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『理想戦争』 ~ビヨンド・ヴィルテリア~  作者: 中上スパ
第1章「ソテルはじまる」
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第3話「キネの夢/ひとりぼっちじゃない」S/L

 夢を見た。これは夢だと、すぐに分かった。

 キネが、俺に言う。キネ。キネって、誰だ?

「ソテル」

「なあに、キネ」

「父さんが、死んだよ」

「え」

 俺は固まった。あの時まだ俺は子供だった。

 これは夢だ。そうだ、これは夢。なぜ今、こんな夢を見るのだろう。

「母さんも、死んだよ」

「……」

 キネの顔は暗黒そのものだった。それは、何もないということを意味した。恐ろしいとか、俺に悪意を持っているとか、そういうことではない。とにかく何もない。暗黒がただそこに広がっている。

 これは夢だ。だって、目の前の人間の顔が、何もないのだから。

「父さんも、母さんも、死んだよ」

 父さんのパテルと母さんのマテルは、セラフィタスだった。セラフィタス? どこかで、聞いたような……。それで、命を落とした。何者かの攻撃によって。

 苦しい。キネ。キネは俺の手を取った。俺の目を間近になって覗き込んで、そして言う。恐ろしい声色で。

「俺たちはもう、ひとりぼっちだ」

 ちがう。ちがうよ、キネ。キネがいるでしょ。キネ。……キネ。

 俺は何度もキネの名を呼んだ。だがキネは、一度も返事をしなかった。


 目が覚める。激しい呼吸音で。目の前でレテアが、過呼吸に陥っている。ああ、俺はひとりぼっちじゃない。レテアがいる。思い出す。

 瞳から光が失われ、苦しそうにあえぐレテア。ここはルウル教会の奥の部屋か。このままじゃいけない。今彼女を救えるのは俺だけだ。

「レテア」

 俺は言った。レテアの目に光が戻る。

「……落ち着いて。一緒に、吸って、吐いて、をしよう」

「ソテル!?」

「ごめん。寝ちゃってたみたいだ」

「ソテルっ!」

 レテアは俺に抱きついてきた。俺も抱き返す。状況は分からない。けれども、レテアが何かを恐れていたことは分かる。きっと、過去のことを思い出したのだろう。

「大丈夫だよ、レテア」

 優しく背中をさすりながら言った。レテアはまだ肩で息をしていて、ともすれば、俺のほうも不安になるくらいの取り乱しようだった。

「大丈夫。ぜったい大丈夫だよ」

 レテアが落ち着くまで、数分かかった。そのあいだ俺は、レテアに声をかけ続けていた。

「……ありがとう、ソテル。もう、だいじょうぶ」

「レテア。何か、飲むものが必要だ。持ってくるよ」

「いい」と、俺の服の裾(すそ)を掴む。「一緒にいて」

「分かった」

 レテアがいて良かった。恐ろしい夢のことを、忘れられた。

 俺は夢が怖かった。悪夢を見ることが多かった。身体は休息を求めるのに、いつも睡眠を、入眠を俺は恐れていた。

 起きるたびに、隣にレテアがいると、ひどく安心する。一人じゃない。ひとりぼっちじゃない。例え両親が事故で死んだのだとしても、俺にはレテアがいる。

 事故……? そうだ、事故で死んだ。両親は、事故で死んだのだ。

「ソテルこそ、大丈夫? なんだか、うなされていたけれど」

「そうだった? 何も、心配するようなことはないよ」

「そっか。ちょっと、苦しかったのかな。今日はずっと、調子が悪いみたいだし、あんなこともあったし」

 その言葉で、気絶する前のことを思い出す。そうだ。あの、ステラとかいう女。アイツに襲われて、俺は何かを言われて、気絶してしまったのだった。

「そうだ! あの後、レテア、大丈夫だったか! ステラに襲われて、それで……」

「ちょうど私が打ちこんでいた炎魔法が、十分な攻撃になったみたい。ステラは捨て台詞を言って、去っていったわ。あっちの森の方に」

