第9話「予感①/M5」S/T
「どういうこと、ナミダ!? あなた……まさか」
俺達を集めたシーカーであるフィリアが、突如目の前に現れた『M4』ナミダに向かって叫ぶ。
「ほーんとばかだよネ、フィリアちゃん」
ナミダの履く黒いパンプスがレンガを踏み歩く音が、緊迫した空間を端から端まで駆けまわる。天井の崩壊はおさまって、王の間一帯にレンガや瓦礫が散乱していた。「フィリアちゃんとどんだけ一緒にここで仕事しても、ぜーんぜん気付かないんだもん」
エレアナと名乗った、長髪に軍帽を被ったスラっとした女性が言う。
「どうやら私たちは全く情報交換をしていないようだな、フィリア。私は知っていたぞ。まあ少し私側から避けていた節はあるが。ああフィリア、もう私たちはだめだ、ナミダをまずは去らせよう、ここは勝つしかない、さあ見ろナミダを、もうやる気にあふれているだろう?」
その言葉に対しナミダは一瞬で姿を消し、そしてまた、鞭を持って現れる。
「ハハハっ! エレアナちゃん、その通りだよ! 私達は殺し合うんだよっ!」
ナミダが鞭を振う。しなる鞭は俺とレテアの方に。まずい。レテアを守らないと。俺が、守らないと。
「待て、エレアナ、フィリア、どういうことだ!?」
ヴィクターとかいう冒険家の少年が言う。混乱している。誰もが混乱していた。
「既にほとんどのことは説明されたように思う。後はおまえら子供達が、受け入れ、落ち着いて行動するだけだ」とエレアナは言った。「もう一度説明しよう。私の名前はエレアナ」
……なんだ!? 鞭が、ナミダのほうに戻ってゆく。
エレアナが名乗りながら腕を振ると、ナミダの鞭の軌道が変わった。
「ははっ。流石のエレアナちゃんだ。昨日のアレじゃぁ、効果はないかなあ?」
「子供達。おまえたちはここまで踏み込んでしまった。説明してやるから、よく聞くんだ。世界を滅ぼさんとするメルアという組織がある。そして私とおまえら子供達はメルアを滅ぼすために集められた。だが、その現場を、メルアが奇襲してきた、というわけだ。これは遊びじゃない。おまえたちも頭と身体を使って行動せねば、容赦なく命を落とす」
「命を……!?」
その言葉にシリカが怯む。
「大丈夫だ……シリカ」と、ノヴァという男がシリカの前に立つ。
俺はレテアの隣に駆け寄って、彼女の手を取った。「大丈夫だ。レテア。俺が守る」
レテアの顔色が悪い。当たり前だ。突然こんなことが起きて、冷静でいられる人なんて存在しない。
だが、俺は違った。『予感』があったのだ。
「さぁて。それじゃ、キミたちも状況が分かったと思うから、本番、行くよーっ!」
ナミダはそう叫んで、再び鞭を振り回す。黒く、風を切るその鞭の矛先が、シリカに向かう。
「っ……!」
ノヴァは身体を前にのめらせて、シリカを鞭から遠ざけ、足で鞭を蹴り弾く。その反動でナミダは、今度の狙いをレテアに定めた。
夢中だった。レテアを傷つけるのは許さない。
その思いで、身体を前のめりに身構えたその瞬間、バチン、と鋭い音がしなやかに打ち響く。
後になって、痛みがやってくる。俺は10メートル以上吹き飛んで、王の間の壁に激突した。肺からは空気が押し出され胸が押しつぶされる。頭を強打し、ふらふらする。痛い。激痛だ。
……死ぬ? こんなに、アッサリと?
「ソテルっ!」
レテアの悲鳴が聞こえる。彼女がこちらに寄ってくるのも、分かる。だが、身体が動かない。息ができない。
だが、俺には……強烈な『予感』があった。その『予感』に囚われて、俺はここではないどこかを見つめていた。
ソテルがレテアを守って吹き飛んで体を打つ。それを見て、私の神経は縮み上がる。ここは戦場だ。
「シル……立てるか?」
「ノヴァ。だいじょうぶ。わたしは、……だいじょうぶ」
そう、返事をすることしかできなかった。
ナミダは笑って鞭をぶんぶん振り回し、私の方を向いた。
「はは! 分かった? これはねぇ、遊びじゃないんだよ、シリカちゃん?」
恐怖が私を襲う。ナミダが私の名を呼んだ。吹き飛んだあのソテルを見てからだと、それは死刑宣告にも等しく思えた。
「ナルヴィッツ王……お逃げください……」
「……フィリア。任せたぞ」
ナルヴィッツは玉座の後ろの扉から一人部屋を去った。それを追う者はいなかった。
「ま、いっか。えぇっと……ね、お分かりの通り私ってメルアで~」くるくる楽しそうに鞭を回しながらしゃべり始めるナミダ。「M4って呼ばれてマス! ナミダ・ム・ミレー。覚えてネ」
「エムフォー?」とヴィクターが首をかしげる。こんな状況で、のんきな人だ。
「メルアは構成員をエライ順にM1、M2って呼ぶんだよ。私4番目ね。結構つよいよ!」
「というより、貴様、さっきからなんだその態度は! ふざけてるのか?」
「お兄様、こんな人とまともにお話をしようとしても無駄ですわ! とにかく、身を守らないとですわよ!」
「まー、それが分かってもらえたらそれでいいんだ。これ以上何も言うことないんで! ネ?」
ナミダが姿を消す。無音、無兆候で彼女は姿を消す。
「気をつけろ! 奴の魔法力は異常だ!」エレアナは軍帽に手を当て、深くかぶり直した。「無制限に瞬間移動をしてくるぞ!」
風。
後ろから風が吹き、王の間の扉を駆けて廊下の床を引っぺがす。が、エレアナが素早く腕を振ると風がぴたりと落ち着いた。
