役職に就いているフィリアは、もう説明の必要はない。
「じゃあ、改めてだけど……俺は、ソテル・ミレカータ。もうすぐ16歳だ。昨日の夜のうちに医者が見てくれて、俺の傷はそんなにひどいものじゃないと言われた。あと1日か2日か休めば、少しだけでも動けるようになると思う」
「レテア……フォン・プロアミル。同じく、もうすぐ16歳です。昨日使ったけれど、炎の魔法使いです」
「僕はヴィクター・デ・ササラ。18歳。冒険家だ。昨日は……ひどかったな。僕は、情けないよ。あの時、勇敢にも動けたのは、僕じゃなかった」
「お兄様の助手の、アルファン・デ・ササラと申しますわ。17歳です。実は、最近17歳になりましたの」
私は言った。「シリカ・フォン・リリアントと言います。魔法局員です。16歳です。予知魔法使いです。昨日も、それを使いました」
「私はエレアナ・スパルフォン。魔法原子操作と呼ばれる魔法使いだ。39歳。殺し屋をやっている」
当然、「ええっ!」といくつもの声が重なった。
「まあ、驚くだろうな。説明するのには私の過去を話す必要があるが、ここでは簡単な自己紹介に留めよう。まずはフィリア、説明してくれ」
医務室の中には、私たち関係者以外はだれもいなかった。本来は常駐の医療班がいるらしいけれど、ナルヴィッツ王が人払いをした。ベッドがたくさんあって、怪我人のフィリアとソテルはベッドの上で楽な姿勢をして、フィリアにはエレアナが、ソテルにはレテアが付き添っている。
常駐の医療班という人達のデスクは4つあって、魔法学校の保健室とはかなり規模が違う。そのほかに、棚にはたくさんの医療器具や飲み薬に貼り薬、薬草や何に使うのか分からないようなものもある。
窓は大きくて、朝の光がよく入って、健康的な温かさだ。
……フィリアは『セラフィタス』と『メルア』について説明をしてくれた。とんでもない話だった。すぐには受け入れられなかった。
メルアという、700年以上前から存在する悪い人たちの組織があるらしい。その人たちは、詳しいことは分からないけれど、とにかく人類を滅亡させたいらしい。そして、人類を滅ぼした後、自分たちだけの『楽園』というのを作りたいんだって。何を考えてるの、本当に。
フィリアの説明のあいだ、何度かエレアナが突っかかって細かい情報を付け加えたり、訂正したりした。エレアナは、どうやら事情に詳しいみたいだった。残りの若い人たちは、だれも口を挟まなかった。
メルアは何やらすごい力を持っているかもしれなくて、地震を起こすのが得意らしい。1485年(だいたいの場合は、西暦は、下4ケタで表すよ。)の85震災、一昨日の地震も、メルアが引き起こしたものだという。4人から8人程度の少数の人数で構成されるみたいだ。
いっぽう、私たちがなるかもしれない、セラフィタスというのは、約700年前に最初に結成された、メルアを滅ぼすための国家組織。
「なんで、私がその、セラフィタスに選ばれたんですか?」と、私はフィリアに聞いた。「私なんかより、もっと強い人とか、頭がいい人とか、いると思うんですけど……」
「私はシーカーという役職をそちらのナルヴィッツ王により賜っております。シーカー、あるいは『探す者』、『究明者』というのは、『メルアに対抗するための人材を探す者』のことを指します。私は、長い時間をかけて、相応しい者を探しました。それが、貴方達です」
ナルヴィッツ王が言う。低くしゃがれた声だったが、威厳は失われていなかった。「貴殿らには、シーカーになってもらいたい。もちろん、命の危険が伴う仕事だ。それは昨日、身をもって実感しただろう。ゆえに、徴兵のように強制することはできぬ。金銭的・社会的な支援は国王、そして国家が行う。その任務に違わぬ報酬を約束しよう。すぐに意思を決定する必要もない。私とフィリアに、質問がある者はいるか?」
シーンと、沈黙。口をぽかんと開けて、スケールの大きさに呆気に取られていた。その静寂を終わらせたのは、もちろん、エレアナという軍服の女の人だった。「私はやろう。これまで資金調達とかメルアに近付くことのために殺しをやっていたのだ。それをやらずとも、そういう支援が受け取れるなら願ったり叶ったりだ。願ってもないのに叶ったりだ。渡りに船であって、棚からぼたもちであって、ゆえに私がこの好機を逃すことはない。イグニクア王の言う通り、子供たちは、すぐに決めずともよいだろう。今日は持ち帰って、家族と話してみるといい」
そんなことを、言われても……。私は昨日のことを振り返る。私が信頼していた、大好きだったノヴァは私を裏切った。そのことだって、まだ整理がついていないのだ。
