第15話「崩壊の日」N
地面に落ちる前に、私の落下は止まった。
分厚い空気の層が私を支える。
ちょうど下には、私をセラフィタスに誘った人物である、M2アデルがいた。
「……わたくしも空気魔法使いでございます。マキナと協力しておりました。わたくしはメルアにスパイとして潜入していたのです」
「……」
言葉が出ない。ここがどのあたりかもわからない。
何も考えられない。あの死の恐怖に支配された心が冷静になって状況を受け入れるまで、きっとすごく時間がかかる。
ここは森。ただの森に落ちてきた。森は焼けている。こっちもあっちも焼けている。
きっともうイグニクア大陸はぜんぶ燃え尽きた。
「イグニクアはもうだめですね」とアデルは言った。「何故かは分かりませんが、エラ大陸もほとんど同じ状況のようですね」
ゼロ……あの男1人の力で、世界が燃やされる。……メルアって、そんな奴らなの?
アデル以外に周りに人はいない。
愕然としていると、突然誰かが現れた。
やけになってその男を見ると、知った顔だった。
安心して、弱弱しい言葉で、「デウス」と名前を呼ぶ。
デウスは優しい顔をして、「落ちてくるのが見えた。……こういうことだろう」
デウスは、私の手を掴み、魔法を行使した。そこからの記憶は少しだけ曖昧だ。
魔法を使った。
再び、空の上へ。
下を見れば、大陸全体が炎に焼けている。
世界を見下ろす高い高い天空で、まだゼロとマキナが戦闘を続けていた。
マキナが私のほうに動いてくる。私はマキナの手を取った。
目を瞑る。マキナがゼロの頭部に剣を刺した。いや、刺さらなかったかもしれない。
ゼロがいない。目を瞑る。私とマキナは手を繋いでいる。超魔法を使うんだ。
すぐに魔法を放出した。というかされた。マキナに委ねるしかない。私は、もう何も考えられない。
ゼロの体が勢いよく弾き跳ぶ。その後、私もゼロも、どこかに消えた。
目を覚ます。
保育所の前だ。周りも、園も燃えている。
……クオンは!?
無我夢中で走った。
炎に包まれる建物へと、何も考えず駆けていく。
心臓が、体が悲鳴を上げている。
だがかまうものか。世の中、自分の命よりも大事なものを見つけた人間がいる。
ここにはきっとエクスとクオンがいるはず。デウスは言っていた。エクスは、クオンを探しに行ってしまったって。
充満した煙が私の目にきつく突き刺さる。しみるどころじゃない。刺されている。痛い。
はやく。はやく! この奥にいるんだったら、もう自分なんてどうなってもいいから。主よ……ご加護を。
その一心で走る。走る。走れよ! どうなったっていいんだ! 愛するエクスと、かわいい我が子が、生きてさえいれば、それだけが全てなんだ。
幼児向けの玩具を蹴飛ばして、ぐちゃぐちゃの落書き帳に目もくれず、アリの巣のように多くの部屋につながる長い廊下を、落ちてくる煉瓦が、柱が折れて、折り紙のようなくずが飛んでいき、エプロンを付けた瓦礫に埋もれる横たわる女性の隣を、それでも私は走った。
どこかから声がした。声……? だれかが、生きている。
走った。息ができない。
目が痛い、目を瞑る。
目を開けた。
クオンが、落ちてきた瓦礫に押しつぶされて泣いている。
エクスが水魔法を撃っているが、重い石が動かない。
「クオン!」
「ナミダ!? どうしてここに……!」
「私の手を握って!」
私の方を向いたエクスの胸元に、深い傷があった。
ひどい出血だ。
「ダメだ、もうエクス、その傷じゃ……!」
「いいから! きみとクオンは逃げられる!」
「……っうわあああ!」
目が痛くて、エクスの顔が見えない。
何か大きな音がする。炎の音、瓦礫が落ちる音、そんな音は一切耳に入らない。エクスの息遣いだけが、私には聞こえていた。
「ナミダ。……クオンは力を振り絞ってこの大きな瓦礫が落ちてくるのを防いだんだ。立派な重力魔法使いだ。そのおかげでお友達が……エルネオちゃんが逃げられたらしい。君だけは、この子のことを知って、褒めてあげてくれ。……ナミダ。頼む。この子を頼むよ」
エクスの体からあふれ出した水が、部屋中を満たしていく。最強の水魔法使い。その力を、こんな形で見たくない。炎は勢いを失い、クオンを抑えつける石が流されていった。
「エクス!」
「生きろ! ナミダ!」
水に乗ってクオンが、私の方に流れてきてくれる。我が子の裾をつかみ取り、抱きよせた。
「エクス!」
「生きろ!」
この地球全体を揺らすような絶叫だった。
あんな大声を初めて聞いた。
立ち尽くす私の前で、エクスは重い音を立てて倒れた。
「エクス! エクスっ……!!!」
どれだけ体を揺すっても、返事はなかった。血や汚れが水で流れ、かえって綺麗な身体になっている。
見ていられなかった。彼は、最期の力を振り絞って、私たちの子供を私に託した。
ぎゅっと抱いたクオンの手を握って、とにかく遠くの方へと魔法を願う。
途端に煙の息苦しさから解放される。ああ、ここは焼けていない。
「……クオン、大丈夫だよ、頑張ったね。今、ママが安全なところに……」
私の腕の中で、クオンは死んでいた。
夫も子供も友達も、私がすべてを失った『崩壊の日』から、700年が経った。




