第8話「M4」S
「よろしい」
ナルヴィッツ王の声には威厳があった。
ここに集まる9名が、自己紹介を終えた。他の人達も俺とレテアと同じで、フィリアから招待を受けたのだろうか。
知らない人との初対面は、俺は苦手なほうだ。7人も知らない人がいると思うと、少し気まずかった。
「貴殿等4組7名を集めたのには理由がある」
俺とレテアには、ある予想があった。1年前のステラという女からの襲撃と関係があるのではないか。
それだけじゃない。結局、俺は1年前からあの感覚の正体を一切つかめずにいる。『俺は、15歳から16歳になるまでの1年間を過ごしたことがあるのではないか?』
俺は1年前の2月22日、激しい頭痛と体調不良に見舞われた。そこで俺は、記憶の混濁を起こした。15歳から16歳までを俺は過ごしたのではないか。また俺は、15歳をやり直すのか?
タイムスリップをしてしまったのか? その副作用か何かで、体調を壊したのか?
実際あれから半年以上もの間、変な記憶の夢を見たことも、医者に見せても原因不明の体調不良にたびたび見舞われた。だが、こんなことはレテアにしか相談できていない。
「それって、もしかして」と俺は口を開く。
するとすかさず、ヴィクターとか名乗った眼鏡の男が、「そこの君! 王がお話しだろう。口をはさむのはよろしくない」と噛みついてくる。しかしこれまたすかさず、「お兄様のほうがうるさいですわ、お静かに」と妹にたしなめられていた。何だこれは。
「みなさん、お静かに。ただでさえ、話すべきことはたくさんございます。後から質問の時間は設けますから、一度、お話を聞いてくださいね」
フィリアはナルヴィッツ王の隣に座って、少し厳しそうな顔を作っていた。でもレテアに見せる顔はもっと優しい。
「私が話を続けます」
レテアはエラから逃げ堕ちてきた貴族だが、その時拾い、俺の家で受け入れられるようになるまで預かってくれたのがフィリアだ。レテアは彼女が恩人だとよく言っている。
「メルアという組織があります」
メルア。
頭が痛い。その名前を聞いて、俺がこの場に呼ばれた理由が分かってしまった。
その瞬間……俺は、少しだけ思い出した。
少し俯く俺にレテアは気付いてくれたようだが、互いに何か言葉をかけあうことはない。さっきヴィクターに怒られたし。
見た感じノヴァ、エレアナの2人も『メルア』という名前を知っているようだ。
そうだ。両親はセラフィタスだった。……セラフィタス? そうだ、この名前も思い出した。確か、メルアに敵対していた正義側のチームの名前じゃなかったか?
その俺の思考を遮って、フィリアの話が続けく「この世界には魔法を使えるものが大勢います。魔法とはどういうものか、この世界に生きるすべての人は知っているでしょう。……そして、魔法が悪用されたらどうなるかも、想像がつくことでしょう」
「そういう輩は、魔法局で取り締まっているはずだけど……」
シリカが言った。彼女は魔法局員だと言っていた。それにたぶん、レテアの知り合いだ。
「はい。ですが……魔法局、ひいては局長マホ、さらに世界全体が感知できない範囲で長年犯罪行為を繰り返してきた組織が存在します。3度にわたる大戦をご存じでしょうか」
「おいアルファン! 覚えているかね」
そうヴィクターが高々に叫ぶと、「ええ、西暦22222220550年には第1次イグニクア・エラ戦争が起こりました」
「よく覚えているな! 僕は忘れかけていたがさすがはアルファンだ!」
第1次大戦は、現在から1672年前。
「第2次戦争……1111年」
ぶっきらぼうに、シリカと仲が良さそうなノヴァという男が、マフラーの下でもぞもぞ言った。
第2次は現在から1111年前の西暦22222221111年に起こったという奇跡のような数字になっている。
……頭が痛い。いや、集中しないと。
エレアナという女が口を開く。彼女は、他の集められた者とは年齢が20歳くらい離れている。
「第3次大戦が22222221500年、現在から722年前だ。かの有名な第3次では世界人口の9割が死滅し、復興が開始されたのすら20年後で、『戦後復興』と呼ばれたその活動が完全に終了したと宣言されるまでに400年を要した。そこまでを大戦と捉えるならそれは322年前ということになり、けっこう最近の出来事ということになる。……と、一般には言われているな」
「一般に? どういうことだ」
「フン。貴様は、ヴィクターと言ったか」と、エレアナは喧嘩腰だ。「まさかこんな子供と一緒くたにされるとはな。フィリア、これは私への当てつけか?」