「僕は……前向きに検討したいと思う」と声を挙げたのは、冒険家ヴィクターだった。「アルファンも、そうだろう?」
「……ええ。お兄様が、そう言うのなら。ですが、私達だけでは決められません。エレアナさんの言う通り、お父様とお母様に相談させてください」
あの兄妹は、なんだかハキハキと喋る。兄の方は白衣に眼鏡をかけていて、やや背が高い。白衣は、冒険には向かないと思うけれど。妹の方は、とにかく表情がかわいかった。ああいう、嫌味も屈託もない笑顔が自然にできるようになりたいな。そうやってアルファンを見ていると目が合って、あ、いや、年上の方ですよね、と口に出そうになった。
このふたりからは、育ちの良さがにじみ出ていた。失礼な話、四貴族の私やレテアとは暮らし向きは、そりゃあ、違うだろうけれど、それでも、純真な品の良い人達なんだろうという気がする。
そんなふうに彼らを見ていると、ソテルが言った。
「俺は、やろうと思う。レテア、いいよな?」
少しのあいだ、レテアはソテルの言葉に反応を示さなかった。何を考えているのだろう。レテアとはまだ、しっかり話をしていない。彼女と最後に会ったのは7年前。ジェイルが失踪してから数年。私のともだちはいなくなっちゃうのかも、と思っていたらレテアと再会できて、そして一番信頼していたノヴァに裏切られたのだ。
「うん。いいと思う。ソテルがそうしたいなら。でも……まずは、休んでよね」
「それはそうだな。流石に動けないから。この医務室に世話になろうと思う」
ソテルとレテアのほうは、私みたいな子供が言うのもなんだけど、危なっかしいというか、かげがあるというか……。それでも、こういう人のほうが、もしかしたらこんな仕事には向いているのかもしれない。だって、こんな話、信じられるわけがないから。すぐに受け入れて、命を賭けることができるだなんて……常人には到底できないことのはずなのに。
頭が整理できない。ノヴァのことがずっとノイズになって、私の思考を妨げていた。昨日から今までずっとそうだった。
私は言った。「あの……すぐには、決められません。みんな、簡単に決断できて、すごいと思います。私には、そんな決断力はないから……」
「いえ。それが普通ですよ」と、フィリアが包み込むみたいに言った。なんだか、セリカお母様みたいだと思った。そうだ、この人は見た目よりも年上で、セリカお母様と年が近いのかもしれないな。ああ、私ったらさっきから、失礼なことしか考えていないわ。でも、口に出さなければ大丈夫。「シリカ。あなたは、リリアント家のこともあるでしょうから、簡単に決められないのが当たりまえです。それに、他の者に関しては、私はシーカーとして地球上を探し回って、このセラフィタスという仕事に『向いている』人間を探し出したのです。このような状態であっても、昨日のような戦いがあっても、自分がやろうと言える者。それが、私の探し出した『セラフィタス』です」
「その……ノヴァは……えぇっと、ノヴァのことは、分かります。でも、さっきも聞きましたけど、どうして私が選ばれたんですか? 地球上の100万人以上の人から、どうして、私が……」
フィリアは少しのあいだ押し黙る。だれもが、会話のペースはゆったりとしていた。いや、違う。あの、エレアナという女の人以外は。みんなの頭の中にはきっと、それぞれの複雑な思いや事情があるんだと思う。
「ノヴァのことは、私の責任です」と、フィリアは言った。「ノヴァはもともと、私の前の代のシーカーでした。その更に前のシーカーであるヴェンデル卿に認められ、異例の若さでシーカーになった彼は……そこでシリカ、あなたと出会い、都合により職を辞め、エラに渡り、エラ軍の兵士となりました。つまり……シリカ、あなたがここにいるのは、彼の意思によるものです」
「ノヴァの……意思? でも……ノヴァは、敵だったんですよ。どうして、私を……」
「それは……」
分かりません、というフィリアの次の言葉の代わりに聞こえてきたのは、激しい轟音だった。
あまりにも突然だった。すぐ隣に雷が落ちたような音と、風船が弾けたような音、爆発が起きた音、猛獣の叫ぶ音……そういう音を、全部一緒くたにして、凝縮して、耳のすぐ真横で鳴らしたような音だった。
激しい頭痛と共に、ぶわっと全身が震える。めまいがして、辺りの音が聞こえなくなる。これは現実? 辺りを見渡すと、他のみんなも同じような反応をしているのが分かった。フィリアとソテルは意識が切れて、ふうっと倒れてしまっていた。