 そう言って窓の外の森を指さすレテア。良かった。無事で良かった。既に離していたレテアの手を、再び握った。

「レテアが無事でよかった。本当に。……レテアを置いて、気絶しちゃったんだな。ごめん。怖かったよな」

「ううん。大丈夫。ソテル、今は、大丈夫そうで良かった」

「俺が、守ってあげられればよかったのに」

 レテアは首を振って食い気味に、「守ってくれたよ」と言って、手を握り返してくれる。「じゅうぶん、守ってくれた。それで、私達ふたりとも無事でいられたの。ソテルに悪いことをした、あのステラのせいで、ソテルは気絶しちゃって、それでも私を守ってくれたの。あの炎魔法は、ソテルがステラの気を引いてくれないと、打てなかった。ソテルは、私を守ってくれたよ」

「……ああ。ありがとう」

 良かった、本当に。レテアに褒められて、実際に傷ひとつないレテアを前にすると、安心できた。少しずつ、心が温かくなっていく。

「レテアがいてくれて、よかった」

 俺は改めて、さっき思ったことを言った。

 俺は……すべてを、忘れてしまいたいのだ。友達のこと、レテアのこと、考えたいこと以外のすべてを。嫌なこと、両親のこと、現実のこと、全部俺は、忘れてしまいたい。レテアと一緒にいれば、忘れたままでいられるのだ。レテアがいてくれて、本当に良かった。何度行っても、言い足りない。

「ソテル。ソテルがいてくれて、本当によかったよ」

 レテアは、そう言った。


「ソテルがいてくれて、よかった」

 と、私は言った。ソテルはさっき、嘘をついた。きっと怖い夢を見たのだろう。ソテルは格好つけたがり。私に嘘をつきとおせると思っているだなんて、なんて可愛いのだろう。ソテルのことなら、何でもわかるのに。

「もう少ししたら、おうちに、帰ろうか」

「ああ、そうしよう、レテア」

 私ももう少し落ち着く時間が欲しかったし、ソテルもきっとそうだろうと思った。ソテルは、起き上がって椅子に座った。いつもたぶん、ルウル教会の司祭さまが使っている部屋なのだろう。確か、司祭さまは、クルーデアとか言ったかな。聖書や偶像が多く置かれていて、なんだか良い匂いがする。

「ステラは、あの後なにか言ってたか?」

「べつに、大したことは。ソテル・ミレカータ、おまえ、セラフィタスなんでしょ、って言った後、ソテルは気絶しちゃって、そうして、レテア、って私の名前を呼んで、『おまえたちを許さない』って言ってた。気味悪いわ。ソテルと、私の名前を知っていた」

「レテアは……どうだろう、俺があの時レテアって呼んじゃったから」

「ううん、でも、おまえたちを許さないって、私のことを知ってるってことでしょ」

 当たり前だけど、ソテルも私も、ステラのことは知らない。会ったことも無ければ、彼女自身が名乗ったステラ・ア・レヴィナスという名前を聞いたことも無かった。

「私の……地位のことを、言っているのかしら。エラにいたときは、あれくらいの恨まれ方なんて、日常茶飯事だったから」

「……それは、つらかったな。そんな奴、許せないよ」

 ソテルは絶対に、私の悲しみに、寄り添ってくれた。そのたびに、ひとりぼっちではない、辛い思いをしているのが自分だけじゃない、ソテルの前にいれば、受け入れてもらえる……そう思える。私を拒んだあの世界と違って、ここには、理想的な世界が存在するのだ。

「うん。怖かった」

 ゆっくりして、部屋に通してくれたディオネ大司教に礼を言って、ルウル教会を出た。

 帰りは馬車か瞬間移動レンタルを利用しようと話す。瞬間移動レンタルは今はできないみたいだった。ナミダさんは、今はいないみたい。

 瞬間移動の魔法は特別だ。いまこの世で瞬間移動魔法使いは、ナミダ・ム・ミレーという人間しか確認されていない。ナミダという人はイグニクア官僚でありながら、瞬間移動レンタルとして名を馳せる長生き族のひとり。

