第12話「魔法原子」E
セラフィタス(の卵)がM4ナミダとM5ノヴァの襲撃を受ける1日前、2月7日。私はエラで最後の休日と思い、カフェでゆったりとした時間を過ごしていた。読み終わった本を閉じ、エスプレッソのカップを返却し店を出ると、私の眼のまえにナミダ・ム・ミレーが現れた。
「やっほーエレアナちゃん、元気?」
「今元気ではなくなった、心が。言わずともナミダ、お前のせいだ。何の用だ。まさか私が心から欲しているメルアの情報を寄越すなどとは言わないだろう。いやしくもおまえが私の友であったとしても、おまえは私には言わないだろうな。というより、それ以外の用で私のもとに現れたのなら、今すぐにここから立ち去ってほしい。今私は疲れているんだ。エオのことを想いながら心をすり減らし、知人どもも私の相手をせん。話し相手を欲する今この身だ、それは確かだがお前となると話が変わる。分かるだろう」
「なげーーーーー。すごい、長い一言よくそんな一気にしゃべれるね?」
ふざけた軽快な口調、猫のように愛らしい(ふうに見えるだけの)顔にウェーブがかった黒いセミロングの髪。涙の形をしたピアスが印象的だ。
この女はメルアに所属していることを調査済。私はやっと見つけた唯一のメルアの構成員だと言う事でさんざんちょっかいをかけてきたし、ナミダも夫と子をメルアが原因で喪ったという私の境遇と似ていることを気にかけてか分らんがとにかく突っかかってくる。互いに因縁的な関係のまま膠着中。
「これを最初に言うべきだった。何の用だ?」
「それを最初に聞いてほしかったナ。今日の用は……」
ナミダが消えた。それを知覚したその瞬間、嫌気がさすのを抑えて覚悟を決める。この女を相手に感情を出すことは意味がない。
「こういうことッ! あはっ」
再び現れたナミダ、それを作る職人が一体どこに存在するのかと是非問いたい、悪趣味なごつごつした突起やとげのある2メートル以上ありそうな剣をすでに私の体に振り下ろしている。
さあ私は逃げるしかない。反撃は不可能。オフィーリは魔法力が極めて高く、瞬間移動魔法を制限なしに使いたい放題。反撃してみようものなら命中する寸前に逃げられて終わり。
毎度すまんな、と世界に心の中で謝りながら、私は魔法を行使した。
自分の身体を音速以上の速さで移動させる。なぜ身体が無事でいられるかは不明だ。研究者クエントと魔法局長マホも不明としたので、しっかり不明だ。さあ音速を超えると現れるソニックブーム。ここはエラ中央都市。一番都会であるこの場所でソニックブームを巻き散らかすのは非常によろしくないというのは、誰にでも分かる常識だ。周囲の建物に強い衝撃を与えながら、まず私はエラとイグニクアの間にある広大な海を突っ切った。
海を跳ぶ。私が風を造り、それに従って波が生まれていく。
そしてナミダが目の前に現れ、今度は小さめのナイフをしっかり私の心臓めがけて振りかぶる。
海中に潜る。ナミダは海中に瞬間移動しただろうが、その直後には私は水から顔を出し再び海を切って走り出す。もうこれまでに海上追いかけっこをやりすぎて、ごまかし方のバリエーションがない。とにかくこちらの選択肢は逃げるしかない。これに気付いてからは私は、最初に見つけたメルアの人間がこの女であることを呪った。
すぐにイグニクア東海岸へ到着する。
「もういいだろうナミダ」
振り向けば彼女はいる。今度はモーニングスターを持っている。舐められているか。
ナミダが武器を振る。私は鉄球部を操作しナミダの顔面めがけて魔法力を放出する。
瞬間移動前に働いていた力は移動後も保存されることは調査済。『この鉄球はナミダの顔を打とうとする』という情報は保存されたまま。この世のどこに瞬間移動しようと、その鉄球はお前の顔面を撃つ。
しかしナミダは瞬時にモーニングスターから手を放し瞬間移動を行った。
そうだ。瞬間移動はナミダ本人と着用している衣類と手に持った物、手を繋いだ者だけを移動させる。それを利用して鉄球から逃れたナミダが次に向かう場所など、私の背後に決まっている。
常備している投げナイフを6本、雑に魔法で操作し背面に投擲した。
ナミダが私の目の前に戻ってくる。そのナイフのひとつを手で掴んで、私に見せびらかしながら。油断しているナミダの背後から、彼女の身体めがけてナイフを移動させる。『戻れ』。
そのナイフはナミダの体躯を少しだけ貫き、そして血が流れ出す。瞬時にナミダは移動し、数秒後、また私の目の前に現れた。
「痛すぎる! まさか、やられるだなんて! 油断してたよ、エレアナチャン! 追いかけっこは終わりだね」
ぺたん。私は座り込んだ。「ああ、疲れた。認めよう、お前の勝ちだ。この追いかけっこは何の目的だったんだ」
「あれ? 本気じゃないって、バレてた? さっすがエレアナちゃん頭いいー!」
そう言ってナミダはこの場から消え、セラフィタスの卵たちを襲うあの時まで、二度と私の前には現れなかった。
なんて面倒な奴だ。
メルアとして、ナミダは私を敵と認識している。だがこれまで彼女が本気で私を殺そうとしたことはない。
今回の追いかけっことミニバトルの目的は、私の魔法力を浪費させることだろう。大事なのはなぜ私の魔法力を使わせておきたいのかだが、まあイグニクア王からの招待の件が関わっているとみていいだろう。
明日いっぱいまでは満足な魔法が使えないだろう。私が今この状態になっているというだけですでにナミダの勝ちだ。だがどうしろと言うのだ。あんな魔法使いに誰が勝てるのだ。……そして実際、私が万全な状態ではなく、フィリアとソテルは大怪我を負うことになる。
