第5話「ノヴァの祈り/理想主義者について」T/N
翌日。2221年、12月7日。
いつものように魔法局に出勤する。
私はエラ四貴族の一角、リリアント家の一員だ。
四貴族はいま、あまり調子がよろしくない。プロアミル家、センタネイル家、トラウトハ家のすべての次の家督候補が失踪するという事件的な状態になっており、調子がいいのは私たちのリリアント家だけだ。プロアミルの一人娘のレテアがいなくなったと聞いた時は私もびっくりした。これからも友達として仲良くやっていくと思っていたのに。
グレイお父様の仕事場の副局長室にちょっと寄ってお父様の顔を覗いていく。そこにはいつも通りグレイお父様がいた。今日もいつもと変わらない、普通の一日だ。
あー、ノヴァに会いたいな。あと、ジェイル……あなたにも。
私が魔法局で頑張る理由はたくさんある。
ひとつは、こんな私を局員にしてくれたマホ局長への恩返し。ひとつは、あこがれのグレイお父様と一緒に頑張れる環境がうれしくて。またひとつには、これまでお母様がなくなってからグレイお父様が家を一人で支えてくれていたから、大家族を今度は成人した私も手伝わなくちゃだな、と思っている。あと、四貴族がマズイ状況のなか、リリアントまで駄目になるわけにはいかないしね。
それで、もうひとつは……こうやって名のあるところで頑張っていれば、いつかジェイルが私に気付いて、会いに戻ってきてくれるかもしれないから。
ジェイル……私はずっと、待ってるんだよ。
お仕事が終わって、やはりノヴァに会っておこうと思った。
魔法局は、エラ中央都市のど真ん中にある。つまり、世界でいちばんの大都会だ。少し歩けば、エリツィリア大聖堂に辿り着く。ここは200年くらい前に創建された、エラ正教会の総本山だ。
魔法学校4つぶんくらいの敷地を持ち、まるで主が魔法で作ったかのような、壮大で豪華な建築に圧倒される。庭園も立派で、亡きセリカお母様と何度も訪れた思い出の場所だ。
正面入り口をくぐり身廊を歩く。神聖な空気感。高い天井、交差リブの先の『天の窓』から陽の光が注ぎ込む。聖堂全体には、信者は千人くらいいそうだ。いつものところにいるかな、と目線をやると、やはり側廊の長椅子の中央に座って、ノヴァは主に祈りを捧げていた。
「ノヴァ」
「シル。来たのか」
ノヴァ・カラミティア。身長は182センチで、筋肉がしっかりしている。口元を常にマフラーで隠しているのが最大の特徴だが、目つきが鋭く言葉数も少ないので、はっきり言って怖い時がある。でも、私はそんなこと全く気にならない。
ノヴァのほうも、同じふうに考えているらしかった。私の貴族的な口調や態度がきにならないのだという。イグニクア出身なのになぜかエラの軍に所属していて、魔法も使えないのにとんでもない評判がたっている。
「どうした」と、ノヴァがマフラーの下でぼそぼそ言う。
「主へ祈りに来たの。なんか、変な予知を見たから」
「そうか……」
ノヴァの目つきが優しくなった。今の短い会話で私を心配してくれたということだ。
予知のため主に報告、祈りにきたというのもある。本当はノヴァに会いたかっただけ。自覚はあるし、彼にもきっとばれている。ノヴァは最近、日中の大半をエラ教会で祈りに使っている。
「ねえノヴァ。すごく、怖い予知だった」
「……」
「私、これから、変な事件か何かに、巻き込まれるのかも」
「……」
「ほかの四貴族も、全員失踪しちゃったでしょ? もしかしたら、誰か、貴族に恨みがある人がいるのかもしれない。そう思ったら、怖くて……」
今は家で静かに過ごしている私と、いつも聖堂で祈っているノヴァ。グレイお父様やウィルお父様。妹たちのエリカ、マリカ、イリカ、そしてかわいい弟メリオン。みんな大事な家族だ。
