第12話「主よ①」N
西暦22222221494年、10月21日。デウス、エクス、マキナ、そして私、ナミダという4人が『セラフィタス』として、国際的犯罪組織『メルア』の撲滅のために活動を初めて、そして停止してから、2年が経った。
その日、赤子の泣き声が部屋に響いた。
エクスは私の手をやさしくやさしく握っている。顔は見えない。見れない、見れないって!
デウスの魔法をもってしても、苦痛の日々だった。でも、それは身体の話。
メルアの活動が完全に一時停止し、私たちセラフィタスはつかの間の、それでいて長い休息の中にいた。
マキナの友人であるマホやその知り合いが赤子と私の世話をしてくれ、かろうじて聴覚はマキナの声を拾っている。デウスなにしてる? といつもなら突っ込むが、そんな場合じゃない。
「おお……ナミダ! 生まれた! 頑張った、ありがとうな!」
赤子の顔を見ると、あぁ、と、私の深いところから声があふれ出てきた。
エクスも大はしゃぎだ。ああ、マキナもだね。
大きな声で、いたって元気に。私とエクスの子供は生まれた。子供の名前はクオンと言って、私が決めた。男の子だった。
マキナが私に声をかけてくれる。「いやー、よく頑張った! 感動した! 何年生きても、この神秘の瞬間は最高だよ! ほんとにお疲れ、ナミダ。ほんと、よかった! 安心したね」
「エクス……」
ひゅうひゅうと、私はすごい息を吐きながらかすかすの声を出してエクスに感謝を伝えた。「ありがとう。あと、マキナも、デウスも」
デウスには頭があがらない。彼の魔法がなければ、妊娠生活はもっと痛みを伴った。おなかの痛みが和らいだのは彼のおかげ。デウスは、本当にいい人だ。この2年間で良く分かった。あんなぶっきらぼうな感じがするけど、それは外面だけの話だ。
私とエクスは手を繋いで我が子の顔を見た。流石に泣いちゃった。ナミダは涙した。
マホとその知り合いさんが適切な処理を進めてくれて、ほんとにありがたいこと。
しばらく。しばらくして私が落ちつくと、幸せに襲われる。こわいほどだ。
いいんだろうか。また私は泣いてしまった。
栄養不足とか、力の抜ける感覚も押し寄せるのだが、そんなことこれっぽっちも気にならない。
はじめて見たあんなにもあたたかなデウスの顔が。体温の宿るエクスの手が。小指と触れたクオンのてのひらが。
私の、新たな未来の証となった。
西暦22222221495年、5月5日。
「おい、クオンがおすわりしたぞ!」
「え、ほんと!?」
私が急いで向かうと、もうごろんと横になっていた。
「寝てるーー!! サイアク! エクス、今ならこれまで記憶魔法使いであることを隠してたって白状してもいいんだよ!! さあ、その記憶を見せて!」
「悪いね。クオンを独り占めしちゃった」
私たちはイグニクア北区画南部の小さな町に家を買った。
8年。
私たちに与えられた自由の時間だ。
メルアの活動の予兆や報せは完全に無くなった。M3だったサラティナが、一度、私とエクスの前に姿を現した。『メルアの活動休止は本当。それ以上は聞かないで』とだけ言って、彼女は瞬間移動をして消えた。
もちろんすぐに信じたわけではなかったが、1年待って、本当に何もなし。セラフィタス4人は、一度活動休止としたが、それからも仲良く過ごすことができた。
特にマキナがすっごく仲良くしてくれた。まあ、単独でメルアの調査を続けていたみたいだけど。
赤子を産む1年前、西暦22222221493年、9月1日。
「エクスおかえり! 今日も体びちょびちょだけど、何してきたの?」
「ああ今日はイグニクア西区のウルカ県の橋の建設を手伝っていてね。水魔法はそういう現場で引っ張りだこだ」
「おっけー。じゃあサ、エクス、これからも私が全部あなたのこと手伝うからサ」
エクスの腕をぐいと引っ張った。
「結婚しよ」
空から落ちたときと似た気持ちだ。ふしぎ。
ああ、エクス、男前がそんな顔できるんだね。
「びっくりした。いきなり結婚? まだ付き合ってもないけど。はは、これからも……よろしくな」
そのときの私の顔は、エクスにしか見えていないんだと思うと、すごく嬉しかった。
同年、10月6日。
私とエクスは28歳。
イグニクア南区の教会で結婚の儀を催した。デウスと、マキナに見てもらった。この2人しかいないと思った。
エクスと一緒に衣装を決めた。ナミダ型のピアスは、縁起が悪いと司祭の人に言われたけど、これは着けておいた。ナミダというのは、両親からもらった大切な名前だ。
大切に選んだ衣装に身を包み、エクスと決めた海がモチーフの指輪をはめて。
「ナミダ。主に誓いを」
ディオネ大司教に立ち会ってもらった。イグニクア正教会大司教。私よりキレイじゃない? とエクスに言ったら、そんなわけないとちょっと怒られた。真面目に。ああ、エクス。
婚儀は主に時間をいただくものだから、簡素でなければならない。人数もここにいる5人くらいが限度。
晴れ着の私。あんな心地いい空間にはもう出会えない。バシッとしたエクスも格好いい!
