第14話「紫電一閃/翌朝、セラフィタスはじまる」E/T
目を覚ますと、昨日よりは調子が良かった。身体は軽く、魔法力もよく感じられる。
宿を出る。地平線の先から太陽が顔を出しはじめる、朝6時。イグニクア城前メインストリートに合流し、城を向かって緩やかな坂を登って行く。この時間なので店がやっておらず、流石の大都会にも人は少なかった。ふと、物思いにふける。
今日もエオの夢を見た。亡き夫ヘンリーもいたし、弟のエルセスも、既に他界した両親もいた。全員が全員を愛しあって、大切に想いあって幸せな家庭を築く、平凡な景色の夢。夢は現実と異なるから夢と呼ばれる。将来の夢とは、現在の実情とは異なる、自分にとって理想的な状態を指すことがほとんどだ。理想とは、『現実』から離れたところにある。理想が実現されたときにはきっと、新たな理想が生まれてくるのだと思う。理想が現実となり、それからでないと始まらない理想が再び現れる。それを繰り返して人類は発展してきたし、これからもその営みは続いていくのだろう。その連続性が文化や社会、そして命そのものであって、その先に、その終着点に訪れるモノが一体何なのかを想像すると、私は寒気すら覚えるのだ。
何が言いたいか? そうだな……。私は、私自身のかすかな理想をつかみ取ることができれば、それでよいのだ。
これからセラフィタス達は、世界を救うために仕事を始めるのだろう。だが、私は違う。私の目的は、エオの復讐ただひとつだった。小さな理想を掴みとることは、ちっぽけなひとりの人間に許された数少ない権利なのだと私は思う。
やはり、理想郷とか楽園とか、そういう考えには一種の幼児性が備わっている。現状がいやだ、いやではないところに行きたい、いやなのは自分のせいではない、この世界が、社会が悪いんだ。このような思考と、腹が減って泣いている赤子の、どこが違うというのだろう。
何が言いたいか? 私は赤子だろうと何でもいい。ただ、エオの仇が取れるのならば、私はそれだけでいいのだ。だが、そういう意味でメルアは幼児の集まりであって、しかもそのために大勢の犠牲を必要とする。
メルアの目的は、現在の社会を破壊して、自分たちだけの新たな楽園を創り上げることだ。気にくわない現状の責任を自分ではなく世界の側に帰し、それを打破するために他者を犠牲にしようとする、どうしようもなく幼い人間の集まりだ。
シュッ。
大通りを歩いていると、何か小さなものが、鋭い金属のようなものが、風を切る音を私の耳はとらえた。
魔法を使い、その刃物の動きを止める。その刃物を手に吸い寄せると、ゲンドー社製の投げナイフだった。サバイバルに用いられるもので、暗殺者の初撃としては二流と言わざるを得ない。この時点で私は相手が自分よりも格下であることを確信。私が常にこの軍服の内側に隠し持っているナイフ6本は、いずれもモンクス社の高級品だった。
身体を音速にまで加速して、ひと気のない草地に移動する。そこには、私の頭をめがけてナイフを投げ飛ばした、地獄からの使者としか思いようのない女がいた。私に似た髪色の、しかし私よりは短く、濃い茶髪の、そして明らかに魔法局員と思われる人物だった。なぜならそいつは、局員の制服を身に纏っていたからだ。
「おまえはだれだ」と私は問うた。「なぜ私を狙う。見たところ、局員のようだが」
いや、相手をよく見ると、その顔には見覚えがあった。童顔ぎみで目がくりくりしている。やや病弱そうな身体。
「いや、おまえ……ステラ・ア・レヴィナスか。やはりおまえもメルアだったのか? なぜ私を狙う」
「メルア? 私をそんなものと一緒にしないで」と局員ステラは言う。不快感というか、おまえのことが心からキライだ、という態度を包み隠すこともなく。「私は、セラフィタス、おまえらを殺す。絶対に」
「セラフィタスを? なぜだ。まさか局員ともあろう者がリベラル的な思想を持っているんではなかろうな」
ふん、とステラは笑った。「その、まさかよ。おまえたちが、私は憎い」
ステラは地面を勢いよく蹴りだし、懐から先ほどと同じナイフを取り出した。
