第2話「2人の襲撃者/エラ四貴族」S/L
「レテア! 後ろ、何かいるぞ!」
レテアの背後に忍び寄る襲撃者。レテアの頭部に拳が振り下ろされる。
「レテアっ!」
とっさに身体が動く。レテアを突き飛ばし、襲撃者の顔を見る。険しい顔の女性。茶髪で、オシャレな服を着ている。
2人いる。それが2人いる。
「え……?」
同じ人物が2人いるのだ。
……いや、そういう魔法か。面食らっている間に、その人物は再びレテアに殴りかかる。
「ソテルっ!」
レテアは炎魔法を襲撃者に放ち、こちら側に駆けてくる。
「おまえっ……」
2人の襲撃者は全く同じ姿かたちをしている。だが、一方はレテアを、もう一方は俺を狙って襲い掛かってくる。
「なんだ……おまえ!」
「クソっ……」と女性は声を発する。俺らよりは年上だが、若めの感じだ。
この女の目的は……? 意味が分からないが、レテアの境遇を考えればこんなトラブルもないとは言い切れない。
その人物の左にいたほうがレテアに殴りかかっている間に、右にいたほうが俺の後ろに回り込んでいた。
「……くそっ!」
わけもわからずとりあえず目の前にいるほうの手を取る。するとその人物が、霧のように消えてしまう。
レテアのほうにいた人物が残った。
「分裂魔法? 聞いたことあるわ」
口元を拭って、レテアがその女性に話しかけた。「……私じゃなくて、父や母を襲ったらどう?」
「……」
襲撃者は何も言わなかった。
ただ突っ立っていた俺たちを敵対心丸出しでにらみつける茶髪の女性は、また再び2人に分裂する。
異様だった。自分の目か頭がおかしいとしか思えない。1人の人間だったのに、ある瞬間から、同じ場所に2人の女性がいるというように見える。重なっている? いや、実体はないのだろう。
左の襲撃者が俺のほうに駆けてくる。身体能力は普通の人間と同じのようだ。
俺は襲撃者に殴り掛かる。自分とレテアの2人を護るには手段を選べない。
襲撃者は俺の雑に振ったこぶしを簡単につかみ取る。あっという間に、俺の身体が傾く。というより、ゆがむ。ぎょっとした。
このままでは駄目だ。体術で負ける。
……どうすればいい? 考えろ。それだけが俺の取柄のはずだ。あのレテアの表情を見ろ。怖がって、俺のことを見ている。そうだ。レテアが俺を頼ってくれている。俺がレテアを守らないと。
……そうだ、とりあえず敵にとって想定外のことをしたい。ここで思うがまま、相手の攻撃にぎょっとしてこの腕に無理な力を加えていては意味がない。そういう相手を無数にしてきたはず。
この女は……俺からの反撃に備えている。じゃあ……いったんもうこの勢いのまま地面に倒れよう。
強い力で体に衝撃が加えられる。服と体が地面にこすれあう嫌な音。俺は無防備に倒れ、しかしこれで、襲撃者に隙ができた。
その瞬間に後ろから衝撃を受けた襲撃者が声を上げて体を地面に打ち付ける。綺麗に受け身を取って立ち上がり、俺達から距離を取った。
「流石ソテル。いかれてるわね、思考回路」呆れかえりながらも、どこか嬉しそうなレテア。
「いや、そっちの襲撃者は一瞬で消えるみたいだから、どちらが思考能力を持つのか、どっちもなのか調べるためにレテアに任せようと思って」
俺達を交互に見る女。「……くそ。聞いていたよりも強い」
「おまえ、何者だ」
「ソテル・ミレカータ。おまえ……セラフィタスなんでしょ」
「……は?」
セラフィタス?
