第7話「22222222222.2.8/顔合わせ」S/L
揺れ。地震が起きた。
俺たちの体は重なり合った。
「ソテル……」
レテアの顔が赤く染まる。
「レテア、大丈夫か? ぶっ倒れるところだったな」
「大丈夫」
「すごく大きな揺れだったな。続かないと良いけど」
レテアとは同棲している。それでも突然、身体が触れるとびっくりする。それはレテアの方も同じらしかった。
「ごはん作ったから。汁物がこぼれなくてよかった。食べたら、行きましょう」
「いつもありがとう。今日は楽しみだな」
「ふふ。楽しみなの? 肝が据わってるじゃない、ソテルにしては」
「一言、余計だねえ」と俺は言った。
「さ、行きましょ」レテアも少しわくわくしている感じだな。いつもはもっと余裕がある感じだから、とても魅力的でどきっとする。
レテアは身長が170センチ以上ある上に、さばさばした、優しくも強い芯のある声をしていて、いつも俺に姉のように話しかけてくる。たぶん姉弟に見えるだろう。昔は恥ずかしく感じたが、今はそうでもない。
「ああ。出発しよう」
レテアとはこれまで長い間、共に過ごしてきた。このイグニクア王国で俺たちは一緒に生きてきたのだ。そしてきっと、これからもずっと一緒に生きてゆく。
運命の人。そんな実感があった。
恥ずかしくてレテアに直接そんな話はできない。でもたぶんレテアのほうも、同じように感じてくれているのではないかと思う。俺達は思考回路がよく似ている。今、レテアは俺が思ったことと同じことを思ったな、とよく思う。そして、レテアの側も、ソテルが私と同じことを考えた、と思い、互いがそのことに気付いて笑い出す。俺達は心の深い所で通じ合っていた。
だからこそ、レテアが俺との結婚を望んでいることも、言わずとも伝わっていた。
そもそもレテア・フォン・プロアミルはプロアミル家から抜け出してイグニクア国籍を取得したのだが、貴族特権で『フォン・プロアミル』の名が残っている。プロアミルの名前を捨てること、そして俺とこれからも過ごしていくことがレテアの願いであることは、これまでのたくさんのふれあいの中で何度も実感してきたことだ。
そうやってレテアのことを考えていると、「どうしたの? ソテル」と、顔を覗き込まれる。「緊張してきた?」
「いや。そうじゃないんだ」
俺は誤魔化すように言った。別に、いいんだけどさ、レテアのこと考えてたってバレたって。
「ふうん。まあなんでもいいけどさ」
今日のレテアはティアードワンピースを着て、金髪と高い背を際立たせて美しく見える。
「ああ、行こう。お城は城前広場を越えた先だ。いや、知ってるか」
言われた通り、緊張しているのかもしれない。
イグニクア城は、俺の家からは、少し南下して城前大通りに合流する必要がある。大通りはイグニクア城から東に向けて30キロメートルに及ぶ一本道が続く。城の近くには屋台が並び、枝分かれした道路沿いには、有名店や宿、オシャレな飲食店、観光客でにぎわうお土産屋などがギッシリだ。そしてそのへんを通り過ぎ、タイサンボク広場を越えて、大階段を上った先に、やっとイグニクア城が待っているのだ。
黄色のレンガ作りの大通りを、レテアと歩く。呼び込みの声。人々の雑談。虫の音。雑多な物音。すれ違う男性の息遣い。熱。レテアの足音。
「レテア、今日はずいぶん綺麗な格好をしているね」
「そうでしょう? 記念の日だから、お気に入りのワンピースを着てきたのよ。大事な話だと思うから、ちょっとはオトナらしくしようかなと思って」
「良いと思う。俺なんていつものシャツだしな」
「ソテルはそれくらいが似合ってるわよ。悪口じゃないけど、年齢相応って感じ。たぶん私のほうが張り切りすぎ」
「俺はそれでいいと思うよ。綺麗だ」
そんなことを話していると、思っていたよりもすぐにイグニクア城前広場に辿り着く。
俺たちは広場の端の長椅子に座って、一緒に噴水を眺めた。静かな時間が流れ始める。
「懐かしいな。あれから9年だな」
俺たちは7歳の時ここで出会った。