私は負けるはずがなかった。見たところ大した筋肉があるわけでも無かろうし、何が起ころうと私がそのナイフにこの身体を貫かれることはない。例えそうなったとしても、私は魔法原子操作魔法によってナイフの動きを停止させ、なるべき身体を傷つけることがないように引き抜いて、自分の傷を縫うことができるのだ。
「忠告しておこう」
私は一瞬でステラの背後にまわり、ストン、ヤツの右腕を叩く。神経反射で彼女はナイフを落とし、声にならない声を漏らす。
「まずは敵を知るところから始めたほうが良い。あと武器にはこだわることだな。セラフィタスはおまえごときでは相手にならん精鋭ぞろいだ」
というのはハッタリだが。
「……エレアナ……」
「ステラ。この世界の暗殺に必要なのは、相手をよく調べあげることだ。このヴィルテリア資本主義の中にはひそかに金持ちになる裏の手段がいくらでもある。それに、相手が未知の魔法を持っていたらどうする? そう、今の状況のように。命は軽い。殺し殺されの世界では、どうしようもなく命は軽いものだ。それをよく理解して、準備をして、確実に一撃でとどめを刺す。暗殺の要は初動だ。紫電一閃、一撃で仕留めねばならん。それができるスキルをまずは習得せぬ限り、そのレベルに達しないかぎり、きさまはセラフィタスの者と一戦を交えることすら叶わないだろう。そう、ちょうど今、おまえがこの私になすすべもなく敗北を喫する以外の選択肢を選べなくなっているように」
私はステラの右腕を掴み、彼女の身体ごと空中に持ち上げる。
「おまえの目的はなんだ。すべて吐け。さもなくば殺す」
「……クソ……」
煙のように、ステラの身体が消えた。
……分裂魔法。ステラ・ア・レヴィナスは分裂魔法使いだ。本体はどこか安全なところで私を見ているのであり、これは偵察だということか。
私はだれもいない虚空に、独り言をつぶやいた。
「だとしても、姿を見せることは愚策だったな。これで私は、おまえを敵だと認識してしまったことになる。そのことはセラフィタスじゅうに認知され、おまえはお尋ね者となることだろう」
それにしても……分身のほうに、実体を持たせることも可能なのか。分裂魔法使いは希少だが、世界には数人存在しているという。さっき私は腕を叩いてナイフを手放せたし、身体を掴んで持ち上げもした。こんなのに遭遇するのは初めての事だった。
はあ、とため息をついた。きっとこれから、こんなことは日常茶飯事になるのだろう。
カフェでエスプレッソをテイクアウトし、大通りの中心タイサンボク広場で休憩する。やはりコーヒーを飲むのなら味が濃かったり苦みがあったりといったものを飲むのがよいだろう、私が甘いものを好んでいたらおかしいだろう、という思いからエスプレッソを飲み始めたが、今ではすっかり身体がそれを欲するようになってしまった。最初は、完飲するには訓練が必要だった。そうやって人は大人になって行く。エスプレッソは量が少ないというのも、おつだ。
朝7時半。一息してからイグニクア城の中務庁舎医務室に向かうと、セラフィタスの卵である子供達と、私達を集めた張本人であるフィリア・ダ・セラフィスが私を迎えた。
目を覚ますと、ほこりっぽい古びたにおいと、自分以外の誰かのにおいがした。そうだ、ここは、イグニクア城隣にあるナントカ省の医務室だ。昨日、私達はひどいめにあった。
「シリカ。……おはよう」
レテアが、私の名を呼んだ。レテア。あのレテアが。びっくりだった。もう、二度と会うことはないと思っていた。
「おはよう、レテア。それに、ソテル、さん。おはよう」
「さんは付けないでいい」とレテアのお友達は言った。「年はほぼ一緒だろうから」
「そうね。私とシリカは、エラの魔法学校では同じクラスだったから」
私は深く頷いて、「ね。レテアはさ、その、それからいなくなっちゃってさ、もう会うことはないのかな、って思ってたんだ。だから、ほんとにびっくりした」
ふいに、ノヴァの顔が頭に浮かぶ。昨日のことを思い出したからだ。ソテルとレテアにも分かるくらい顔が暗くなっちゃったみたいで、ソテルが、「難しいことは、今は考えないようにしよう。9時には、ナルヴィッツ王が説明してくれるはずだから」と言ってくれた。
「そうだ。ソテル、身体はだいじょうぶなの?」
「ああ、ありがとうシリカ。動かなければ、大丈夫だよ。ただ、あと1日か2日は、このまま寝たきりだろうね」