全身に、雷のような衝撃が走る。違う。頭が痛い。割れるように痛い。
「セラフィタス?」と、レテアがおうむ返しをする。「なんなの、それ」
「しらばっくれるな! ……私の名はステラ・ア・レヴィナス」
ステラ。だれだ。いや、そんなのは関係ない。頭が痛い。耐えられない。
俺は膝をついた。レテアが俺の方に駆け寄ってくるのが分かる。俺を抱き上げて何か言う。だが、意識が遠のいていく。
「ソテル・ミレカータ。おまえは……」
ステラと名乗る謎の女の言葉が頭にこだまする中、俺の意識は、闇の中に溶けていった。
「ソテルっ!」
ソテルはもう私の言葉が聞こえていない。彼は私の腕の中で意識を失った。どうして?
「レテア」
ステラと名乗った女性は、私に敵意や悪意をむき出しにしていた。
いったい、なぜ? 彼女の目的は何?
「私は……おまえたちを、許さない」
それだけ言って、彼女は、教会の後ろにある森の中へ消えていった。
……もう、危険なことはない。敵は目の前から消え去った。
ステラというあの女。彼女はどうやら、一方的に私達を知っていて、恨みを持っているらしかった。彼女は、『おまえたちを許さない』と言った。これは、私とソテルのこと? なんにも分からない。恐ろしい。
私はソテルの身体を抱いた。怖かった。
「ソテル。……起きて。ねえ」
返事はなかった。
どうして。どうして、こんな目に遭わなきゃいけないの。どうせあのステラも、貴族に恨みを持った人なのだろう。それくらいしか心当たりがない。
どうして……生まれただけで、生きているだけで、こんな目に遭わなきゃいけないのか。貴族になんて生まれたくなかった。あの家になんて生まれたくなかった。
私はソテルの身体を背負って、教会まで連れて行った。
ディオネ大司教は、まあたいへん、と言って私達を奥の部屋に通し、ソテルをベッドに寝かせてくれた。
私は、ソテルが起きるのを待った。ディオネに言えば彼女は出て行って、ソテルとふたりきりにしてくれた。
どうしてこんなことに。主は、やはり私を見放したのか。
あのときのように……。
レテア・フォン・プロアミル。
それが私の名前。この名前を、私は激しく憎んでいる。
プロアミル。この苗字が、私の人生をめちゃくちゃにした父と母から受け継いだもの。彼らと私が家族であると示すもの。なりたくもなかった貴族に属することを示すもの。それを考えると、狂気が私の頭を支配する。
考えたくない。それでも、こんなひどいことが起こると、私の脳は、過去を想起することをやめずにはいられない。
父ゼスロト・フォン・プロアミルは、六人会議の一員で、高級の官僚でもある。権力に憑りつかれた男。彼は、母と私に、何度も暴言を吐き、暴力を振った。何度も、何度も。
母ティア・フォン・プロアミルは準貴族エッジフォスター家の出身で、何よりも、エラ正教会の大司祭の地位についている。ディオネと並んで、正教のトップに並び立つ2人のうちのひとり。彼女は、父も私も自分の権力だかなんだかのために利用するための存在だと考えていた。口も悪かった。
父も母も、相手を自分の利益にするための道具としか思っていなかった。
そして、貴族には当然後継ぎが必要だ。有力な後継ぎがいれば、立場はより強くなる。
自分のパートナーのことを道具としか思っていない2人が、新たな道具として生み出した存在。それが私だった。
父は、私が男でないことを強くなじった。男の方が優秀なんだ。プロアミルの次の家督が女にでもなってみろ。今すぐおれたちは地獄息だ。
母は、何のために腹を痛めたのか知らないが、私のことを愛してはいなかった。彼女の頭の中にあるのは、いつだって、テオスとかいう弟のこと、自分の権力のことだけだった。
私は、子供が当然向けられるべき愛を与えられる代わりに、自分が道具であるという現実を叩きつけられ、暴力と暴言だけを受けて育ったのだ。