「馬車、捕まってよかったな」

「ほんとうに。私も体力ぎれだったし、こんな状態のソテルを、これ以上歩かせるわけにはいかなかったから」

「なさけねえ~」

「そんなことないよ、ソテル」

 ははは、とふたりで笑う。

 ソテルは魔法を持たない。エラ人のわずかな一部と、イグニクア人の一部は魔法を持たない。

 魔法は遺伝によるところが大きく、おぞましいことに、父ゼスロトも私も共に、炎魔法使いだ。どちらかと言うと、母ティアの通信魔法の方が遺伝してほしかったと思う。

 魔法の種類もそうだが、魔法力も遺伝が大きく影響するし、先天性がものを言う。

 生物は進化する。私たち魔法使いの共通の祖先は魔法使いだったはずで、魔法が使えない人たちの共通の祖先も魔法使いではなかったはずだ。

 魔法使いと魔法使いでない者が子を産むと、子は高確率で魔法を持つ。

 ヒトは、魔法に順応し、進化し、いまや、魔法使いでない者はかなり少なくなってきている。これから先も長く続くであろう人類史において、人類総魔法使い時代の直前に、現代は位置するのだろう。魔法格差という言葉も、少しずつ廃れる風潮にあると思う。

「やっぱり、俺にも魔法があったほうが良いな」

「そんな、あれだよ、ソテルは今のままでも素敵だよ」

「だけど……やっぱり俺も、ガイヴ教が必要なのかもしれないな。レテアを、守りきるために」

「うーん……。とにかく、ね」と、馬車に揺られるソテルの手を取った。「ソテルは、今のままでも素敵だわ。これは本心だから」

「……ありがとう。元気、出るよ」

 ソテルって、可愛いわ。

 やがて、ソテルの家に辿り着いた。ミレカータ家とも言う。私はまだプロアミル。早く成人して、結婚したい。このプロアミルと言う名を、一秒でも早く捨て去りたい。そうすれば、少しでも過去が、現在の私から剥(は)がれ落ちる気がするのだ。

 ソテルと交互にシャワーをして、栄養を摂って、ベッドに寝転がった。

 夜になっていた。

「ソテル。だいじょうぶそう?」

「どうだろう。少しまだ、そわそわするんだ」

 ソテルは今日、目が覚めてから、心ここにあらずだった。頭痛とか、記憶が変だとか、不思議なことを言って、主に祈りに向かったところ、ステラとかいう女のせいであんな目に遭ったのだ。大変な一日だった。

「そっか。……大丈夫だよ。ソテルは、絶対大丈夫」

 そうして、ソテルの手を握る。

「ありがとう」

 長い沈黙があった。私達は通じ合っている。静かな時間だった。

「おやすみ、レテア」

「おやすみ、ソテル」

 ソテルがいてよかった。これからも、私はソテルと生きて行くんだ。

 大変な一日だった。でも、私達はまだ知らない。

 1年後、セラフィタスに加入してからの私達の人生は、もっとめちゃくちゃになるということを。

TOPIC……炎魔法

厳密にそれが自然の現象としての炎と同じ炎なのかは議論がある。

炎魔法使いは、手の先から炎を生み出し、放出する。

炎とは、炎魔法の場合には、正体未解明の球体を中心に燃えているものを指す。 

炎魔法使いはまず、魔法使いによって大きさや性質の異なる、無色透明で目に見えない球体を生成できる。それと同時に、その球体の周りに、炎が生じる。魔法使いによって、炎の色や強さが異なったりする。

この正体不明の球体は炎を活性させ、逆に炎を消そうとすると球体も消失する。

球体は魔法力や特徴に応じて重さを持ち、炎魔法を何かにぶつける場合、まずその重さによる打撃が加わり、炎による燃焼が後から効果を発揮することがほとんど。

また、巨大なひとつの炎を生み出すのを得意とする者もいれば、大きいものを生成するのは苦手で多くの数を生成できる者もいる。

炎魔法使いは、火が必要な生産業・製造業に就職するものが多い。また、そういう業界では炎魔法使いを優遇することもある。

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