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『理想戦争』 ~ビヨンド・ヴィルテリア~  作者: 中上スパ
第1章「ソテルはじまる」
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第1話「ソテル・ミレカータ」S

 家族と健(すこ)やかに生きていた。俺にもそういう時期はあった。でもそれは、いつの話かあいまいな記憶だ。

 16歳の誕生日を迎えたあのころにはすでに両親の記憶がない。

 明確に覚えていること……俺は俺なりに普通に生きていた。何の変哲もない、一般人だったはず。

 ある日ある時、何か大きな爆発があった。たくさんの人が死んだのだろう。俺もそれに巻き込まれた。かすれた意識で、女に声をかけられた。記憶にはもやがかかっており、その女性の髪が茶髪だったことしかわからない。

 そのあと茶髪の女の隣にいた男を認知するとともにあたりの景色が変わり、およそ現実とは思えない、目を疑う空間に俺たち3人はいた。

 まわり一帯にはどこまでも黒い膨張(ぼうちょう)する壁だけで、その中にあったのは様々な色に輝く限りなく小さい粒子(りゅうし)たちと、俺たち3人の身体だった。

 女性と男性が何か話している。意識が混濁(こんだく)していて、うまく聞き取れなかった。

 まばゆい光。

 目を開けていられない。 


 何かの記憶と混ざる。

 背の高い男が、俺に本を渡してきた。

 その男を俺は大好きだったはずなのに。

『キネ』。

 父親はセラフィタスだった。キネ? いや違う、キネは父親の名前じゃない。

 母親もセラフィタスだった。だが、思い出せない。


 目が覚める。身体を起こすと、少しずつ頭がさえてくる。

 いま、俺は西暦22222222221年の自宅にいる。気付くと、ここにいた。

 ということは俺はいま15歳だ。俺は16歳だったはず。16歳に、なったことがあるはず。

 ここは自宅。知っている。石造りの3LDK。

 カレンダーから、今日が2月22日だとわかる。

 ここが自宅だとわかる。字が読める。

 すでに両親が他界していることを理解している。自分の名前もわかる。ソテル・ミレカータ。

 ……何が起こったんだ?

 異世界や来世に転生したのではない。記憶が飛んだのでもない。でも、俺は『この世界の住民じゃない』気がした。ここは本当はどこなのか?

 あれこれ考えるうちに、一つの可能性が頭に浮かぶ。……俺は、時を移動したのでは? 魔法のある世の中。ありえない話じゃない。魔法の知識に疎いイグニクア人の俺から考えても、時間移動なんて簡単に実現できる魔法じゃないはずだ。でも……まあ、広い世界、何があるかわからない。

「ただいま」

 玄関から女の声がして、驚きながら目をやる。

「おかえり」と無意識に声が出た。

「……?」

 ああ、レテアだ。知っている。

 レテア・フォン・プロアミル。今日がカレンダーの通り2月22日なら15歳のはずだ。

 レテアはずいぶん大人びているのが特徴で、身長は男の俺と同じくらいある。白いワンピースがよく似合う爽やかで穏やかな顔つき。エラ人らしく金髪で、背中までよく伸ばしている。

 レテアのことを思い出す。覚えている。7年前にエラから逃げてきた女の子だ。

「ああ、レテア……」

 突然怖くなった。日常の風景を思い出したことで、現実味が感じられてきたのかもしれない。さっきまでは、夢の続きのような浮かれた感覚だったがレテアを前にした今、確かに『この世界』に生きている気になってきた。

 記憶が曖昧だ。この問題をレテアに話すべきか?

 怖い。今の自分は、いったい何だ? 得体のしれない恐怖。

「……あの、俺、ちょっと……ああ、俺は真面目なんだが、話を聞いてくれるか。レテア」

 レテアは不思議そうに首を傾げ、慣れた手つきで荷物を子供用の椅子においてから手を洗いに台所へ向かった。

「ええ、あなたはいつも真面目よ、大丈夫」

 この気持ちを説明するために、なんて言ったらいいんだろう。簡単には整理できない。自分が分かっていないものを説明するのは難しい。そういう俺の表情をじろじろとレテアは覗き込んでくる。

 俺は記憶について説明を始めた。時間はかかったが、その間レテアは一度も笑ったり茶化したりせずに聞いてくれた。

「……なるほど。なにか爆発があって、気付いたら今ここにいる……記憶があいまいでフワフワしてるっていう話? 合ってる?」

「そうだ」

 俺に寄り添って、レテアは真剣に考えてくれていた。俺もエラから逃げてきたレテアを笑ったりしなかった。そうだ。俺達はこんなふうに信頼し合っていた。覚えている。思い出した? いいや、覚えているよ。