私の魔法は『魔法原子操作』。私の魔法は希少で、既存のどの魔法にも当てはまらないものだったので、先ほども触れたクエントと言う若手にして高名な学者が私の魔法を直接分析した。彼は、私の魔法をそう定義した。魔法原子と呼ばれる、この世界を構成する小さなモノに干渉する魔法。それら魔法原子を素早く動かしたり、逆に静止させたり、分解したり、逆に結合させたりできる。私はこの世界を、発想と我が魔法力の許す限り、いくらでも変えることができるのだ。
弟と違って無学だった私は元素とか粒子とかいった話の座学を頑張った。自分自身を構成する素粒子を操作すれば速く動けるし、鉄球だってとうぜん原子の塊だ。そのほかにも魔法力の強さによって、理論上すべての物体を操作可能。そういう魔法。
ナミダの襲撃の直後、安い宿を取ってベッドに倒れ込んだ。天井の木目とにらめっこしているあいだ、とめどなく疲労が押し寄せる。
目を閉じる。身体中の筋肉が疲れ切っており、魔法力を急激に消費したことでフラついてくる。横になっているのにまるで馬車に揺られているかのような心地だった。ああ、頭が痛い。
「ああ、頭が痛い」
気付けば、口に出していた。そんな奴がいるか。ぼんやり何かを考えているとそれを声にしてしまうのが、私のどうしようもない癖だった。
まだこの宿の一室にはお天道様の光が降り注いでいたが、明日のことを考えると、もう寝てしまうのが最適、いや唯一の選択肢だろう。
どうしてこんなことになっているのだ。いや……それも、何もかもすべて、メルアのせいなのだ。
私は、絶対に、エオの仇を取らねばならぬのだ。耳鳴りに苛々しながらも眠りにつくと、私はエオが死んだあの時の夢を見た。
エオ。それは、私の子の名前だった。
ヘンリーと結婚したのは12年前のことだ。まさか私がひとりの男に惚れ、男の側も私を求めるなどという出来事が、私の人生に一度でも訪れるようになろうとは、夢にも思っていなかった。なぜなら、あの時の私は、本気で殺し屋稼業を生業にしていたのだから。あのナミダ・ム・ミレーと同じように。
ヘンリー・パスキースは男前で、会うたびに私の胸を打った。まさかこの私は、男の顔を見て恋をするとはな。幼いころは自分の美醜に一喜一憂し、行くところまで拗らせたものだった。だが、大人になってからというものの、そのような容姿主義は卒業したつもりだった。だが人間は例外なく美醜にとらわれているのだ。
ヘンリーは婿入りし、我がスパルフォン家で私の弟と共に3人で暮らし、私はすぐに身籠った。
彼との間に生まれたエオは、利発的で素直な男の子だった。私には勿体ない夫に、勿体ない子供だった。子が生まれた頃の私は、すべてに満たされていた。
しかし10年前。ヘンリーは若くして病死した。エオはまだ1歳で、私は絶望した。だが彼は天命を尽くした。病床で彼自身は、すべてを受け入れていた。私に立派な言葉をいくつも遺し、脳の奥深くまで強烈な記憶を刻み付けて行ってしまった。
そして6年前。エオが5歳の年だった。エオを連れてイグニクア東区フェボ県の海沿いに旅行する計画を立てた。エオは赤子の頃に父親を失ったことになるが、それによって偏った経験しか持たない人間に育てたくはなかったし、ヘンリーもそれを望んでいなかった。私は、エオに様々な経験をさせようと思った。
だが、あんな場所を選ぶべきではなかった。今でもヘンリーやエオの死神が私の目の前に現れる。彼らは、なぜあんなところに連れて行った、ぼくを殺したのはママの選択なんじゃないか、おまえのせいだ、おまえのせいだ、そういう言葉が、いつだって私を刺してくる。それを知っていたら、私だってあんなところには行かなかったのに。私を責める私自身の感情が、ヘンリーとエオの顔と声を借りて私の前に現れる。こんなのは、もううんざりだ。
……フェボ海沿いはリゾート地で有名で、家計にとっては多少贅沢だった。そして私とエオは海でのバカンスを楽しみ、ミ宿というペンションに足を運ぶ。個人経営の小さなペンションだったが、評判が良かった。だが、ああ、あの場所を選んだのは間違いだった。
チェックインを済ませるとエオは探検だ探検だと、楽しそうに宿を見て回る。そうして、ああ、あのエオは、あの純朴な瞳を煌々と輝かせ、私の服を引っ張りながら、地下へと伸びる階段を指さしたのだ。
「ねえ、ママ、階段があるよ」
「ほう。本当だな、エオ」
「地下があるってこと?」
そうだろう、と答える前に、エオの足は動き出していた。頭の中でたくさんのことを考えるような子だった。そう、何故ならば彼は私の子なのだから。興奮を私に伝えきる前に、彼はもう、死への道を歩み始めていた。
「転ぶなよ、エオ」と言うと、彼は地下から何かを言い返してくる。だがそれは聞き取れなかったし、そんな儚いやりとりが最後の日常会話だということを、その時の私は知らなかった。
「なんだって、エオ?」
階段を降りると、地下空間は暗く、散らかっていた。
「エオ? どこに行った? あまりママから離れると……」
爆発のような音が鳴り響く。
それがすべての終わりであって、始まりであった。
TOPIC……エレアナ
名前:エレアナ・スパルフォン
年齢:39歳
誕生日:22222222182年9月28日
職業:殺し屋
魔法:魔法原子操作
自慢:自分の長髪、自分の肉体(見た目も筋肉も)、弟、夫、子