「ええ。あの時も今日みたいないい天気で、空がとても綺麗だったわ」
レテアは、風にたなびく金色の髪を抑えながら、太陽を見上げて手を伸ばす。
「クエント……元気にやってるかな」
「あいつ自身の決意でエラに行って勉強するって決めたんだ。応援してやろうぜ」
「そうだよね。私もエラに戻って、彼に会えたらいいんだけど……」
「レテア。やっぱりまだ、両親には会いたくないのか?」
気を遣いながらも、距離を置きすぎずに聞いてみる。レテアのことは変に刺激したくないが、レテア自身が、無理に気にしないでとよく言うのだ。
「ええ。こんなに長い間プロミアル家の長女が家出をしたとなったら、かなり評判は落ちている頃なんじゃないかしら。そしてお父様とお母様はきっと私のことを、もっと嫌いになっているのかも」
「レテア。余計なことは考えるな。今日はきっと、何かが変わる、大事な日になるんだから」
「ええ、そうね。……私らしくなかったわ」
そうは言うが……と、レテアの顔を見る。今日の雲一つない快晴、そして噴水の周りで無邪気にはしゃぐ子供たちの明るさが、逆にレテアの表情が晴れないことを際立たせている。
「なんだよ。別に無理にお姉さんぶらなくっていいんだぜ。俺たちは、まだ、ほぼ子供だよ」
「ええ。そうね。……ありがとう、気楽にいくわ」
そう言って、レテアは手足をぐんと伸ばした。
「俺はどんなレテアだって嫌いになんてならない」
目の前では、風のように走る子供たちが大きな歓声をあげている。
「ソテル……」レテアが、俺の手の上に、そっと手を重ねる。
「急になんだ……レテア」
目をそらす。レテアは俺と違って、積極的だった。
「いや。なんだか……ありがとう、って、思って」
そう言うとレテアは、立ち上がって空を見上げた。
今日は西暦22222222222年、2月8日。俺が記憶不良、体調不良を引き起こし、ステラ・ア・レヴィナスとかいう女に襲われたあの日から、ほぼ1年が経った。
レテアとそうやって広場を眺めていると、時間が近付いてくる。
イグニクア国王のナルヴィッツ王と、シーカーであるフィリアから直々に、城にお越しくださいとの頼りをいただいた。フィリアと懇意にしているレテアが直接、招待状を貰ってきたのだ。
「ほら、時間よ」とレテアは、座っている俺の正面を向いて、手を差し出した。「お城に行きましょう」
「ああ。寄り道はこれくらいだな」
「……ほんとに、ありがとね」
小さな声で、そう囁くレテアの言葉は、しっかりと俺の耳に届いていた。
そうして俺たちは、始まりの場所に向かうのだった。
「レテア、やっぱりすごく大人びて見えるよ。普段の姿を見てる俺でも、初対面の人でもそう思うはずだよ。とてもきれいだ」
「ありがとう。悪い気はしないわ」
と笑う私は実際とても喜んでいたが、それを表情に出すのは憚られた。だってここってお城の中だし。ソテルは行動は控えめだけど、とにかく、私を褒めるのが好きみたいだった。私が両親に一切褒められたことが無いという話をしてから、彼はよくそうするようになった。
大通りと同じく黄色いレンガ造りのイグニクア城内部は、入り口から伸びる大きな一本道からいくつもの通路が伸びていて、綺麗な装飾品、絨毯、絵画、小物で彩られている。
「とってもきれい。美術館かと思うわね」
「ほんとだな」
王の間へと続く階段。兵士や政治家のような人、学者のような人が行き来していて、一段一段のぼるたび、すごいところに来たという現実感と緊張感も高まっていった。
階段を抜けるとまた大きな通路があって、その奥に、『王の間』が待っている。
私とソテルは二人で王の間の扉を開けた。なんの躊躇いもなく、これから起こること、その未来への予感もないままに。
音を立てて重い扉が動く。広い空間の中に、私たちを合わせて9人の人間がいた。
そこにいる人たちを眺めていると、「えっ! シリカ!」と、思わず声が出る。
「えっ! もしかしてレテア!?」
シリカのほうも驚きの声をあげる。そうでしょうね。
「ふむ。全員、揃ったな」