あの予知が近づいてくるのなら、もうこんな日常は送れないのかもしれない。あまりにも、めちゃくちゃな予知だった。
「大丈夫だ……」
ノヴァは言った。静かに。だが、はっきりと。
「シリカは……俺が護る」
ノヴァはどんな顔をしていただろう。黒い目。濁った眼。表情はマフラーで見えない、見えなかった。
それがおかしいとは思ったことはない。あの時だけ、一度だけ、その下の顔を見た。
「うん」私は恥ずかしくて目を背けた。「ノヴァ……」
まだ言えない。まだ、あの時のお礼をしていない。
ノヴァ、あなたに、ありがとうって……。
ノヴァとの出会いは、おとぎばなしみたいだった。
「やめ……て……」
「ははっ! シリカ! お前の魔法、ちっとも使えねえじゃねえか! もっと強くできねーのかよ!」
ぎゃはは、と笑う男たち。水魔法を浴びせられる。
4年前。12歳だった私は、魔法学校でいじめを受けていた。
なんで自分がこんな目にあうのか。その時は分からなかったけど、今ならわかる。エラ四貴族であるリリアント家の長女に生まれた私は、そもそも目立ちやすかったし、心の中ではほかの平民を見下していた。それは反省しているけれど、あの時の水魔法を忘れたわけでもない。あの時のみじめな気持ちは、忘れられない。
「はははっ! ……うっ」
思い出すだけで背筋が凍る、ぎゃははという笑い声。
ある時それが突然止まった。
「何をしている……」
ある男がいじめっ子の肩に手を置く。
「なんだよ、おっさん!」
ノヴァはその腕一つで水魔法をはねのけた。
「その子に……謝れ……」
その時のノヴァは、世界で一番格好良く見えた。
でも……あの時の私は、びっくりするばっかりで、それに、何より自分がみじめで……ありがとうと、あなたに言えなかった。
「あの時と一緒だ」とノヴァは言う。「シリカに何があっても……俺が、守る」
そうやってノヴァに言ってもらえると、少しでも安心できる気がした。
ノヴァに頼りきりにはなりたくない。一時期は、ノヴァのことを好きになりかけた。でも、私、ジェイルを待っているから、他の人を好きになっている暇なんてない。それに、あの時の私はまだ弱弱しくて、こんなに頼りになるノヴァと恋になんて落ちたら、見苦しく、彼に依存してしまいそうだった。
それはよくない。セリカお母様にも打ち明けたけれど、どんなふうに考えるべきか、アドバイスをしてくれた。
そのお母様が亡くなった今、頼れる大人のひとりであるノヴァ。そのノヴァも、あの予知の中にいた。
「今日も熱心で、素晴らしいですね」
と、ティア大司教が私達に、声をかけられた。
「ああ……」としか答えないノヴァに、そんな態度は大司教様には不適切よと指摘してあげようかしら。でも、主の前で騒いじゃだめね。ティア大司教も、そんなに心の狭い方じゃないはず。
「シリカさん」
ティア大司教が私の目線に合わせてしゃがみこむ。お気遣いはありがたいけれど、私がまだお子様に見えるっていうのかと思って、がっかりだ! 大司教じゃなければ、地位は同じ四貴族のはずなのに。まあそりゃ、身長はかなわないけど……。
「はい。こんにちは、ティア大司教さま」
「……いえ……」
何かを言いかけて、そのままティア司祭は隣の部屋に行ってしまう。いえ、じゃないのよ。おそらく、レテアのことを聞きたかったのだろう。7年前までエラにいた、ティアの娘であるレテア。私と並んで、エラ四貴族の長女の一人だった。その2年前には同じく四貴族のジェイルが失踪していて、私は呪われてるのかと思った。この3人は奇跡的に同い年で、魔法学校では貴族クラスで、同じ教室で学んでいた友達だったのに。
ジェイルにまた会えますように。そう主に祈って、私は教会を去った。
次の日。12月8日。