すごく興奮していたのも、きっと主にはお見通し。
私は主の像のほうへゆっくり足を進め、その手に手を重ね、心を落ち着けた。
主よ。運命を信じます。あのときは、あなたを恨んだ。でも、こんなにいい人と出会えたなんて、偶然とは思えなくて。ああ、いろいろお話しをしてごめんなさい! 前もって考えておいたんですけど。ええっと、どうか、主のご加護を。
私は手をそっと引っ込めて、長いドレスの裾を踏まないように気を付けてディオネ司祭の前に戻った。
「エクス。主に誓いを」
静かに息を吐いて、心を落ち着けた。
マキナとデウスは、いつもと違う素敵な衣装を教会から借りて、じっと私たちを見守っていてくれた。
エクスは落ち着いて見えた。あとから聞いたら、私と同じくらい緊張していたらしくて、笑いあった。
「ナミダ、エクス、向かい合って」
婚儀では、この先に言葉は生まれない。
口づけをするか、抱擁をするか、何もしないか、新郎新婦に委ねられる。
誠実な口をお見せして主に祈るという意味のある口づけを、私たちはここで交わすと決めていた。
私は目を瞑った。エクスは背が高い。
西暦22222221495年10月15日。
「ねえ、クオンが立った! 来て来て、エクス!」
「なんだって!」
どたどた階段が地響き。地魔法かと思う。
クオンはそのちいさな足で、しっかりひとりで立ち上がった。
「おおお、すごい、すごいぞクオン!」
すぐに手をついてまた横になった。
「ああ、また記念日ができた! 今日はいい日だ!」
「エクス、全部の記念日に立ち会えてない? お仕事しながら、なんで?」
「いや、たまたまさ。ナミダがちゃんと支えてくれているおかげだよ」
そんなことないよ、エクスは家事も頑張るからサ。たまには休んでね?
クオンが高く声を上げ、それから私たちは時間を忘れて遊んでいた。
クオンが歩いた。喋った。ママ。パパ。
よだれを垂らして寝た。絨毯に染みた。トイレに行けた。トイレに行けなかった。
お菓子をこぼして踏んだ。転んで泣いた。ママが助けてくれた。
髪は黒だね。背が高いね。
お風呂で水がコワイ。でもパパの魔法で水あそび。
ママの魔法でゼロ予算家族旅行。人生ズルだね。
魔法が分かった。クオンの魔法は、重力操作。珍しめの特殊魔法だ。ママに似たね。
また転んだ。また泣いた。パパ、一緒に転んでくれた。なんで?
デウスおじさん顔こわい。マキナねえさんの香りが好き。デウスおじさん、たまに笑う。
りんごジュースが好き。イチゴも好き。パパに似たね。男前の顔も!
「ねえ、ナミダ」
暗い寝室。何も見えない。目を瞑っているが、開けても見えない。隣にエクスがいることが分かれば、それで十分。
クオンの寝息が心地いい。
「ん、なに?」
「もう、やりたくないことをやって生きなくていいから」
「……どした、藪からぼーに、だしぬけに」
「命は美しい。そういう話」
「……でもさ。主は赦さないよ」
「僕はいいと思うよ。だから、もうしないでいい」
「……分かった。もうしない」
エクスが手を握ってきた。あったかすぎ。……布団がね。
「嬉しいよ」
「ありがとう」
「ああ、ありがとう」
長く無言だった。
おやすみと言って、眠りについた。