「……まあ間違いなく何かの魔法がらみでしょうね。とんでもない迷惑な話だけど」

「ああ、……とりあえず……」

 レテアとは7年来の親友だ。こんな状況で一人じゃないというのはとても心強かった。

 レテアは魔法使いで、四貴族の一族で、人種も性別も違う。でもそういうステータスなど関係なく、そこにいるというだけで俺にとっては特別な人間だ。レテアも俺のことをきっとそう思ってくれていると思う。

「とりあえず、主のところにでも行くのが礼儀だよな。今日学校休みだし」

「そうね。私から見たら、あなたって別にいつも通りだから、……うーん、まずはそれが一番だね。でも……」

「でも?」

「病院には、行ってみようね」

「ああ、もちろんそうだな」

「でもね、いつだって素敵なソテルはソテルのままだから……安心していてね」

 彼女は俺の目をはっきり見てそう言ってくれた。レテアはいつだって俺の味方でいてくれるし、俺もそうでいたいと思う。

「ああ、ありがとう。迷惑かけてごめんな」

「ソテル。迷惑なことなんかないわ」

 そう言ってレテアは出発に向けて帽子を取り、窓からの光に照らされながら、にっこりと俺に笑いかけた。この笑顔には、何よりもはっきりと覚えがあった。


 イグニクア王国。

 この世界に存在する二つの国のうち、魔法を使わない、発展が途上で人口の少ないほう。

 約3万平方キロメートルの島国で、王制を敷く。人口は約50万人。

 現在の西暦は22222222221年。建国が22222220045年だから、約2000年の歴史があるわけだ。

 イグニクアは中央と東西南北の5つの『区』に分けられる。俺とレテアが同棲しているこの場所は、イグニクア北区ビリア県ビリア市。ビリア県は中央区に隣接し、数時間馬車に乗れば大都会に出る。

 だが今回は北上する。隣の市には教会がある。

「今日は天気がいいね」

 そう言うとレテアは「ね」と笑いかけてくる。こんな日が続けばいい。だが成人まであと1年間、就職振り分けに使う学校の成績(素点)がもっとも大事な期間に入る。散歩をしたりレテアと2人の時間を楽しんだりといったことは、少なくなるだろう。

 北上するたびに田舎になってゆく。俺は都会よりも田舎のほうが好きだ。理想の住まいの条件のひとつに、都会でないところというのは外せない。

 整備された道路と、そこから枝分かれしてわきに向かってゆく道。たまに一軒家や村、商業施設を囲むような集合住宅地を見かける。この辺りは自然保護の風潮(ふうちょう)があり、それ以外は草っぱらが生えっぱなしになっている。しばらく景色は変わらない。

「疲れたか?」とレテアに声をかける。

「疲れたに決まってるでしょ。帰りは馬車か魔法にしましょ」

「わかったよ、レテアがそう言うなら」

 エラでは魔法馬車の運営が盛ん。イグニクアでは、馬車の他に、城に仕えているらしい瞬間移動魔法使いのレンタルが可能。瞬間移動魔法使いは、なんだったか、特徴的な名前をした愉快な女の人。瞬間移動は世界でも珍しい魔法で、高額ではあるが移動のためにレンタルをすることができるのだ。

 やがて1時間程度でルウル市のルウル教会にたどりついた。偶像(ぐうぞう)の創作が可能な主に対して、わざわざ教会まで祈りにくる人は、散歩好きや、本当に主を希(ねが)う熱心な信徒か、告解(こっかい)をしたいことがあるかのいずれかだろう。

 ……俺とレテアの出会いは偶然だ。家出をして逃げ落ちたレテアが通った先がイグニクア中央小学校で、休みの日に同じ公園で出会ったのが始まりだった。クエントという男の子と3人で親友グループとなっていたが、クエントは学者を志望し、学問の進むエラ魔法王国へと渡航した。やがて俺たち二人はお互いを無くてはならない存在と強く信じる絆で結ばれた心の友となった。

 ルウル教会の扉を開く。ここは広いとは言えないだが、俺にとってはホームであり、心の休まる場所だった。

「クエント、エラで元気にやってるかな」

「そうじゃないと困るわ。でも、あいつ、マホ・ヴィルテリアの庇護(ひご)のもとなら、なんだってやりかねないわよね」

「本当に。不祥事とか、研究が行き過ぎて変なことにならないように、お祈りしなくっちゃだな」

 俺は両親を亡くし、レテアは四貴族の身でありながらそれを捨てた。俺は両親が死んでから考え方が変わったし、レテアは何もかもを憎んでいたと思う。お互いに、とても人間関係をやり直せる気持ちができていなかった。俺にとっては、それを変えてくれたのがレテア。レテアにとっても、きっとそう。