「ぐぁっ!」ヴィクターの声。
ヴィクターはナミダに背後から強く殴打され、そのまま床に倒れこんだ。
「お兄様っ!」
「あれー、いいの、エレアナちゃん? ちゃんと私のこと見てなくて」
「クソ……風は空気魔法使いが現れたことを誘うフェイクか。すまない皆、今は、本気が出せない。魔法力が足らない。誰かこいつを殺せ」
殺せ? 何言ってるの? そんなの……。
その瞬間だった。炎。私の後ろからナミダめがけて勢いよく炎が飛びだした。そうだ、レテアの炎魔法だ。
「うわあぁっ!」
ナミダは瞬間移動し、今度はフィリアが床に膝をつく。
アルファンの体が動いた。
「『ナミダ』……!」
勢いよく駆け出し、こぶし一つでナミダに攻勢をかけるアルファン。が、簡単にナミダは姿を消しエレアナの背後に現れる。
その瞬間ナミダの身体に炎魔法が命中した。
「あら、当たったわ。必ず誰かの後ろに現れる癖があるみたいだから、魔法を置いてみたの」
「レテアちゃん! やるネ!」
直後そばにいるエレアナが高く跳び、鮮やかな脚技をナミダに放つ。この人、軍の人なのかな。
立ち上がったフィリアが動き出し、さらにナミダを追い込んでいく。
ヒールを履きながら回し蹴りを打つエレアナに対しナミダはやはりその後ろに移動する。しかしそれを読んでいたアルファンが、彼女の服をガッシリ掴んだ。
「これで瞬間移動、できないんじゃありませんの!?」
「ウーン……」
ナミダが頭に手を当てるその動作をし終わる前に、起き上がったヴィクターの体当たりがナミダを襲う。
ヴィクターは勢いを殺しきれず倒れこむが、ナミダはそれに飛ばされてなお瞬間移動し、1秒後にはまた元気な姿で王の間に現れた。エレアナがまた光のような速さでナミダに駆けていき、腹部からナイフを取り出す。フィリアが自分の身長よりも長い槍を起用に振り、ナミダを追い詰める。エレアナを囲うように3つの炎が演舞する。
……なにが、起きてるの?
私以外の全員、あっという間に状況を飲み込んで、そうして恐ろしい戦いに加わり始めた。
私は、恐ろしくて身体が動かない。足がすくんで、立っているのと見ているので精いっぱいだ。……私、どうしてこの場に集められたの? 目の前でこんなに勇敢な人が、命を賭けて、こんなことを……。
いや……。冷静になって。いまここで私みたいな、ただのか弱い女の子ができること。……そうだ、予知魔法だ。
幸い敵は一人。数人がかりで時間を稼いでいてくれる。
私は近い未来を見るのが得意なほうの魔法使い。さあ、集中だ。
見える。私には、未来が見えるのだ。そう、ナミダが数秒後、エレアナに攻撃を仕掛けることを。
「……エレアナ、右」
エレアナがとっさに右肘フックを虚空に向けて放つと、ちょうどその場に現れたナミダに命中した。
「ひゃあっ! いった~~い! エレアナちゃんサイアク! 女のコに手をあげるなんて!」
「レテア、ソテルのほうに炎を撃って」
2秒後。ナミダは一度大きなダメージを与えたソテルに、とどめを刺しに行くのだ。
「えー、そう言われるとそっちのほう行けないジャン」
ナミダが消えた。
「……! おまえ!」
エレアナが光の速さで私のことを突き飛ばす。私のいた場所にナミダが刀剣を振り下ろした。あれ? 鞭を持っていたんじゃないの?
「あ……りがと」
「おまえの魔法、良い精度だな。おまえは、安全なところにいるんだ」
フィリアが投げ槍を投擲し、それを見てエレアナはどこかへ飛んでいく。ナミダが現れたところにはすでにエレアナがナイフを飛ばしており、またもや姿を消すナミダ。
彼女は現れない。5秒、10秒。
警戒を解く者はいない。
意識を集中するには長く、状況を理解するには短い10秒。
悲鳴。
フィリアが音を立てて倒れた。腹部から少量の血を流している。
「え……?」
私は目を疑った。
「……」
フィリアを突き刺したその男は、私のほうを見ても、表情を変えなかった。
続けざまに鈍い音と小さなうめき声が聞こえてくる。
「ソテル!」
レテアが、宝物を護る子供のように強く、意識を失ったソテルを抱きしめた。彼の右足からは鮮血が出、衣服に染み出している。
「じゃーん、びっくりした?」
「ナミダ貴様……!」
拒んでいる。私が、あなたを拒んでいた。そうして、言葉を絞り出す。
「なんで……?」
「シリカ……さらばだ」
ノヴァが壁に飾られていた刀を手に取り、アルファンのほうへ駆けだした。
「クソっ。なんてことだ!」
ノヴァの刀の動きが止まる。
「エレアナが面倒だ……M4、殺せないのか」
「あーんM5クン、だめ。私エレアナちゃん大好きなの。いくらキミがデウスに似てるからって、だめ」
エレアナはノヴァの刀を魔法で打ち止め、ナミダが再び手にしている鞭を彼女の手から叩き落した。床に、ごろんと、鞭が転がる。
そして、彼女は言った。「M5……! おまえは……」
「俺はノヴァ・カラミティア。ああ……M5とも、呼ばれている」
ノヴァ? ……何を言っているの?
感情が追い付いていない。理解できない。
「ソテル!」
血がどくどくと流れるソテルと、彼を抱き涙を流すレテア。
もうだめだ。
私の頭はもう、状況を何も、理解できなくなっちゃった。