「まさか。私が発掘した、メルアを滅ぼす資格と素質のある者たちです」
「フン。……だが、『第3次大戦』というのは、何かの陰謀で歪められた認識だ」
「歪められた……?」
疑問符を呈するシリカを遮って、フィリアが言う。「エレアナ、ちょっと、私に説明させてください。そうですね、第3次大戦は、本当は『崩壊の日』という、とあるたったひとりの人間による虐殺でした」
ええっ、と声が揃う。ノヴァとエレアナ、そしてフィリアと国王ナルヴィッツの4人以外の声が。
「世界は3度の大戦に見舞われた……そう教えられましたわ。魔法という兵器があり、犠牲の数は犠牲と言うには残酷なほどと記録されています。皆さんご存じのはずです。それが……3つめの大戦の裏には、そのような真実があると?」
犠牲者数は覚えるというものではないが、魔法の危険性や倫理的な教訓として学校でも学ぶし、常識的な事実だ。
「それらの大戦や、何より、先ほどの地震。……それらには、メルアという組織が関わっています」
フィリアは言った。
そして俺は、次にフィリアがなんと言うか、予想ができるような気がした。それは、きっと……。
「そして、あなた方を集めたのには理由があります。あなた方には、セラフィタスとして、メルアを滅ぼしていただきたいのです」
やっぱり。
そう思った瞬間、ガシャン、と、大きな衝突音が打ち響く。
天井のレンガが爆音を上げて崩れ落ちる。
エレアナが真っ先に動く。俺の目には、エレアナが光のような速さで走り出したように見えた。比喩ではなく、本当に。
レンガが降ってくる。そう思った時には、俺の身体は動き出していた。
ステラに襲われたあの時、俺は心の中で誓った。絶対に死ぬまで、レテアを守り抜くと。
俺はとっさにレテアを護れるところまで駆けていった。ヴィクターとかいう男もアルファンを護りに走りだすのが、視界の端に見える。
「ハハハ! びっくりだよ、フィリアチャン!」
誰かの声が、崩壊する王の間にこだまする。透き通った女性の声だった。
フィリアが傍に置かれた槍に手をかけたその瞬間、煙と共に、ゴゥン、と言う鈍い音が聞こえてくる。
俺たちが目を開けると、宙に浮かぶエレアナが目に入った。
その上には、紅く大きな炎が燃えていた。……は?
「メルアの洗礼か。舐められたものだ」
エレアナが手を、その大きな炎玉にかざす。炎がエレアナを屠る。危ない!
……そう思った瞬間、エレアナの手に近づいた部分から、炎が姿を消してゆく。
天井から、その華奢な身体に不釣り合いな大きな剣を引きずった、黒髪の女性が降りてくる。猫のように口元を緩ませ、楽しそうに笑う。
「ハハ。エレアナちゃんのこと、舐めてなんていないよ。舐めてないから、ここで潰すしかないと思ってやってきたんだから、サ」
メルア。俺は直感した。この瞬間から、俺たちの戦いのすべてが火蓋を切って落とされたのだ。
そしてエレアナが言った。
「やはり……ナミダ。その言葉は、こちらも返すこととしようか。おまえならば、この機を狙ってくると思っていた」
ナミダというその名前を聞くと、俺の脳内で何かが震える気がした。この女は、俺たちの敵だ。
「ハハ! せっかくだし、名乗っておこうか。……私の名前は、ナミダ・ム・ミレー。M4と、呼ばれているよ」
M4ナミダ。
エレアナの手はさっきの炎をすべて消しつくした。ゆっくりと床に着地する。髪や服についた焦げあとをぽんぽん叩いている。「いや、それともまさかセラフィタスはこれくらいの魔法で死にはしないだろうという一種の確認だろうか。というよりむしろここまで明確にメルアの者と接触できるのは珍しい。それに、ついにナミダがこんな場所で正体を現した。私は興奮している。ああ、しかも、炎魔法使いがメルアにいることが分かったではないか。メルア側も馬鹿なのではないか。いや逆か、もうこの一発で全員殺すつもりだったのだろうか、ああそのために昨日おまえはあんなことをしてきたのか、まさかそこまで舐められているのか?」
「すげーーーよく喋るね、エレアナチャン」
ナミダは大きく剣を振りかぶって、不敵な笑みを浮かべながら俺達を嘲笑する。
「さて。さてさてさて!」
興奮した様子で、楽しそうに、そして愉快そうに、M4ナミダは宣言した。
「すべての始まりだぁっ! キミたちセラフィタスと、私たちメルア。どちらが理想の世界を手に入れるのかのねっ!」
そしてナミダは、獲物を見つけた捕食動物みたいに、にやりと……そして、口角を上げて、大きな声で笑いだすのだった。