「私もお祈りしておくわ、プロアミル家が没落しますようにって」

「とんでもない貴族様だな……」

 木の長椅子が12個ならんでいて、30人くらいが思い思いの祈りをささげている。

 教会の中は外とは空気が違う。偽薬か演出か、本当にそうなのかはわからない。それでも、ここは主のいる場所なのだと信じさせられるには十分なほどだった。

 ふと、本当に主がいるのかと考える。いるのだろう。俺たちの内側に深く入り込んでいる、主。俺は信じない時期があったが、結局主はいるのだ。合理的にそれが証明されたという話もあるが、結局その学説が出てからも主の存在を疑う人間は絶えなかった。人間は非合理的だから。

 何百年も前からそのままの形で遺されてされているらしいよくできた石造りの床。確か、700年前くらいの、なんとか震災で一度倒壊したが、それ以来は健在なのだと言う。ディオネ大司教は、そのころから生きているとよく聞くが……。

 絨毯(じゅうたん)の前で靴を脱ぐ。

 子供が棚から本を取り出して熱心に読んでいるが、それが目的ならここに来るのは間違いだと教えてあげたほうがいいのかわからない。ここにあるのは『reretwoli juniamukeban(レレトゥリ ジュニア向け版)』や『adamutoivu(アダムとイヴ)』と言った幼児向けの短編で、この子のような熱心な読者にはイグニクア中央図書館やそのへんの書店がいい。いや、君の学校の図書館でもいい。

 ちょうどそのタイミングで、思いもよらない人物が奥の部屋から姿を現した。ディオネ大司教だ。

「こんにちは」と、レテアが彼女に話しかけた。

 こんにちは、と、優しく微笑むディオネ司祭。彼女は、相手が落ちた貴族だろうと、子供だろうと、同じ笑顔をたたえるイグニクア正教の聖女だ。主のご加護とマホ・ヴィルテリアの協力により人の本来の寿命を超えて長生きしている人物の一人。

 奥にある進入禁止の主の像がみえるフロアに唯一入れる清潔な大司教。エラ正教会の大司教ティアと並んで、この世でも有数の有名人だった。

「まさか、ここでレテアさんにお会いするとは思いませんでした」

「母が何か言ってませんでしたか? すみませんが、いつも通り……」

「ティア大司教は、何も仰りませんよ。レテアさん、あなたがご心配することは、なにもありません」

 エラ正教の大司教ティア・フォン・プロアミルは、レテアの母親だ。いっぽう父親はエラの六人会議という最高政治機関の一員。

「ありがとうございます……」

 レテアは、大司教のほうに、そして主のほうに深く頭を下げる。

 ここではあまり人はしゃべらない。レテアはすでにしゃべりすぎだが、お母さんのことを話すのは仕方ない。

 ディオネ大司教もティア大司教も、聖母とか聖女と言われるほどきれいな人だ。主が選んだ顔とか、『長生き族』とか、きたないもてはやされ方で有名。ティア大司教の方は長生きではないが。慈母、聖母と言いたくなる包み込むような笑顔がうまいのはほんとうで、目が大きくて幼くも見えるのもほんとう。どういうことだろう。

 ふと、ここに来た目的を思いだす。

 主にありのままを話す。俺は妖精にたぶらかされたのか、記憶や意識が曖昧になって、恐ろしい思いをした。体調もすぐれない。具体的には……。

 教会や聖堂の中で何かを考えると、心が主へと通じるという。それは信じていない。それを信じたら、怖いから。主は寛容で、そのような個人的な信じ方も、きっとお許しになるだろう。

 もう帰ろう。主へのあいさつなんて一瞬というもの。来た道は30分以上かかった気がする。主とはそんなものだ。

 俺とレテアは目くばせすると、静かに立ち上がりディオネ司祭にお礼としてお辞儀する。

 外に出るとやはり空気が変わる。教会の扉を閉める。

「じゃあ、馬車で帰りましょうか」

 レテアがそう話す後ろから、女が音もなく駆けてくる。

「レテア! 後ろ、何かいるぞ!」

 襲撃者。思えばこれが、すべての始まりだった。

挿絵(By みてみん)

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