今日も魔法局でお仕事。そして、グレイお父様と魔法エレベーターで出くわす。仕事が片付いてお父様と合流してからは、なんだかもうおうちみたいな感覚になってしまって、お父様の手を握りたくなる。一日頑張ったから、久しぶりにお父様と触れ合うくらいのご褒美はあってもいいよね。
「さ、帰りましょ、グレイお父様」
グレイお父様は魔法局の副局長なので、私と一緒に帰ることができるのは珍しい。それができるとしても、彼が仕事を頑張って、私の退勤時間に合うように時間を調整してくれていることがほとんどだ。
「ああ、シリカ。おうちでエリカたちが待っているよ」
そう言って、ウィルお父様は見慣れた優しい笑顔を私に向けた。
ああ、この日常がずっと続いてほしい。欲を言えば……ジェイル、あなたに会いたいけれど。
きっとこれが私の最上の幸せなんだ。そう思う。
ウィルお父様と手を繋ぎながら、静かに願った。
……私たちと世界に、主のご加護がありますように。
シリカがまた教会にやってきた。
俺に会いにきたのだろうか。もう、それには意味がない。
このマフラーとも長い付き合いだが、肌感では、シリカと過ごしてきた時間のほうが長い。それだけ想いが強いということだろうか。これは大きな変化と言っていいだろう。
あえて距離を取っているのに、シリカが詰めてくる。いいのだろうか。
「ノヴァ」
俺を呼ぶ大司教ティア・フォン・プロアミルの顔は、なんとなく険しい。何を疑っているのか。
「なんだ」
「これからのことだけど……」
「駄目だ。……俺は」
主よ。主に聞いてみる。主が答えることはない。
俺は主を信じていない。
主を信じる者がいる場所ではないところにいる。ここは主を信じる場所。信じる信じないではないが。
いてもいなくても、変わらない。
……ティアをいなし、エラ城に戻る。
俺はシリカを好いているわけではない。そんな汚れた感情を、もし自分が持っていたのなら、俺は自分を殺してしまいたくなるだろう。
シリカといい友人になれたというこの事実が、これからの未来にどのような影響を与えるだろう。いずれアデルの子孫であるフィリア・ダ・セラフィスによってシリカはセラフィタスに勧誘され、メルアと戦うことになる。ソテルやレテアだって、そうだ。
そして多分、俺もその中に加わるだろう。最初のうちは。
シリカと友人になったことが、間違いでなければよい。俺はそう、主に祈るのだ。
俺は今はエラ軍に従事している。エラ王も、他の者も、俺のことには気付いていない。まるで俺が、あの時イグニクア城で死んでいたかのように。
「おい」
と、俺は軍務長を呼びつける。
「おう。何だよ。ノヴァ」
「エルセス。おまえは、気付かないか」
「あ? 何にだ」
「メルアはもう、すぐそこまで来ている。分かるだろう?」
ふん、とエルセス軍務長は鼻を鳴らす。「おまえは社会的に見れば、取るに足らんたった一人の兵士でしかない。俺を変えたければ、実力を示して見せろ。俺に……それか、王に対してな」
食えない男だ。やはり地位を得た者は頭が固い。俺はそれを嫌ってここに来たというのに、またこれに悩まされるのか。
「ノヴァ・カラミティアだ」と偽名を名乗り、エラ城東側兵士宿舎に入り、ベッドの上に身体を沈める。俺が今していることは、正しいのだろうか。
考えていても答えは湧いてこない。俺はソテルやエレアナのように思索に耽るのには全く向いていないと、嫌というほど気付かされる。
……くだらんな。
理想の世界がどのような世界だと決まっている者は幸せ者だ。夢を見られる素敵な人間。
果たして主は、その夢を既に失ってしまった者も救うのだろうか。
TOPIC……ノヴァ
名前:ノヴァ・カラミティア
性別:男性
年齢:21歳
誕生日:22222222200年2月22日
職業:イグニクア官僚、イグニクア軍兵士、エラ軍兵士
好きな食べ物:甘いもの。辛いものは食べられない