暮らしは、それは当然、悪くなかった。プロアミル家を含む『エラ四貴族』はイグニクア王・エラ王と並ぶ地位を持つ。メイドたちを侍らせてきたし、美味しいものも食べてきた。友達も上品で立派な人たちばっかりだった。
だが、私の味方は誰もいなかった。貴族を目の敵にしている人からたくさんの中傷を受けたし、メイドは父と母の味方だし、友達は、『四貴族』とは一線を引くように教育されていた。あの時は友達だと思っていたが、ソテルやクエントを本当の友達と呼ぶのなら、彼らは友達ではなかった。子供は、自分と年齢の近い人間のことを『友達』以外に何と呼べばいいのか知らない。
私は貴族になんてなりたくなかった。あんな親のもとに生まれたくなかった。
どうして、生きているだけでこんな目に遭わなきゃいけないの。
生まれたくて生まれたわけじゃない。この世界自体が私の存在を拒んでいるのに、なぜ私は産み落とされたのか。
私の存在を、少なくとも拒んだりはしない、受け入れてさえくれればいい、そういう世界で私は暮らしたい。暮らしたかった。それだけが望みだった。私を拒まないというだけで、その世界は、私にとって理想の世界だった。
私は家出した。お金はあった。家から盗んだ。あの馬鹿どもは、現金を家に置いていた。家が一番信用できるのは当然かもしれないが、私を本当に掌握できるとでも思っていたのか。
そのお金を使って、エラ大陸を抜け、イグニクア大陸に渡った。私はそこで、とある出会いを果たす。
「う……」
突然、ベッドで眠るソテルが声をあげた。
「ソテル!?」
だがソテルは、目を覚ましたのではなかった。何か苦しそうな声をあげて、うなされている。嫌な夢でも見ているのかしら。
苦しくなってはじめて、自分が息をできていないことに気付く。
ソテルの状態が悪いということは、すなわち自分の価値が薄れ、だめになっていくということだった。
ソテルが目を覚まさない。こんなにも苦しそうにしている。額に汗をかいている。つらそうに。しんどい。しんどいのは私だ。ソテルが苦しんでいるだなんて、許せない。私と同じくらい、彼だって苦しんできた。私達はこれ以上、苦しむ必要なんてないのに。
だめ。いや。
苦しい。呼吸をしないと。息を吸って。吸って。吐いて。父と母のことがフラッシュバックする。自分を追い込んできたすべてが、私の周りで楽しそうに笑う。呼吸が荒くなる。目の前にいる愛おしいソテルが、どんどん見えなくなっていく。遠くなっていく。それがより、不安を駆り立てる。苦しみが、焦りが、ごぅんと唸るような音を立てて、私を殺しにやってくる。殺害しにやってくる。あの時の父が。私に炎魔法を打ちこんだ父が。腹の火傷の傷がうずく。あの時つけられた火傷が、今も燃えている。あの炎は一度私を殺し、そして『火傷を背負った私』が誕生し、あの時から私は影が見えるようになったのだ。どうして、こんな目に? こんな思いをしているのは、この世界で私だけ。ただ生きていただけなのに、息をしていただけなのに、違う、私は息をしてはいけなかったんだ、呼吸が激しくなっていく、だめ、だめなのに、息をしていてはだめなのに、だめ、死んじゃう、殺される、今も目の前に炎が、
「レテア」
その一言が、私を現実に引き戻した。
「……落ち着いて。一緒に、吸って、吐いて、をしよう」
「ソテル!?」
「ごめん。寝ちゃってたみたいだ」
「ソテルっ!」
私は、ソテルを抱きしめた。
幻覚じゃない。夢想じゃない。ソテルは死んだのではなかった。今もこうやって、私の目の前で生きていて、抱きしめ返してくれるソテルが、私は、愛おしい。何物にもかえがたい、私の宝物。
ソテルは、あたたかかった。
TOPIC……レテア
名前:レテア・フォン・プロアミル
性別:女性
年齢:15歳
誕生日:22222222206年3月23日
職業:学生、四貴族
出身:エラ中央区エリツィリア県
魔法:炎
いつも主に祈ること:ソテルの嫁になること、ゼスロトとティアが早逝すること、プロアミルを四貴族から外すこと、過去を忘れて自分自身の人生を生きること




