第95話 砂虫披露
潮の香りがするなあと思っていると、三十分ほどで馬車が東門を出て港に着いた。港に来たのは実は二度目で、シャーリーの機嫌取りに以前一度来たことがある。
ここセントラル港は、外海であるカシギ海に通じるセントラル湾の一番奥にある港で、水深が浅いため決して良港というわけではない。そのため停泊している船も、中型船までで、大型船は入港できないらしい。大型船は水深のある沖に停泊して艀で荷物や人員のやり取りをするそうだ。もちろんこれはアスカペディア知識である。
多くの人が巨大な砂虫を見てしまうと大騒ぎになるのは目に見えているので、馬車から降りて四人で人気の少なそうな方へ歩いて行く。そうはいっても港で働く人はいくらでもいるわけで妥協は必要だ。
「ここらでいいでしょう。それじゃあここから海に向かって砂虫を出しますからよく見ててください。すぐに仕舞いますからね。二人とももう少しこっちに下がってください」
南へ幾分か下った港の岸壁の上でギリガンさんとスミスさんに注意する。
ここなら砂虫を出しても広さは十分だろう。岸壁の上に口のある頭を乗っけて、しっぽの方を海に伸ばせば多分大丈夫だ。
「いきますよ」
『排出!』どうせならと一番大きい砂虫を出してやった。
おー、収納庫の中で時間停止してたから、死んでいても生きのいいこと。岸壁の上に乗っけた先端部分の開いた口がすごい迫力だ。直径十五メートルはあるな。口の中は見事な歯並びでサメの歯のような形の一本一メートルはある歯が口の中で何列も生えている。三百メートルにもなる胴体もまた見事だ。
海面から少し上になるよう砂虫を取り出したのだが、それが海面に落ちると、かなりの部分が海に沈み込むのを失念していた。
ドッバーン!
大音響とともに、おおきな水柱が上がり、ゆっくりとそれが落ちてくる。砂虫の体はいったん海に沈み、三分の一ほどを海面に出して浮いている。
その胴体が、波に揺れるので砂虫がまだ生きているようにも見える。いやー、われながらいい仕事をした。
おお? おおお! 砂虫の作った大波が停泊中の船を大きく揺らし始めてしまった。こりゃちょっとまずいか?
見とれていると、何だか周囲が騒々しい。ビエーだのギャーだのうるさい。
あれ、みんなパニクっちゃったの? これはいかん。すぐに砂虫を『収納!』
今度は、砂虫の沈んでいた部分が急に水中から消えてしまったので、また大波が発生してしまった。まずいからヤバイに格上げされた。ここは、気付かなかった振り。
「ギリガンさん、ほんとに砂虫だったでしょ?」
しばらく前にどこかで見た口アングリをまた見てしまった。しかも二人分。
ビエーだのギャーだのは相変わらずうるさいのだが、砂虫が消えたことで騒ぎも収まったはずだ。あえて確認はしないが、そのはずだ。あー良かった。
「ギリガンさん、ほんとに砂虫だったでしょ?」
もう一度同じことを言うとギリガンさんもスミスさんも再起動してくれた。
「ああ、砂虫だ。確認するんじゃなかった。港が大騒動だ。これは弁償もんだな。これからは、お前さんたちのいうことは信じるようにするよ。さすが倉庫一杯分の物資が余裕で入るアイテムバッグだ。それと、お前たちは今日からAランクだ。ギルドでギルド証を更新しておけ。
スミス、二人の昇進の手続きと、港への対応頼む」
「はい。ギリガンさん」
「ところで、この砂虫、今のが一番大きかったんですが、全部で十八匹いるんです。これって買い取ってもらえます?」
「買い取れるわけないだろ。あんなものどこで解体するんだ」
「ごもっともです。でも肉は食べられるかもしれませんよ。必要ならいつでも言ってください」
一応宣伝はしとこ。
港で俺たちはギリガンさんとスミスさんと別れ、シャーリーの待つアルマさんの屋敷へ向かうことにした。むろん駆け足でだ。
街中は人通りが多いので、速度を出さないのだが、それでも十五分ほどでアルマさんの屋敷に到着できた。
「ごめんくださーい。ショウタです」「アスカです」
「あら、もう帰って来たの? 北の砂漠まで行ったんでしょ。ほんとあんたたちは信じられないわね」
フレデリカ姉さんがドアを開けて迎えてくれた。
「アルマはいま王宮に行ってるわ。それで『魔界ゲート』どうだった? 見て来たんでしょ?」
「『魔界ゲート』は有りましたヨ」
「そりゃ有るでしょう。北の砦に行ったんなら」
「北の砦は補給が途絶えていて、食料も無くなる寸前だったんです」
上手く話をそらした。
「『魔界ゲート』は真黒な不思議な金属で出来ていてかなり大きなものでした」
こらアスカ、話を戻すな。
「へえー、そうなんだ。
シャーリー、あなたもこっちに来なさい。ショウタたちが帰って来たわよ」
どたどた音を立ててシャーリーが駆けて来た。
「おかえりなさいませ、ご主人さま、アスカさん」
粉ものでも扱っていたのか、鼻の先に白い粉が付いている。
「自分ちじゃないけどただいま、シャーリー」「ただいま」
鼻の先の粉を手でふき取ってやったら、シャーリーが照れてしまった。
「今お茶の用意をしてきます」
今来たシャーリーがまた戻っていった。忙しないやつだ。
しばらく待っていると、お盆を抱えてシャーリーが戻って来て、お茶のカップを並べてくれた。シャーリーも椅子に座ったので、話を再開する。
「頼まれていた物資を砦の倉庫に入れて一仕事が終わったので『魔界ゲート』まで行ってみたんです。砦のすぐ近くでしたから。それで試しにアスカがぶったたいたんですよ、いつも持ってる黒い刀で。びくともしませんでした」
「そりゃそうよね、アスカがぶったたいた程度で何とかなるなら勇者なんていらないものね」
「デスヨネー」
試しに収納したらできちゃったって言えねー。
「まあ、そんな感じでした。それと、北の砦に行く途中砂虫に出くわしたんですよ」
「砂虫ってすごくデカいミミズみたいなモンスターよね。わたし砂虫は見たことないのよ」
「フレデリカさん、見たければ、マスターが収納から出してくれます」
アスカ、止めてくれ。さっきの大騒動もう忘れたのか?
「いえいえ、大きすぎて出すところがないんですよ」
「要するに、二人で砂虫を斃してドラゴンみたいに収納しちゃったってこと?」
「まあ、そういうことです。何か使い道有りませんかね? 全部で十八匹収納してるんですが、冒険者ギルドでも大きすぎて解体できないからいらないと言われまして」
「どれくらい大きいの?」
「大きいので三百メートルくらい、小さいので二百メートルくらい」
「そんなのどうにもならないわよ」
その日は、アルマさんが王宮から戻るのを待ってシャーリーのお礼を言い、夕食をごちそうになってから、三人で『ナイツオブダイヤモンド』に帰った。久しぶりに風呂につかり、ふかふかのベッドで眠った。
冒険者ギルドでは、港で巨大なモンスターを目撃したという人たちに対し、ギルドで対処済みなので全く問題ないと納得させるのに苦労したそうだ。なお、港や停泊中の船舶の大波による被害については、ギルドは全てモンスターのせいにして頬かむりしたそうだ。