王が咳払いをする。王は背が高く、老けていて顔にしわも多く、白髪と白いひげを生やしている。「では、始めよう。私がイグニクア王国の現国王、ナルヴィッツだ」
ナルヴィッツ王は六十代だったと思うが、その老いを感じさせないほどに威厳があり、白いローブがよく似合っていた。白い髪に白い服、黄色い王冠と、明るい色が目立つ。何より背が高い。
「王様。お招きいただき、感謝いたします」と、緊張しているソテル。
うむ、と王は頷いて、「初めに、全員、名、年齢、出身国を申告せよ。まず、私はナルヴィッツ・フォン・イグニクア。77歳だ」
「フィリア・ダ・セラフィスと申します。ナルヴィッツ王の側近としてシーカーという職、それに中央の政務の中枢を担っております。42歳で、イグニクア出身です」
何度会ってもフィリアは42歳には見えない。20代で通るきれいな茶髪の女性だった。
私にとって、フィリアはソテルに並ぶ命の恩人のひとりだ。
私が両親の虐待に耐え兼ねて家出をし、イグニクアに渡ったとき。私の話をよく聞いて、彼女の別荘の一つを、私の住み家として貸してくれた。ソテルと出会って仲良くなって同棲を始めるまで、フィリアには本当に世話になった。母親代わりの存在だ。
と、ソテルが立ち上がる。
「ソテル・ミレカータ。15歳です。イグニクア北、ビリア県に住んでいる者です」
「レテア・フォン・プロアミル……です。同じく15歳です。エラの生まれですが、今は、こっちで、ソテルと一緒に住んでいます」
プロアミルを名乗るのには、やはり抵抗があった。早く結婚して、ミレカータになってしまいたかった。
すると、白衣を着た眼鏡の男性が、勢いよく手を挙げて注目を集める。元気ハツラツで、威勢のいいひとだと思った。
「僕の名前はヴィクター・デ・ササラ、18歳、イグニクア生まれで、職業冒険家だ。お見知りおきを」
「私は、アルファン・デ・ササラと申します。ヴィクターの妹で、17歳、お兄様の冒険をお手伝いしておりますわ。よろしくお願いしますね」
このふたりは兄妹なのね。溶けてしまいそうな優しい声をした女性。アルファンと名乗ったこの女性は、2個上(学年では1個かも?)ながら、すごく話しやすそうだなと感じた。
ヴィクター・デ・ササラ、か。ササラ兄妹の中間名『デ』は、一般的には家庭の経済状況が低水準であることを示すことが多い。兄妹2人して冒険家と名乗ったが、確かに、遊んで暮らせるほど儲かるようなものではないのかもしれない。
この世界で6つの家系しか名乗れない『フォン』の名を持つ私の実家、プロアミル家とは暮らしの様子が異なるのだろう。
しかしそれよりも決定的に違う場所があった。
このササラ兄妹は、決定的に幸せそうで、愛されて育ったのだろうな、という点だった。私には分かる。愛されて育ち、自尊心に満ち溢れているという人間のことが、私には光って見えるのだ。闇が光を発するとしたらその闇を纏うであろう私とは対極の存在で、光そのものを纏った存在だった。
「ノヴァ・カラミティア、17歳、イグニクアの者だ……」
そして、その隣にいたマフラーを身に着けた暗そうな男性が言った。目つきが鋭い。口元が見えないから、余計に。
「シリカ・フォン・リリアントと言います。16歳で、エラ出身よ」
小さな子供のように可愛らしく、声の高い女の子。見紛うはずもない、あの時の教室にいたシリカのままだった。貴族の子たちは年齢に関係なく、身分を基準に学校のクラスに入れられる。ジェイルが失踪したと聞いて、どうかと思っていたけれど……。
感傷に浸る間もなく、最後のひとり、毅然とした態度の茶髪の女性が名乗りをあげた。
「エレアナ・スパルフォン、39歳。エラの生まれだ」
ソテル、レテア。ヴィクター、アルファン。シリカ、ノヴァ。そしてエレアナ。知らない者も多くて、身構えてしまうけど。
この7人とイグニクア国王のナルヴィッツに、シーカーのフィリア。
あわせて9名。新たなセラフィタスの物語が始まるのだ。
そして……私達は、この中に潜むメルアの存在に、まだ気付いていないのだった。