「そうなんだ。……無事で、よかったね」
「ああ。本当に」
ベッドは12個あった。そんなに、官僚の人は身体を壊すのかしら。それとも、ブラック労働をさせるために、休息所を与えているということなのかな。その2つには、私達と一緒に集められたヴィクターとアルファンという兄妹と、私をここに招待したフィリアという女性も眠っていた。
「あのあと……私、すぐ寝ちゃったけど、何かあった? レテア」
「別に、何もないわ。エレアナっていう大人の女の人が出て行って、そのあとシリカはすぐに寝ちゃったじゃない? あのあとは、底で寝てるヴィクターとアルファン兄妹はこの辺の庁舎の中にある小さな教会に行って、お祈りをしてから眠ったみたい」
レテアの喋りかたっていうか、雰囲気っていうか、あの時の教室の中にいた私のともだちとしてのレテアと同じところもあったけれど、成長したからなのか、隣にいるソテルがそうさせているのか、なんだか大人っぽくて、身長が170センチ以上に伸びているっぽいのも相まって、なんだか、年上に見えた。
そしてソテルが続ける。「俺はさ、その、傷を負って気絶しちゃって、それで夕方すぎに目を覚ましただろ? だから夜には目が冴えちゃって、動けない俺にレテアが付き添ってくれたんだ。そのあいだ、特になんにもなかったよ」
「そうなんだ」
ソテルとレテアがそういう仲なのは、昨日レテアと再会してひとめで分かった。レテアは、あの時よりも遥かに幸せそうというか、表情が違っていて、まるで別人みたいだった。
すると、扉が開く。入ってきたのは、あのエレアナ・スパルフォンという、長い髪のキレイな女の人だった。
「おはよう。……少し早かったか」
私たち3人が揃って、おはようございます、と恭しくしていると、エレアナは、「敬語なんかは要らない。私はただおまえたちより先に生まれたというだけであって、尊敬されるような人間では無いし、これから私とおまえたちはある種長い時間を過ごし、様々なものを分かち合うことになるだろう。ああ、というよりも正直に告白してしまえば、私は敬語が苦手なのだ。相手との距離が感じられてやりにくいし、というか、おまえたちの平均年齢は16か17かそのあたりだろうが、その中で私だけ39というのはどうにも、気の知れた知り合いのように接してもらわねば、疎外感というか、場違い感というか、まあなんにせよ私はそう言った面倒な性格や考え方の持ち主であって、互いに要らぬ配慮をすることが無いように、敬語は互いに使わないようにしようと思うのだが、いかがだろうか」
ほんとうに、このひと、強烈な人だ。自分が喋っている間には絶対に横入りさせない、言いたいことを言いきって、もうお互い敬語は使わないことは決定しました、これに同意しろ、そういう確認をしている、というような圧があった。
「構わないよ」とソテルは言った。この強烈な人に、なんにも動じていないみたいだった。私も、とレテアが言う。
私も続いて「分かったよ、エレアナさん」と言うと、「エレアナでいい」と釘を刺される。一度しか言われなかったのに、『釘を刺された』と感じた。
すぐにヴィクターとアルファン兄妹も目を覚まし、みんな揃って朝食を済ませると8時半になり、そこでフィリアが目を覚ました。
「ここは……ああ、そうでしたね。皆さまがたを招待し、説明を始めようというところで……あんなことに」
フィリアはソテルよりも傷がひどいようで、少しは身体を動かせるソテルと違って、ほとんど動かないで、ただ話すことだけをしていた。「9時に、王がご説明をしにいらっしゃるのですね。分かりました。すみませんが……お水と、軽いパンでも、私にくださいませんか」
相分かった、とエレアナは部屋を出て、食堂に行って戻ってきた。ありがとう、とフィリアはエレアナに補助されながら栄養を摂る。
朝9時が訪れると医務室の扉が開いて、ナルヴィッツ王が姿を現した。正装で、壮麗なお姿で。
ベッドに横たわったまま、少し苦しそうにフィリアが言った。
「では……私と、ナルヴィッツ王から、説明をさせていただきます。昨日は、たいへんでしたが……本日この瞬間からが、すべての始まりです。セラフィタスとメルアについて、お話ししましょう」




